第12話
結婚を祝う宴会は、夜になっても熱気が冷めることはなく。寧ろ酒に酔った者が増えるに従ってヒートアップしていった。
酒好きのダスターも、嫌がるポルンを巻き込んで大量の酒を飲み干していて上機嫌だ。
酒の匂いに酔いそうになったベルーゼは、ダスターから少し離れたところでセレーナとペルと共に芸を始めた者たちを鑑賞していた。
即席とは言え、酔っ払いの中に混じって、ここでひと稼ぎしようと考えたらしい人間の旅芸人もおり、なかなか見応えがある。
しかし、ベルーゼはまだまだ身体が赤ん坊の状態のため、夜はあまり長時間起きていられない。
彼としては、もっと宴会を楽しんでいたかったのだが、時間が経つにつれて目蓋は重くなってゆき、最終的にはペルに抱き付く態勢で眠りについた。
ペルもペルでまだ子猫(?)のため眠かったらしく、抱き付いてきたベルーゼを器用に身体の間に挟み込むと、主を抱き締めるような態勢で眠る。
そのことに随分後で気付いたダスターは、仲間外れにされたようで寂しかったらしく、哀愁が漂っていたらしい。
朝、起きて早々に少しいじけているダスターを宥めるのに苦労しているベルーゼへ、セレーナが昨日の仕返しとばかりに悪戯っぽい顔をしながら教えてくれた。
そのことに、ベルーゼは顔をしかめる。
教えてくれたこと事態は別に問題はない。ただ、彼女の言葉にダスターが余計にへそを曲げてしまったことが問題だった。
その後、完全にすねてしまったダスターを宥めるのは本当に大変で、勘弁してもらいたいとベルーゼは内心悪態をついた。
今日はこの国の城下町へ向かう予定になっていたので、ベルーゼとしては一刻も早く父親を宥めたかったのだ。そんな中での行動だったため、ベルーゼは八つ当たりだとは分かっていながらも、セレーナへとムカムカとした思いを抱く。
このままだと、最悪明日まで父親の機嫌は直らないかもしれない。
そう思ってしまうほどに、ダスターの機嫌はセレーナの言葉で急降下していた。
だが、明日にはドワーフ王国へ帰還する予定になっているため、それでは観光が出来なくなってしまう。
ベルーゼとしてはそれだけは絶対に避けたかった。
せっかく他国へ来たのだから、帰る前に少しだけでも観光がしたい。
それに、彼には観光以上に楽しみにしていることがある。
この国は農作物を育てている関係か、自然が豊かだ。そのおかげで、周辺には多くの動物も生息しているらしい。
動物好きのベルーゼは、出掛ける前にロシンからその話を聞いた時から、動物たちに会うことを心から楽しみにしていたのだ。
ドワーフ王国は鍛冶が盛んなためか、熱気を避けて動物たちは路地裏などの分かり難い場所に隠れてしまっている。そのせいで、ベルーゼは未だに満足がいくほど動物をモフモフ出来ていなかった。
その点、農業のために家畜を多く飼っている上に、人間の商人の中には周囲の動物たちを捕まえて他の国へ売りつけている者もいるくらいに野生動物も豊富なこのホビット国ならば、歩いているだけでそこそこ動物を見かけられるはずだ。
人間の商人については、なんだか密猟者みたいだなとベルーゼは思ったが、この世界にはそんな概念は無いらしく、この国の家畜にさえ手を出さなければ問題ないらしい。
動物たちも魔物ほどでは無いにしてもそこそこ強いので、捕まり過ぎることも無いそうだ。
それを聞いて安心したベルーゼは、出来たら一匹くらい自分も貰って帰りたいなどと妄想を膨らませていた。
だというのに、ここで中止になられては苦労してペルを買収した意味もなくなってしまう。
どうしてもそれを避けたかったベルーゼは、焦りながらも根気よくダスターを宥めていった。
因みにペルを買収する際に出した条件は
・もふるだけで連れて帰らない
・観光が終わったらペルの気が済むまで構う
の二つである。
出来れば動物を連れて帰りたいが、モフモフパラダイスを体験出来るのならば、それも我慢しよう。
そう思えるくらいに、ベルーゼは動物に餓えていた。
勿論ペルは可愛いのだけれど、長年の夢というものは諦められないものなのだ。
そう、モフモフパラダイスのためならばこれくらいの障害くらい乗り越えなければ!
