七月九日 内偵
それからしばらく、一同は口を閉じていた。
九日後には、怪異との対決が控えている。
そのことについて、各々が思いを巡らせているようだった。
怪異については、雷を操るという特徴以外にほとんどなにも判明していない状態だった。
新月の帰り道、というキーワードはあくまで怪異の出没条件でしかない。
実際の交戦においてはあまり役に立たない情報だ。
本当なら、怪異討伐にあたっての指針をなにかしら立てておきたいのだが。
「とりあえずこれ以上共有できる情報もねえんなら、ここらでいったん解散にしねえか? 外で煙草も吸いてえし、一人で調べたいこともあるしな」
「私も賛成。いったん地元に戻って、対策を考えてみとくよ」
「そうダナ。ここにいるミンナ、とりあえず連絡先でも交換しなイカ?」
照尾の提案を皮切りに、集まった霊能力者たちはゆっくりと事務所を引き揚げる準備を始めた。
どうやら無策のままぶっつけ本番で退魔に挑む算段らしい。
高上もそれを止めず、お見送りの態勢に移る。
共有すべきことはある程度伝えたし、思いついたことがあれば電話やメールで追って連絡すればいい。
今この場で考えても、すぐにはなにも浮かばないだろう。
これまでの斡旋業の経験から、高上はそれを知っていた。
そもそも今日の目的はあくまで顔合わせだ。
霊能力者同士でとくに揉めることもなく無事に終わったという点では、この集会は成功したといえる。
怪異の正体を議論で明らかにできなかった点は、織り込み済みだ。
今日のところは解散し、各々のペースでゆっくり対策を考えてもらえばいい。
そのうえで、決戦前日あたりにもう一度集まってもらおうと高上は画策する。
「俺は市内のホテルに滞在してるから、なにかあったら呼び出してくれ」
「ねえ、皆はSNSとかやってる? 友達申請しようよ」
「ジブンまだ昼食とってないんだケド、誰か一緒に行かナイ?」
和やかな雰囲気。
リミディ以外は初対面だが、気難しい人間がいなくてよかった。
そう思いながら、高上はソファのほうに目をやる。
他の三人がすでに身支度を終えて事務所の玄関付近でたむろしているなか、一人だけ座ったままなにかを考えている者がいた。
「どうかしましたか。佐々木さん」
高上の呼びかけに、佐々木がはっと顔を上げた。
「あ、もう話し合いは終わった感じですか?」
「……もしかして寝てましたか?」
少し呆れながら、高上はそう聞き返す。
本来ここに来るはずだった霊能力者の代理でここに来たという佐々木。
さきほどまでの集まりのなかでも、あまり発言は多くなかったように思う。
今の反応をみるに、途中から話を聞いていなかったのではと疑ってしまう。
「ごめんなさい。考えごとをしちゃってて。なにか怪異と戦うための作戦とか決まったんですか?」
「なにも決まらなかったですね。次の新月まではあと九日あるので、皆さんのほうでもなにか考えておいてもらえたらいいと思ってます」
「そうなんですね。だったら私、やっておきたいことがあるんですけど」
佐々木の発言に、帰ろうとしていた他の三人が足を止めた。
「やっておきたいこと、とは?」
「私、被害者の子たちの共通点を調べようかなって思ってます」
「共通点? それはどういう……?」
被害者の共通点。
それはすでに話題に挙がっていたはずだ。
被害者は全員が同じ高校の生徒で、進級前は二年四組だったこと。
いずれも新月の日に、帰り道の半ばで落雷死していること。
「共通点というよりは、人間関係といったほうが正確かもですねえ」
「……人間関係? それが今回の怪異と関係が?」
「あるかどうかは分からないですけど……調べちゃダメですか?」
佐々木の提案に、高上は首を傾げた。
先ほど照尾が言っていた。
依頼人に恨みを持つ何者かが、怪異を差し向けた可能性があると。
そういうことがありえるならば、こういう可能性だってある。
依頼人の娘に恨みを持つ何者かが、怪異を差し向けたという可能性が。
それを踏まえると、佐々木の考えていることはおそらくこうだ。
依頼人の娘、砂根稀香および被害者グループは、高校生活におけるなんらかの人間関係のトラブルによって誰かに恨まれているのではないか、と。
複数人の生徒が、学校生活で誰かの恨みを買うようなトラブル。
素直に考えれば、まっさきに思い浮かぶのは。
そこまで思い至って、高上は想像を振り払うように首を横に振った。
「詮索するなと言われています。砂根稀香さんやそのお友達のことを探るのは控えてください。プライバシーとかありますし……」
「そうですかあ? きっとその子たち、誰かに恨まれてるんじゃないかなって思うんですけどねえ。恋愛関係のいざこざとか、あるいは……いじめとか」
「憶測で護衛対象を悪く言うのは感心しません。会ったこともないのに」
依頼人側がなにかを隠しているという点については、高上も同意する。
だが、そこを深堀りしてはならないという一線も弁えていた。
照尾も言及していたようにこの霊能業界においては、後ろめたい事情を抱える依頼人は決して珍しくない。
その事情を知っていれば簡単に解決できる案件なんてのもよくあるものだ。
だがそれでも、依頼人が伏せている事情を不必要に詮索してはならない。
霊能力者は警察ではないのだから。
それは高上自身がいまだに納得しきれていないものの、業界における暗黙のルールのようなものだった。
だから、ここで佐々木の提案を認めるわけにはいかない。
そう考えた高上が口を開きかけたときだった。
「別にいいんじゃねえか。調べたけりゃ調べても。情報は多いに越したことはねえしな」
会話が聞かれていたらしい。
玄関口にいた照尾がわざわざ戻ってきて、佐々木の肩を持った。
その後ろから権藤とリミディも話題に乗っかる。
「それで怪異の正体のヒントが得られるなら、ジブンはいいと思うヨ」
「私も賛成かな。詮索無用とか言われても、知らんしって感じだよねー」
どうやら一同揃って、依頼人の意向など知ったことじゃないようである。
業界の暗黙のルールとはなんだったのか。
強く反対したいところだったが、あまり強く出ると案件から降りられてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
「ほかの皆さんも賛成みたいなので、今から明伊敷高校に行ってみますね」
「……分かりました。ただし、私と周防も一緒に行きます。どんな調べ方をするつもりか知りませんが、あまり目立つような真似はしないでくださいよ」
諦めの口調でそう言うと、佐々木は曖昧そうに小さく頷く。
その態度がなにも考えていないようにみえて、心配になってくる高上だった。




