八月十六日 決戦
今年の八月において、新月となるのは十六日の水曜だ。
この日の稀香は、いつもどおり普通に登校した。
本来は自主休校のはずだったが、先日の高上の説得がその予定を変えた。
想定通りであれば今日の放課後、稀香の帰り道に姿を現わすはずだ。
雷神カネヒキリの神格と名瀬シキミの怨念を模倣する、紛いものの祟りが。
「……確認するけど、本当に僕たちは手出ししなくていいんだよな? 一人でやれるんだよな?」
「心配しなくても大丈夫ですよお。ぶっちゃけ、必勝ですから」
稀香が授業中の時間帯に、一行は放課後に向けた最終確認を行っていた。
根拠不明の自信を覗かせる佐々木。
高上としては、それが油断や慢心でないことを祈ることしかできない。
「もしも先制攻撃されたらどうするんだい。雷もそうだし、フアカイ・ポーがいきなり特攻してきたら、君は躱せるのかい?」
「まあ言霊相手ならどうにでもなりますからねえ。むしろ怖いのは、私の推測がまるっきり外れで、実は韻も言霊も関係なかったっていうパターンですよ。もしそうなら、確実に私は敗けちゃうでしょうからねえ。その時は稀香ちゃんをなんとか死守してあげてください」
笑えないことをさもおかしそうに佐々木は言った。
たしかに言霊関連の推測全てがまるごと外れている可能性はまだ残っている。
そうなったときは全員が無事では済まないだろう。
前々から分かってはいたが、今回の決戦は生死を賭けたギャンブルに近い。
まさに祈るような気持ち。
「作戦を確認しますぞ。帰宅には落雷対策に自動車を拙僧が運転し、稀香殿と佐々木殿が後部座席に座りますな。先月と同じ流れなら、帰り道のどこかでフアカイ・ポーの待ち伏せに遭うはずですぞ」
「そうなったら、あとは私が車から出て対処します。周防さんは稀香ちゃんを守ってあげてください」
「拙僧としては稀香殿がどうなろうと正直どうでもいいのですがな」
「ダメですよ。お坊さんがそんなこと言っちゃ」
軽口を叩きあう周防と佐々木。
そこへ高上は割り込むように声をかけた。
「なあ。やっぱり僕も車に乗せてくれないか」
「それは昨日も話し合いましたぞ。運転手の拙僧と、討伐担当の佐々木殿がいれば十分。所長殿が居ても、巻き込まれて危険なだけですな」
にべもなく断る周防。
霊能力のない高上が同行しても、足手まといにしかならない。
それは高上自身も理解していることだった。
万が一討伐が失敗したら、高上も巻き込まれて死ぬだろう。
その可能性がある以上、周防が反対するのは当然だった。
だがそれでも。
「リスクは承知だよ。だけど、僕はそれでも構わない。今回の連続落雷死事件の結末を、ちゃんとこの目で見届けたいんだ」
思えば砂根兼汰から依頼を受けて、三ヶ月以上が経つ。
二度に渡る怪異との交戦があり、そのたびに霊能力者たちが散っていった。
途中には依頼人からの契約打ち切りにも遭い、それでもハワイまで遠征してようやく事件の背後にあるものを掴んだ。
事務所はじまって以来の、極めて厄介かつ難解な仕事だった。
その最終局面に、自分だけが蚊帳の外なのはどうにも我慢がならない。
「拙僧は反対ですぞ。佐々木殿もなにか言ってやってくだされ」
「別に良くないですかねえ? 所長さんがしたいようにすれば」
どうでもよさそうな佐々木。
若干腹立たしいが、今は賛同に感謝する高上。
「まったく、困った所長殿ですな。もう止めませんが、危険が迫ったらすぐに逃げるんですぞ」
「悪いね。困った所長で」
こうして、一行は最後まで三人揃って決戦の場に赴くこととなったのだった。
◇◇◇
十六時すぎ。
ついにきた決戦の放課後。
校門の前で待機していた一行が、ゆっくりと歩いてきた稀香を迎え入れる。
学園敷地内で落雷に襲われたら打つ手なしだったが、その展開はどうやら避けられたらしい。
これまでの傾向から、大勢の人目につく場所での落雷はないという読みは、幸いにも当たったようだ。
「うわ、なによこのオンボロ車は。サイアクだし」
「なんですと!?」
開口一番で愛車に難癖をつけられた周防が早くもキレそうになっている。
「さっさと乗っていただけますかな?」
「アタシを迎えるならリムジン寄こせって感じだし。マジ気分下がるわー」
「立場が分かっているのですかな? すでに登校してしまった貴殿はもはや帰り道から逃れられないのですぞ。ここで拙僧らが見捨ててしまえば、貴殿は落雷死待ったなしですなぁ」
「はあ!? んなことしたらアタシも化けて祟るからな! クソ坊主!」
悪い大人と問題児が色々揉めつつも、車は予定通りに発進する。
砂根家の屋敷までニ十分もあれば到着するだろう。
帰り道の途中には、人通りが少ない細道がいくつかある。
おそらくはそのうちのどこかで亜神が待ち構えているはずだ。
そう心の準備をしていると。
走行中の車が急ブレーキをかけた。
「出ましたぞ! ほら、あそこに!」
「ええ? 早くないか? まだ走りはじめて三分しか――」
そう言いながら高上は前方を見やる。
車の進行方向、民家の塀が両脇に並んだ狭い道路の先。
たしかにそこには、なにかが道をふさぐように蠢いていた。
霊感のない高上の目にも、その姿ははっきりと捉えることができた。
屈強な半裸の兵士たちの群れ。
その外見は照尾が遺した証言と一致している。
初見だとたしかに古代グラディエーターかなにかと勘違いしてしまいそうだが、予備知識がある今ならはっきりと分かった。
注意深く見ればよく日焼けしており、一部の霊が身に着けているアクセサリーにはハワイでよく見られるプルメリアの花があしらわれている。
その正体は亡霊兵団フアカイ・ポーで間違いないだろう。
「は、早くやっつけろし! アンタの出番でしょっ!」
「そうですねえ。それじゃあ、はじめましょうか」
稀香に催促され、佐々木はおもむろに後部座席のドアを空けた。
そのまま軽やかな動きで、車外へと降りる。
その様子を、残された三人は戦々恐々としながらただ眺めていた。
決戦が、始まった。




