七月十八日 会敵①
絵麻の自宅までは徒歩三十分ほどの距離だ。
いつもは自転車通勤の絵麻だが、今日は車移動なので十分もかからないだろう。
「ねえ、いつもは部活とかしてるの?」
「う、うん。あたし、陸上やってっから」
絵麻とは年齢の近い権藤が、座席越しに世間話をしている。
時おり横からリミディが話題を混ぜっ返して、そのたびに絵麻もくすりと笑う。
自動車が発進してから五分。
今のところ、車内は平和そのものだった。
怪異の雷に対しても車内が安全地帯であると仮定するならば、今回の帰り道はなにごともなく終わるかもしれない。
もしかしたら怪異は自動車に手出しできないと考えて、今日は姿を現わさないかもしれない。
そんな慢心が何度も頭に浮かび、そのたび照尾は小さく首を横に振る。
落雷に襲われる可能性があるとしたら、家に着いてから車を降りて玄関に向かうまでの間だろう。
事前の打ち合わせで、一同はそのように睨んでいた。
だから絵麻を家の中に送り届けるまでは、油断は禁物だ。
「ところでさ、聞いていい?」
「な、なに?」
「六月の新月の日だけどさ。絵麻ちゃん、自宅でバーベキュー大会してたらしいじゃん?」
権藤の問いに絵麻がわずかに息を呑んだ。
かまわず権藤が言葉を続ける。
「雷に狙われてるって分かってるのに、どうしてわざわざ外でそんなイベントをしようと思ったの?」
「そ、それは……」
言い淀む絵麻。
そこにリミディが優しく声をかけた。
「心配いらないヨ。ここにはあの子はいないカラ」
「そうだよ、稀香ちゃんには言わないであげるからさ」
そう促すが、絵麻はやはりなにも言わない。
だがその反応から、車内の霊能力者たちは薄々とある推測を抱いていた。
いや、正確には、今日の朝の出来事があってからだ。
砂根親子の態度が、あからさまだったから。
高上から聞いた話が確かならば。
六月の時点では、まだ「帰り道」が怪異の出現条件だとははっきりとしていなかったはずだ。
それがほぼ確実と思えるようになったのは、六月に誰も犠牲者が出なかったからである。
あの六月の新月の日。
わざわざ絵麻にバーベキュー大会を開くよう指示したのは、もしかしたら砂根親子のどちらかだったのではないだろうか。
高上が報告していた「帰り道」に関する推測を、実証するために。
怪異に関する条件を見定め、稀香の安全を確保するために。
一日中屋外にずっといても「帰り道」の条件を満たしさえしなければ、安全でいられるかどうかを確認するために。
そのための実験として、絵麻に危険な橋を渡らせたのではないだろうか。
でなければ、雷に狙われている少女がわざわざ屋外で一日中過ごすはずもない。
稀香に対する絵麻のおどおどした態度は、なにかを恐れているかのようだ。
なにか事情があるのか、あるいは弱みでも握られているのかもしれない。
あるいは砂根家が金持ちなので、実家が金銭的な支援を受けているなどの恩義がある可能性もある。
二人の様子を見ていて、権藤もリミディもそんなことを感じていた。
「ごめんね、絵麻ちゃん。変なこと言って」
「い、いや、いいの。き、気にしてないから」
「ほんとごめん……あ、そうだ。そういえば絵麻ちゃんの高校って凄いね。学校のホームページで見たんだけどさ。修学旅行の行先がハワイらしいじゃん! 絵麻ちゃんも今年行ったんでしょ? 楽しかった?」
「そ、それは……その……ええと……っ」
車内の微妙な雰囲気を元に戻すべく、権藤が明るい話題に変えようとした。
そのときだった。
がくんっ!
車内が大きく揺れ、その後にタイヤがこすれる甲高い音が響いた。
全員がそのまま前方に大きく投げ出されそうになる。
急ブレーキがかかったのだと一同が理解するまで、数秒ほどかかった。
「ちょ、ちょっと! 急に車を停めちゃってどうしたの、照尾さん!? 」
「……見ろ。進路になにかが……いる!」
照尾の言葉に、絵麻は思わず顔を伏せて震え出した。
権藤とリミディはフロントガラス越しに車の進行方向の先を見やる。
人影だった。
ほんやりとして顔も服装もよくは見えない。
だが、こちらへとゆっくり近づいてきている。
それも一人や二人ではない。
十人か、二十人か、あるいはそれ以上。
まるで車の通行を妨害するかのように、人影の群れが狭い道を塞いでいる。
「ねえ、絵麻ちゃん。この道ってこの時間、いつもあんなに混んでるの?」
「んなわけねえだろ。アイツらは突然車の前に現れやがった。どう考えてもただの通行人ってわけじゃなさそうだ」
その言葉に、車内の全員が悟った。
怪異だ。
怪異が襲ってきたのだ。




