第18話
山頂に着くと、そこには大きな屋敷が建っていた。家の前にはなにやら巨大な装置が設置されており、その周りに5人ほどの人が集まっている。
「おーい、父上!」
「んあ?おー、ダスターよく来たなー!」
ダスターがその集団へ呼びかけると、手前にいた老人が手を振り返した。
どうやらあのドワーフがベルーゼの祖父らしい。
ドワーフなので、ダスターもフォレストも立派なヒゲを蓄えて厳つい顔をしているが、祖父はさらに立派なヒゲを蓄え、引退したとは思えないほど隆々とした筋肉を惜しげもなく晒している。
(ちょっと怖そう。俺、怒られたりとかしないかな?)
祖父の見た目の厳つさに圧倒され、ベルーゼは腕に抱いたマシロへ顔を埋めつつダスターの後ろへ隠れた。
「ようやく来たか。なかなか来んから興味が無いのかと思っておったぞ」
「すみません。ベルーゼにとっては貴重な外出の機会だったので、ゆっくり来ました」
「ベルーゼ?・・・ああ、孫の名前が確かそんなのだったな。で?どいつだ?」
「この子です。ほら、ベルーゼ」
怖くて父親の後ろに隠れていたベルーゼだったが、その父親に前へ出されてしまった。
そうなれば否が応でも注目を浴びてしまう。仕方が無いので、彼はそっとマシロの毛並みから顔を上げ、上目遣いぎみに祖父を見上げた。
「は、初めまして。ベルーゼです」
「・・・・・・・・・」
(うう、なんで無言なの。すんごく怖いんだけど。)
今まで出会ったドワーフの中でも特別厳つい顔の祖父に恐怖を拭えない。それなのに、祖父はベルーゼをひたすら凝視してくるため、彼も目線を逸らせないでいた。
どうしよう、と困惑していると、突然祖父が手を伸ばし、ベルーゼを抱き上げた。
その衝撃に驚いたマシロが慌ててベルーゼの腕の中から逃げ出す。そして、その直後。
ベルーゼは祖父の頭上へと抱え上げられた。
「でかした!でかしたぞダスター!まさかお前の子供がこんなに美人さんだとは思っとらんかった!」
「うわあ!本当すっごい美人。リリスそっくりじゃん」
「ダスター似のムサいやつかと思ってたから会いに行ってなかったけど、これは早く行くべきだったな」
「だから言ったじゃない。リリスちゃんに似てる可能性もあるから一度は会っておきましょうって」
驚きで硬直しているベルーゼに気づいていないのか、口々に感想を述べるドワーフの老人たち。
そんな中、一人だけ居た美人な女性が、ほらみなさいと言わんばかりの表情でため息を吐く。
すると、その隣に居た老人がばつの悪そうな表情で反論した。
「そんなこと言ったってなあ。お前と違って俺らは徒歩なんだぞ?そう気軽に行けるかよ」
「そうそう、お前の従魔たちが乗せてくれるんなら別だが、お前の従魔たち、お前しか乗せる気が無いじゃないか」
「当たり前でしょ。あの子たちは私の大事な子供と旦那様よ?あなたたちみたいなむさ苦しい男たちなんて乗せられないわよ」
言い訳を始めた周りのドワーフたちを、ふんっと鼻で笑う美女。
そんな高慢な姿すらも色気が漂っている。
着物のような服や、結い上げた髪に簪を差している姿などは一見遊女のようだ。
(この人も従魔を連れているんだ。)
それなら叔父上だけじゃなくてこの人にも話を聞きたいなぁと、ベルーゼはどうせなら美人なお姉さんに教わりたいという下心のもと考える。
そんな中、美女の隣に居た老人がぼそりと呟く。
「これだから変態のオカマは」
その瞬間、世界が凍りついた。
「なんつったゴラッ!あんま舐めたこと言ってるとダーリンの餌にすんぞ?」
「ひっ、悪い。謝るからそれは勘弁しろ、マジで!」
「たくっ。どうせ謝るんなら最初から言うんじゃねえよ。この根性無しが」
それまでたおやかな雰囲気を出していた美女が、老人の一言で一変般若へと変わった。
これは比喩ではなく、実際に美女の口が割けて牙がにょきりと生え、下半身が蜘蛛へと変わった。
そして、その服の中から無数の虫が飛びだしてきたのだ。
ベルーゼは美女の突然の変化に呆然としたが、周りの者たちはまたか、というような呆れた表情だ。
どうやら美女はただ者では無いらしい。
そんな中、ベルーゼを取り囲む老人たちの集まりを掻き分けて、ダスターがようやく彼のもとへと辿り着いた。
「父上。そろそろベルーゼを下ろしてやってくれ。可哀想に、怯えて固まってるじゃないか」
