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七月十八日 会敵②


 いつのまにか、あたりは急激に暗くなっていた。

 まだ十六時過ぎだというのに、夜の訪れを錯覚しそうなほどに。


 霊能力者たちの間に緊張が走る。

 それと同時に、わずかな困惑が心に浮かんでいた。


 思っていた怪異のイメージと違う。

 それが率直な第一印象だった。


 彼らが想像していたのは、雷を操る神級の存在。

 この世ならざる姿をした神々しい、もしくは禍々しい異形の姿。


 だが、今直面しているのは、どちらかといえば――。


 「なんナノ、アレは!? ゴーストの群れなのカ?」

 「もっと近づかないとよく分からないけど……なんだか普通の人間霊っぽい感じだよね。数は多いけど、こりゃもしかして、楽勝?」


 人間霊の群れ。


 それは権藤にとっては、これまでに何度も対峙し退治してきた程度の怪異。

 ゆえに、いざ会敵した相手にいささか拍子抜けを感じていた。


 リミディも照尾も同様だった。

 雷神を相手にする前提で臨んだというのに、相手がただの幽霊行列だったとあれば多少の油断は禁じえない。


 ただ。


 「……いや。ただの人間霊が相手なら千条がやられるはずがねえ。まさか、雷を操る別の怪異がどこかに潜んでやがんのか?」

 「というより、もしかしてアイツラ、ワイルドハントなんじゃないノカ?」


 ワイルドハント。

 それは西洋広域に大昔から伝わる伝承上の怪異。

 北欧神話においては主神オーディンの率いる狩猟団として登場するものが有名である。


 ワイルドハントは猟犬や精霊、魔物や悪霊どもを引き連れて国中の空や大地を移動する。

 それを見てしまった人間には死の災いが降りかかるとされていた。

 天候神でもあるオーディンが空を翔ける際には、嵐が吹き荒れて雷が巻き起こったとも伝えられている。


 悪霊の群れと、雷。

 その要素だけをみれば、ワイルドハントの特徴とはたしかに一致するようにも見える。


 だが照尾は首を横に振った。


 「なんで日本にワイルドハントが出てくるんだ。しかもあれは冬至あたりにこの世に現れるんじゃなかったっけか? 今は真夏だろうが」


 北欧神話上のワイルドハントは晩秋直前から春までにしか活動しない。

 基本的には冬の怪異であり、冬の大空を駆け回るオーディンは、後のキリスト教文化の影響により歪められてサンタクロースの原型になったという説もあるくらいだ。


 「……どう思う? 高上さん」


 照尾はスマホのグループウェアアプリで高上を呼び出していた。

 事前打ち合わせで、交戦が始まる際には通話接続を開始する手はずだ。


 「おい、高上さんよお。返事しろ。声が届いてねえのか?」

 「――すみません、こちらのマイクがオフになってました。そっちの声はずっと聞こえてましたよ。ワイルドハントとやらはあまり詳しくないので分かりませんが……そちらの怪異の映像はこちらに送れませんか?」

 「……ほらよ、今スマホカメラで映してるが、見えてるか?」

 「道路と民家以外、なにも映っていないようですが……」

 「あ? てことは心霊系の怪異じゃねえのか? それともやつらの妨害能力か?」


 照尾は握ったハンドルから手を離して前を改めて向き直る。


 人影の群れはすでに車から三メートル以内まで蠢くように迫っている。

 薄暗くてまだよく見えないが、先ほどよりはその姿がぼんやりと見えてきた。


 照尾はにじり寄ってくる怪異の外見を、口頭で高上に伝えようと試みる。


 「……人数は二、三十人。顔はよく見えん。兜みてえな被り物をしてるな。服はほとんど着てねえ。ふんどし一丁って感じだ。体つきは屈強に見える。日本人の霊って感じはあまりしねえな。見慣れねえ形の武器を持ってるやつもいるぞ」

 「――情報量が多すぎるんですが。兜を被ったふんどし姿の集団って、どんな変態百鬼夜行ですか」

 「うるせえな。こっちは見たまんまを伝えてんだよ」


 言葉だけでその外見を伝えられた高上が、それをうまく想像できずに困惑する様子が通話音声からありありと分かる。


 「――兜に武器、ということは、兵士の霊、ですか?」

 「断言はできねえが、おそらくは。どこかの国の、かなり古い時代の兵士って感じがするな」


 古代ギリシャあたりの重装歩兵を想像しながら照尾は言った。


 なにかの映画で見たスパルタ兵はたしか鎧を着ていた気がするが、目の前の怪異の群れは半裸に近い。

 鎧が存在しないほど古い時代、あるいは鎧という文化がない国を由来とする幽霊なのだろうか。


 正体不明の幽霊兵団はすでに、車の一メートル先まで迫っている。

 敵の動きは今のところ緩慢ではあるが、悠長にかまえていられる状況ではなさそうだ。


 「とにかく、やるしかねえ。お前ら、準備は出来てんのか?」


 照尾の呼びかけに、権藤とリミディは同時に頷く。


 「俺と権藤で幽霊の群れを迎え撃つぞ。リミディは車内に残ってその子を護衛してろ。落雷があるからその子を絶対に車から出すんじゃねえぞ」

 「分かったヨ。二人とも頑張ってネ!」

 「やっぱり刀持ってきて正解だったじゃん。全員斬り倒してやるんだから」


 それぞれが自分の役割を確認する。

 そして、一呼吸おいて。


 照尾と権藤が同時に車から飛び出していった。

 後部座席のリミディは、となりで震える絵麻を抱き寄せながら周囲への警戒を強める。


 十六時十九分。

 霊能軍団と怪異との戦いの火ぶたが、切って落とされた。


 そして。

 その結末は――。

 

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