七月二十八日 新情報①
再調査から二日目の夕方。
この日も、佐々木は事務所に居座って高上と意見を交わしていた。
といっても、すでに二人のなかで議論は煮詰まっている。
考えても、推論に推論を重ねるような思考にしかならない。
新しい情報、すなわち外部の探偵に依頼した調査の結果待ち状態だ。
そんな折、事務所の扉が開いた。
探偵の調査報告書を持って、周防がようやく帰ってきたのだ。
「おかえり、周防さん。首尾はどうでした?」
「まだまだ途中報告の段階ですが、興味深いことが分かりましたぞ」
周防の言葉に、高上と佐々木は顔を見合わせた。
新情報がいかなるものなのか、期待がかかる。
「まず最初に、砂根稀香殿の普段の素行に関しては、まあ予想通りでしたな」
「というと?」
「彼女は学校生活でも傲慢かつ高飛車で、クラスにおいては支配者のような存在だったようですな。学校内でも恐れられていたようですぞ」
とくに驚きもなにもない情報だった。
以前に稀香に関する聞き込みをした際、生徒たちの誰もが口を噤んでいた理由がこれではっきりした形だ。
「気に入らない相手は取り巻きを使って追い込んだり、教師や先輩相手にも揉め事を起こしたりと、なかなかやんちゃなお嬢さんのようですな」
「まあ薄々気付いてはいたけど、結構ろくでもない子だったか」
「ええ。ちなみに稀香殿は去年の九月頃に転校してきたとのことですぞ。あの高校に来てから、まだ一年も経っていないそうですな」
「へえ。一年足らずで学園の問題児か」
「転校してすぐに二年四組の中心グループだった生徒たちを支配下においたようですぞ。落雷で死んだ被害者たちは皆、その中心グループの子たちだったとか」
稀香に関する情報が少しずつ見えてきた。
だが今のところ、怪異そのものとはあまり関係なさそうなものばかりだ。
「続いて所長殿も気にしていた、修学旅行先のハワイでの稀香殿の動向ですが……これは流石に分かりませんでしたな」
「やっぱり海外滞在中の動向調査まではさすがに厳しかったってことかい?」
「そうですな。試しに探偵が何人かの生徒に聞き取り調査をしたのですが、それでも分からなかったようですぞ」
仕方がないことだ、と高上は思った。
自分が生徒だったとしても、せっかくの修学旅行でいちいち他人のことなんか気にしていられないだろうし、半年前のことを今さら思い出せるはずもない。
あるいは以前の聞き込みのときのように、稀香からの報復を恐れて不都合な事実を伏せているのかもしれないが。
「じゃあ、とくに役立ちそうな情報はなしってことかい?」
「稀香殿に関していえば、そうですな」
「……もったいぶった言い回しだね。なにか分かったことでも?」
そう尋ねると、周防は少しだけ声を落として答えた。
「これは稀香殿と関係あるかどうか分からないのですが……その修学旅行中に生徒のなかで死者が出ているようですな」
「……は? 死者? ハワイでってことかい?」
予想外の情報に、驚愕の声をあげる高上。
周防は小さく頷いてみせた。
「怪異とは無関係だと思いますが、観光名所の崖の上から不運にも転落死したそうですぞ」
「それはなんともかわいそうな話だね。楽しい修学旅行のはずだったろうに」
「おいたわしいことですな。たしか名前は――」
手元の報告書類を二人に見せながら、周防はその名を告げる。
「――名瀬シキミ。稀香殿のクラスメイトだった女子ですな」
◇◇◇
ハワイでの稀香の動向を調べていたと思ったら、彼女のクラスメイトの事故死が突如として判明した。
その事実を知った高上が真っ先に考えたこと。
それは「今回の怪異と関係があるのか」という点だった。
「日本ではニュースになりませんでしたが、ハワイの地元紙ではそこそこ報道されたみたいですぞ」
「転落死、というのは、たしかなのかい? 本当に事故?」
「転落の瞬間を見た者はいないようですが、そう報じられてますな。自殺や他殺の可能性もあったそうですが、すぐに警察は事故と断定したようですぞ」
半年も前に海外で起こった事故。
ただ今の話を聞く限りでは、怪異の犠牲者という感じはあまりしない。
きっと不慮の事故だったのだろう。
「どんな子だったのかは分かるかい? 稀香さんとは友達だったのかな?」
「そこまではまだ調べていないですぞ。なにぶん、無関係な故人の調査は軽々に着手すべきではないですからな。もし本当に必要であれば探偵殿に依頼しますが、どうされますかな?」
そう尋ねられて高上は、ううむと唸った。
自分たちが追っている怪異の正体と無関係なのであれば、あまり掘り下げるべきではない。
おそらくは周防と探偵もそう考えている。
判断しかねていると、さっきまで黙って聞いていた佐々木が口を開いた。
「ぜひ依頼してください。探偵さんに」
「……本気か? 君はこの事故が、怪異と関係してるって考えるのかい?」
「そんなの、調べてみれば分かることじゃないですか。関係してたら儲けものですよ」
仮に無関係だったとしても、「無関係だ」という確信が得られたなら調査は無駄にならない。
そういう意味では、佐々木の言うことは一理あるかもしれない。
しかし、高上の懸念はそういうことではない。
「故人の素行や性格などを調べようとすれば、やっぱり残された家族や友人などへの聞き込みがメインになってくるだろう? でもそれをしたら故人のことを思い出させて、相手を傷つけてしまうかもしれないじゃないか」
「拙僧も同感ですな。いたずらに故人を暴くのは人の道に外れますぞ。それとも佐々木殿は、なにか考えがおありですかな?」
そう問われて佐々木はしばらく考え込む。
そして、少し自信なさげに答えはじめた。
「……私、事件のことを聞いた時からずっと考えていたんです」
「考えてたって、なにを?」
「怪異が現れるタイミングです。なんで、『帰り道』なんだろうって」
なにを言っているんだ、と高上は思った。
たしかにそれは謎の一つだが、今の話の流れとどう関係があるというのか。
そんなこちらの疑問を感じ取ったのか、佐々木は続く言葉で自分の考えを話しはじめた。




