八月五日 神話と歴史
八月五日。
ハワイ滞在二日目。
前日に引き続き、この日も一行は二手に分かれオアフ島内を動き回っていた。
高上とウェヘウェヘが本日調査するのはホノルル市内である。
修学旅行の日程では、自由行動のタイミングが二回ほどあった。
一回目はハワイ大学から西側に広がる市街地。
二回目は宿泊先の近くにあるアラモアナショッピングセンター内。
とはいえ市街地の自由行動に関しては、当時の砂根稀香や名瀬シキミがどのあたりを散策していたのかまでは事前に調べきれていなかった。
手当たり次第の調査にも限界がある。
とりあえず高上たちはショッピングセンターを重点的に調べることにした。
センター内の各店舗に手当たり次第に聞き込みまわったのだ。
だがやはりというべきかなんというか、時間をかけて調べまわったわりに、大した情報はまったく手に入らなかった。
ホテルや大学やミズーリ艦と違って、ショッピングセンターの訪問は予約もアポも一切必要がない。
明伊敷高校側もツアー会社側も、とくに事前連絡などしていないだろう。
センター側からすれば、修学旅行客も単なる観光客の一部にすぎない。
店に来たからといっていちいち気にかけたりしないし、ましてや覚えているわけがない。
よく考えればすぐに分かりそうなものだが、高上がそれに気付いたころにはすでに午後三時をまわっていた。
「……だから言った。こんなところに来るのは、師匠と会った後でいいと」
「まあ、やれるだけはやりましたから」
「少し休むべきだ。あそこの店で、軽食をとらないか」
ウェヘウェヘの発案で、二人はセンター内のフードコートへと向かった。
観光客で賑わうなか、小さなテーブルに向かい合って座る。
料理が運ばれてくるまでの待ち時間で一息ついた高上は、ずっと思っていたことを尋ねてみた。
「――そういえばハワイには、雷神のような存在はいるんですか?」
「雷神、というわけではないが、いるといえば、いる」
即答するウェヘウェヘ。
はじめはたどたどしい口調だった彼も、多少慣れたのか今ではレスポンスや言葉の間が少しばかり早くなっていた。
「アナタは、ハワイ神話の四大神を、知っているか?」
「四大神、ですか。詳しくは知らないですね」
「そうか。では、教えておく。なにかの役に、立つかもしれない」
そう言うとなし崩し的に、ウェヘウェヘによる神話講義が始まった。
いわくハワイには古代より四人の神がいて、それぞれ信仰を集めていたという。
戦いの神、クー。
農耕の神、ロノ。
生命の神、カーネ。
大海の神、カナロア。
これらの神々が、ハワイの大自然に存在する万物を司っているという。
とりわけ雷を司っているのは、生命の神カーネであるらしい。
「……ハワイにおける雷神は、カーネの数ある化身のひとつだ。かつて古代ハワイのほぼ全土を支配していたマウイ島のカヘキリ大王は、自身を雷神の子孫だと、信じていたという」
「へえ。本当に神の子孫だったんでしょうか?」
「それは、分からない。だが仮にそうだったとして、彼とその息子は、ここオアフ島で討ち倒されてしまった。カヘキリが老衰で死んだ翌年のことだ」
「討ち倒された?」
「ハワイの実質的な支配者だったカヘキリの死後、すぐに動いた男がいた。かの有名なカメハメハ大王だ。彼はカヘキリの支配していたマウイ島をまたたくまに制圧した。カヘキリの息子カラニクプレは、ハワイ統一に向けて諸島を制圧するカメハメハの最後の敵としてここオアフ島で立ちはだかったが、ヌウアヌ・パリの決戦で破れて死んだのだ」
淀みない口調ですらすらと説明するウェヘウェヘ。
なんだか歴史の授業でも受けている気分になる高上。
そしてふと考える。
もしカヘキリやその息子が本当に雷神の子孫であれば、その末裔が散った場所こそがヌウアヌ・パリだということになる。
つまり名瀬シキミの死んだ場所は、雷神と縁があると言えなくもない。
そんな高上の考えを見てとったのか、ウェヘウェヘは釘を刺した。
「きっとアナタは、ハワイの雷神が怪異の正体かもしれないと、考えているのだろう。だが、それはありえない」
「それは何故です?」
「ハワイの神々は偉大かつ寛大だ。よその国で民を殺しまわったりはしない。雷を司るカーネは、穏やかで慈悲深い生命の神なのだから、なおのことだ」
断言されてしまった。
現地の人間がそういうのなら、きっとそうなのだろう。
そもそもカヘキリが雷神の子孫だというのは、おそらくはよくある為政者の自己申告のようなものだろう。
そんな逸話を怪異と結びつけるのは早計だ。
なんにせよ、ハワイの歴史と神話の両方に軽く触れたこの内容はそこそこ興味深いなと高上は思った。
もう少し深く尋ねてみようかと思ったタイミングで、注文していた料理がテーブルに運ばれてきた。
空腹の二人は会話を中断して、目の前の食事に取り組みはじめる。
情報の収穫はなかったが、料理の美味しさが高上をかろうじて慰めてくれた。
◇◇◇
結局、初日同様に調査の進展はなし。
別行動から合流を果たした佐々木たちも、右に同じくであった。
ターゲットの足取りも定かでない状態で漠然と現地聞き込みなどしても、結果がこうなるのは目に見えていたといえる。
一行は疲れを見せつつも、とりあえず明日の打ち合わせをはじめた。
「……師匠と会うのは、明日の午後四時の約束。その頃には、精霊たちとの交信も終わっているはずだ……」
「とりあえず明日の朝から、修学旅行最終日のコースをそのまま辿りながら時間を潰すことになるぜ。ええと、クアロアランチに行きゃよかったんだよな?」
「そうですぞ。稀香殿もシキミ殿も、選択アクティビティはクアロアランチの散策を選んでいたようですからな」
クアロアランチ。
かのハリウッド映画史に残る恐竜映画シリーズのロケ地として有名な大牧場。
同時に古代王族の聖地で、オアフ島随一のパワースポットでもあるという。
怪異となんらかの関係があってもおかしくはない場所だ。
「まあどうせめぼしい情報はねえだろうが、あそこの大自然は絶景だぜ。ちょっとしたピクニックと思って楽しんでってくれよ」
「……多少は、良い思い出を残していってもらえると、嬉しい。四輪バギーや乗馬の体験も、できるぞ」
ガイド二人は完全に観光推奨モードだった。
おそらくこの徒労気味な二日間を経て、高上たちがうんざりしていないか心配なのだろう。
もう少し肩の力を抜いてオアフ島の魅力に触れてほしいという配慮を感じる。
ともあれ。
高上としてもクアロアランチで怪異の手がかりが見つかるとはあまり期待していなかった。
あまりにも広大すぎて、完全に調べまわるのは現実的ではないからだ。
当時の砂根稀香たちがどのあたりを散策したかさえ分からないのだ。
もしクアロアランチが怪異と繋がりのある土地だった場合、高上たちでは調査しきれないので事実上の詰みとなる。
なにかが見つかればラッキーくらいの感覚でいるのが吉だろう。
本命は、明日の夕方にヌウアヌ・パリで会う予定の霊能力者のほうだ。
ウェヘウェヘの師匠であり、親分が事件解決のために頼った人物。
現状、彼の存在だけが進展の鍵だ。
その期待だけを拠り所に、一行のハワイ滞在二日目は終わったのだった。




