八月四日 アメニティ
ハワイ初日の時間は慌ただしく過ぎていった。
高上が最初に向かったのはハワイ大学。
ウェヘウェヘの通訳を介して、当時の修学旅行中に生徒たちと相対した教員や学生たちに聞き込みを行ったのだ。
彼らはみな、半年前に日本の高校生たちと文化交流したときのことをある程度は覚えていた。
楽しいグループワークだった、生徒たちは元気だろうかなどと証言しており、彼らにとっても良い刺激になったようだ。
だが砂根稀香や名瀬シキミといった特定の生徒の名前を出しても、いまいち反応は芳しくなかった。
個人名までは覚えていないし、そもそも生徒一人ひとりの動向までをいちいち気にかけてはいなかったらしい。
そんな状態だったので、あまり大した情報は得られずじまいだ。
それから、レンタカーを飛ばしてパールハーバーやミズーリ艦を訪問した。
生徒たちの見学ツアーに立ち会った艦内スタッフに話を聞くことができたが、結果は大学と同じようなものだった。
その後、陽も落ちてきたので予約していたホテルにチェックイン。
しばらくして別行動していた周防や佐々木とも合流。
そのあと一行は、フアロエロに勧められるままホテル近くのディナーバーで夕食を取ることにした。
地元スタイルのハンバーガーやガーリックシュリンプを食べながら、一行はその日の出来事を報告しあった。
もっとも、とくに有益な情報はお互いに得られなかったようだ。
まあ初日からそう簡単に上手くはいかないだろう。
どちらかといえば本命は二日後に訪問予定のヌウアヌ・パリ展望台。
そこで会う予定の霊能力者ヒロマオリがもたらす情報がどのようなものかに全てがかかっている。
「――今さらなんだが、別に他の場所にわざわざ行かなくても良くねえか? 明日はビーチでバカンスでも楽しんだほうがいいんじゃねえの?」
「……師匠の霊視結果によっては……そこで全てが明らかになる……ヌウアヌ・パリが事件の鍵となっている可能性が高い以上は……他の場所を調査するのは師匠と会った後でもいいと思う……明日は余暇にすべきだ」
今日一日の調査活動の徒労っぷりを見ていたガイド二人は、そのようなことを言い出す。
彼らとしてもあちこち島中をあくせく動き回るより、ゆっくりしたいのかもしれない。
その後は誰が言い出すでもなく解散、自由行動の流れとなった。
フアロエロから酒場に誘われた高上だが、一刻も早く疲れ切った体を休めたいという理由で断った。
解散後一足先にそそくさとホテルへ戻った高上は、そのまま部屋のベッドにダイブ。
寝床面積がやや小さいもののシーツや布団が異様にふかふかしており、高上は疲労も相まって心地よい眠りに落ちていった。
◇◇◇
「所長殿には報告しなくてもよかったのですかな?」
「いいんですよお。まだ、事件との関係があるかどうかも分かりませんし、周防さんだってそう思ったから共有しなかったんですよねえ?」
先にホテルへ戻った高上とは対照的に、ゆったりと歩く佐々木と周防。
夜のホノルル市内。
周囲にはちらほらと通行人がいたが、佐々木が手に持っているものに気付くと皆一様にぎょっとして距離を取っていた。
佐々木が手にしていたものは、小さな安っぽい剃刀だった。
よく髭を剃るために使われるようなT字型ではない。
プラスチックの持ち手に細長い金属刃が付いた長柄タイプだ。
刃渡りは五センチ程度だが剥き出しなので、それで斬りつけられれば怪我してしまうのは間違いない。
そんなものを持って町中をうろついている旅行者がいたら、通報されても文句は言えないだろう。
「拙僧には分かりませんな。そのようなどこにでもありそうな剃刀が今回の怪異に関係あるんですかな?」
「関係ないかもしれませんねえ」
そっけない佐々木の返答に、周防はそれ以上なにも聞かなかった。
◇◇◇
その剃刀は、佐々木たちがとあるホテルで手に入れたものだ。
彼女たちが今回宿泊する予定のホテル、ではない。
明伊敷高校の生徒たちが修学旅行中に滞在したホテルである。
生徒たちの宿泊先は、一応は調査対象に含まれていた。
もしかしたら客に怪異が憑りつく呪いのホテルかもしれないし、そうでなくてもなにかの手がかりがあるかもしれないからだ。
もっとも、実際に訪問してみたところでは、ホテル自体にはなんの異常も見当たらなかった。
周防の見立てではとくに霊障の痕跡もなく、怪異とは無関係とみられる。
ただ。
ホテルスタッフたちに修学旅行当時のことを聞き込みしていたところ、一人の清掃員から妙な証言を聞くことができたのである。
「大したことじゃないんですけどね。生徒さんたちがチェックアウトしたあとに部屋の清掃をしていたんですが、ある部屋でアメニティの剃刀が全部なくなってたんです」
「アメニティ、ってなんですか?」
清掃員の話を丁寧に通訳するフアロエロを遮って、佐々木が質問した。
自分で答えてやればいいのに、フアロエロはそのまま馬鹿正直に英語訳して清掃員に質問を投げる。
清掃員は苦笑しながら近くの部屋を指差して答える。
「お客さんが快適に泊れるように、ちょっとしたグッズを全ての部屋に置いてあるんですよ。櫛とか歯ブラシとかシャンプーハットとかですね」
「ああ、あれのことですかあ。よく見るやつですねえ」
「どのグッズも常に五個になるように毎日補充してるんですが、あの日は剃刀だけ全部なくなってました。泊った生徒さんの誰かが全部持ち帰ったんでしょう。お金持ちの学校だって聞いてたので、こんな安物を欲しがるなんてちょっと意外だなあって思って、ずっと印象に残ってたんです」
清掃員は、件の剃刀をひとつずつ佐々木と周防に手渡した。
重量感も高級感もない、大量製造品といった具合の代物だった。
「剃刀が全部なくなってた部屋に泊まった子たちのことって覚えてます?」
「流石にそこまでは記憶にないですよ」
「その部屋の番号は覚えてませんかな?」
周防がそう尋ねると、清掃員は少し悩む素振りをした。
それを答えることが顧客情報流出にあたるかどうかを心配したのかもしれない。
だがほどなくして、回答は返ってきた。
「三〇八号室でしたよ」
それを聞いた周防は、感謝の言葉を直接英語で伝えた。
それ以上はとくに聞きたいことは残っていなかった。
清掃員はにこりと会釈し、仕事に戻っていく。
一通りの聞き込みが終わり、そのホテルをあとにする佐々木達。
今聞いた一連の話は、直接は怪異と関係なさそうに思える。
ただなんとなくではあるが、周防と佐々木の心に引っ掛かっていた。
たしか事前に確認した探偵の調査報告書の片隅に書いてあったのだ。
そのホテルの三〇八号室は、砂根稀香が宿泊した部屋だ。
この話が事件と関わりがあるかどうかは、まだ分からない。
こうして、時差も含めるとあまりにも長く感じられた八月四日が終わった。
明日はハワイ滞在二日目。
翌日の活力を養うため、一行はそれぞれの休息に入っていったのだった。




