第13話
頬に濡れた感触を感じ、ベルーゼは目を開けた。すると、視界一杯になにやら黒ずんだ物が飛び込んできた。
「うわっ!」
驚きのあまり咄嗟に引き離すと、それは寂しそうに「くーん」と鳴く。
その声に聞き覚えがあり、改めて見てみると、黒い塊だと感じたモノは昨日助けた子犬だった。
そんなベルーゼたちのやり取りを見ていたらしいペルが、ベルーゼたちに近づいてくると、鼻先で少し強く子犬を小突く。
どうやら、ベルーゼを起こしたことを抗議しているようだ。
しかし、子犬は遊んで貰っていると勘違いしたらしく、嬉しそうに尻尾を振ってきゃんきゃん鳴いている。
(あ、この子お馬鹿さんだ)
子犬の反応にそう確信しつつ、ベルーゼははしゃいでいる子犬を拾い上げる。
それに、一瞬キョトンとした子犬だったが、すぐに状況を理解すると、先程よりも大きく尻尾を振って嬉しそうにベルーゼを見上げた。
その仕草にベルーゼは頬を緩ませつつ、ようやく覚醒した頭で現状を整理する。
店での一件の後、ベルーゼたちはポルンの城へと帰って来た。それは覚えているのだが、後のことが曖昧だ。
恐らく、一日動物に大興奮していたことに加え、子犬を助けようと知恵を絞った事で相当疲労が溜まっていたのだろう。
城についてすぐ、強烈な眠気に襲われ、そこから先の記憶がぷっつりと途切れている。
寝てしまったベルーゼをダスターあたりが子犬共々ベッドに放り込んだといったところだろうか。
そんな風に、ベルーゼが現在の自分の状況を把握していると、子犬と目が合った。
遊んでくれるの?と目をキラキラさせる子犬に頬を更に緩ませつつ、その後ろ足へ手をかける。
先程ペルとじゃれている時も動き難そうにしていたので気になったのだ。
(やっぱりくっついているままじゃ動き難いのか。でも、この世界の医療技術でこの子の治療が出来るかどうか分からないし)
そう考えていたところで、ふと、前世のテレビでチラリと見たパラリンピックの光景が頭に浮かんだ。
そこに映されていた選手たちは皆、何かしらの障害を持っていたが、それでもスポーツに打ち込んでいた。
(そうだよ、悲観ばかりしていてもしょうがない。それよりも出来ることを探さなくちゃ。)
そんな淡い期待を持ち、ベルーゼは試しに子犬の足をゆっくり上下に動かしてみる。
だが、素人が無理にリハビリをやっても逆効果かもしれないと直ぐに思い直し、その手を止める。
(この事については、後でお医者さんに相談してみよう。どれくらいの助けになるかは分からないけど、少なくとも俺よりは生き物の身体のことに詳しいはずだ。)
そう決めたベルーゼは、先程から遊んで遊んでと主張している子犬の相手を、ペルと二人でしてやることにした。
どうやら子犬は元々人懐っこい性格のようで、自分からすり寄り、嬉しそうに尻尾を振っていてとても愛らしい。
店の店主から受けた仕打ちがあまりにも酷いので、人間恐怖症になっているのではと心配していたベルーゼだが、この分なら大丈夫そうだ。
「ベルーゼ様、少し宜しいでしょうか?」
そんなことを考えていたところへ声がかかった。見れば、この城でベルーゼの世話を担当してくれている使用人がベッドの横へ控えていた。
その向こうでは、着替えを終えたらしいダスターがロシンの部下と何やら話し込んでいる。
「なに?」
「はい。其方の子犬はどうやら大分汚れていらっしゃるようです。ベルーゼ様方へも汚れが移ってしまっているようですし、入浴されてはいかがでしょう」
言われてみれば、確かにベルーゼもペルも子犬から移った汚れで黒ずんでいた。
慌てて辺りへ視線を巡らせると、自分たちが寝ていたベッドもそこそこ汚れている。
(そういえば、お風呂に入る前に眠っちゃったんだっけ)
高級そうなベッドを汚してしまったことを申し訳なく思いながら、ベルーゼは使用人の言葉に甘えて皆で入浴することにした。
初めからそのつもりだったのか、ダスターもベルーゼたちの話が済むと、一緒に浴室へとついてきた。それについては何時ものことなので、ベルーゼとしても文句は無い。
寧ろ、大好きな父親に構って貰える機会なので嬉しいくらいだ。
「こりゃ、あーれちゃらめらよ」(こら、暴れちゃ駄目だよ)
「きゅん、きゅん」
「マエ!」(待て!)
