八月七日 韻生まれの亜神②
「たしかハワイに来る前、私は言いましたよね。もし今回の事件が韻絡みのものだったと仮定しても、まだまだ韻が少なすぎるって」
「言ってたかもね。よく覚えてないけど」
そう答えながら、高上はぼんやりと思い出す。
ハワイ到着前の時点で佐々木が目を付けていた韻は「名瀬シキミ」と「帰り道」の二つ。
それっぽっちの言霊が揃ったくらいでは強力な怪異は生まれない、とかなんとか言っていた気がする。
「それで? もしかして、他になにか見つけたのかい?」
「二つだけですが、見つかりましたよ。そのうちのひとつが、これです」
そういって佐々木が見せびらかしたのは、先ほどから手にした剃刀。
高上は十秒ほど考えてから、ようやくその意味が分かった。
「――ああ、『アメニティ』ってこと?」
「今気付いたんですか? さっきから見せてたのに」
アメニティ。
その母音を抜き出すと、あえいいぃ。
それは、「名瀬シキミ」と韻が踏める言葉だった。
「シキミさんが落下死する一因でもある剃刀が、ホテルのアメニティだった。つまり『名瀬シキミ』さんと『アメニティ』という二つの言霊が、あの崖のうえに揃っていたんです。凄くないですか?」
「……そ、そうか」
高上はとりあえず驚いてみせた。
本当は「だからどうした」とつっこみたいところだったが、まずは話を全部聞いてから判断しようと心に決めていた。
「それにもし、稀香ちゃんがシキミさんの髪を剃刀で切り裂いたのが試し切りのつもりだったんだとしたら、もう一つ韻のカウントが増えますねえ。『試し切り』もまた、『名瀬シキミ』と韻が踏めますから」
推測に基づく強引なこじつけだったが、高上は深く考えないことにした。
とりあえず結論部分を聞くのが先決だ。
「……それで、一つや二つの韻が増えたとして、それでどうなるんだい」
「いえ、『アメニティ』も『試し切り』も、言霊としては単なるおまけみたいなものなんです」
「おまけ?」
「はい。あと一つあるんです。今回の怪異を生み出した、決定的な言霊が。そして所長さんはすでにその言葉を聞いているはずですよ」
そう言われて高上は少し考えてみたが、とくになにも浮かばなかった。
どうやら自分には押韻の才能はないらしい。
「今日はヒロマオリさんから色々と話を聞いてきました。ハワイの神話とか文化とか、それと――歴史のこととか」
また話が飛んだな。
そう思って、すぐに高上はそれを打ち消した。
ハワイ神話、そして歴史。
高上もそれらをウェヘウェヘから聞いている。
その知識が今、頭の中でなにかと繋がろうとしていた。
なにかが閃きそうだ。
「ヌウアヌ・パリの崖では昔、大きな戦争があったそうです」
「ああ。ハワイ統一を目指すカメハメハ大王と、その反対勢力だね」
「そう。決戦場となったあの崖で、たくさんの兵士たちが亡くなりました。その中には当然ですが、反対勢力の大将もいたそうです」
「僕もそう聞いた。たしか名前はカラニクプレだったっけか」
かつてオアフ島で起こった決戦に関する聞きかじりの知識を交わす二人。
その応酬はさらにつづく。
「そう。そのカラなんとかさんですけど、雷神さまの子孫だったって話は聞いていますか?」
「聞いたよ。まあ子孫云々は自称か思い込みだろうけど……ん?」
そこでようやく高上は、さっき自分が閃きかけた「言葉」に気付いた。
同時に、佐々木が急に歴史の話をはじめた理由にも。
雷神。
生命の神、カーネの化身の一つ。
その具体的な名前を聞いたのは、つい昨日のことだった。
「――そうか、『カネヒキリ』か」
その名を呟きながら、その音の響きを確かめる。
その固有名詞もまた、「名瀬シキミ」と韻が踏める言葉だった。
「そう、この国の雷神さまである『カネヒキリ』。この名前こそが、今回の事件のある意味元凶だったんですよ」
「……元凶?」
「ええ。韻の起点といいますか、はじまりといいますか」
「……???」
雷神の名が韻に絡んでいることは分かったが、その先がどういう話に繋がっていくのか高上には未だに理解できていない。
無言で説明を求めると、佐々木はすぐに解説をはじめた。
「要するにヌウアヌ・パリの崖は言ってしまえば、雷神カネヒキリの末裔が亡くなった場所なんです。神さまが実在するかは置いといて、少なくともそういう逸話や伝説が残る程度には地元でそう信じられてます。ここまではいいですか?」
「……とりあえず続けて」
「そんな場所で、『名瀬シキミ』という女の子が『アメニティ』の剃刀で髪を『試し切り』されるという出来事が起こってしまった。ここで偶然にも複数の韻が揃ったんです。しかも彼女の修学旅行において、あの崖は『帰り道』の途中に位置していたんですよ」
帰り道。
もともと佐々木が一番最初に着目していたその言葉。
以前はたしか、最後に訪問した観光場所を「帰り道の途中」と解釈しようとした佐々木の言い分にかなりの無茶を感じたのを覚えている。
だが実際に修学旅行コースを体験した今にして思えば、それはあながち間違っていなかったのかもしれない。
オアフ島の北海岸沿いにあるクアロアランチと、南海岸沿いにあるホノルル国際空港。
その中間付近に位置するヌウアヌ・パリは、地図上ではたしかに「帰り道の途中に立ち寄った」という表現がしっくりくる場所だった。
「あの崖の上で、複数の韻が揃った……それによって共鳴した言霊が生み出した怪異。それが、私たちが追っているものの正体だと思います」
「……なんだか理屈がよく分からないけど、そうやって生まれた怪異はなんで雷を操れるんだ?」
「多分ですけど、亜神だからです」
亜神。
ついさっき佐々木が唐突に口にした言葉が再び登場した。
「言霊が生み出す怪異はその元になった韻によって性質が変わるんですが、なかでも『固有名詞』の影響を強く受けるんです。今回でいえば、『名瀬シキミ』と『カネヒキリ』の二つですねえ」
「……影響?」
「おそらく今回の怪異は、雷神カネヒキリの伝承をもとに生み出されたんだと思います。神さまを模倣して造られた亜流の神性、それが亜神です」
「神と同等の力を持った偽物ってことか? そんなことが起こりえるのか?」
「韻絡みだと結構よくあることなんですよ。韻の元になった神や悪魔、妖怪なんかとそっくりの姿形や能力を宿した偽物が生まれるってことが」
言霊によって生み出された、本物の神とは違う偽物。
韻生まれの亜神。
にわかには理解も信用もしがたい内容に、高上はしばしの間なにも考えられなくなっていた。




