七月九日 怪異の出没条件
「改めて整理するぞ。犠牲者の共通点は、全員が学校や部活の帰り道に死んでいること。そして死んだのがどれも新月の日だってことだ。まちがいねえか?」
照尾の言葉に、その場の全員が首肯する。
挙げられた共通点は全て、協力依頼メールに記しておいたもの。
つまりは、この場にいる全員の共通認識だった。
「怪異の出没がゼンブ新月の日だったッテ、よく気付いたナ?」
「ほんとにね。私だったら多分気付かないかも。そんな発想にならないよ」
リミディと権藤が感心したように見てくるので、高上は苦笑する。
実のところ、それに気付いたのは高上ではなく周防だった。
彼は五月時点でその可能性に気付いていた。
高上からすれば、どの日が新月なのかすら全然知らなかったくらいだ。
「でも六月は、誰も亡くなってないんですよね?」
佐々木が疑問を口にした。
これも事前のメールに書いておいた情報だ。
六月における新月の日は、十八日の日曜。
その日は幸いにも、犠牲者は出なかった。
「護衛対象はあと二人残っているんでしたよね。なのになんで六月には怪異は出なかったんでしょうか?」
「そりゃお前、今挙げた共通点で考えりゃ分かるだろ」
佐々木の疑問に、照尾が呆れ声で答えを提示する。
「十八日は日曜日で学校が休みだったろ? だからか知らねえが、砂根稀香も羽田絵麻も家から出なかったんだろ。つまりそいつらにはその日『帰り道』がなかったってことになるんじゃねえのか。そうだろ、高上さんよ?」
照尾の言っていることは事実だった。
たまたま新月の日が休日だったこと。
たまたま護衛対象の二人に、外出の用事がなかったこと。
だから二人はその日、帰り道を辿らなかった。
そして結果として、二人はその日、落雷に襲われなかったのだ。
これはつまり、どういうことなのかというと。
「照尾さんは、怪異に襲われる条件が『帰り道を歩くこと』だって言いたいんですよね?」
「……分かってんじゃねえか」
「はい。でもそれってちょっと微妙じゃないですか?」
「微妙? 何がだ?」
「単純に家を出なかったのなら、『屋内にいたから落雷しようがなかった』ってだけじゃないのかなって思うんですけど」
佐々木の指摘に、今度は照尾が言葉に詰まった。
「……おい、そこんとこはどうなんだ。高上さんよ」
「メールには書いてませんでしたね。すみません。実は羽田さんがその日に自宅でバーベキュー大会を開いていたんです」
「はあ? バーベキューって、あの屋外で肉とか焼くアレか?」
「ええ。部活の友人を誘って、自宅の庭でパーティしてたみたいですね」
「……だとよ」
高上の出した情報に、照尾も佐々木も押し黙った。
六月の新月の日、羽田絵麻は外出せずに自宅でバーベキューをしていた。
それはつまり、長時間に渡って屋外に出ていたということだ。
当時その場には周防が護衛についていたので、その事実に間違いはない。
であれば、雷に撃たれる危険は十分にあったはずである。
なのにそうはならなかった。
「落雷で死ぬかもしれないのに、屋外でお肉を堪能するなんて呑気ですねえ。自分が怪異に狙われている自覚がないんでしょうか」
「それは同感だが、おかげでよりはっきりしたな。今のところは『帰り道でしか雷には襲われない』という仮説が一応は成り立つわけだ」
「てコトはやっぱり『新月の日』と『帰り道』の二つが怪異のトリガーになってるってコトで間違いないと思うネ」
リミディの総括に、全員が頷く。
だが、やがて皆一様に今度は首を傾げ始めた。
「……けったいな条件だな。少なくとも聖書関連にそんな悪魔は出てこないと思うが。皆はなにか心当たりあるか?」
「うーん。新月っていう条件はなんだか妖怪っぽいけど、帰り道に出没ってなると都市伝説っぽい感じかなあ」
「やっぱりネットミームなんじゃないカ? 少なくともソンナ条件で人を襲うカミサマなんて聞いたことないネ」
与えられた情報から導き出されるような怪異には、さすがに誰も心当たりがないようだった。
業界の経験値が多い照尾ですら、思い当たらない様子だ。
やはり今回の案件は一筋縄ではいかないらしい。
「このままだと対策の立てようがねえな。今月の新月はいつだ?」
「七月十八日の火曜日です。夏休みに入る前なので、護衛対象は二人とも登校します」
「それまでにプランを立てなイト、また犠牲者が出ちゃうヨ」
「てかさ、その日は学校を休ませたほうがいいんじゃないの? 帰り道限定で襲われるっていうなら、家を出なければ安全ってことじゃん!」
権藤が身も蓋もないことを、さも大発見であるかのように言った。
たしかに、六月の実績を踏まえれば彼女の提案は正しい。
だが。
「依頼人には五月時点で新月と帰り道の『条件』仮説について報告しました。六月の新月が休日だったことで『帰り道』の条件が満たされなかったこと、そしてそれによって六月の死者が出なかったことも理解してもらっています。ですが、それでもなお依頼人は安全よりも早期決着を望んでいるようなのです。よって我々としては、可能な限り対策を講じたうえで怪異に立ち向かう必要があるのです」
淡々と告げる高上。
だが内心では自分の口にしていることにどうもしっくりきていなかった。
家に籠っていれば安全だというのなら、最初から霊能力者など必要ない。
ついこのまえ電話で話したとき、依頼人はそう言っていた。
七月の新月の日に、必ず怪異を討ち取ってくれとの言葉を添えて。
人命がかかっているというのに、随分と強気なことである。
そんなふうに高上は、依頼人の心のうちを図りかねていた。




