第25話
サイクロプスを討伐してから3年。
ベルーゼたちはたまに魔物を討伐しに行く兵士へ同行させて貰うことで、少しずつ戦闘経験を積んでいった。
ただ、そうは言ってもダスターとの約束を守り、兵士のフォローと回復に徹していたため、本格的な戦闘はサイクロプスとの戦い以来してはいない。
精々、ゴブリンやスライムといった低ランクのモンスター相手に戦闘練習をさせて貰った程度だ。
それでも、今までのただ守られているだけの生活に比べれば大きな進歩と言える。
そんな中、ベルーゼは今年から学校へと通うことになった。
これは人間の国々との条約により、種族交流という名目のもと、亜人の上流階級に当たる者は人間と共に学校へ通わなくてはならないからだ。
ベルーゼが通うことになったのは、この世界最大の学校、グロウ学園。
そこに決めた理由は、学科としてテイマーが有ったためである。
ベルーゼ個人の能力としては魔術師学科でも良かったのだが、一人で知らない人間しかいない場所へ送ることを渋ったダスターとの兼ね合いなどを行った結果。
ペルたちを連れて行っても文句を言われないテイマー学科を受講することになったのである。
ベルーゼとしても、テイマー学科に通うことはペルたちへの教育方法が学べるため不満は無い
しかし、グロウ学園は入学すると、よほどの理由がなければ一年に一度、新年の祝いの時期にしか里帰りが許されない。
そのことにダスターが大いに難色を示した。
最終的にはベルーゼの泣き落としと、ベルーゼがフォレストに頼んで書いて貰った説得の手紙でどうにか了解を得ることは出来たので良かったが、そうでなければダスターは条約を無視する勢いであった。
ただ、それでも心配は尽きないようで、入学が決まってからというもの。毎日のように入学を辞める気は無いかと言われ続けたのは、ファザコンのベルーゼもうざいと感じてしまう有様だ。
「良いか、ベルーゼ。何があっても絶対に生きて帰って来い。死ぬことだけは許さんからな」
「承知しております。俺は、絶対に父上を一人になど致しません」
「絶対だからな」
「はい」
前日になると心配と寂しさがピークに達したようで、二人はずっと、こんなやりとりを出発の時間になるまで延々と続けていた。
しかも、そのやりとりをしている間、ベルーゼはダスターの膝の上である。
ベルーゼ本人も入学の前日になると、ダスターの側を離れることが寂しくて仕方が無くなってしまったのだ。
しかし、それでもベルーゼは、この世界に来てから初めて接することとなる同じ年頃の人間に興味を惹かれていた。
そしてなにより、テイマーとしての勉強が出来るというのは大きい。
これからいったいどんな生活が待っているのか、ベルーゼは、ダスターとの別れを惜しむ傍らで想像を膨らませた。
そうしていよいよ出発したわけだが、馬車の中はやはり退屈である。
ケインなど、出発早々に飽きてしまい、もぞもぞと落ち着かなさそうにしている。
だが、それでもベルーゼに迷惑をかけてはいけないからと、もぞもぞしつつも頑張って座っていた。
ここ数年で一番彼が成長したと言える点は、待てが出来るようになったことであろう。
(ああ、本来ならはしゃぎ回ることが好きなケインが、俺のために頑張って我慢しているとか、堪らないよね)
そんな愛犬の姿が微笑ましく、ベルーゼはついつい彼のことを甘やかしたくなってしまった。
「ケイン、馬車から絶対に離れないって約束出来るなら、外に出ても良いよ?」
「ガウ?・・・・・・・・・ガウッ!」
しかし、それは間違いだったのかもしれない。
それまで尻尾と耳をぺたんと下げてしょげているように見えたケインだったが、ペルからベルーゼの言葉を通訳された途端。とても元気になり、尻尾など振り過ぎてちぎれそうなほど喜んでいる。
そして、彼は返事もそこそこに立ち上がると、すぐさま弾丸のように外へ飛び出して行ってしまったのだ。
今更ながらにその姿に大きな不安を抱いたベルーゼは、慌てて、元々外を歩いていたホルスへと呼びかける。
「ごめんホルス!ケインがはしゃぎ過ぎてはぐれないように見ててやってくれる?」
「ワカリマシタ。マカセテオイテクダサイ」
「ほんとごめんね」
馬車に乗れる大きさではないから仕方が無いとはいえ、ホルスを一人で歩かせていることだけでも気が引けていたベルーゼとしては、このうえ、ケインの面倒まで任せることになり、自分の甘さを反省した。
これから行く場所は身内のいない場所。
それも、別種族の方が多い場所なのだから、外交という意味でもトラブルは避けるべきだろう。
(そのためには、ケインたちに自重を覚えさせなくちゃいけなかったのに)
始まりから躓いた気分になり、ベルーゼはこれからの学校生活に、大きな不安を覚えた。
案の定、途中でケインがはぐれかけたり、ホルスをただのモンスターと勘違いした人間の冒険者に襲われたりしたが、ベルーゼたちはどうにか無事に学園へ着くことができた。
ここからは、馬車を走らせてくれていた御者の兵士とも別れなくてはならない。
いよいよ完全に一人になる。
そう思うと、ベルーゼは不安な気持ちがこみ上げてきて、今すぐにでも国に帰りたい衝動に駆られた。
しかし、ペルたちがいるのだから、自分がしっかりしなければならないと、無理矢理己を奮い立たせることで、どうにかその衝動を抑え込むことに成功した。
送られて来た入学案内によると、新入生はまず、講堂にて入学式に参加しなくてはならないようだ。
そのため、ベルーゼはひとまず入学案内と共に送られて来た学園内の地図を見つつ進んで行く。
初めは人がまばらであったが、講堂に近づいて行くに連れて人の姿が多くなって来た。
しかし、それに伴い、何故か怖いものを見たような表情を向けられることも増えてきた。
酷い者など、あからさまに嫌悪の表情を向けて来ている者もいる。
(俺、何かしただろうか)
不安になったベルーゼは、耳が良いので、恐らく彼らの会話が聞こえているであろうペルへとこっそり尋ねてみることにした。
もし、知らない間に彼らを不快にさせてしまうようなことをしているのだとすれば、早急に解決しなければならない。
ただでさえ人間が多いこの場所で孤立してしまえば、後々面倒なことになりかねない。
ここは、出来るだけ友好的に接することが出来るよう努力するべきだろう。
そう判断してのことであったが、尋ねられたペルの方は、心底不快そうに周りの者たちへと鋭い視線を向けていた。
「ねえ、あの人たちがなんで俺を見てあんな表情をしているのか分かる?」
「・・・・・・・・・ペルタチ、イル、コワイ、イッテル。バケモノ、タクサン、オソロシイ」
「・・・・・・・・・はぁ?」
思いもしなかった理由に、ベルーゼは思わず眉を寄せてしまった。
(え、なに。あの人たち、このかわい子ちゃんたちのどこを見て怖いとか言っちゃってんの?馬鹿なの?)