自分を鼓舞し直したベルーゼは、何時も以上に愛嬌を振りまき、最近は封印していた魅了の魔法すら全力で使ってダスターを宥めた。
努力の甲斐があり、お昼を食べる頃にはどうにかダスターの機嫌は直った。
昼食を足早に片付けたベルーゼは、早く動物に会いに行こうとダスターたちを急かし、ホビットの兵士たちに見送られながら意気揚々と出発する。
達成感も合わさってホクホクと恵比寿顔になっているベルーゼは、不機嫌そうなペルの背中を優しく撫でた。
「ぺりゅ、きたいしていりゅからね」(ペル、期待しているからね)
「ぐるる」
無意識の内に魅了の魔法を使いっぱなしにしているベルーゼの声は、何時も以上に甘く甘美だ。
その声で囁かれ、背中をピリピリと快感が走るのを感じたペルは、尻尾をピーンと上げて返事をする。
そのまま尻尾をベルーゼの頬や腕へ懐かせてきたペルへ、ベルーゼは頑張った時のご褒美を期待させる蠱惑的な仕草で尻尾をユルユルと撫でる。
そのくすぐったいような焦れったいような感触に急かされたペルは、あまり乗り気ではなかった動物探しを本格的に始めた。
おかげで、犬や猫などのポピュラーな動物だけではなく、豚や牛、鹿などのホビットが飼育している家畜たちにもベルーゼは会うことが出来た。
「はぁ。しあーせ」(はぁ。幸せ)
「ヴー、アクソク!」(約束!)
「あーてりゅよ。らいしょうふらて。ああ、このつやつやなけなみあたまーにゃい!」(分かってるよ。大丈夫だって。ああ、このつやつやな毛並みが堪らない!)
「ヴー」
「諦めろ、ペル。ベルーゼはああなったらどうしようもない」
「グルルルル」
珍しく仲良く会話(?)しているダスターたちを横目に見ながら、ベルーゼはたっぷりと動物たちとの触れ合いを堪能した。
しかし、至福の時というのは時間の流れが早いもので、あっという間に辺りが薄暗くなり始めた。
けれど、ベルーゼは動物に夢中になるあまり、辺りが見えていないらしく、いっこうに動物から離れる素振りを見せない。
そんな息子の様子に苦笑をしながら、ダスターが声をかける。
「おーい、ベルーゼ。そろそろ帰るぞー」
「えー」
「えー、じゃない。日が暮れる前に帰らんとポルンたちに迷惑だろう」
「むー、あかーた。かえるよ」(むー、分かった。帰るよ)
動物と別れるのは惜しいが、流石に他国の王族に迷惑をかけるわけにはいかない。
ベルーゼは渋々モフモフパラダイスに別れを告げると、愛猫の背中へと跨がり、城へ向けて歩き出す。
行きは動物のいる場所を探していたため路地裏などが多かったが、帰りはせっかくなので商店街の通りを歩いてきちんて観光することになった。
ドワーフ王国の商店街は装備品の店ばかりが並んでいるが、この国の商店街は野菜や小麦なんかの食べ物を売っている店が多い。
流石は農業を主産業としている国といったところだろうか。
ふと、その中の一軒の前でペルが立ち止まった。
それは、人間が営んでいる家畜用の動物を売っている店だ。それを真剣な表情で見つめて動こうとしないペルに、ベルーゼは首を傾げる。
あれだけ動物と自分を引き離したがるペルにしては珍しい。
そんな風に思っていると、彼は徐に走り出すと、その店の横道へと入っていく。
「うえっ!」
「ペル?」
いきなり走り出したペルに驚いたベルーゼは素っ頓狂な声をあげ、ダスターも訝しそうに眉をひそめながらペルのことを追う。
そんな二人の様子に構うことなく、ペルは店の裏口まで一気に駆け抜けると、急に身を伏せた。
その急激なスピードの変化に軽く目を回し。ベルーゼは恨みがましい目でペルを睨む。
しかし、目を向けた先で何かボロボロのモノを一生懸命舐めているペルが目に入り、なにか変なものでも食べているんじゃないかと心配になり、ベルーゼは慌てて身を乗り出した。
「どうしたの・・・っ!」
「これは・・・」
ちょうど二人に追いついたダスターが声を上げたのとほぼ同じタイミングで、ベルーゼはペルが舐めていたモノの正体に気づき、言葉を失った。
ペルが舐めていたボロ雑巾のような物体は、やせ細った子犬だったのだ。
いや、子犬と言うにもまだ小さいそれは、まだ生まれて間もないくらいの赤ん坊に見える。
だというのに、その子犬は可哀想なくらいガリガリにやせ細り、文字通り骨と皮しか無い。
しかも、後ろ足は左右の足の膝から下が融合してしまっている状態であった。
所謂奇形児というやつなのだろう。ここの店の店主が奇形では売り物にならないからと生まれたばかりの子犬を裏口から打ち捨てたといったところか。
どれくらいここに放置されていたのかは分からないが、子犬はもう動く力も無いらしく、ぴくりとも動かない。
もしかして死んでいるんじゃ?
