七月二十日 絶望
羽田絵麻の葬式は、非公開で行われた。
連続落雷死事件の新たな被害者を巡り、警察やマスメディアがそれぞれの思惑で絵麻の両親や学校関係者たちに聞き込みをかけていた。
絵麻の護衛を担当した高上霊能事務所も、同様に各方面からの聴取が殺到。
それら全てへの対応が落ち着いたのは、絵麻の死の二日後のことだった。
完全敗北。
あの日の怪異との交戦の結末を言い表すには、それ以外に適切な言葉はない。
護衛対象の絵麻は、事前対策もむなしく落雷で命を落とした。
その死体は車外に転がっており、怪異によって無理やり引きずり出されたものとみられる。
怪異と交戦した照尾と権藤は体の一部分を残して現場から失踪。
ただ一人、リミディだけがほぼ外傷無しで生還していたが、発見されてから現在にいたるまで意識を失ったまま目を覚ましていない。
それはつまり、当時の状況を語れる人間が存在しないことを意味している。
あまりにもあっけない、最悪の結末であった。
「ふむ。このような結果になって、本当に残念ですよ」
報告のために屋敷にやってきた高上に対し、砂根兼汰はそう口にした。
護衛の失敗を責めたり、焦ったりといった様子はまったく感じられない。
「結局、高上さんの用意した霊能力者たちは怪異には歯が立たなかった。今回以上の戦力を来月までに補充するのはきっと難しいのでしょう?」
「そ、そうですが……」
「ではもうあなたには、この仕事を降りてもらいます」
依頼人の言葉に、高上は耳を疑った。
結果を出せなかったことは確かに自分の責任だ。
だが、ここで護衛をやめたら、残された砂根稀香はいったいどうなる。
「……他に優秀な霊能力者を雇う、ということですか?」
「いや、その必要もないでしょう」
「まさか、諦めるのですか? 娘さんの命を……っ」
そう尋ねると、砂根兼汰は苦笑するように答えた。
「単純なことですよ。今後、娘には新月の日に外出させなければいい」
「なっ……正気ですか?」
「おかしいですかね。あなたがたが突き止めた安全策でしょう?」
「た、たしかに安全ですが、一生そんな制約の下で暮らしていけるものでしょうか? 新月の日にどうしても出かけなければならない用事が今後ないとも限らないのに……」
「親である私がサポートすれば問題ありません」
「た、たとえば新月の日に、急な入院にでもなったらどうするんですか?」
「それも問題ないでしょう。金を積んで病院に泊ればいいんです。要は新月の日に『帰宅』しなければ、その日は帰り道とは無縁でいられるのだから」
こともなげにいう依頼人。
高上は一瞬だけ納得しかけるが、すぐに首を横に振った。
「だったら……その結論を、なぜあと二日早く出せなかったんです?」
最初の打ち合わせのときに、権藤が言っていた。
帰り道が怪異出現の条件であれば、新月の日に登校しなければいい、と。
少なくとも今月そうしていれば、もっと怪異と戦うための準備時間は稼げたはずなのに。
だがそれに反対して怪異との早期決着を指示したのは、依頼人自身だ。
「それは、まあ、あれですよ。あなたがたが怪異を退治できたら儲けものじゃないですか。こっちも一応は期待していたんですよ。結果は残念でしたけどね」
飄々と語る依頼人。
その口ぶりと、顔に浮かぶ禍々しい笑顔。
それを見て、高上は悟った。
この男、砂根兼汰は最初から、そういうつもりだったのだろう。
羽田絵麻という他人の家の子の命を賭け金にして、怪異討伐という名のギャンブルに張ったのだ。
勝てば全てが丸く収まる、という大きなリターン。
それでいて、負けても砂根自身はなにも失わない、ノーリスクの賭け。
そして、今になって彼は勝負を降りて安全策を持ち出した。
被害者が五人目となり、もはや賭けられるチップが自分の娘以外に無くなったから。
急激にやるせなさが高上を襲った。
羽田絵麻は、依頼人の思い描くワンチャンスのために命を落としたかのように思われてならなかった。
怪異の前に散った霊能力者たちも、同様だ。
砂根にとって、怪異討伐は成功しようとしまいと別にかまわなかったのだ。
その準備に苦心した高上にとっては、あまりにも屈辱的な話だった。
「とにかく、あなたとの契約はこれで打ち切ります。でもまあ安心してくださいよ。報酬は全額ちゃんとお支払いしますから」
もはや依頼人ではなくなった男の言葉を、高上は苦々しい想いで聞いていた。




