七月二十八日 新情報②
「道行く人を襲う怪異は世界にたくさんいると思います。でも、帰り道に限定して襲ってくる怪異となると、あまり聞かないと思いませんか?」
「それはそうかもしれないけど、それで?」
「怪異が帰り道にこだわる理由……私はずっとそれを、誰かの執着や怨念によるものだと考えていました。つまり、怪異の正体は人間の霊なんじゃないかって推測していたんです」
その言葉に、高上は佐々木と初めて出会った日のことを思い出した。
霊能力者たちが顔合わせをしたあの日。
たしかに佐々木はこう言っていた。
怪異の正体は人間霊なのではないか、と。
そのときは「人間霊ごときでは雷は操れない」と周囲から反論されていた。
でもひょっとすると、その後もずっと佐々木は、その可能性をずっと心に持ち続けていたのかもしれない。
だとしたら。
「もしかして、君はこう言いたいのか? 怪異の正体が、事故死した生徒の霊かもしれない、と」
「……可能性は、あると思ってます。怪異の正体が言霊関係じゃないなら、もしかしたら人間霊のしわざなんじゃないかなって」
「たかが高校生の幽霊に雷を操れるとは思えないよ。それに照尾さんたちを破った幽霊集団はどうなるんだ?」
「雷の件については全然分かりません。でも幽霊集団については多分、所長さんの言っていた通りなんじゃないですか?」
「僕の……?」
「ハワイにはいるんですよね? 幽霊行列の怪異が」
たしかにいる。
遭遇した照尾によって実況されたその姿かたちの特徴が似たハワイの怪異。
かつて戦死した兵士たちの幽霊、フアカイ・ポーが。
「根拠もないですけど一つの仮説として……きっと死んだ生徒の子はなにか稀香さんたちに恨みを持っていて、だから死後に復讐をしようとしたんです。そして理由は分からないですけど、その子の復讐にハワイの怪異が協力したんじゃないでしょうか」
根拠も理由も置き去りにした佐々木の考察。
それは推測を通り越して、ただの予想だった。
「周防さん、その事故はいつ起こったか分かりますか?」
突然質問を振られ、周防は慌てて手元の資料をぱらぱらとめくる。
「……今年の一月二十一日ですな。修学旅行最後の日だったようですぞ」
「へえ。それってもしかして、新月の日じゃないですか?」
慌てて周防が手元のスマホでネット検索する。
その表示画面を高上も横から覗きこむ。
佐々木の言う通りだった。
怪異による最初の落雷犠牲者が出たのが、二月の新月の日。
その前月、しかも同じく新月の日に事故死した生徒がいるのははたして偶然なのか。
「それと、事故が起こった時間帯は、書いてあります?」
「現地時刻の十五時半ごろとのことですな。帰りの空港に向かうまえに立ち寄った最後の観光地で事故が起こったと……」
「やっぱりそんな感じでしたか」
「やっぱり?」
怪訝な顔で聞き返す周防に、佐々木はこう返した。
「言い換えればその子が亡くなった場所は、修学旅行の『帰り道』の途中だったと言えませんか?」
「……拙僧には少々強引に思えますが、そう言えなくもないですな」
「私の考えはこうです。『帰り道半ばで命を落とした子の幽霊が、生前の恨みを晴らすために怪異になった』と」
溜息が出そうなほど短絡的な推測だった。
だが、まるっきりありえないと否定できるかと問われると、決してそうとも言い切れない。
佐々木の考察は突飛かつ強引だが、これまでスルーされてきた「なぜ怪異が現れるのは帰り道だけなのか」というポイントに触れている。
帰り道の途中で死んだ霊だから、誰かの帰り道にだけ現れる。
そんな言葉遊びのような制約は、古来から存在する怪異にはあまりない。
だが都市伝説や怪談などのミーム怪異にはそれなりによく見られる傾向だ。
今回の怪異がそうであってもおかしくはない。
「どうですか、所長さん?」
「う~ん。最後の観光地で命を落としたって周防さんは言ってたけど、それは帰り道にはカウントしないんじゃないのかって気がするよ」
「帰り道に立ち寄ったという解釈じゃ、だめですかねえ」
「少し『帰り道』に着目しすぎてない? 結論ありきというか……」
「だって、偶然とは思えないんですよ。ほら、死んだ生徒さんの名前、なんていいましたっけ?」
急な質問に、高上は少し考えこんだ。
ついさっき周防が報告してくれたその名前を、脳内から引っぱりだす。
「ええと、たしか名瀬シキミさんだったね。でもそれがどうかしたのかい?」
「……この事件を追ってきて、はじめて揃ったんですよ」
「え? いや、だからなにが?」
「韻です」
「……は?」
佐々木の言葉に、高上は一瞬混乱した。
そして数秒ほど経ってから、ようやく彼女の言わんとすることに気付く。
帰り道。
名瀬シキミ。
この二つの言葉は、母音の並びが同じだ。
「偶然かもしれませんが、ようやく韻が揃いました。たった二つですが、今回の事件に言霊が関係している可能性がほんの少しだけ上がったみたいですねえ」
そう言って佐々木は小さく笑った。
もう少し詳しく説明してくれと高上が頼んだものの、佐々木は「まだ分かりません」としか答えない。
現時点ではまだ、なにもかもが仮説の段階だという。
それを肯定するにも否定するにも、どうやら情報が足りていないようだった。