そんな最悪の想像に怯えながら、ベルーゼは恐る恐る子犬の心臓部分へと耳を当てる。
と・・・と・・・と・・・
周囲の物音にかき消されそうなほど幽かな音が、ベルーゼの耳へ辛うじて聞こえた。
「よあた、まらいきてう。れも、しゅこくしんしょうのおとがよあい。はーくたしゅけてあけにゃいと」(良かった、まだ生きてる。でも、凄く心臓の音が弱い。早く助けてあげないと)
「ペル、取りあえず癒やしの水を唱えておけ。このままでは移動させるだけで体力を消耗させかねん」
「アカタ」(分かった)
ダスターの言葉に従い、ペルが猫語(?)で呪文を唱える。すると、一滴の水が子犬の体へと落ちた。
たった一滴だが、それでも魔法で作られた生命力の込められた水だ。これで少しは体力が回復したはず。
だが、依然子犬の心臓の鼓動は弱く、体も冷たい。
ひとまず冷えきっている体を温めるため、ベルーゼは自らの服の中へと子犬を慎重に入れる。
医療知識の無いベルーゼには、人肌で温めることくらいしか思いつかなかったのだ。
息が出来るように首もとから子犬の顔だけ出し、その状態のまま、ペルに魔力のギリギリまで回復魔法の癒やしの水をかけて貰う。
一回の回復量は小さくとも、何回もかければそれなりの量にはなる。回復魔法が使える者が彼しかいない以上、塵も積もれば山となるという言葉に賭けるしかない。
こんなことならば、自分も回復魔法を覚えておけば良かったと、ベルーゼは歯がゆさから唇を噛む。
「きゅ」
暫く魔法をかけ続けていると、子犬がとてもか細い声で鳴いた。
それに併せて軽く身じろいだことに、ベルーゼは涙が出るくらいに安堵した。
だが、泣いている場合では無いのでグッと目元を拭い、立ち上がる。
その時、護衛の兵隊の一人がベルーゼたちへ駆け寄ってきた。
「ベルーゼ様。ミルクを調達して参りました。人肌に温めてありますので、このまま与えても問題ないかと存じます」
「えっ!・・・あーとう。しゅくにのませるよ」(えっ!・・・ありがとう。すぐに飲ませるよ)
「いえ。それと、この子犬についてですが。別の兵士が店主へ事情を聞いておりますので今暫くお待ちください」
「そう。それならいちおうてんしゅしゃんにこのこをもらていてもいーかもきいてきてくれる?」(そう。それならいちおう店主さんにこの子を貰って行っても良いかも聞いてきてくれる?)