確かに、ホルスなどは身体が大きいため、恐怖の対象になり得る可能性はあるだろう。
しかし、彼はとても優しい性格をしていて、ペルのように襲い掛かっていくことは無いのだから、ベルーゼの従魔たちの中では最も安全と言える。
そして、マシロとケインに至っては、見た目がぬいぐるみや神聖な生き物のようなのだ。
それをバケモノと言うなど、ベルーゼには彼らの感性が理解できなかった。
だが、だからと言って、自分の感性を人に押し付けることは争いの基である。
そう思い直したベルーゼは、イラつきそうになるのをなんとか抑えようと努力する。
(落ち着け。彼らはまだペルたちの愛らしさが分かっていないだけなんだ)
これから6年間もあるのだから、その間に少しずつ彼らにペルたちの良さを知っていって貰えば良い。
そう自分に言い聞かせる。
そして、どうにか苛立ちが収まったところで、ベルーゼは、彼同様に不快そうにしているペルたちへと語りかけた。
「みんな、気分は良くないと思うけど、我慢してね。ここからは俺たちの味方はいないんだから、無闇に敵を増やすようなことをしちゃダメだよ?」
「・・・・・・・・・ワカッタ。ベルーゼ、イウコト、キク」
ペルとマシロは大変不服そうではあったものの、どうにか頷いてくれた。
そのことに、ベルーゼはホッとする。
従魔たちの中でも喧嘩っ早いこの二匹さえ納得してくれれば、温厚なホルスと、そもそも視線の意味を理解していなかったケインは問題無いだろう。
ただ、穏便に事を済ませるためとはいえ、ここでコソコソしてしまうと、なんだか負けたような気分になる。
そう考えたベルーゼは、周りの視線を気にしていないかのように堂々と歩くことにした。
それを見ていた周りの者たちは、幼いながらも美しい容姿のベルーゼが放つカリスマオーラと、ペルたちの威圧感に耐え兼ね、次々と彼らへ道を譲っていく。
彼らを中心に人波が割れていく様は、まるでモーゼの十戒のような光景だ。
そのことにわずかな寂しさを覚えつつ、それでもベルーゼは王族の威厳を見せようと胸を張って歩く。
そんな主人の気持ちを汲んでくれたらしいペルが、ホルスたちに何か言うと、皆、途端にキリッとした態度で歩き始めた。
普段は落ち着きの無いあのケインすらも、キラキラと輝いているように見えるくらい様になっている。
流石は、天国の犬といったところだろうか。
いつもそうしていれば美しいのだが、天真爛漫なところがケインの良いところだと思っているベルーゼとしては悩ましいところである。
(黙っていれば二枚目、話せば三枚目を地でいってるよね)
一方、マシロは普段から見た目のおかげで愛らしいのだが、今はあざとい仕草や表情を振りまくことで、より愛らしさをアピールしているようだ。
おかげで、完全に歩くぬいぐるみというか、マスコットキャラクターのようである。
そんな彼に、一部の女生徒が『可愛い!』と叫んでいるのが聞こえ、ベルーゼは頬が緩みそうになった。
それでも、従魔たちの頑張りを自分が台無しにする訳にはいかないため、口の中を軽く噛みながら必死に耐える。
ホルスもホルスで、その大きな身体を更に大きく見せるように翼を程よく開き、威風堂々とした雰囲気を放っている。
その表情も普段の穏やかなものでは無く、歴戦の勇士のような猛々しくも頼もしいものだ。
ペルも、しゃなりしゃなりと歩き、猫らしい妖しさと涼しげな表情で、理知的な獣の風格を表現している。
だが、時折女生徒などへ愛らしい猫の仕草で顔を毛づくろいしているところを見せ、可愛らしさもアピールすることを忘れないのだから、本当に自分の長所をよく分かっている。
(もう、この子たち、俺を萌え殺す気か!くっそ、後で思いっきり可愛がってやる)
人前でしてしまえば今の演技が台無しになってしまうため、寮の部屋に帰ってからになるだろうが、人がいなくなれば思いっきり愛でる!
ベルーゼは密かにそう心に決めると、涼しい表情を保ったまま講堂の中へと足を踏み入れた。
ここまで閲覧していただき、ありがとうございます。
今回から念願の学園編です。
少し唐突な展開な気もしましたが、第1章の良い区切り方が思い付かなくて、申し訳ないです。