風呂場に着き、ひとまず子犬を洗うことにしたベルーゼだったが、子犬は泡が楽しいらしく、とにかく動きたがる。
後ろ足が動かし難いため、走り回られることがないだけマシだが、それでもなかなかに洗い辛い。
そんな苦戦しているベルーゼの姿を見かねたのだろう。ペルが子犬を抑えつけようとのしかかる。
暴れ回る子犬に厳しい声をあげつつも、体格差を考え、きちんと力加減をしているらしいところは流石と言うべきか。
「オトアシウスウ」(大人しくする)
「くーん、くーん」
「メッ!」
「くーん」
「グルルル」
一方、これも遊びだと思っているらしい子犬は、ベルーゼたちの手から尚も逃れようとする。
しかし、ペルがそれを制止し、強い口調で叱った。
流石に、自分よりも大きく、迫力のある生き物に怒られるのは怖かったのか、途端に子犬がしゅんとした仕草で大人しくなる。
すると、それを宥めるようにペルは優しい声で鳴く。
そんな二匹の様子に、ベルーゼは身悶えた。
(もうっ、なんなのこの子たち!本当もう、マジ可愛いんですけど!なんでこの世界にはデジカメが無いんだ!今すぐこの場面を収めたい!)
萌えの過剰供給に耐えきれずプルプル震えているベルーゼの身体を、ダスターが楽しそうに洗っている。
そんな一家団欒の風景を、ダスターに仕事を取られた使用人だけが所在無げに見つめていた。
風呂に入った後。綺麗になった子犬を改めて眺め、ベルーゼはとろけそうな表情をした。
(ああ、まさかこんなに綺麗な毛をしているなんて思わなかった)
子犬の毛は、まだ薄い産毛ではあるものの、見事な金色をしていた。人間で言えば、プラチナブロンドといったところだろう。
栄養状況が良くないのか、張りがないが、それでも光に反射してきらきらと輝いている。
嬉しそうに輝く翠の瞳も相まって、その姿は宝石が歩いているかのようだ。
全体的な容貌はゴールデンレトリバーに近く、今は小さい体だが、手が大きいのでゆくゆくは大型犬になるだろう。
(やばい。ペルも可愛いけどこの子も最高に可愛い。どうしよう、俺、その内萌え死ぬんじゃないか?)
それならそれで本望。そう考えてしまうベルーゼはペット愛好家の鏡である。
「きゃん!」
「グルル?」
自分の世界に飛んでいるベルーゼに、遊んで!と訴える子犬と、どうした?と問いかけてくるペル。
その呼びかけで現実へと帰ってきたベルーゼは、欲望の赴くまま二匹を抱き寄せると、そのもふもふの毛を堪能した。
まだまだ夢のモフモフパラダイスには頭数が足りないが、それでも彼等の感触はベルーゼへ幸福感を齎す。
「はあ、しあーせ」(はあ、幸せ)
「良かったな、ベルーゼ。ところで、子犬に名前を付けなくても良いのか?」
このままだと疲れ果てて眠るまで二匹と戯れていそうなベルーゼへ、ダスターが呆れ半分といった表情で問いかける。
その言葉にはっとなり、ベルーゼは慌てて魅惑の毛並みから顔を上げた。
そんな彼の行動に、もうやめるの?と言いたげな瞳で見つめてくる二匹の視線にぐっと耐えつつ、ベルーゼは子犬へと語りかける。
「ねえきみ。もしよかたらおりぇのしゅうまににゃらにゃい?」(ねえ君。もし良かったら俺の従魔にならない?)