「おお、すまん」
先王は、ダスターの言葉でようやくベルーゼが身体を固くしていることに気づいたらしい。
慌ててベルーゼのことを胸へ抱え直すと、そのまま下へ下ろそうとする。
そんな彼の腕へ、ベルーゼが手をかけた。
「あ、いえ。ただバランスが取れなくてジッとしてただけなので、出来れば抱っこしてください。・・・だめですか?」
「そんなわけがなかろう!いくらでも抱いてやるぞ!」
「ふふふ、くすぐったいですお祖父様」
感激したらしい祖父に胸元へ引き寄せられてスリスリされるが、髭が当たってくすぐったい。
それに笑うベルーゼを、 ダスターと他の老人たちが感心した顔で見ていた。
「凄いな。これは将来が楽しみだ」
「そうですね。ただ、どうにも愛情の方向性がベルグマン叔父上と似ているのが心配で」
「あら、今、幻聴が聞こえた気がするわ?誰が、叔父上ですって?私の名前はベルーガよ!ベルーガお姉様とお呼びなさい!」
「すみません。ベルーガオネエサマ」
そんなダスターと美女の会話に、ベルーゼは目を丸くした。驚いたことに、あの美女がベルグマンだったようだ。
(命が惜しいから、これからはベルーガお姉様と呼ぼう)
何が起こるかは分からないが、あのダスターが顔をひきつらせているところを見ると、彼、もとい彼女に逆らえばよほど恐ろしいことが起こるようだ。
触らぬ神に祟り無し、である。
「それにしても、私と同じ方向性ってことは男漁りが激しいの?」
「いえ、そっちではなく。ベルーゼは大の動物好きでして、その様がベルグマン叔父、ゴホンッ、お姉様の若い頃に似ているので心配なのです」
「ふーん、なるほどね。まあ、大丈夫なんじゃない?恋愛は個人の自由でしょ」
「そうじゃな。コヤツも虫好きをこじらせた結果女郎蜘蛛にランクアップしたくらいじゃし。問題ないじゃろ」
「はあ。(その過程が問題なんだが)」
先王たちの言葉に生返事を返しながら、ダスターが珍しく疲れた顔をする。やはり自分の親には弱いものなのだろうか?
ベルーゼは祖父の腕の中で首を傾げた。
「父上」
「ん?どうしたフォレスト」
「とんでもないものって、これ?」
それまでひたすら無言で屋敷前に置いてあった機械を眺めていたフォレストが口を開いた。
どうやら、先王が言っていたとんでもないものというのが気になって仕方がなかったらしい。
「おお、忘れておった。そうじゃ、これこそ世紀の大発明。その名も」
「「「「「時空移動しちゃうぞ号」」」」」
「・・・・・・・・・はあ?」
「・・・・・・・・・」
(おお、お祖父様たちきれいにハモった。これきっと練習したんだろうな。)
そんな感想を持ったベルーゼとは違い、ダスターは虚を突かれたような声をあげる。
顔もそんな馬鹿なと言いたげで、その横のフォレストも表情こそあまり変わっていないが、瞳がきらきらと輝いていた。
どうやら、先王たちが作りだしたものは結構凄いものらしい。
だが、ベルーゼとしては、魔法が有るんだから時空移動くらい出来るだろうといった感覚だったのでどれくらい凄いのか良く分からない。
(母上と俺を引き離すことが出来る魔道具があるくらいだから割と普及しているのかと思っていたんだけど、違うんだろうか?というか、俺としては道具の性能よりもお祖父様たちのネーミングセンスの方が気になるんだが)
微妙な表情をしているベルーゼに気づいていないのか、ダスターたちの反応に満足したらしい先王たちはとても御満悦な様子で頷いている。
「ふふふ、どうだ?ワシたちの凄さを思い知ったか」
「ほ、本当なのか?これで本当に時空移動が出来るというのか?」
「勿論だ。もうすでにワシ自ら実験して機能を実証済みだ」
先王は自慢げに胸を張ると、愛おしそうに機械を撫でる。
「距離は?」
「約1kmじゃな。残念ながらまだ一人しか運べんから実用にはまだまだ遠い」
「だが、俺たちは諦めんぞ!これを基に更に移動距離や人数を増やした道具を作ってやる!」
一人の老人の言葉に触発されたように祖父を含めた周りの男たちがそうだそうだと盛り上がる。
その姿をベルーガだけが呆れたように見ていた。
だが、その表情は嫌そうというよりは、子供のように趣味へ没頭する夫へ仕方がないと苦笑う奥さんのようだった。
(お姉様は機械オタクではないみたいだな。これなら、今のうちにしつけの相談をした方が良いかもしれない)
