七月二十六日 再起
佐々木の提案から、二日が経っていた。
結局、佐々木は砂根から預かった報酬金を一銭も受け取らなかった。
そのかわり高上には今後の協力を一方的に依頼して、返事も聞かずに事務所を去ったのだった。
あのとき佐々木が言っていたことは、未だに高上の腑に全く落ちていない。
荒唐無稽だとすら思えた。
彼女の言葉が全て本当なら、どうやら権藤師長は怪異討伐を佐々木に依頼したことになる。
だがこの点からして、すでに納得がいかなかった。
権藤一族が身内の千代を失ったことで、その敵討ちを考えるのは自然だ。
だが、それをなぜ自分たちで成そうとしないのかが分からない。
九州を代表する退魔集団の名門、権藤一族。
彼らは日本でも類を見ないほど好戦的で荒々しい武闘派として知られる。
その性格上、身内の敵討ちは自分たちだけでやり遂げようとするはずだ。
間違っても、佐々木のような無名の自称霊能力者に丸投げするようなことは考えられない。
いろいろと気になる点はあるが、まずはそこが一番不可解だった。
「……なあ、周防さん」
「どうしましたかな? 所長殿」
「佐々木さんのことだけどさ。やっぱりよく分からないんだ。権藤家はなんであの子に依頼をしたと思う?」
尋ねられた周防は少しだけ考える仕草をして、すぐに返事をした。
「きっと師長殿も、今回の怪異が正攻法では討伐できない相手だと理解したのだと思いますぞ。霊力の多寡とか、頭数とか、そういったものだけでは太刀打ちが困難だと判断したのでしょうな」
「そうだとしても、なんで佐々木さんに依頼するんだ?」
「それは、拙僧にもはっきりとは分かりかねますが……」
そう言って、周防はしばらく考え込んだ。
高上は黙って彼の言葉を待った。
「おそらく師長殿は、可能性に賭けたということでしょうな。今回の怪異が、佐々木殿の専門分野である可能性に」
その言葉を聞いて、高上は以前に周防が言っていたことを思い出す。
業界における、佐々木の評判の話だ。
――百件の仕事を受けたなら、うち九十九件はなんの力にもなれずに終わる。
――だが百件のうち一件は、佐々木にしか解決できない案件がある。
佐々木がかつて解決したという神隠し事件は、そこに韻の要素が複数揃っていたことで発生したとかなんとか言っていた。
その内容は、高上には未だにいまいち理解できていない。
だが、たしかなことがある。
要するに佐々木は、隙間産業タイプの霊能力者なのだ。
ある特定の条件に沿った怪異に対してのみ活躍できるタイプ。
正攻法では倒せない強大な怪異。
であれば消去法的に、それは佐々木の領分である確率がわずかながら高くなると言えなくもないだろう。
現時点で明らかになっていないだけで、今回の案件の裏にはなんらかの韻の要素が関わっているのかもしれない。
と、そこまで考えていたとき。
机の上の固定電話が鳴った。
周防と顔を見合わせたあと、高上はゆっくりと受話器を取る。
今のこの事務所に電話をかけてくる人物など、限られている。
「はい。こちら高上霊能事務所です」
「佐々木です。先日の返事を聞きたいなあと思って電話したんですけど」
先日の返事。
権藤家の依頼で怪異調査を継続することになった佐々木に、協力するか否か。
「その件だけど、正直迷ってる。この件の報酬はすでにもらえたわけだし、失礼だけど、君に協力して怪異討伐に近づけるのかもいまいち信じられないし……」
「そうですかあ。それは残念――」
「でも、やるよ。協力する」
高上は断言した。
それは今この瞬間に下した決断だった。
厄介な案件にわざわざ再び関わるメリットなんて、事務所としては皆無。
成功率も現状ではかなり低く、解決に有利となる要素があるわけでもない。
佐々木がかつて言っていた韻だか言霊だかの話は、極めてうさんくさい。
それでも。
「うちの事務所に協力したせいで、三人も霊能力者が死んだ。千条さんに照尾さん、そして権藤さん。うちとずっと懇意にしてきたリミディだってまだ意識を取り戻していない。この案件に関わってから、ずっと最低の気分なんだ。今さらこのままじゃ終われない。だから協力させてくれ」
成功率も損得も関係ない。
消化不良のままで中途半端に引き下がりたくない。
決断を後押ししたのは、ただそれだけの理由だった。
こうして。
一度は諦めかけていた高上だったが、再び怪異へと立ち向かうことになったのだった。




