七月九日 韻と言霊
周防の言葉に、高上は首を傾げる。
どういう意味なのか、どうにも理解ができなかった。
聞き返そうとしているうちに信号が青になり、周防は運転を再開する。
「……うちの周防の言っていることは、本当なんですか?」
「まあ、たまに私向きの仕事があったりなかったり、とでも言いますか」
「あなた向きの仕事、というのは?」
「説明が難しいんですよねえ。多分理解してもらえないんじゃないかなあ」
言葉を濁す佐々木。
高上としては、今後の仕事のためにも彼女のポテンシャルは理解しておきたいと思っている。
「それはあなたの言霊師としての能力に関係しているんですか? そもそも言霊師ってのはなんなんですか」
「言霊師ってのは便宜上の自称でして、私にはとくに特別な力なんていうのはないんです。だから霊や怪異と戦う能力なんてないですし、そもそも霊なんて視えたこともないんですよお」
「……んん? どういうことですか?」
佐々木の説明を聞くごとに、高上は混乱してきていた。
特別な力を持たない霊能力者。
インチキということだろうか。
それ自体は業界でもあまり珍しいことではないのだが、今回の仕事にそんな人物が関わってくるのは困る。
「じゃあ佐々木さんが過去に解決した事件っていうのはどんなものでしたか? 差し障りなければ教えてください」
「そうですねえ。それはそれで説明しづらいんですけど……」
数秒ほど考えるそぶりをしたあと、佐々木はぽつぽつと喋り出した。
「二年ほど前ですけど、神隠し事件に関わったことがあります」
「へえ、それは凄い。どんな事件だったんです?」
少し意外に思いながら高上は訊ねた。
神隠しはいわゆる「あちら側の世界」へと人間がさらわれる現象だ。
明確に倒すべき怪異が「こちら側の世界」に姿を現わさないことが多く、通常の怪異討伐よりも解決が難しい傾向にある。
「その神隠しの被害者は、かくれんぼ中の子供でした」
「ああ、なるほど。かくれんぼは昔から、異界の扉を開く儀式だってよく言われますからね」
「はい。しかも、ただのかくれんぼじゃなかったんですよ」
そう聞いて真っ先に高上の脳裏に浮かんだのは、ひとりかくれんぼだった。
複雑な手順で霊を呼び出してその霊から隠れるという、かくれんぼを模した一種の降霊術だ。
当初はウェブ掲示板に投稿された創作怪談だったが、実際に試した多くの人間が霊障に遭遇したことで有名となった。
作り話が現実化するという典型的なネットミーム型の怪異である。
だが、続く佐々木の説明内容は、それとはまったく違っていた。
「悪天候の日に、カスケード式ダムに沈んだ発電所の中で、かくれんぼをしていたんですよ。意味が分かりますか?」
「……んん? え? なんて?」
その説明は、ほとんど頭の中に入ってこなかった。
シチュエーションが非日常すぎてすんなり想像できないのだ。
「さすがに分かりませんかねえ。まあ普通はそうですよねえ」
「分かるように説明してもらえますか」
「説明と言われても難しいんですけど……気付きませんでしたか?」
「気付くって、なににです?」
「韻、ですよ」
「はあ?」
そう言われて、高上は少し考え込む。
韻。
それは「言葉の響き」を意味する言葉だ。
一つの文章のなかに同じような言葉の響きを持つ言葉が複数並んでいると、文章の流れにリズムが生まれて美しい響きになる。
そのため古今東西の詩の世界で、韻の要素は重大な役割を果たしてきた。
そして韻とは簡単に言えば、言葉のなかに含まれる母音の並びだといえる。
言葉同士で母音の並びを揃えれば、言葉の響きもある程度は揃ってくる。
このように言葉の響きを揃えることを、一般的には「韻を踏む」「押韻」などと表現する。
たしかそのように国語の授業で習った記憶がある。
そこまで思い至ったとき、高上はようやくちょっとだけ分かりはじめた。
悪天候、カスケード、発電所、そして、かくれんぼ。
佐々木の話に登場した言葉のいくつかは、それぞれ韻が揃っていることに気付いたのだ。
だが。
それがなんだっていうのか。
「ええと、どういうことです? 韻がなにか神隠しと関係あるんですか?」
「そう思うのも無理ないです。普通に考えたら、因果関係はないですから」
そう言うと、佐々木は肩をすくめた。
「でも、この世界には『そういうこと』がたまにあるんです。韻が揃った複数の状況が重なると、言霊の力で超常的な現象が起こるんですよ。そして私はそういう現象を解決するのが専門というわけです。すごくざっくりとした説明ですけど」
「全然意味が分からないんですが」
「分からなくて大丈夫ですけどね。今回の事件には関係ないでしょうし」
困惑気味の高上を見て、佐々木はくすくすと笑った。
あまり積極的に理解させる気がないらしい。
一応は質問した手前、高上は自分なりに情報を整理してみた。
「ええと、子供が悪天候の日に発電所でかくれんぼをしていたら、なんやかんやで神隠しが起こったってことですか?」
「平たくいえばそうです。理由や原理は上手く説明できないので、そういうものだと思ってもらうしかないですけど」
「じゃあ同じシチュエーションを揃えれば、同じように神隠しが起こせるってことですか?」
言霊の力で現実に干渉する。
その原理はまったく理解できないが、仕組みを悪用できれば現実をうまく変えられるのではないか、と高上は漫然と思った。
だが佐々木は首を横に振る。
「だめですねえ。押韻による怪異現象は、人間が意図的に起こすことはできないんです」
「意図的、ですか」
「あくまで韻が偶然揃わないと、言霊は働きません。即興性が大事なんです。だから霊的な儀式と違って、言霊が引き起こす現象には再現性はないんですよお」
分かったような、分からないような。
悪天候の日にかくれんぼ、まではまだありえる。
だが発電所で子供がかくれんぼするというシチュエーションは日常生活ではなかなか考えにくい。
そんな無茶な状況がなにかの間違いで現実に揃うことが、怪現象のトリガーになるということだろうか。
「そんな感じで、私が解決できそうな事件っていうのは基本的に韻と言霊が絡むような、変な事件ばっかりなんです。逆に言えば、今回の事件は私では力になれない気がします。今のところ分かっている事実関係のなかで、韻が関わっている感じがあまりしてこないですし」
「たしかにそうかもしれません」
「とはいっても、一応はおじいちゃんの代理で来ているんですから、なにかお手伝いはさせてください」
どうやら彼女はかなり特殊な案件を専門としており、今回の仕事に対しては畑違いのようだ。
それでもこうして協力の姿勢を見せてくれている。
はりきる佐々木の様子をみて、高上はちょっとだけ彼女を見なおす。
ついでにもうこの際、彼女の意味不明な専門性はいったん忘れることにした。
万が一必要になったら、そのときまた考えればいいだろう。
「それじゃあ手始めに稀香さんのことを徹底的に調べますよお」
「あまり目立たないように頼みますよ」
車はいつのまにか目的地へと到着している。
一同は目的を果たすべく、ゆっくりと車から降りていった。