「承知いたしました」
失礼いたします。と言い残して去っていく兵隊を見送ってから、ベルーゼは子犬へとミルクを与える。
飲ませやすいようにと兵隊は綺麗な布も渡してくれていたため、それへミルクを含ませてから子犬の口元へとあてがう。
本当はスポイドなどの器具があれば良かったのだが、この世界には硝子製品がそもそも少ないため、仕方が無い。
寧ろ、気を利かせて布を用意してくれた兵隊の機転の良さを誉めるべきだろう。
後で彼にお礼を言わなければと心で思いつつ、ベルーゼは子犬の様子を観察する。
自力で吸いついてくれれば良いのだが、あれほど衰弱していた状態ではあまり期待出来ない。
そんな不安を抱えての行為だったが、幸い子犬は布からミルクの味を感じると、すぐさま布へと吸い付いてきた。
寧ろ、もうミルクの味は感じないだろうというのにいつまでもしゃぶっているため、口から外させるのに苦労するくらいだ。
まあ、こんなに痩せるまで放置されていたのだから、腹も空くだろう。
結局、子犬は兵隊が持ってきたミルクを全て飲み干してしまった。
そして、お腹が一杯になって眠くなったのだろう、そのままぐっすりと眠りにつく。
その安らかな寝顔に癒やされつつ、兵隊が返事を貰ってくるのを待つ。
ペルも子犬が気になるのか、その顔を覗き込んでは起こさないようにそっと舐めている。
その仕草に、改めてこの子は面倒見が良いのだなと感じたベルーゼは、嬉しさから笑みを浮かべる。
「あーとう、ペりゅ。おまえのおかけれこのこをたすけることかれきたよ」(ありがとう、ペル。お前のおかげでこの子を助けることが出来たよ)
「グルルルル。ベル、イキモオ、スキ。タスケウ、ヨオコウ、オモタ」(ベルは生き物が好き。助ければ喜ぶ、思った)
どうやらペルはベルーゼを喜ばせるためにこの子犬を助けたらしい。
動機はいささか不純だが、それでも子犬が助かったことには変わりないため、ベルーゼはご褒美代わりにその背中を撫でた。
その途中でふと、ペルとしていた約束を思いだした。
恐らく、この子犬はこのままベルーゼが飼うことになると思うのだが、その辺はどう思っているのだろうか?
子犬を舐めているところを見ると、悪くは思っていなさそうだが、そこまで深く考えていないという可能性が高そうな気がした。
だが、ここでそのことに気づかせて嫌がられてしまうと困る。
ペルには悪いと思いつつ、ベルーゼはこのまま状況に流されて貰うことにした。
何だかんだとペルは面倒見が良いため、自分が率先して助けた分、嫌だとは言えないだろうし、情も湧くだろう。
ベルーゼは既にこの子犬が気に入ってしまったため、いざとなったら必殺のおねだり涙目で泣き落としすることも辞さない構えだ。
どんどんおねだりの仕方ばかり上手くなる自分に、とんだ悪女(?)になったものだとベルーゼが自嘲していると、先ほどの兵隊が帰ってきた。
「お待たせ致しました。その子犬は持って帰って欲しいとのことでした。・・・その代わり、経営方針に口出しは無用とのことです」
「・・・そか。あーとう、いやなやくをひきうけさせてめーね。はなしをきいてくれたへいたいしやーにもめーてつたえておいてくれりゅ?」(・・・そっか。ありがとう、嫌な役を引き受けさせてごめんね。話を聞いてくれた兵隊さんにもごめんって伝えておいてくれる?)
「いえ、これが仕事ですから。お気づかいくださりありがとうございます」
恐らく、ここの店主の態度が悪かったのだろう。不快感を滲ませている兵隊へと、ベルーゼは労いの言葉をかける。
ベルーゼに子犬がここにいた理由を教えてくれないあたり、やはり子犬は店主に捨てられてはいたようだ。
詳しい事情を教えてくれないのは、そのことを知ったらベルーゼがショックを受けるだろうという気遣いだろう。だが、そこまで彼も子供ではない。
動物が大好きなベルーゼは、前世では自ら動物を探して歩いていた。その時に出会った動物の中には捨てられている子も多くいたし、助けられなかった子の数も多い。
その頃の経験から、ベルーゼはこの子犬を見たときにもとっさに助けられないと思ってしまったくらいにはこのようなことを良く経験していた。
動物病院に連れて行くことが出来れば別だろうが、この世界には動物専門の医者などいない。そもそも、医術自体がそこまで進歩していないのだ。
実際、回復魔法が無ければこの子犬はミルクすら飲む気力も無いまま死んでしまっていたことだろう。
そんな状態の動物を助けることはとても難しい。ベルーゼは、この世界の回復魔法の凄さを改めて感じる。
そして、今回は本当にペルに感謝しなければと、改めて優しく愛猫の背中を撫でた。
ここまで閲覧していただきありがとうございます。
漸くペル以外の動物を出すことが出来ました。
それでもペルへの贔屓がこれからも多いかもしれませんが、なるべく今回登場した子犬君も活躍させてあげられるように努力しますので、彼のことも可愛がってあげていただけると幸いです。




