八月六日 ヌウアヌ・パリ展望台②
それは半年以上前、一月二十一日のこと。
夕暮れ時のヌウアヌ・パリ展望台。
その駐車場に、数台のバスが止まった。
バスから降りてきたのは、異国からやってきた旅行客の少年少女たち。
齢は十代後半だろうか。
子供たちはそれぞれ、友人たちとまとまりながらヌウアヌ・パリの崖の上を思い思いに移動し、そこから見えるハワイの景色を楽しんでいた。
そのなかで、数人の子供たちが展望デッキを離れて崖沿いの小道へと入り込んでいった。
女子が五人、男子が二人。
付き添いの教師や他の子供たちも、目の前の絶景に夢中でその七人には気付かないようだった。
「落石注意」の立札を無視して、七人は小道の奥へと進んでいく。
幾分か展望デッキから離れた場所に到達すると、元いた場所からは七人の姿はほとんど見えなくなっていた。
すると、一人の女子が他の六人に囲まれた。
囲まれて逃げられない女子は、怯えたように俯いている。
周囲はにたにたと不快な笑みを浮かべていた。
そうしていると、他の女子がポケットからなにかをおもむろに取り出した。
それはどこにでもありそうな、安っぽい長柄の剃刀だった。
手のひらサイズの刃物。
だがそれを見せられたほうが小さな悲鳴をあげるには十分な代物だ。
続いて、囲まれた女子は突然髪を掴まれた。
抵抗しようとするが、周囲が押さえつけようとする。
そのまま、掴まれた髪の毛に剃刀が乱暴に当てられ、次の瞬間にはすっぱりと切り落とされていた。
泣きそうになりながら抵抗する少女。
それを見て笑う周囲。
どこの国にも一定数存在する、醜悪な光景だった。
なおも抵抗しようと必死にもがく少女。
するとその腕が、勢いあまって剃刀を弾き飛ばした。
その拍子に、すっぽぬけた刃が持ち主の頬を軽く切り裂いてしまった。
怪我をした少女は激昂する。
抵抗した子を拳で思い切り何度も殴りつけたうえで、相手の胸倉をつかんだ。
そしてそのまま、相手の体ごと崖の方に叩きつける。
叩きつけられた少女は、落下防止の手すりに思いっきりぶつかった。
本来なら、それで済むはずだったろう。
だが、不運なことが起こった。
老朽化していたのか、手すりがそのまま折れたのだ。
支えがなくなってバランスを崩した少女は、そのまま崖の外に投げ出され。
そしてそのまま三百メートル以上も下の地面へと落下した。
残された六人は、あっけにとられたように数十秒ほど固まっていた。
驚愕とも後悔ともとれぬ険しい表情。
そのうち、小声でなにかを相談しだす六人。
そうしてなんらかの方針が固まったのか、彼ら彼女らは展望デッキの方へとよろめくように歩き出したのだった。
◇◇◇
「……ここまでが、師匠がこの場所で霊視した全てだ」
大自然の精霊と交信し、過去に起こった事実を聞くことができるという古代神官の末裔、ヒロマオリ。
彼が精霊から教わったというその事実を通訳越しで聞いた高上たち。
彼らはしばらくのあいだ、驚きのあまりなにも言い出せなかった。
「それは、本当なんですか?」
「……師匠の力は当然、本物だ。疑うのか?」
少し苛立ったようなウェヘウェヘ。
高上はあわてて首を横に振る。
「ウェヘウェヘさん。ヒロマオリさんは精霊から事実を聞き出しているだけですか? それとも、霊視というからには光景も見ているんですか?」
「……光景も見えている。まるでその場にいたかのように、精霊たちがヴィジョンを共有して見せてくれるような感覚なのだそうだ」
ヴィジョン。
大自然と交信することにより得られる幻視、あるいは啓示。
アメリカ大陸では先住インディアン文化のなかでよく見られる霊的能力だが、ハワイにも似たような力をもつ者がいるということらしい。
「それじゃあ霊視で見た子供たちのうち、誰かがこの写真に映っているかどうかは分かりますか?」
高上はスマホを取り出して、画面上にある写真を表示させてからヒロマオリのほうに差し出した。
ヒロマオリは画面をじっと見つめると、小さく頷いてからなにかをつらつらと呟いた。
「……この写真に映っているのはまさに、相手を崖下に叩き落とした少女だそうだ。知り合いなのか?」
ウェヘウェヘの通訳に、高上はやはりかという気持ちになった。
ヒロマオリの話を聞いた時から、そんな予感はあった。
彼のスマホに映っているのは、砂根稀香だった。