そう考えたベルーゼは、なにやら難しい機械の仕組みについて話初めてしまった祖父へ、下ろしてくれるように頼む。
残念そうにしている先王には悪いが、今は機械よりもケインのしつけについて相談する方がベルーゼにとっては重要な事項だ。
「あの・・・」
「ん?あら、あなたは機械に興味が無いの?」
ベルーガはとてとてと近づいてきたベルーゼに意外そうな表情をすると、しゃがみこんで彼に目線を合わせてくれた。
彼女が見た目よりも子供の扱いが上手いことを意外に思いつつ、ベルーゼは口を開く。
「興味が無いわけでは無いのですが、ベルーガお姉様に相談したいことがあって。今、お時間よろしいでしょうか?」
「あらあら、そういうことならいくらでも聞くわよ。何かしら」
ベルーゼの言葉に目を輝かせる姿は、噂話に花を咲かせる奥様方のようだ。
見た目は遊女のようだが、中身は結構庶民的である。
ベルーゼの親戚ということは王族のはずなのだが。いや、ダスターやフォレストも結構奔放な性格をしているので、もしかするとドワーフの王族は意外とこんなものなのかもしれない。
そんな考察をしつつ、ベルーゼは口を開く。
「じつは、従魔のしつけをしているんですけど、なかなか俺の言うことを聞いてくれなくて。ベルーガお姉様は従魔を連れているとお聞きしたので、是非しつけのコツを教えていただきたいのです」
「ふーん、なるほどね。・・・ちなみにあなたは従魔とはどんな関係になりたいのかしら?」
「従魔との関係、ですか?・・・そうですね。俺は従魔を心底愛しているので、彼らからも心底愛して貰えるような。そう、相思相愛の恋人のような関係になりたいです」
随分と恥ずかしい言葉になってしまったが、これはベルーゼの本心だ。
今まで飼うことが出来なかった分、従魔たちにはたっぷりと愛情を注ぐつもりであるし、出来れば従魔たちからも愛して欲しいと思っている。
ベルーゼの言葉に嘘がないかを探るかのようにジッと見つめてくるベルーガの目を、ベルーゼは真剣に見つめ返す。
そんな態度から彼の本気を感じとったのだろう、ベルーガがふわりと笑った。
「分かったわ。そういうことなら私でもアドバイスしてあげられそうね」
「・・・?」
「ああ、ごめんなさい。私とこの子たちの関係って主従というよりも家族に近いの。なにせ殆どの子が私と夫の子供だから」
そう言って、ベルーガは懐からタランチュラのような蜘蛛を取り出して愛おしそうに撫でる。
その指へ甘えるようにじゃれる蜘蛛の姿からは、確かに母親に甘える子供のような雰囲気を感じた。
先ほどオカマだなんだと言われていたので男なのだと思っていたが、夫との間に子供がいるということはやはり女性なのだろうか?
ベルーゼは疑問を抱いたものの、初対面の人相手にそこまで踏み込んだことを聞く勇気は無い。
そのため、ベルーゼは別の切り口から彼女のことを探ることにした。
「あの、気になっていたんですが、ベルーガお姉様は元はドワーフだったんですよね?」
「ええ、そうよ。でも、私は小さい頃から虫が大好きで、虫に欲情する位大好きだった」
でも、虫とは流石に交尾出来ないから、そのストレスを解消するために次に好きだった男の人たちと沢山寝たわ。
そう語るベルーガは懐かしい昔話を語るようだったが、言葉の端々に苦いものが滲んでいた。
恐らく、当時は随分と異端扱いされたのだろう。
「随分色んな人を相手にしたけれど、なかなか本気になれる相手がいなかった。どうしても虫の方が好きだったのよ」
「それは、なんとなく分かります。俺の感情は恋愛ではありませんが、どうしてもペルたちと人だったらペルたちへ愛情がいってしまいますから」
例外などダスターくらいのものだが、これは家族愛やリリスとの融合が原因だろうからあまり参考にはならない。
ベルーゼにとっては、どんな美女よりも従魔であるペルたちの方がよほど好ましく思える。
それくらいには動物愛をこじらせていた。
「なるほど、私ほどでは無いにしろ、あなたも相当変わり者みたいね。気に入ったわ。特別に私のとっておきの方法を教えてあげる」
これなら従魔たちが言うことを聞いてくれるはずよ。と、ウインクするベルーガはやはり男性とは思えないほど色っぽかった。
その仕草にドギマギしつつ、ベルーゼは慌てて頷く。
