七月二十四日 無力感②
「それじゃギャラの話だけど、こっちも依頼人から満額もらってるからね。君が本来もらうはずだった成功報酬をそのまま出すことにするよ」
「そんなにもらえません。だって、事件は解決できなかったじゃないですか」
佐々木の返事に、高上は再び苛立ちを覚えた。
彼女の言い分はある意味では正しく聞こえる。
だが、それは事件未解決のままおめおめと報酬を受け取った高上自身が非難されているかのように思えてならなかった。
「はあ? 今さらそんなこと言ってるのかい? 分かってる? 依頼は打ち切られたんだよ」
「でも、怪異はまだ終わってないですし、稀香ちゃんもまだ怪異に狙われてるじゃないですか?」
「分かってる。だけど僕らに出来ることはもう終わったんだ。照尾さんや権藤さんでも歯が立たなかった怪異だ。もう日本中どこを探したって、あの事件を解決できる霊能力者なんていやしない。そもそも誰も協力すらしてくれないんだ」
それは正しい分析だった。
あの怪異は、もはや単純な霊力で退魔できるようなレベルではない。
相手が強力な集団霊であることだけはかろうじて知ることができた。
であれば、少数精鋭で挑むよりもおそらくは単純な人海戦術で対抗するのが最も勝算がありそうに思える。
だが、今の自分が呼びかけても協力者は決して集まらない。
実際に依頼打ち切りのあと、日本中の同業者たちに援軍依頼を呼びかけてリベンジを果たそうとあがいたが、誰も協力を名乗り出る者はいなかった。
悔しくても、諦めるしかないのだ。
だというのに。
「私はまだ、諦めてないですよ」
佐々木は、そう言った。
表情からは、冗談の色は読み取れない。
そのことが、高上にとってはことさら癇に障った。
「よく言うよ。君はあの案件でなにも役に立たなかったじゃないか。怪異との闘いとのときだって戦力外だったからこそ、君は今そうして生きてるんだろ」
高上は思わずそう吐き捨てた。
だが佐々木は、全く動じていない様子だ。
「あの。今日、遅刻した理由ですけど」
「……なんだよ、急に」
いきなり話題が変わった。
肩透かしをくらったような気になる高上。
「実は私、新幹線に乗り遅れてしまったんです。駅のコンコースで迷ってしまって、乗車券売り場が見つけられなくて……」
「ちょ、ちょっと待って。なんの話をしてる? というか、新幹線って?」
急な話題転換にもついていけないが、その内容にも高上は疑問符を浮かべた。
なんで新幹線がここで出てくるんだ。
まさかこの子、いったん地元の岩手県に帰ったのか?
てっきりずっと都内のホテルに滞在しているものかと思っていた。
「あのさあ、岩手に一度戻ってたんなら、そう言ってくれればいいのに。もしそうと知っていたら、わざわざ事務所に呼び出さなかったよ」
そう言いつつ、高上は謝意で頭を下げた。
報酬の話なんて別に電話でもメールでもできるし、受け渡しも口座振り込みでできる。
なのに岩手からわざわざご足労させてしまったことについては、素直に申し訳なく思った。
だが。
「え? いや、岩手には戻ってないですよ」
「は? だって君、いま、新幹線がどうとかって……」
「地元じゃないですよ。実は私、先週の金曜に福岡に行ってきたんです」
東北どころか、まるっきり反対方面の九州の県名がなぜか出てきた。
さっきから話の繋がりがみえず、ますます高上は怪訝な顔つきになる。
「なんでまた福岡なんかに……あ、まさか」
心当たりが一つだけ、頭の片隅に浮かんだ。
怪異との交戦後に行方不明となった霊能力者の一人、権藤千代。
彼女の実家が、福岡にある。
陰陽師一族の権藤家といえば、九州でも最大の勢力を持つ退魔の血筋だ。
「……もしかして、権藤さんの家に行ってきた、ってこと?」
「そうです」
「え、いや、その、なんで? 君、あの家と知り合いなのか?」
「そんなことないですけど……千代さんが失踪しちゃったから、いろいろと言いたいこととかがあって……」
佐々木の返答に、高上は開いた口が塞がらなくなった。
いったいどの面下げて、という気持ちが頭の中を埋め尽くす。
高上がもし権藤家の人間だったなら。
怪異との交戦に立ち合いすらしなかった霊能力者がのこのこと目の前にやってきたら、きっと怒って追い返すと思うのだが。
「それで? 向こうは相手してくれたの?」
「はい。一族のトップの方が会ってくれて、いろいろとお話をしました」
「トップって、もしかして権藤師長のことか」
「そうです。私のほうは、千代さんのお役に立てなかったことをずっと謝ってただけでしたけど」
応対してくれるなんて大人だな、と高上は思った。
身内が怪異にやられて、さぞかし業腹だろうに。
さすがは退魔業界の重鎮、権藤師長といったところか。
「……それでですね。いろいろと話してるうちに、やっぱり思ったんです。このまま終わりたくないなあ、って」
「もう依頼は打ち切られたんだ。君の出る幕はないと思うよ」
ひょっとすると、権藤一族は今ごろ身内の敵討ちを企てているのかもしれない。
日本有数の退魔集団としての誇りにかけて、砂根家の依頼など度外視で怪異とぶつかりにいく可能性は高いようにも思う。
だがそうだとしても、彼らは部外者の手を借りようとは思わないだろう。
ましてや高上や佐々木のような、霊すら視えない人間の協力を必要とするはずがなかった。
そう考えるからこそ、高上にとって今の話は他人事のように聞こえた。
もう終わった話なのだ。
そのはずだった。
「……所長さんは、依頼がなくなったから諦めるんですか?」
「さっきからそう言ってるよ。もうこの話は――」
「じゃあ、依頼があったら、またあの怪異に立ち向かう気はありますか?」
その言葉に、高上の思考が一瞬止まった。
「どういう意味だ? あの砂根兼汰が今さら依頼を再開するとでも?」
「別の依頼が来ているんです」
「……別の?」
「そう。さっきからずっと、これが言いたかったんですよ」
高上の問いに、佐々木はゆっくりと頷く。
「実は私、師長さんから正式に依頼を受けてきちゃいました。あの怪異の正体を調べて、あわよくばそのまま退治するお仕事です。だから――」
言葉一つ一つが唐突で飲み込めずにいる高上。
それに構わず、佐々木はその言葉を続けた。
「だから所長さん、今度はそちらが、私を手伝ってもらえませんか?」




