七月二十九日 発起
親分からの電話が終わってからおよそ二時間ほど経過したころ、ようやく周防と佐々木が事務所に戻ってきた。
ハワイで死亡した名瀬シキミの遺族にいろいろと話を聞いてきた二人。
その結果がこれから、高上に報告されようとしている。
「それで、どうだったんだい?」
「いやあ、所長さんが聞き込みを反対してた理由がよく分かりましたよ。残されたご家族にお話を伺うのって、なんだかこちらまで辛くなってきますねえ」
「だからやめとけって言ったんだけどな」
「でも、個人的には収穫もあったと思いますよ」
佐々木はあっけらかんにそう言った。
横で周防も小さく頷く。
どうやら少なからず進展はあったようだ。
「まずシキミさんの人柄ですけど、もともとは凄く明るくて社交的な性格だったみたいですねえ。クラスではいつも中心にいて、体育祭や文化祭でも周囲をひっぱって盛り上げるタイプの、いわゆる陽キャさんだったそうみたいです」
「拙僧らも去年の写真を見せてもらいましたが、笑顔が素敵で快活な女子といった印象でしたな。ご友人と一緒に映った写真もたくさんあって、交友が広かったようにお見受けしましたぞ」
佐々木と周防の話からすると、名瀬シキミは良好な高校生活を送っていた明るい女子高生だったようだ。
だが高上は、佐々木の言葉に引っかかるものがあった。
「……もともとは、って言ったように聞こえたけど、どういう意味?」
「はい。ご両親の話では、あるときを境に性格が暗くなって部屋に籠るようになったみたいなんです。学校も休みがちになって……でも理由を聞いてもシキミさんは答えてくれなかったそうです」
「へえ。あるときって、いつ頃のこと?」
「去年の九月ごろからって言ってました」
去年の九月。
最近も聞いた気がするな、と高上は記憶を辿る。
そしてすぐに思い至った。
たしか昨日、周防が報告してくれた探偵の調査内容にその話題があった。
「稀香さんが明伊敷高校に転校してきたのが、ちょうどその頃だったね」
「そこに気が付くとは。それじゃあ、つまりどういうことかも想像はつきますよねえ」
「推測にすぎないけれど……稀香さんがクラスにやってきてから、シキミさんとの間になんらかの人間関係のトラブルがあった可能性があるね」
根拠はない。
だが、大きく外してもいないだろうという感覚が高上にはあった。
稀香の転校時期と、シキミが変調した時期。
それらの一致はきっと偶然ではない気がする。
「あとお母さまの話では、シキミさんはあまり修学旅行の参加には乗り気じゃなかったみたいですねえ」
佐々木がそう付け加えた。
もともと快活でクラスの中心人物だったという名瀬シキミが、一大青春イベントともいうべき修学旅行に消極的になってしまう理由。
それはきっとよほどのものなのではないか。
「……もしかしたら、クラスで孤立していたのかもな」
「私もそう思いますねえ。ご両親は、シキミさんがいじめを受けていたんじゃないかって思っていたみたいですけど」
いじめ。
それが事実だとしたら、奇しくも調査初期のころに佐々木が言っていた推測が当たっていたことになる。
そして今となっては、それは可能性の低い話でもない気すらしてくる。
転校後すぐに二年四組を支配下においたという問題児、砂根稀香。
その過程で、もともとクラスの中心にいた名瀬シキミと対立した可能性は十分にある。
反目し合ったか、あるいは一方的な敵意か。
そして結果として稀香がシキミをクラスの中心から追い落として、あまつさえそのまま執拗に虐げ続けた。
そんな推測が浮かんできそうだった。
もちろん、今のところはまったくの想像でしかないが。
「ともかく、これでシキミさんが稀香さんに恨みを抱いていた可能性が本格的に見えてきましたねえ」
「ずいぶんと恣意的な見立てだけど、否定もしきれないな」
「となれば私の想像通り、事故死したシキミさんの霊が怪異化して稀香さんたちを狙ったという推測も、現実味を帯びてきたんじゃないでしょうかねえ?」
佐々木の言葉に、高上はしぶしぶと頷く。
仮説に仮説を重ねた佐々木の推測は、決して論理的とはいえない。
どちらかというと思いつきのストーリーに、状況証拠が当てはまっていくのを見て喜んでいるだけにすぎないだろう。
否定はしづらいが、手放しに肯定する気にもなれなかった。
こういうときはどうしたらいいのだろう。
「……もし怪異の正体がシキミさんの霊だったとして、君は解決できる?」
「まだちょっと分かりませんねえ。まだこの事件には、言霊が絡んでいるかどうかが定かじゃないので」
「だったらここから先、僕らはどうしたらいいんだ?」
少し声を強めながら高上は佐々木の目をまっすぐに見つめた。
「この際、いったんは君の推測が正しい前提で動こう。僕には他にいい考えも浮かばないしね。それで、これからどう動けば君はこの事件を解決できる?」
「そうですねえ。まずはやっぱり情報をもっと集めたいところです」
即答する佐々木。
「仮に今回の事件が韻絡みだったとして、今のところ韻が少なすぎます。それなのにここまで強大な怪異になっているのはおかしいんですよ。まだ私たちの知らないところで、別の韻が事件に絡んでいるはずなんです」
「説明されてもよく分からないけど、とにかくまだ調査が足りないってこと?」
「はい。そこで私、一つ考えたんですけど……」
そう言うと佐々木はスマホを取り出して、画面を高上に向けてみせた。
なんだなんだと覗き込む高上と周防。
画面には、飛行機の搭乗予約サイトが映っている。
東京から出発する国際線のページで、行先にはホノルルと書かれていた。
ご丁寧に、搭乗人数の選択欄には三名と表示されている。
「今は便利ですよねえ。スマホで航空券を簡単に予約できるんですよ」
「……まさかとは思うけど、ハワイに行こうなんて言いださないよね?」
「やっぱり現場を見たほうが、いろいろと参考になると思うんです。新しい情報やヒントが見つかるかもしれませんし。少なくとも事故死の現場は見ておきたいところですねえ」
どうやら本気らしい。
高上と周防は思わず顔を見合わせる。
こうして、調査の舞台は国内から海外へと移っていく。