「あ、ありがとうございます」
「ふふふ、いいのよ。これはね、私がダーリンを射止めた時の方法なんだけど」
そう言って教えて貰った方法は、とても破天荒なものだった。
自分に出来るだろうかと不安になるベルーゼを、あなたならきっと大丈夫とベルーガが励まし、ベルーガの即席躾講座が幕を開けた。
結局、方法を伝授して貰うだけで日が暮れてしまったため、実績するのは明日からとなった。
丁度良いことに、ダスターたちも先王と積もる話があるようで、今日は泊まることになった。
そのため、ベルーゼは明日帰るまでの間に試してみて、ベルーガからアドバイスを貰う算段をする。
夕飯は、祖母とベルーガが用意した家庭料理が並んだ。それらは素朴ながらもどれも美味しそうで、ベルーゼは目を輝かせる。
祖母は先王の妻ではあるものの、元々森で暮らす狩り人の娘だったそうで、料理や洗濯などの家事が得意なのだそうだ。
そんな彼女から時々料理を教わると言うベルーガもなかなかの腕前をしており、箸が良く進む。
祖母は、少し年老いてはいるものの、先王と比べれば随分と若く見える美貌と、綺麗に保たれている体型からは、若い頃は相当な美人だったことが伺える熟女だった。
実際、お忍びで出かけた森の中で出会った瞬間。そのあまりの美しさに先王が一目惚れしたらしい。
その後、周りの反対を押し切って結婚したという話を聞き、ベルーゼはダスターの美人好きや破天荒さは祖父似だと納得した。
『ズドーン!』
「うわっ!」
「あら、帰ってきたみたいね」
和気藹々と食事をしていると、突然外から凄まじい爆音が聞こえてきた。
しかし、その音に驚いたのはベルーゼと彼の従魔たちだけで、他の者たちはみな平然としている。
ベルーガなど、嬉しそうに笑って外へと出て行った。
その様子に、なんとなくベルーガの夫が帰ってきたのだろうかとあたりをつけ、ベルーゼは興味深々に玄関の方を伺い見る。
すると、程なくして部屋のドアをくぐって、ドアよりも大きな巨体が姿を表した。
「只今戻りました」
「おう、お帰り。今日は何を取ってきたんだ?」
「熊を五匹でござる。あれだけあれば今年の冬は越えられるかと存じますが」
「充分だ、ありがとうな」
「いえ、拙者はベルーガの夫であると同時に彼女の従者。従者が主君やそのご家族に尽くすのは当然のことでござる」
突然家へ入ってきたのは異形の鬼だった。
神楽なんかで使う鬼の面のように恐ろしい顔に虎の胴体が続き、それを大きな蜘蛛の下半身が支えている。
だが、そんな恐ろしい見た目の割には、ベルーガは幸せそうにお姫様抱っこされているし、先王が気さくに話しかけているところを見ると、危ない者ではないようだ。
恐らく、この者がベルーガの言っていたダーリンなのだろう。
「お久しぶりです、ダイモンさん」
「お久しぶりです」
「お久しぶりにございまする。お二方とも息災でございましたか?」
「ええ、お陰様で。それと、こちらが息子のベルーゼです。ベルーゼ、こちらはベルーガお、オネエサマの旦那で土蜘蛛のダイモンさんだ」
「ベルーゼです!よろしくお願いします」
「こちらこそ、よしなに」
熊よりも大きいだろうと思える巨体に圧倒されていたベルーゼだったが、ダスターに紹介されて慌てて挨拶をする。
そんなベルーゼを微笑ましそうに見て、ダイモンはぐしゃぐしゃとベルーゼの頭を撫でた。
どうやら、顔に似合わず子供好きのようだ。
「どう?とっても男前でしょう。特にこの逞しい下半身が堪らなく素敵」
「そう誉めないでくだされ、照れるでござる」
「ふふふ、赤くなっちゃって。可愛いんだから」
目の前でいちゃつき始めた二人にベルーゼは固まるが、いつものことなのか、ダスターたちは早々に食事の席へと戻って行く。
そんな父親たちの姿を見て、ベルーゼも万年バカップルにあてられては叶わないと、そそくさとテーブルにつき直すのだった。
ここまで閲覧していただきありがとうございます
漸くベルグマンことベルーガオネエ様を出すことが出来ました。
綺麗なオネエさんが好きですみません。
話の中で出たなんで男のベルーガが子供を産めたかについては、おいおい話の中で説明出来たらと思うので、詳しくは言いませんが、ベルーガの子供たちは正真正銘ダイモンとの間に生まれた愛の結晶です。




