七月二十四日 無力感①
「……なあ、周防さん。どこかから、なにか連絡はあったかい?」
「ありませんな。やはりあんなことがあった後では……」
例の依頼が打ち切りとなって、四日が経過していた。
土曜、日曜を越えてやってきた月曜の昼下がり。
いつもであれば週初めはそこそこの客入りがある。
だが今日の高上霊能事務所は、閑散と静まり返っていた。
無理もないだろう。
先般の依頼に失敗し、死者の発生を二度も防げなかったのだから。
ことの顛末はすでに瞬く間に業界全体へ広まっている。
業界事情に疎い一般の依頼客はともかくとして、日本中の霊能力者がいまや高上霊能事務所への協力を避けるようになっていた。
ゲンが悪い、ということらしい。
専属の霊能力者が周防しかいないこの事務所にとって、今の状況では斡旋業が成り立たない。
つまりこれまで通りに霊能案件の依頼は来るのだが、その依頼を受けること自体ができなくなっている状況だった。
「暇ですなあ。いっそ事務所を休業にしてバカンスにでも行かれては?」
「旅行する気にはなれないよ。だけどまあ、休業ってのはありかもね」
周防の提案を、高上は半ば真面目に検討し始めている。
この事務所をいったん仕切りなおしたい気持ちがあった。
あるいは見切りをつけて廃業してしまうことも頭の片隅に意識している。
依頼解消のあと、砂根家は契約通りの報酬を事務所の口座に振り込んでいた。
当初は事務所の支店建設に使おうと目論んでいたほどの大金だが、今となってはそんな気にもなれない。
命を落とした護衛対象に対してはもちろんのこと、協業の末に行方不明となった照尾や権藤、そして千条に対しても顔向けできない気分だった。
とりあえずは今も目覚めないリミディの入院費用以外には、報酬に手をつけていない。
「……そういえば、佐々木さんが来るのって、今日だったよな?」
「そうですが、約束の時刻をもうだいぶ過ぎてますな」
十五時をまわった時計を見ながら、周防が首を傾げる。
本来なら、十四時にはこの事務所に佐々木が訪れているはずだった。
彼女は今回雇った霊能力者四人のなかで唯一まともに生き残った人間だ。
霊能力がなく、裏方に回っていたことが彼女の命を守る結果になった。
要するに実質的にはなにもしていないし役にも立っていなかったのだが、それでも一応は報酬の一部を受け取る権利くらいはある。
そう考えた高上が、周防を通して事務所に呼び出していたのだが、佐々木はなぜか来ていない。
「もしかして、メール見てないとか?」
「いえ、拙僧が電話で直接伝えましたからな。時間も場所も間違いなく連絡しておりますぞ」
「現に来てないんだけど……まあ、あの子、マイペースっぽかったしなあ」
どうせ仕事もないし、気長に待つか。
そう自分に言い聞かせて、高上は自分の机に頬杖をついた。
そうして待つこと、一時間半。
「こんにちは、みなさん。お待たせしました」
「こんにちは、じゃないんだよ。もう夕方なんだが?」
呑気な挨拶とともに事務所に姿を見せた佐々木に、高上は思わず苛立ちまじりの言葉を投げかけた。
「すみませんねえ。ちょっと道に迷っちゃいまして」
「迷い過ぎだよ。約束の時間から二時間以上経ってるじゃあないか」
「ごめんなさい」
「だいたい迷う道のりじゃないだろう。ここは駅からそう離れてないぞ」
「そうですけど……なんだか今日の所長さん、荒れてますねえ」
佐々木はやや怖気ついた様子で、小さく頭を下げた。
今までずっと敬語で接してきていた高上が急にタメ口に変わったことに少し戸惑っているようでもあった。
その反応を見て、高上も少し自分の振る舞いを反省する。
「ああ、こちらこそごめん。態度が悪かったね。気にしないでくれ」
「気になりますよ。いつもの丁寧な口調の所長さんに戻ってくださいよお」
「こっちが素なんでね。それにもう君とは仕事のパートナーじゃなくなったんだから、お互いにかしこまらなくたって別にいいだろう」
「素かあ。素なら仕方ない、のかなあ」
このたびの案件に失敗して以来、なにかと投げやり気味な高上。
もはや社会人としての立ち振る舞いを取り繕う気はさらさらない。
その心境を察したのか、佐々木もそれ以上深く追及しないことにしたようだ。
時間も推しているので、高上はさっそく本題に入ることにした。




