八月六日 ヌウアヌ・パリ展望台③
名瀬シキミの死はただの事故ではなかった。
手すりの老朽化はあくまで不運であり、砂根稀香にはシキミを崖から落とすつもりまではなかったに違いない。
だが、明確に過失があるはずだ。
にもかかわらず、稀香は今も普通に学校に通っている。
調べでは、彼女がなんらかの法的罰則を受けたという事実はなかった。
周防が雇った探偵ですら、そのような話は掴めていなかった。
理由は簡単に察することができる。
稀香は、自分の過失を誰にも伝えなかったに違いない。
周囲にいた取り巻きたちも、事実をずっと世間に黙っていたのだろう。
そうやってシキミの死は、ただの落下事故として処理されたのではないか。
「じゃあ、この子たちはその場にいましたか?」
スマホの画面を次々にスワイプしながら、そう尋ねる高上。
通訳を介さずに問いの意図を察したヒロマオリは、画面に出てくる人物一人ひとりに対して、指差しながらはっきりと頷いてみせる。
思った通りだった。
「所長殿、今なにを見せていたのですかな?」
「落雷で死んだ被害者たちの生前の写真だよ。被害者たちが全員シキミさんの事故死の現場にいたみたいだ」
これまでに落雷死した五人の犠牲者。
そして、稀香とシキミ。
ヒロマオリが霊視した七人の子供たちの全員が、今回の事件に関わっている。
偶然にしては出来過ぎていた。
「ということは、我々が追う怪異の正体は、死んだシキミ殿の祟りということになるのですかな?」
周防の推測に高上は頷く。
もともとその可能性を追ってハワイまで来たわけだが、ここまで明確に「動機」らしきものがはっきりと判明するとは思っていなかった。
砂根兼汰が依頼当初から護衛対象を指定した理由も、これで説明がつく。
おそらく落雷事件がある程度起きた段階で、稀香たちは気付いたはずだ。
シキミの死に関わった者たちがターゲットになっていることに。
もっと言えば、生前のシキミをいじめていた者たちが。
そして兼汰は、娘からある程度の事情を聞いていたのだろう。
「そういうことになりそうだけど……聞いてみようか」
ウェヘウェヘを通してヒロマオリにも意見を募る高上。
きっと賛同が得られると期待して。
だが。
「……分からない、と師匠は言っている」
「そ、そうですか。だったら、この場所で死者の怨念が怪異化したとか、そんな感じの霊的な異変はなかったんでしょうか?」
我ながら質問が下手だなと思いつつ、高上はそう尋ねた。
そして、それに対するヒロマオリの返答は――。
「……『死んだ少女の霊がどうなったかは分からないが、少なくとも怨念はこの世に残らなかった。アナタたちの探している怪異の正体とは無関係だ。そう精霊たちが教えてくれた』……と師匠は言っている」
「え、そんな……」
高上は若干焦るような声をあげた。
落雷死した生徒たちはみな、名瀬シキミの死の直前に立ち会っている。
偶然でない限り、死者の祟りの類と考えるのが自然なはず。
だがヒロマオリは、そのような事象はなかったと言っているのだ。
「じゃあこの国の雷神か、あるいはフアカイ・ポーが稀香さんたちの悪行を見て天罰を与えようとしている、みたいな可能性はないでしょうか?」
「……もしそうなら、精霊たちが師匠にそう告げているはず。そうでないということは、つまりそういうことだ」
翻訳せずにその場でぴしゃりと反論するウェヘウェヘ。
高上にはそれ以上、挙げられる可能性が思いつかなかった。
シキミの死は本当に無関係なのか。
あるいは関係しているとしても、怪異のルーツがハワイには存在しないということなのだろうか。
だとしたら照尾たちが遭遇した幽霊行列も、フアカイ・ポーとは特徴が似ているだけの別物だというのか。
今さらそんな、と高上が頭を抱えていると。
「ハワイにも、雷神さまっているんですか?」
ずっと話を黙って聞いていた佐々木が、初耳だと言わんばかりに食いついた。
雷神に関しては昨日、ウェヘウェヘと二人きりのときに話題になった話だ。
だから彼女は知らなくても無理はない。
「たしかこの国にはカーネっていう生命の神がいて、それが雷を司っているんだったかな」
「へえ、そうなんですね」
高上が答え、佐々木が興味ありげに感嘆する。
だがそこへウェヘウェヘが割り込んだ。
「……そうじゃない。雷を司っているのは、カーネの数ある化身のひとつにすぎない。カーネであって、カーネそのものではない存在だ」
「ああ、化身なんでしたっけ。そういえばそう言ってましたね。すみません」
口では謝りつつも、内心では些細な違いでしかないと感じる高上。
今の彼にとって、神話上の細かい設定にはあまり興味が持てなかった。
だが、佐々木はそうではないらしい。
「そうなんですか。じゃあ、その化身の神さまにも個別の名前があったりするんですかねえ? 教えてくださいよお」
「……名前、か。ちょっと待ってほしい」
すぐには思い出せなかったのか、ウェヘウェヘはヒロマオリに現地語でごにょごにょと質問しだした。
そして何度か言葉を交わしたあと、ようやく佐々木のほうに向き直る。
「――カネヒキリ、あるいはカーネ・ヘキリと呼ばれることが多い。ヘキリとはハワイ語で『雷』を指している」
「カネヒキリ、ですか……」
「おお、なんか聞き覚えがありますぞ。そんな名前の競走馬が昔いましたな」
仏僧のくせにギャンブル好きな一面を持つ周防がひょいと横から口を挟んだ。
それを横目に、佐々木はふとなにかを考えこむそぶりを見せる。
今の話の中に、なにか気になることでもあったのだろうか。
「……とにかく、師匠が精霊を通して見た霊視によれば、この場所で起きたのは殺人に近いとはいえ、ただの落下事故だ。そこに怪異は介在していない」
「そうですね。きっとそうなんでしょう」
高上はそれ以上の深入りをやめた。
ウェヘウェヘはどうやら、ハワイの霊的存在が日本で人殺しをしているという説に嫌悪感を抱いている節がある。
それにこれ以上なにかを聞こうとすれば、それはヒロマオリの霊視そのものを疑っているように受け取られかねない。
こうして、ヌウアヌ・パリ展望台での調査は謎を残したまま終わった。
落下事故の真相を知ることができたのは、せめてもの前進といえる。
だが怪異の正体に関していえば、むしろ難解さを増してしまった。
「おう、このあとどうするんだ? まだどこかで調査する気か?」
「いえ、これからどうしようか今考えているところです」
「まあ、ゆっくり考えな。とりあえず今日のところはホテルに戻ろうぜ」
フアロエロはそういうと、駐車場へと早足で向かっていった。
他の皆もそれに続いていく。
次はどこを調査しようか。
そんな問いを思い浮かべてみても、答えは出なかった。
もう高上たちには、これ以上このハワイにおいて調べるあてがないのだ。
手がかりが最もありそうだったヌウアヌ・パリ展望台は、まさかの空振り。
今回のハワイ遠征は失敗に終わりそうだという予感が、この日の高上の頭からずっと消えずに離れなかった。




