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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第二章:闇の中の悪意と論理
16/36

15.既に記録を開始しています

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-07-19 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

02:42:19 — Vehicle stop confirmed.

02:42:19 — Emergency mode: video recording initiated and synced to server.

02:42:19 — Emergency mode: audio recording initiated and synced to server.

・・・

________________________________________


パトカーを走らせる事3分、SOPHIAの案内で到着したのは、『アーバンレジデンス葵原中央』というシンプルな外観のマンションだった。


「SOPHIA、通報のあったマンション入り口に到着、記録を開始しろ」

[既に記録を開始しています。データは署のサーバーにも同時保管いたします]

「わかった。保存を続けろ。…井口、落ち着け。さっきの運転にも力が入っていたぞ」

「は、はい、申し訳ありません。殺人疑い案件に対応するのは、初めてなので…」


ここまで井口の運転で来たが、お世辞にも快適な運転とは言えなかった。

入り口に向かいながらチラリと見たが、どう見ても肩に力が入っている。


「なるほど、なら緊張するのも仕方ない。だがまだ殺人と決まったわけじゃない、まずは現場を見てからだ。俺もいるから、安心しろ」

「わかりました。ありがとうございます、田中係長」


今の世の中で殺人事件に遭遇するのは珍しい。葵原市のような地方都市ならなおさらだ。すでに1年以上在籍した中原でも殺人事件は1度しか経験していないはずだ。

しかし、深夜2時半過ぎに発覚する事件、凶器に用いられたのは包丁。

井口がいる手前口には出さないが、これは厄介な展開になる予感がする。


マンションの入り口には、若い警察官が一人と初老の男性が立っていた。

警察手帳を見せると、あちらも警察手帳を見せて来た。そこには『田代学(たしろがく)』と記載されている。

もう一人の男性は、作業服のような恰好から、管理人だろうか。


「お、お疲れ様です!地域課の田代です!現場は3階の303号室です!」

「分かりました。ありがとうございます。救急は?」

「すでに手配済みです。間もなく到着すると思いますので、僕は引き続きここで待機いたします」

「了解です、よろしくお願いします」


田代が開けてくれたオートロックを通り過ぎ、すぐ近くのエレベーターに乗り込む。

3階に降り立つと、部屋番号を確認するまでも無かった。エレベーターから見える所に警察官が一人立っている。

彼はこちらの姿を認めると、深夜という事を配慮したのだろう、声量を抑えた声で話しかけて来た。


「お疲れ様です。刑事課の方ですか?」

「お疲れ様です。はい、葵原中央署刑事課の田中と井口です」

「応援ありがとうございます。地域課の天野です。現場はこの中、私以外に現場に入った人間はおりません」

「わかりました。中を見させてもらいます」


彼の警察手帳には『天野努(あまのつとむ)』と書かれていた。

天野がドアを開けてくれた。表札には何も書かれていない。

ドアにはカードキーをかざすか暗証番号を入力する事で開錠できるタイプのキーレス鍵が取り付けられており、今はストッパーを挟んで閉じないようにしてある。

入り口のオートロックといい、セキュリティ対策もしっかりされているようだ。


玄関入るとすぐに広めのスペースとなっていて、大きなダイニングテーブルと椅子が置かれており、玄関と逆方向の壁際にキッチンが設えてある。

視線を正面に向けると、ドアで区切られた向こうにもう1部屋、洋室があるのがわかる。あちらが居室となっているのだろう。

間取りとしてはやや広めではあるもののシンプルな1DKと言った所か。

室内はエアコンがかけっぱなしなのか、ひんやりとした空気で満たされていた。


「井口、手袋と靴のカバーを忘れるなよ」

「もちろんです。今着用しています」

「よし。じゃあ、現場の物を動かさないように注意しながら入れ」


手袋と靴カバーを装着して室内に入る。洋室の方は明かりが灯されているが、犯行当時どうだったかは後で確認する必要がある。

逆にキッチン側のスペースは暗いままなので、異常は洋室にあるのだろう。

井口を引き連れてダイニングテーブルを避けながら奥に踏み込む。


キッチン同様、洋室も整頓が行き届いていた。

二人掛けのソファと、その前に置かれたパソコンだけが乗っているガラステーブル。小さな本棚には本や書類、小物が並べられており、衣類はクローゼットに仕舞ってあるのかタンスのようなものは見当たらない。

フローリングの床に余計な物は何も置いておらず、ホコリが溜まっているというような事も無い。


奥側の壁には床まで届く大きなカーテンがかかっている事から、それだけ大きな窓がある、つまりベランダのようなものがあるのだろう。今は閉め切られているようで、カーテンはピクリとも動いていない。

