16.返答が確認できません
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]
Date: 2030-07-19 (JST)
Active Module: POLICE
[LOG ENTRY]
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03:09:24 — Searching relevant log segments.
03:09:25 — Initiating extraction of required entries.
03:09:25 — Beginning log playback.
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――ピッピッピッピッピッピッ、ピロリ。……カチャ。カチ。カサ、カサ、カサ、カサ…。
[ドア開閉音を感知。どなたですか?]
カコ、カチャ。…カサ、カサ、カサ、カサ、カサ。
[返答が確認できません。何者ですか?そのまま近寄った場合、通報します]
……カサ、ガサガサガサ。
[浩介くん、起きて!]
バサッ、ドスッ!
「がっ!はっ…!」
[異常音を感知!浩介くん、大丈夫!?返事をして!]
ガサガサガサガサ、カサ…パタン。
[浩介くん!返事をお願い!浩介くん!……30秒以上の応答無し、緊急通報に入ります!]
『もしもし、警察です。事件ですか、事故ですか?』
[こちらSOPHIAによる緊急自動通報です。ユーザーの異常を感知しました、至急警察官の派遣をお願いいたします。場所は――]
*****
「…で、天野さん達に連絡があったわけですね」
「はい。この辺の管轄である我々に急行指示が入りました。SOPHIAの通報音声と共に」
地域課の二人は揃って頷いている。
先ほど事情聴取を始めた直後、「病院到着段階で手の施しようが無く、被害者の死亡が確認された」と井口から連絡があった。
そこで一旦先に被害者のSOPHIAを押収扱いにして犯行時の状況を確認していたのだ。
予想はしていたが、映像は全て暗闇にうっすら天井が映っているだけで、情報は音のみだ。
天野が言っている通報音声というのは、今のログの最後の音声の事だろう。
最初の『ピッピッ』という音はドアの暗証番号を入力する音、『カサカサ』だの『ガサガサ』だのと聞こえるのは今の俺達のように靴カバーのようなものを装着して歩いている足音だろう。
そして『カコ、カチャ』…これはおそらく引き出しを開けて包丁を取り出す音。『バサッ、ドスッ』は布団を払いのけて…包丁を突き刺す音。
包丁を人間に突き刺すなんて明らかな犯罪行為に対して指摘が無い事から、犯人はSOPHIAを装着していなかったのだろう。
「通報があった時はちょうど外回りで近くにおり急行、永田さんにお願いして鍵を開けてもらったんです」
永田――このマンションの管理人である、永田潤一郎に視線を向ける。
俺達が到着した時、田代と共に入り口にいた男だ。おそらく60歳前後だろう。
「はい、天野さんから通報音声を聞かせてもらい、すぐに緊急事態だと分かりました。管理人室で保管されているマスターキーは全ての部屋のロックを開けられますから、それを持って303号室に行きました」
「現場には入らなかったんですよね?」
「はい、私は鍵だけ開けて、ドアの外で待っていました」
再び天野に目を向けると、頷きながら再び話し始める。
「私が部屋に入った時、室内は暗く、ベッド下の小さなライトしか光源がありませんでした。そこで田代くんを玄関に待機させ私だけ奥の部屋に入り、明かりをつけたタイミングで遺体を発見、即時刑事課へ応援要請をしました。後ほどSOPHIAログを提出します。…田代くん、君は何か見たかね?」
「…いえ、僕は玄関で天野さんの背中を見ていただけです。遺体も見ていませんし、何も触っていません。ただ、玄関を誰も通らなかったのは間違いありません」
「わかった。そして、ここで余計な事をするべきではないと判断し、田代くんも連れて部屋の外に出ました。田代くんと永田さんには刑事課と救急を案内するため入り口に向かってもらい、私はドアの前で待機していたのです」
三人のログを後で確認できればすぐに分かる、ここで嘘はつかないだろう。
であれば、天野達が到着した時に犯人はすでに逃走済みだった。
やはり、極めて計画的な早業殺人だ。
「では次に、被害者の蜂谷さんについてご存知の事はありませんか?」
被害者のSOPHIAを確認した所、身元はすぐに発覚した。
蜂谷浩介、32歳。ここからほど近い葵原中央高校で教鞭をとっている、国語教師だった。
「蜂谷さんは知ってはいますが話した事も、他の住人の方と話している所も見た事はありません。ただ……」
「ただ?」
「…こういう事を話して良いか分からないのですが、色々な女性と関係を持っていたようです」
永田の話では、蜂谷がこのマンションに住み始めたのは4年ほど前。特に近所トラブルなども無かったため、永田としても話すタイミングは無かった。
だが永田は入り口すぐ横の管理人室に詰めているだけあって人の往来を見ている事が多く、蜂谷が女性と仲睦まじげに入っていく様子を見ていたそうだ。
