七月二十七日 調査再開
高上が佐々木への協力を宣言した翌日。
佐々木は再び事務所を訪れていた。
未解決怪異の調査再開、仕切り直しとなる一日目。
「これからは私が所長さんの依頼主みたいなものなんですからね。いろいろと協力してもらいますよお」
「お手柔らかに頼んどくよ」
先日までは、高上が佐々木に業務を二次委託する側だった。
いわば佐々木が下請けだったわけだが、これからは違う。
ビジネスにおける二人の主従関係は、すでに逆転していた。
「まずは砂根稀香ちゃんのことをもっと調べましょう。前回は所長さんが乗り気じゃなかったし、依頼主からも止められてましたけど、今はもう関係ないですからねえ」
「……そう言えば君は、やけに稀香さんにこだわってたな」
「だってあの子、絶対なにか怪異に狙われるようなことをやらかしてますよ。あの親子の態度を見てたら、絶対そうに決まってますって」
「メタ推理はやめようか。まあ、否定はしないけど」
今となってはもう高上も、佐々木の主張に異議を持っていない。
砂根親子がなんらかの事情を隠していることは自明だった。
怪異のターゲットを知りえていた時点で、それは間違いないと思う。
以前までその部分は、契約上の制約で深く詮索できなかった。
だが今は、契約そのものが終わっている。
であれば、法に触れない範囲で内偵していくことは、怪異討伐においてむしろ必要不可欠だ。
もちろん、砂根親子に見つかればやっかいな横槍を受けかねないので慎重に進める必要はあるだろうが。
「稀香さんの調査については……周防さん、どこかの探偵に頼めるかい?」
「承知いたしましたぞ」
霊能事務所は様々な案件に対応するために、日頃からいくつかの探偵事務所と提携していた。
今回は素行調査を得意とする探偵を雇い、稀香の私生活を調べることにする。
稀香の高校生活におけるクラス内の立ち位置や人間関係がどんなものだったか。
そのなかで抱えていたトラブルはなかったか。
今年あるいは去年あたりで、怪異と出会うような出来事や兆候はなかったか。
そこらへんを知ることができれば、なんらかのヒントが得られるかもしれない。
目星をつけた探偵と打ち合わせをするため、周防は事務所を出ていった。
事務所に残された二人。
ちょうど昼食どきだったので、高上は出前でも取ろうかと思い立つ。
そして佐々木に声をかけようとしたが、彼女はいつのまにかスマホから伸びたイヤホンで耳を塞いでいた。
「なあ。なにか食べたいものがあったら言ってくれないか?」
しかし佐々木は聞こえていないのか、返事をしない。
気を引くため、顔の前で出前チラシをぱたぱたとちらつかせてみる。
ようやく佐々木はイヤホンを外すと、高上のほうを見た。
「お昼ですか? 私、ラーメンが食べたいです」
「……福岡で食べてこなかったのか?」
「食べたかったんですけど、あまり暇がなかったので」
そっか、とだけ返して、高上は出前の注文電話を入れた。
電話のあと佐々木のほうを見やると、彼女はまたイヤホンを耳にかけようとしていた。
パッと見では、音楽でも聴こうとしているように見える。
そうであれば人前で失礼な話だが、そうではないことを高上はなんとなく気付いていた。
「……まだ、アレを聴いてるのかい?」
そう尋ねると、佐々木は小さく頷いた。
「ほかに手掛かりも取っ掛かりもありませんしねえ」
佐々木が聴いているもの。
それは、録音記録だった。
照尾たちが怪異と遭遇し、破れた、七月十八日。
あのとき、ずっと通話状態だったグループウェアアプリ。
そこにかろうじて録音されていた、数分間の音声履歴。
今のところこの世に残された唯一の手掛かりが、それだった。
◇◇◇
「……何度聴いても、よく分からないな」
高上の言葉に、佐々木も頷く。
スマホの音声をスピーカーモードに切り替え、録音記録を二人で繰り返し聞いてみたが、四回目のループを終えたあたりで高上は匙を投げた。
音声に入り込んでいたのは怪異と遭遇した照尾の実況と、その後の交戦の様子だけだった。
交戦中の音声は息遣いや悲鳴、呻き声くらいで、もはやなにが起こっているのかすら把握できない。
後半はノイズが酷くなり、最後には落雷の轟音とともに録音は途切れていた。
今日までに何度も怪異の正体を求めてリピートしたが、それでも得られた情報は少なかった。
今さら聞き返したところで新しい発見はそうそうないだろう。
とりあえずかろうじて分かることは二つ。
一つは、怪異の雷への対策として、車内に籠るのは有効だった可能性が高いということだ。
死体の状況や落雷のタイミングからみて、羽田絵麻は車から引きずり出されてから雷に撃たれたことが分かっている。
超常の雷であれば車体を貫通する可能性もあったが、そうはならなかった。
そしてもう一つは。
『……人数は二、三十人。顔はよく見えん。兜みてえな被り物をしてるな。服はほとんど着てねえ。ふんどし一丁って感じだ。体つきは屈強に見える。日本人の霊って感じはあまりしねえな。見慣れねえ形の武器を持ってるやつもいるぞ』
録音音声の前半で、照尾が実況していた怪異の姿。
現時点では唯一といっていい、怪異の正体に直結する情報なのだが。
「何度聞いても、意味不明ですねえ」
「全然イメージできないよなあ。せめて動画に映るタイプの怪異であってほしかったよ」
口頭のみで伝えられる情報の咀嚼に、二人は頭を抱えていた。
裸同然の格好で、武装した幽霊の集団。
照尾の言葉を借りれば、どこかの国の古い時代の軍隊みたいなイメージ。
「録音の中でリミディさんが言ってた『ワイルドハント』ですけど、所長さんはどう思いますか?」
「多分違う。北欧由来の幽霊がふんどし姿というのはさすがに違和感がありすぎるよ。そんな恰好してたら北国じゃ寒くて死んじゃうだろ」
高上もワイルドハントについてはすでにネットなどで調べていた。
雷を操る主神オーディンにゆかりのある幽霊集団、という点ではたしかに今回の怪異と類似点がある。
だが寒さの厳しい北欧の幽霊兵団が裸同然の姿というのはやや考えにくい。
北欧といえば鎧をまとったバイキングのイメージが有名であるように、神話の時代においても北欧の兵士は決して半裸ではなかったはずだ。
「幽霊に寒さとか関係ありますかねえ?」
「関係ないかもしれないけど……なんで北欧の怪異が日本に来てるんだって話になるだろ?」
「まあそうですけど……じゃあ所長さん的には、怪異の正体はなんだと思ってるんですか?」
「そうだな、たとえばこいつなんかはどうだ?」
そう言いながら、高上は事務所のノートパソコンの画面を佐々木に向けた。
画面には真っ黒い背景に赤抜きの文字が綴られた、おどろおどろしい雰囲気のサイトが映っている。
長文がつらつらと並び、その脇にはやけにポップなフリー素材の幽霊行列のイラストが添えられていた。
一言で言えば、世界の怪談話を紹介する個人サイトといったところだろう。
「これ、なんですか? ええと……」
現地名、フアカイ・ポー。
英語圏での名は「ナイトマーチャーズ(夜中の行進者)」。
ページの記事冒頭には、そう記載されていた。




