八月六日 ヌウアヌ・パリ展望台①
八月六日。
ハワイ滞在三日目。
この日の一行は比較的早い時間帯からホノルル市内のホテルを出発した。
別行動はせず、ガイド含めた五人固まっての移動だ。
本日最初に向かうクアロアランチは、ホノルル市から見てまっすぐ北端。
ちょうどオアフ島を横断するような道のりになる。
とはいえ島自体がそこまで大きくないので、自動車ならハイウェイ経由で三十分程度で移動可能だ。
そんなこんなで目的地に到着したのだが、やはりというかなんというか。
目の当たりにした大牧場はあまりにも広大すぎて、高上たちの心を圧倒することとなった。
「……事前に広いとは聞いてましたけど、ここを調べ尽くすのはさすがに無理ですよねえ」
「拙僧もそう思いますな」
「まあとりあえず歩き回ってみようか。なにか手がかりがあるかもしれない」
そんなことを言いながら先頭を行く高上だが、内心ではすでに諦めというかやけくそというか、もうどうにでもなれといった塩梅だった。
すでに期待の照準は、夕方に訪問予定のヌウアヌ・パリ展望台に合わせてある。
一応は日本の高校生が興味を持ちそうなエリアに絞ってクアロアランチ内を歩き回ってみたものの、およそ三時間かけて収穫はゼロだった。
最初から気持ちで負けていたのもあるが、途中からは完全に調査そっちのけで大自然の絶景を楽しむムーブになっていた。
なにしろ時間をかけて散策した割に、まだまだ未踏破エリアがたくさんある。
クアロアランチ内で手がかりを見つけ出すなんてのは、砂漠の中でコインを見つけ出すくらいの無理難題ではないだろうか。
そう考えると、もうまともに調べようなんて気にはとうていなれない。
この場所が怪異と無関係であってほしいと願うばかりだった。
◇◇◇
そんな感じでクアロアランチの調査は午前が終わる前に切り上げられた。
牧場内のカフェテリアで軽い食事をとったあと、一行はその場を後にした。
だがヌウアヌ・パリ展望台での待ち合わせにはまだ三時間ほど余裕がある。
そこで時間つぶしに一行が向かったのは、観光名所であるカイルアビーチ。
さすがに水着は持参していないので海水浴はできなかったが、海辺を眺めながら近場を散策しているだけでも十分な満足感を一行にもたらした。
「いやあ、もう完全にバカンス気分ですねえ」
「拙僧、この島に定住したくなってきましたぞ」
怪異絡みで亡くなった人々には申し訳なく思いつつも、高上たちはなんだかんだで名所観光を楽しんだ。
久々に訪れたつかの間の休息。
そもそもの話。
こんな美しい自然に囲まれた島が、本当に怪異と関係あるんだろうか?
もういっそ調査なんてやめて、観光に振り切った方が有意義なのではないか?
そんな考えが、徐々に大きくなってくる。
そしてその答えが、もうそろそろ出ようとしていた。
「時間だ。移動するぜ」
フアロエロの言葉が合図だった。
一行を乗せた車は颯爽と走り出す。
そして三十分も経たずして、目的地へと到着。
怪異の手がかりが得られそうな大本命の地、ヌウアヌ・パリ展望台である。
◇◇◇
午後四時をまわったヌウアヌ・パリ展望台。
絶景スポットで有名なだけあって、観光客がそこらじゅうをうろついていた。
「へえ、ここが展望台ですかあ。眺めがいいですねえ!」
「絶景とはまさにこのことですな。佐々木殿、写真とってもらえますかな?」
風景に夢中な佐々木と周防を横目に、高上は辺りを見渡す。
展望台という名称から物見塔のような建物を想像していたが、実際には大自然の崖淵を石で舗装したシンプルな作りに見受けられる。
崖を覗き見ると、緑に覆われた山肌が遥か下まで続いていた。
ここから落ちれば、よほど運が良くない限りは命を落とすだろう。
だが崖淵には金属製の手すりがしっかりと備え付けられてあり、よほど身を乗り出さないと落下しないようになっていた。
意図的でもない限り、不慮の事故でこの手すりを乗り越えてしまうようなことは考えにくいように思われた。
「おい、ウェヘウェヘ。あの爺さんはどこにいやがるんだ?」
「……師匠は、あそこにいる。見えるだろう?」
ウェヘウェヘが指差した方向。
そこは崖伝いにある細長い小道だった。
英語で「落石注意」の立札があり、薄暗さもあってか観光客の数も少ない。
その小道の半ばに、座り込んでいる一人の老人が見えた。
崖の方を向いて、瞑想でもしているようだ。
とりあえず一行が近寄っていくと、老人はゆっくりと顔を上げた。
そして、現地の言葉でなにごとかをぽつりぽつりと発する。
それが英語ではないことだけは、語学力のない高上にも分かった。
ハワイ語、というやつだろう。
「……『よく来た。日本の友人たちよ』、と、師匠は言っている」
ウェヘウェヘが通訳すると、老人は小さく笑った。
皺の多い肌はよく日焼けしていて、真っ白な髪とは好対照だ。
「……師匠の名は、ヒロマオリ。由緒正しいカフナの末裔だ」
「カフナ、とは?」
「……古代ハワイにおいて、なんらかの専門職を修めた階級のことだ。医学や農業、工芸などに長けた者たちが、カフナと呼ばれた。そしてもっとも多かったのは――神官だ。予言や呪術を得意とし、大自然の力を引き出すことで災いを退ける力を持っている。そして師匠は、現代において最高の力をもつカフナなのだ」
古代神官、カフナ。
日本で例えるなら陰陽師のようなものだろうか。
どの国にも、似たような立ち位置の霊能力者はいるものだ。
そしてこのヒロマオリという老人が、そのカフナであるらしい。
「……師匠はこう言っている。『精霊との交信は終わった』と」
「ということは、つまり……」
ヒロマオリに一行の注目が集まる。
彼は静かに頷いて、再びなにごとかを呟いた。
「『この場所で起こった落下事故。その真相をアナタたちに伝える』……師匠はそう言っている」
訳されたその言葉が、高上たちに緊張をもたらす。
そして、その場の全員が押し黙ったのを見計らってから、ヒロマオリはゆっくりと現地語で話しはじめたのだった。




