八月七日 韻生まれの亜神①
「最初に結論を言いますけど、私たちが追っている怪異はやっぱり、シキミさんの死をきっかけに発生した存在だと思うんです」
「……まあ、君ならそう言うだろうね」
想像通りだった。
死んだ名瀬シキミのことを最初に調べようと言い出したのは佐々木なのだから。
その考え自体は高上も否定しない。
むしろ、感覚としては支持したい気持ちのほうが大きい。
死者の怨念が怪異化したというストーリーなら、今回の事件の大部分が納得できそうだからだ。
だがそれでも、その説には指摘すべき点がいくつかあった。
「だとしたらヒロマオリさんの霊視についてはどう考えたらいい? あの人はたしかにシキミさんの事故死に稀香さんたちが絡んでいることを教えてくれた。だけど同時に、その事故と怪異は無関係だとも言っているんだぞ」
シキミはたしかに稀香に崖から突き落とされた形でこの世を去った。
だがその怨念によって彼女が怪異化したとか、他の怪異を呼び寄せたなどといった事象は発生していないとヒロマオリは言ったのだ。
彼がどのくらい高位の霊視を行える人物なのかは定かではないが、そのまま信じるのであればシキミの死は怪異とは無関係になる。
しかし佐々木は、大きく首を横に振った。
「それでも、やっぱりシキミさんの死が鍵なんだと思います」
「どういうこと? ヒロマオリさんの霊視が間違っているってのかい? それとも彼が嘘をついているとか?」
「いいえ、あのおじいさんはきっと間違ってないんです。シキミさんは怨念で怪異化したりしていないし、フアカイ・ポーや雷神さんも怪異とは無関係なんでしょうね」
「……じゃあ、それって、どういうことなんだ?」
訳が分からなくなってきた高上。
「シキミさんの死が事件に関係してると君は言ったよね。なのにヒロマオリさんも間違っていないと言い出している。その二つは、矛盾してないかい?」
「矛盾しませんよお」
佐々木は肩をすくめてみせた。
そして、聞き慣れない単語を口にした。
「きっと私たちが追っている怪異は――デミゴッドなんだと思います」
「……デミ、なんだって?」
「――亜神。純粋な神さまとは違って、半ば人為的に生み出された存在といったところでしょうか」
そういうと、佐々木は手元からなにかを取り出してみせた。
高上は、それをみてぎょっとする。
「そいつは……剃刀だね」
「はい。実はこれ、おととい手に入れたんです。稀香ちゃんが修学旅行で泊ったホテルで」
「……はあ?」
いきなりデミゴッドとやらの話が出てきたかと思ったら、今度は剃刀の話題に飛んだ。
話の繋がりが見えないこともあって、思わず苛立たしげな声が漏れる高上。
「君たち、もしかして修学旅行コースの宿泊先でなにか手がかりを掴んでいたのかい? 聞いてないんだが?」
「言い忘れてましたねえ。ごめんなさい」
「まったく、周防さんも教えてくれればよかったのに」
「そういう所長さんだって、ハワイ神話のことウェヘウェヘさんから聞いてたらしいのに、私たちには共有してくれなかったじゃないですかあ。そのせいで私、今日はヒロマオリさんにわざわざ聞きにいったんですから」
「それは、悪かったよ……」
己を振り返り、色々と反省する高上。
変なつっこみをいれたから話自体も脇道に逸れて、いいとこ無しである。
「……で、その剃刀は? もしかしてそのホテルのアメニティグッズかい?」
「そうなんですよ。そしてこれ、稀香さんが泊った部屋からごっそり無くなってたってスタッフの人が言ってました」
「ああ、ってことは、もしかしてヒロマオリさんの話に出てた剃刀って……」
「多分これのことなんでしょうねえ」
霊視によればヌウアヌ・パリの崖の上で稀香は、シキミの髪を掴んで剃刀で切り落すという蛮行に及んだはずだ。
取り巻きたちにシキミを囲ませてたというし、おそらくは日常的にそのようないじめ、もとい犯罪行為には手慣れていたのだろう。
そしてその後にシキミから思わぬ抵抗を受け、剃刀で怪我をした稀香は、怒りにまかせて彼女を崖の方へと投げ飛ばして――それがあの落下事故に至った。
「稀香ちゃんは多分この剃刀を面白半分でホテルから持ち去ったんでしょう。アメニティなら別に犯罪でもないですし、なにか色々と使えそうだって思ったんでしょうねえ」
「まあ気持ちは分からなくもない。僕の高校時代の修学旅行でも、みんなして宿泊先のアメニティを持ち帰ったり、無意味に全部開封したりしたっけな」
中学生や高校生なら、そういうしょうもないノリで行動することはありえる。
問題児の稀香がそうしたとしても違和感はない。
「……で、その剃刀がどうしたっていうんだい?」
「ここからは推測なんですけど、稀香ちゃんはヌウアヌ・パリの崖の上でシキミさんにちょっかいをかけている際に、この剃刀を使うことをふと思いついたんじゃないでしょうか。剃刀の切れ味を確かめるために、シキミさんの髪を切ってやろうかなって具合に」
「そんなことを考えたのかどうかは知らないけど、霊視によれば実際に髪を切り裂いたのは確かみたいだね」
高上がそう答えると、佐々木は手に持った剃刀で突然自分の髪の毛の一部を切り落としてみせた。
ほんの少しの毛量であったが、それはひらひらと床に落ちていく。
「なにやってるんだ。ホテルの人たちに迷惑だろう」
「試し切りですよ。私も切れ味を確かめたくなって」
剃刀はどちらかというとヒゲや体毛を剃るものじゃないのかと思う高上。
ともあれ、今のを見た感じだと切れ味は悪くないようだ。
「……で? 切れ味がなにか関係あるのかい?」
「ないですねえ。関係あるのは、行為そのもののほうですよお」
「行為?」
「それを説明する前に、先に結論だけ言いましょうか。どうやら今回の事件は、やっぱり私の専門だったみたいです」
「専門って、もしかして……」
佐々木の専門。
ここにきて高上は久しぶりに、彼女の自称する肩書きを思い出す。
床に落ちた毛髪をティッシュで拾い集めながら、佐々木は言葉を続けた。
「この事件は、やっぱり言霊が原因の可能性が高いと思います。今からその理由を説明しましょう」
言霊。
韻。
未だに理解があまり追い付いていないそれらの概念に、高上は身構える。
そしてそんな彼のことなどおかまいなしに、佐々木は解説をはじめた。




