七月十八日 退魔開幕①
七月十八日。
それは、今月における新月の日。
このときがとうとうやって来た。
その日の朝、高上率いる霊能力軍団は砂根家の豪邸に呼び出されていた。
登校前の護衛対象、稀香と絵麻も同席している。
「今日こそは決着をつけてください。二度と怪異が娘たちを襲わないように、徹底的にお願いしますよ。これ以上の死者を出すことは許しません」
依頼人、砂根兼汰が高上たちに檄を飛ばす。
丁寧な口調だが、そこには強い威圧が感じられた。
照尾、権藤、リミディに佐々木、いずれも砂根兼汰とは初対面だ。
だが和やかな挨拶などはそこでは行われなかった。
砂根兼汰が彼らと目を合わそうともしなかったからだ。
すでに何度か会っている高上と周防にとっても、この依頼人にはなにを考えているか分からない得体の知れなさが感じられた。
依頼人でなかったら、関わり合いになりたくないタイプである。
「さて、それでは今日の作戦ですが、まずは霊能力チームを二手に分けて稀香さんと絵麻さんをそれぞれ護衛――」
「待ってください。所長さん」
事前に内々で打ち合わせていた作戦を口にしようとした高上を、砂根兼汰が手で制した。
「二手に分ける必要などありませんよ。戦力を分散するなんて愚の骨頂でしょう」
「そ、そうですが、お二人を守るにはそうするしか……」
「いいえ。今日の学校ですが、娘は休ませます」
依頼人が口にした思いもよらぬ言葉に、高上は言葉に詰まった。
「所長さんは以前報告してくれましたね。怪異に襲われる条件は、新月の日に帰り道を辿ることだと。であれば、登校しなければ娘が雷に撃たれることはないという理屈になりますね?」
「そ、そうですが……」
高上はなにかを反論しようとして、頭の中が混乱した。
砂根兼汰の言っていることは、間違っていない。
これまでの経過から、「外出しない」という選択肢はかなり安全だといえる。
少なくとも六月の新月の日、羽田絵麻は自宅の庭でバーベキューを開催し屋外に長時間いたにも関わらず落雷に遭わなかった。
それは確かなのだが。
なにかこの依頼人は、恐ろしいことを言おうとしていないか。
「なあ、砂根さんよ。娘さんを休ませると言ったが、それじゃあ羽田さんはどうするんだい? 同じように休ませるんだよな?」
高上が喉元まで出かかっていた疑問を、照尾が代わりに口にした。
その口調と表情は、砂根兼汰の返す答えに予想が付いているようだった。
「言ったでしょう。戦力は分散させるべきではない、と」
「……つまり?」
「もちろん羽田さんには、登校していただきますよ。ですからあなたがたには、全員がかりで彼女を守っていただくことになりますね」
その場の全員の視線が、羽田絵麻のほうに集まった。
絵麻は俯きながら黙っている。
しばしの沈黙。
高上たちはなにも言わなかったが、きっと同じことを感じていた。
この砂根兼汰という男は、自分の娘を安全圏に置いたうえで羽田絵麻に危険な役目を押し付けようとしているのだ、と。
「なにか言いたそうですね、みなさん。ですがこれは羽田さんにも合意をいただいています。だから、あなたがたは黙って役目を果たせばよろしい。そのために大金を前払いしているのですから」
砂根兼汰は堂々とした態度でそう言い放った。
ややもすれば挑発的な言い分だ。
霊能力者たちの表情にかすかな困惑と怒りが浮かぶ。
リミディは横を向いて露骨に舌打ちをしていた。
「……役目を果たせ、か。言われるまでもないことだ。俺たちが必ず怪異を討ち払ってやるから安心しな」
「そうだよ、羽田さん。私たちが絶対あなたを守るからね」
照尾と権藤が絵麻に温かい言葉をかける。
絵麻は震えながらも、黙って頷いていた。
「その心意気ですよ。それでは今日はよろしくお願いいたします」
「分かりました。任せてください」
砂根兼汰の言葉に対して素直に返事をしたのは、高上と周防だけだった。
どうやら依頼人は他の四人から嫌われてしまったらしい。
「大丈夫だよ、絵麻。この人たちがきっと守ってくれるってば」
「……う、うん。そ、そうだね、稀香」
「もう、そんな顔しないの。安心して学校行きなって」
稀香の能天気な激励を受けて、絵麻は震えながらもなんとか頷いた。
安全圏からの言葉がどれだけ絵麻の心に響いたものなのか、はたから見ていた高上には分からなかった。
なにはともあれ。
今日の護衛対象が一人に絞られたことは、仕事を受け持つ霊能力者たちにとっては都合がいい展開だといえる。
二手に分散せず全戦力をもって怪異を迎え撃てる、理想の形だ。
であれば本来は高上のほうこそが、率先してそのような提案をもちかけるべきだったのかもしれない。
そんなある種の憎まれ役ともいえる提案を依頼人にさせてしまったことを、高上は心から反省した。