「くーん?」
「グルルルル」
「きゃん!きゃん、きゃん!」
名前を付けるだけなら別に従魔の契約をする必要は無いのだが、自分の側にいるのなら強くしてやった方が良いだろうという判断で子犬へと提案する。
味方は多くなったものの、未だにベルーゼのことを目の敵にしている貴族や家臣も多い。
そのため、暗殺者に襲われる可能性は何時でもベルーゼに付きまとっている。
そんな中でまともに足が動かない子犬を側に置いておくことは危険だ。
契約で上げられるランクなどタカが知れているが、ただの子犬でいるよりはマシだろう。
(それに、身体能力が上がれば足を上手く動かせるようになる可能性もあるし)
そんな打算からのベルーゼの問いかけに、初めは不思議そうに首を傾げるばかりだった子犬だが、ペルが通訳してやったのか、嬉しそうに鳴き始めた。
それを肯定と受け取ったベルーゼは、一つ頷くと子犬の名前を考え始める。
しかし、これがなかなか難しい。
何か凝った名前を付けてやりたいが、どれもいまいちしっくりこない。
(うーん、ここはいっそシンプルな方がいいのかも)
「・・・・・・よし!きみのなまえはきょうかりゃけいんら!よーしくね、けいん」(・・・・・・よし!君の名前は今日からケインだ!よろしくね、ケイン)
「きゃん!」
犬の音読みを文字ってケイン。ダジャレのような名前だが、この世界には日本語が分かる者はいないので恐らく大丈夫だろう。
ケインも名前が気に入ったのか、高らかに鳴く。
そして、それに呼応するようにペルの時と同様の黒い霧が発生し、ケインの身体を包む。
そうして霧が収まった後に現れたのは、美しさが更に増し、神々しさすら加わったように見える見事な金色の毛並みをした大型犬だった。
いや、その凛々しい顔つきは犬と言うより狼と言った方が良いかもしれない。
「ガウッ!」
「グル!」
しかし、自分の姿に驚いたのか、それとも喜びで興奮したのか、ケインは勢いよく走りだそうとして、後ろ足が着いていけずにつんのめる。
ベチッと響いた音に慌ててペルと共に彼を助け起こす。だが、ケインは依然嬉しそうに尻尾を振って喜んでいた。
どうやら、進化しても頭の出来は変わらなかったようだ。
それでも体格は格段に大きくなっているし、足も子犬の時に比べれば動くようになっているようだ。
(この子のステータスってどれくらいなんだろう?)
そんな疑問を持ったベルーゼは、朝食が終わった後、思い切ってセレーナへと適性診断を頼んでみた。
結婚したばかりの新婚さんの雰囲気に充てられそうなので、今はあまり側には寄りたくはないのだが、仕方がない。
ベルーゼがやっても良いのだが、まだまだ魔法の扱いに慣れていないベルーゼでは見れない部分も多い。それならせっかく腕の良い人が近くにいるのだから、今のうちに診断してもらった方が得だろう。
「しゅみましぇん、むりをいて」(すみません、無理を言って)
「ふふふ、かまわないわよ。診断の魔法ってそこまで魔力使わないから」
「あーかとうこしゃます」(ありがとうございます)
そうしてケインへと呪文がかけられた。
すると、何時ものウィンドウがケインの前へ姿を表す。
ケイン
ランクE ヘブンハウンド
体力 4
魔力 4
速度 1
物理攻撃 4
物理防御 4
魔法攻撃 4
魔法防御 2
補助魔法 2
回復魔法 3
属性
光
スキル「英雄の御伽噺」
御伽噺の主人公のような幸運とオーラを持つが、代わりに多くの試練が課せられる宿命を背負う。
習得魔法
なし
どうやらケインは魔法剣士タイプのようだ。そして、どうやらヘルハウンドの亜種であるらしい。
確かに、見た目だけならば天国の犬と言っても遜色がない。
あくまで外見だけならの話だが。
ペルの時には種族までは表示されなかったのだが、どうやら少し会わない間にセレーナは更に魔法の腕が上がったらしい。
そのことに気がつき、自分も頑張らなければとベルーゼは頭の片隅で思う。
(それにしても、このスキルは有りなのか?なんか、プラスマイナス0って感じだけど、ようは主人公補正がある代わりに漫画とかみたいに次々と強敵が現れたりする感じだろ?)
それはつまり、彼と一緒に暮らすことになるベルーゼたちの前にも強敵が現れるということだ。
出来ればそれは遠慮したいところである。
かといって、子犬を手放すつもりの無いベルーゼは、どうにかして強い敵が現れても生き残れるよう、対策を練る。
ひとまず、欲しいと思っていた物理攻撃が得意な仲間が増えたことは喜ばしいことだ。
これでより訓練も充実することだろう。
あとは、いかに後ろ足のリハビリをするかだが、焦っても直ぐに効果が出るものでもない。
(ひとまず、国へ帰ったら早速父上かロシンに頼んで生き物の身体のことに詳しそうなお医者さんとか学者さんを呼んで貰おう)
大はしゃぎでペルへじゃれつくケインを見ながら、ベルーゼはこれからの日々へ思いを馳せた。
ここまで閲覧していただきありがとうございます。
ケインのスキルについては色々模索した結果これに落ち着きました。
ただ、未だにしっくりきていないので、もしかしたら名前とかを後から変えるかもしれません。
修正した時にはあとがきか前書きでお知らせいたします。
その時には生暖かい目でスルーして下さると助かります。
彼は正統派ヒーローをイメージしながらキャラ設定をしたので、ステータス的には色々なゲームの聖騎士とか騎士のステータスを参考にちょいちょいアレンジを加えています。
やっと前衛が出来るペットを出せたので、その内戦闘シーンとかを入れられればと画策中です。