「同棲はしていませんが、よく連れ込んでいたのは間違いないと思います。また、数か月くらいで違う女性に変わっている事もしょっちゅうで…個人の問題なのでとやかくは言いませんでしたが、私のような古い人間からすると、あまり褒められたものではないな、と」
「なるほど。ちなみに、一番最近見かけたのは?」
「私の印象では3、4か月くらい前から新しい女性になりまして、昨日――もう一昨日ですか、にも見かけました」
どうやら蜂谷は女性関係に難のある人間だったようだ。その最新の女性が部屋に残されていた衣服の持ち主だろうか。
まぁ、ログ解析をすれば身元もわかるだろう。一旦今はここまでで良い。
「では次に、このマンションの防犯カメラ映像を見せてください。廊下や入り口には設置されていますか?」
「はい、入り口と、各フロアのエレベーター前に廊下全体が映るように2台ずつ。管理人室で見られますので、お越しください」
[田中様。井口様が戻ってきており、入り口のオートロック前にいるそうです]
「わかった。…ちょうど部下が戻ってきたようなので、回収しつつ管理人室にお邪魔させてください」
地域課の二人も含めてぞろぞろと入り口に向かうと、オートロックに阻まれて井口が立ち往生していた。
扉を開けてやると、相変わらず緊張した顔のまま走り寄ってきた。
「田中係長、言われた通り遺体は鑑識に任せて戻ってきました」
「ああ、助かった。…SOPHIA、さっきの話の内容をまとめて井口に送ってくれ」
[承知しました。犯行時の音声ログと聴取内容要約を転送しました]
「井口、説明している暇が無い、歩きながら情報確認しろ。…そういえば永田さん、ここは暗証番号なんかで開けられるんですか?」
「いえ、この正面入り口はカードキーか、各部屋のインターフォンを鳴らして開けてもらうしかありません」
犯人は暗証番号を使って侵入していた。という事はカードキーは持っていなかった。
ならオートロックはどうやって突破したのか。寝ている被害者が開けるはずがないから、別の住民に開けてもらったのか?
「着きました。ここが管理人室です、どうぞ」
「お邪魔します。早速ですが、まず3階廊下の映像を確認させてください」
「はい、こちらのモニターに出しますので、おかけください」
そして映像を確認した所、驚くべき映像が映っていた。
犯行が行われた時間、夏だと言うのに全身真っ黒の長袖長ズボン、手袋に加えご丁寧にニット帽にネックカバーまで装着した、男か女かも分からない人物が現れた。
しかもその人物は”廊下の奥から”現れて被害者宅へ侵入、そして僅かな時間の後に再び”廊下の奥へ”走り去って行った。
「永田さん!廊下の奥に出入り口があるんですか!?」
「え、ええ…非常階段があります。ですが中から施錠されているはずです。定期的に見回りしており、壊れてもいません」
「井口!すぐ見に行ってくれ!」
「わ、わかりました!」
井口が走って出ていく。
「永田さん、最後に3階非常階段の確認をしたのは?」
「ええと…毎週まとめて確認をしますので、先週日曜、7月14日の夕方です」
「非常階段に防犯カメラは?また、どこに出ますか?そのまま外の道に出られますか?」
「カメラは設置されていません。避難経路ですので、マンション横手からそのまま外に出られるようになっています」
「田中係長、階段確認してきました!鍵の形式はオーソドックスなサムターン錠で、開錠されていました!一旦SOPHIAに記録し、施錠しました!」
井口が早々に戻ってきたが、これは面倒な事になった。
サムターン錠、つまり内側からならツマミを回すだけで簡単に開錠し、そして開錠したままにできるという事だ。
どうしてここだけセキュリティが雑なんだこのマンションは…。
「ありがとう井口、それでいい。…永田さん、この防犯カメラ映像は全て押収させてください。非常階段の鍵がいつ開けられたのか。これが大きな問題になります」
「わかりました。保管期間は100日間となっています。お渡しできるよう、手配します」
「お願いします。後ほど鑑識が回収にくるはずです」
と、そこで警察のサイレンが近づいてくるのが聞こえた。おそらく要請した捜査一課だろう。
初動捜査としては、一旦こんなもんか。
「おそらく応援が来たので、入り口に行ってきます。永田さんはここで待機してください。地域課のお二人は一緒に来てください、捜査一課に面通しだけして、帰って良いという事になると思います。後ほどログ提出だけお願いします」
「承知しました。何かあれば、いつでもSOPHIAへ連絡ください。…とは言っても、先ほどの話以上に分かる事はありませんが」
話しながら入り口に出ると、ちょうどパトランプを乗せた車が到着する所だった。やはり捜査一課だったようだ。
その車から降りてきたのは――
「久しぶりだね、田中くん。君のログはいつも見やすいから、すぐに分かったよ」
「高橋さんじゃないですか!お久しぶりです!」
緊急事態だと言うのに微笑みながら降りてきた初老の男性。
それは俺が静岡県警で最も頼りにしていると言っても過言ではない、捜査一課時代に組んでいた高橋さんだった。




