八月四日 上陸と合流
「到着しましたよ! 所長さん! ハワイですよハワイ!」
「テンション高いなあ。少し落ち着きなって」
「落ち着いてられませんよ! ついに念願の海外に来たんですから!」
「……元気そうで羨ましいよ」
ホノルル空港のロビーに差し込む夏の陽光が、飛行機を降りた乗客たちを祝福している。
元気が有り余っている様子の佐々木にたいして、高上はすでに疲労困憊に近い有様だった。
成田空港から直行便で出発したのが八月四日のおよそ二十時のこと。
そこから八時間のフライトを経て、ハワイに到着したのが同日の朝九時ごろ。
時刻の計算が合わないようにみえるのは、十九時間におよぶ時差のためだ。
ざっくりいえば、日本から見たハワイの時刻は「五時間後の昨日」である。
長い長い空の旅の間、高上はまったく体を休めることができなかった。
人生初の海外旅行に対する緊張と、格安航空の狭い座席のせいだった。
フライト中に十分な睡眠を取っていた佐々木や周防とは違って一睡もできなかった高上。
しかもこの地では、今まさに朝が始まったばかり。
今から日が暮れるまでにあと十時間ほどかかるという事実に、早くも彼の心は折れそうになっていた。
「なあ、周防さん。とりあえず今日はホテルで休むことにしないかい?」
「そうは言いますがな。これからガイドと合流して、オアフ島を一回りする予定だったはずですぞ」
周防の言葉に、高上は気落ちしつつ溜息を吐いた。
たしかに今日の予定はすでに組まれている。
実は高上は事前に、ハワイ行きの事情を親分に報告していた。
その際に親分の厚意で、現地の案内人を二人ほど手配してもらっていたのだ。
一人はハワイで活動する霊能力者で、親分の古い知り合いらしい。
怪異の正体に迫る助けになるかもしれないということで、あまり親しくもないのにわざわざ連絡をとってくれたのだ。
もう一人は土地勘に優れた現地のガイドで、件の霊能力者の通訳も兼ねて雇うことになっていた。
ハワイにはいくつか島があるが、今回高上たちが訪れたのはオアフ島だ。
州都ホノルルを擁し、ワイキキやカイルアビーチ、ダイアモンドヘッドなどの名所が目白押しの島である。
明伊敷高校の修学旅行もまた、この島が舞台だった。
ガイドたちは事前に修学旅行コースを共有されており、今日のためにいろいろと準備をしてくれているはずだ。
であれば、少しくらい体調が優れなくてもその労力を無碍にはできまい。
そう心に強く思うことで、高上は自分を奮い立たせようとした。
そのとき。
空港の出迎えロビーの方から、二人の人物がゆっくりとこちらに向かってきた。
そのうち片方の男が、意気揚々と流暢な日本語で話しかけてくる。
「ようよう。アンタが親分の言ってた、タカウエミハルかい?」
「はい。私が高上です。よろしくお願いいたします」
「そうかい。んじゃ、そっちのスキンヘッドなプリーストがスオウで、そっちの嬢ちゃんがササキか。聞いてた通りだが、端から見てる分には妙な組み合わせの三人だなぁ、おい」
そう言って男は豪快に笑う。
親分が雇ってくれた通訳ガイドに間違いなさそうだ。
どうやって自分たちを見分けたのかと思っていたが、口ぶりから察するにおそらくは周防の外見を目印にしたのだろう。
たしかに仏僧を引き連れた三人組は、観光客の群れのなかにあってもこれ以上なく目立つ。
「フアロエロ、それがオレの名だ。よろしくな、旦那」
「どうも、フアロエロさん。今日は会えてとても嬉しいです」
「堅苦しいな、アンタ。まるで国語の教科書みてえな喋り方だぜ」
「そういう貴方はずいぶんと日本語がお上手ですね」
「昔、日本で少しだけ働いてたのさ。そのとき悪霊に絡まれたことがあって、アンタんとこの親分に救ってもらったんだよ。だから今回、ガイドの依頼が来たときは嬉しかったぜ。少しでも恩返しになりゃいいんだがな」
人当たりの良さそうなガイドのようで、まずは安心する高上。
幸先が良さそうだ。
「それじゃあ、そちらの方が霊能力者の?」
フアロエロの横に立つ若い男を見て、高上が尋ねる。
雇ったのは二人組だから間違いないはずだと思ったが、しかしフアロエロは大げさに首を横に振った。
「違うんだな。そっちは同業者のウェヘウェヘ。今日は代理で来てんだ」
「……代理?」
聞き返すと、ウェヘウェヘと呼ばれた男が軽く会釈した。
ごにょごにょと挨拶らしき言葉を発するも、声が不明瞭でよく聞き取れない。
フアロエロとは対照的に、どこか陰気な感じがする人物だった。
「ああ、あんたの言う霊能力者はヒロマオリっつう爺さんなんだが、今は一足お先に事故現場にいるぜ」
「一緒には来なかったんですか?」
「まあな。爺さんの家が事故現場の近くなもんでよ。ご老体にわざわざ空港まで来させるのも悪いし、現地集合ってことにしたわけよ」
「そうなんですね。それでは待たせたら悪いですし、急いで向かいましょう」
「その必要もねえのさ。待たせといて問題はねえんだ」
きっぱりとそう告げるフアロエロ。
どういうことかと首を傾げる高上に対して、これまで黙っていたウェヘウェヘがようやく口を開いた。
「師匠は……今ごろ大地と交信している……。半年前になにがあったのか……精霊たちが教えてくれるだろう……。だがそれには……二日くらいかかる……だから我々は……明後日くらいに合流すればいい……」
ぼそぼそと、それでいてゆっくりとした喋り方だった。
口ぶりからすると、ウェヘウェヘは霊能力者の弟子らしい。
今の言葉を聞いて高上は、なんとなく状況を察した。
おそらくその師匠とやらは、自然と対話するシャーマンの類なのだろう。
名瀬シキミの死に際に一体なにがあったのか、精霊に聞き込みをしているということらしい。
いわば霊的な存在を介したサイコメトリー。
その力が本物であれば、これ以上なく頼りになるものだ。
その人物を紹介してくれた親分には本当に頭が上がらない。
「そういうわけだからよ。アンタらにはこれから二日かけて、事前にこっちが聞いてた修学旅行コースを俺らと一緒に巡ってもらうことになる。観光地ばっかだしバカンスツアーみたいなもんだな」
「そしてコースの最終地点が……師匠のいる展望台だ。合流する頃には……師匠と精霊の交信も……きっと終わっているだろう……」
ガイド二人はそういうと、一行の荷物を両手いっぱいに預かってから車両降車場のほうへと歩き出した。
ゆったりと後を追う一行。
空港の建屋を一歩出ると、太陽光が肌に優しく降り注いだ。
気温は高いのだろうが、湿気が低いためかそこまで暑苦しさは感じない。
時おり吹き抜ける風がとても心地よい。
さすがは世界的なリゾート地である。
こんな場所に、凶悪な怪異の元凶が本当に存在するのだろうか。
ハワイの穏やかな景色を前に、そんな考えが思わず浮かんでくる高上だった。




