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八月七日 韻生まれの亜神③


 そこから続いた佐々木の解説は、以下のようなものだった。


 亜神(デミゴッド)は、言霊の押韻によって生み出された存在。

 韻のベースになったカネヒキリに倣った結果、雷神としての能力と神格を持つに至ったと推測される。


 また、名瀬シキミが死んだのはちょうど新月の日だった。

 その日はフアカイ・ポーが最もよく出没すると言われている。


 フアカイ・ポーはひらたくいえば、古代ハワイ兵士の幽霊行列。

 その一人ひとりがハワイ四大神を崇拝しており、時には神々のために現世で行動を起こす。

 照尾たちとの交戦時にフアカイ・ポーが出現した理由は、亜神の目的を妨害する者どもを排除するためだったと考えられる。


 ヒロマオリは霊視によって、落雷死事件と雷神の関係を否定していた。

 だが亜神はあくまで偽物の存在であり、それが呼び出すフアカイ・ポーもまた言霊によって生み出された偽物である。

 つまり本物の雷神は無関係であるから、霊視とは矛盾しない。


 これまで亜神は「新月の日の帰り道」に事件を起こしてきた。

 今となってはその条件になっている理由も推測は立てられる。


 新月の日なのは、それが名瀬シキミの命日だから。

 同時にフアカイ・ポーの動きが現世で活発になる日だから。


 帰り道限定なのは、おそらく韻による制約のせいだ。

 強大な雷神の力を扱えるのは、「名瀬シキミ」と韻が踏める「帰り道」の間だけなのだろう。


 ハワイ全土を支配した一族でありながら討ち倒された『カネヒキリ』の末裔。

 クラスの中心人物でありながら、稀香にその座を奪われた『名瀬シキミ』。


 韻と境遇が共通するそれらの言霊がヌウアヌ・パリの地で出会ったことで、今回の亜神が誕生したのだ。


 以上が、言霊師としての佐々木が用意した、怪異の正体への推測だった。


 「……その話が事実として、亜神はなんで稀香さんたちを狙うんだい?」

 「亜神のベースの半分がシキミさんだからですよ。能力はカネヒキリから、そして行動目的は名瀬シキミさんの影響を受けているんです」

 「行動目的……っていうことは」

 「はい。亜神の目的はシキミさんの生前の恨みを晴らすことでしょうね」


 論理はともかく、結論は納得できた。

 犠牲者たちの面子を見れば、そうとしか考えられない。


 ヒロマオリはシキミの怨念を否定したが、亜神はあくまで言霊から生まれた存在であってシキミそのものではないから、やはり霊視との矛盾はない。

 まあ矛盾がないように佐々木が推測を調整しているのもあるだろうが。


 「……照尾さんたちが敗北したのは、偽物とはいえ能力上は神と同格だったからってことか」

 「それもありますけど、ハワイ由来の亜神だったのが災いしたんでしょう。例えばエクソシストの照尾さんはアンチキリストを祓う力には長けています。ですがハワイという国は宣教師たちと交流を結んで以来、かなり早いスピードでキリスト教を受け入れてきた歴史があるそうです。なのでキリスト教視点ではハワイの神さまは必ずしも邪教扱いされていないんでしょう。だから上手く力が出せなかったんだと思います」


 もともとハワイの宗教観はかなりストイックで、「禁忌(カプ)を犯したものは天罰が下る」という教義が支配的だった。

 数多く存在する禁忌に縛られた人生。

 それに疑問をもっていた人間も大勢おり、彼らがこぞってキリスト教へ入信したことで人々は禁忌の束縛から解放されたという。


 歴史上多くの土着宗教を侵略し邪教扱いしてきたキリスト教だが、ハワイ神話に対してはそのような対立はあまりなかった。

 そう言う意味でハワイ神話は、異教ではあるがアンチキリストとまではいえないのだろう。

 エクソシストの照尾にとって、相性が悪かった可能性は大いにある。


 「……と、こんな感じですけど、所長さんはどう思いますか?」

 「どう、と言われてもなあ」


 既知の情報から逆算して推理しているため、結論部分だけを見ればある程度の筋は通っている。

 ただし「なぜそうなるのか」の部分が言霊という要素に依存しているため、高上からするとかなり強引な辻褄合わせに聞こえるのが正直な所だった。


 起こった出来事を説明する時に、韻の揃った言葉がいくつかあるから言霊がなんやかんやして亜神が生まれました。

 そんな非論理的な話をどうやって理解しろというのか。


 などと考えつつ、それでも高上はきっぱりと返事をした。


 「とりあえず、君がそう言うならそうなんだろう」

 「あれ、今の話をすんなり信じるんですか? 意外ですねえ」

 「言霊とか韻とかはさっぱりだ。だからそういうのはプロに任せるよ」


 率直かつ素直な意見だった。

 納得できようができまいが、そんなことは関係ないのだ。

 自分には確かめようがない法則世界の話なのだから。


 こういう瞬間が来ることはずっと前から分かっていた。

 佐々木に協力すると決めた時点で、彼女の出した結論に黙って従うと高上は決めていた。


 「それでどうなんだ? 亜神とやらが実際にいるとして、君はそいつを倒せるのか? この事件を無事に解決できるのかい?」

 「そうですねえ。問題ないと思いますよ」

 「照尾さんたちが破れた相手だぞ? 大丈夫なのかい?」

 「言霊絡みの怪異であれば、私なら確実に祓えるので大丈夫です。ただ一つ、それ以前の問題がありましたよねえ」


 佐々木は困ったような顔でそう言うと、高上の顔を見た。


 「亜神と対峙できればそのまま退治できるんですけど、問題は『どうやって亜神に接近するか』ですよ。どう思いますか、所長さん」


 そう問われて、高上は「ああ……」と遠い目をした。

 その問題を考えるのはまだ先の話だと思っていたが、どうやらそうも行かなくなったらしい。


 亜神に接触できれば祓える、と佐々木は自信ありげに言う。

 ではどうやって接触すればいいのか。


 亜神が出没するのは、「新月の日の帰り道」。

 シキミの死を目撃した生徒は、稀香以外全員すでに落雷死している。

 だから亜神が次に狙うのは最後の一人、稀香ということになる。


 だが。

 稀香はもう二度と新月の日に外出しないだろう。

 父親の砂根兼汰がそう宣言していたから間違いない。

 そしてそれは実際のところ、有効な安全策である可能性が高い。


 「怪異を倒せるアテができたなんて言っても、稀香さんは協力してくれないだろうね。僕だったら絶対に断ると思うよ」


 亜神を引きずり出すには、ターゲットの協力が必要だ。

 だが稀香が命の危険を犯してまで協力するはずがない。

 亜神を確実に祓えると佐々木は豪語するが、高上でさえ半信半疑なのに稀香が信用して命を預けてくれるとはとても思えなかった。


 つまり、怪異との接触は現状かなり困難ということになる。


 「どうやら今回のラスボスは亜神ではなく、稀香ちゃんかもしれません。あの子さえ説得できれば、あとは私からしたらボーナスステージみたいなものですよお」


 それは、これまでの調査とはまた違った意味で、非常に大きな難題であるように思われた。


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