シンプルな家具で統一された部屋だ。


そして部屋の奥に置かれたセミダブルサイズのベッドには男が一人、木製の柄、そして銀色に輝く刃の根本を胸から生やしたまま寝転がっていた。


「ひっ…!」


後ろから井口が漏らした小さな悲鳴が聞こえたが、生憎と相手にしている暇はない。

SOPHIAの録画が続いている事だけ確認し、ベッドに近づく。

整頓されているとは言えそう広いわけでもない部屋だ。救急搬送の邪魔にならないようにテーブルなど動かす必要があるだろう。

先に到着できて好都合だ。


被害者を動かさないように注意しながら首筋に指を当てる。体温はまだ残っているが、脈がほとんど感じられない。

包丁らしきものは刺さったままだから出血は少ないが、それでも傷口から溢れているようで周辺の衣服にジワリとシミを広げつつある。

呼吸もほぼ止まっている。これは、心臓本体か大動脈が直接傷つけられているな。

通報が早かったのだろう、まだ刺されてからそう時間は経っていないようだが、これでは…。


「救急です!通して!」


その時、玄関の方から大声が聞こえた。


「…!井口!救急の通り道を作れ!」

「は、はい!わかりました!」


一旦被害者の確認は後、最優先はこの人を1秒でも早く病院に送る事だ。たとえ助かる可能性が極めて僅かだとしても。

ここから玄関までのルートはすでに記録できた。テーブルを動かしても問題は無い。


「葵原中央署刑事課の田中です!すでに現場記録済みです!経路確保に協力しますので、被害者をよろしくお願いします!」

「わかりました!助かります!」


救急隊が被害者を担架に乗せるのを横目に見つつ、井口と協力してテーブルや椅子を動かし、スムーズに搬送できるように経路を作る。

さすがプロ、部屋に入ってから20秒も経っていないのに、俺達がテーブルを動かし終わるのとほぼ同時に搬出し始めた。


「井口。お前は救急車を追いかけて病院まで付いていけ。…被害者が助かる見込みはかなり低い。死亡確認が出たらすぐに連絡しろ。それを持ってSOPHIAを押収する」

「…わかりました。行ってきます」


被害者の物と思われるSOPHIAはベッドサイドの小さなテーブルに置かれている。

やはり眼鏡型で、今はツルを畳まれ、レンズが天井に向いている。コードが繋がれている事から、寝る時に充電しておいたのだろう。

これが殺人事件であるのなら、一刻も早くこのSOPHIAのログを確認する必要がある。


救急隊と井口が立ち去るのを確認し、後には俺と天野だけが残される。

天野は俺とそう変わらない40歳前後だろう、さすがにキャリアが長いだけあって落ち着いていた。

対して先ほど入り口で会った田代はおそらくまだ警察に入ったばかり、25歳にもなっていないように見えた。役目はしっかり果たしてくれたが、明らかに浮足立っていた。

さて、一旦話を聞く前にやる事があるのだが――


「すみません、先ほど入り口にいた田代さんと、多分管理人さん?を呼んで頂けますか?まとめて話を伺いたいので」

「わかりました。ちょっと行ってきます」


天野が走り去るのを見届け、俺は再び室内に足を向ける。

ダイニングキッチンの奥に進むと、シンクには酒の缶やお菓子のゴミなどが袋にまとめられて置かれている。飲み会でもあったのか?

そしてシンク下の引き出しが開かれていた。テーブルの移動でぶつかって引き出されるはずが無いから、遺体発見当時から開いていたのだろう。

更に、その中に設置されている包丁スタンドは空になっている。


ダイニングキッチンに設置されている2つの扉を開くと、予想はしていたが1つはトイレ、もう1つは洗面所、そして浴室に繋がる扉だった。

トイレは至ってシンプルな様式トイレ、トイレマットまで敷かれて清潔に使われているようだ。

洗面所も小ぢんまりとしたシンプルな物で、浴室も同じくよく見るユニットバスだ。


浴室の扉を閉めて視線を戻すと、洗面所の横には洗濯機も置かれており、洗濯物が少し溜まっている。

…女物がいくつか混ざっているのが見える。部屋の構造からして被害者は一人暮らしと思われるが、洗濯物を置いて行く関係性の女性がいる可能性が高い。


改めて洋室の方に移動しカーテンを開くと、窓はしっかり施錠されており、外には洗濯物が干せる程度の小さなベランダが用意されていた。

部屋の奥のクローゼットには予想通り、沢山の服がしっかり収められていた。数が多い、被害者は結構なおしゃれ好きだったようだ。


やはり、誰かが潜んでいるという事は無かった。


クローゼットを閉じてベッドを見ると、主が運び出された後には僅かな血痕しか残されていない。

包丁は心臓周辺に深く突き刺されていた。しかし引き抜く事もなく放置されている。争った形跡も無く、だ。


つまり、これは事故でも自殺でも、衝動的な諍いでもない。

誰かが悪意を持って、寝ている被害者に包丁を突き立てた。計画的な殺人、最低でも殺人未遂事件だ。


「SOPHIA、県警本部へ応援要請。殺人疑い案件が発生。至急応援をお願いしたい」

[承知しました。捜査一課へ緊急応援要請完了。また田中様の映像、音声ログも共有しておきました]

「助かる。…さて、戻ってきたようだし、まずは発見経緯からだな」


開けっ放しのドアの方から、パタパタと走る足音が聞こえてきた。おそらく天野達が戻ってきたのだろう。

捜査一課が到着するまでに少しでも捜査を進めておくとしよう。

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