甘やかしても結構です
結構ですシリーズです。(シリーズ化を名乗ってもいいのかこれ)
シリーズを未読でも楽しんでもらえると思います。
殺す気か!!!
もうダメだ。倒れる。そうひしひしと感じるのに実際そうはならないもので、それはここが会社で残業組がまだ何人も同じフロアにいるからだ。要するに気持ちだけで保っている。
パソコンのブルーライトにすっかり目がやられている。いつ終わるのコレ。ねえ。誰だよこのクソ忙しい時にまた仕事ぶっ込んできたの。お得意様達ですよねわかってますいつもこの時期示しを合わせたようにどどーんと発注かけてくれてありがとうございますホント。
「安原ぁ。何か飲み行こう」
「そうだねぇ……さすがに一息つきたいわ」
向かいのデスクにいる瑞恵の呼び掛けに、よっこらせと席を立つ。年だなんて思いたくない。疲労が蓄積してどこもかしこもボロボロな所為なのだこれは。
「やー参った。腰にくる。ってか何なのかしらねこの忙しさ」
「瑞恵、その顔ヤバイからやめなさいって」
思い切り顰め面で、疲れと不機嫌なのとを隠す気もないらしいのを窘める。クールビューティでアイメイクもバッチリな彼女にこんな迫力まで出されたら怖ろしい以外のなにものでもない。しかし言ってるそばからバリバリと苛立たしげに頭を掻くのだからもうだめだ。ショートカットだとそれができるのがいいなあ、なんて。
「他に人いないからやってんのよ」
「いてもいなくてもやんないの。女の子がそんな顔」
「もー、オカン〜」
「こんなおっきい娘持った覚えはございませんー、だっ」
他愛ないやり取りをしながら同じフロアの休憩スペースへ。自販機の前で、コーヒーにするかココアにするで悩む。スッキリしたいけれどうんと甘いのも欲しい。ミルクと砂糖増量のコーヒーが妥当か? でもなあ、と手にした長財布で左の腿をとん、とん、と叩く。
「毎度悩むわねぇ、安原は」
「ええ? うーん……」
瑞恵は出来上がり待機状態らしい。そういえば彼女が食べ物や飲み物を選ぶ時に長考している所はあまり見た覚えがない。
「瑞恵はさ。何でもぱぱっと決められるよね」
「うん? あー、まあ、そうね」
ものは大抵決まっていると彼女は言う。
「プランAとプランBを持ってるのよ。これがダメならこっち、って。夕飯焼き鳥に行きたいけどいっぱいだったら牛丼屋行こうとか。そしたらがっかり感も少なくて済むのよ」
「前向きなプランBなわけね?」
「そうそう。それにさ、あっちもこっちも――だなんて思ってないからね。世の中のもんは大概片方しか手に入らないんだから」
「でも食べ物は迷うじゃない。あーこれもおいしそうとか」
「体の声を聞いて、でも忘年会重なるしやっぱりアッサリ系にしとこうとか……そこは理性と相談ね」
「わかるわーそれ」
アラサー女子の真剣な悩み。ほんの数年前は食べ過ぎた後も数日調整すればするっと戻っていたのに今は……というやつ。ちびりちびりと下半身に肉が蓄積されている気がしてならない。体型維持の為にとフィットネスやヨガに通っている面々もいるけれど、そんな余力がない自分。瑞恵は「運動ぐらいそこらへんでタダでできんじゃん」と休日ウォーキングやランニングをしているそうな。見習うべきか。――そんな事を考えならコーヒーのボタンを押して出来上がりを待つ。結局ミルクだけ増量バージョンにした。薄くて値段相応なそれを啜って、あち、と眉根を寄せる。
「猫舌?」
「そうじゃなくても熱いでしょ、コレ」
「確かに」
瑞恵もさっきからちびちびとしか飲み進めていない。
「そういえばさ、この間の合コンどうだったの」
瑞恵が珍しく先輩女子に押し負けて出ざるを得なかった社外合コンだ。なんだかんだで聞きそびれていた話に何気なしに水を向けただけなのだが、彼女は「黙秘権を行使する」とあからさまに不機嫌顔になってしまう。あらま。
「……まあ、元々乗り気じゃなかったもんね瑞恵」
「そうよ! もう何だってあんな――……いや、いい。忘れるのよあれは」
あれって、やっぱり何かあったらしい。でもそんなに嫌そうな言い方しなくてもよくない?
「よしよし会、する?」
「それより【今回も山場乗り切ったぜキャッホー!】会の方がいいわ断然」
「そうよね。じゃあお互い無事生き残ったらリッチなランチでもしよっか?」
気に食わない輩でもいたのだろうか。驚きの結果――まさかのカップル成立――でもあったらこんな風になったりはしないだろう。瑞恵は面倒くさがりな所もあるので最近は専ら仕事と趣味の話題ばかりである。(合コンを【タダでおいしいご飯が食べらんなきゃ無駄な会】と言っているし。)自分の事で手一杯だわなんて言ってこちらの恋愛相談を肴にされるばかり。瑞恵の身に何が起きたのかは話してくれるまで待つしかなさそうだ。
「ねえ。安原の彼氏今度見せてよ」
「えー? 知ってるでしょ写メで」
「あれじゃ忠犬っぷりがわからないじゃない。実物寄越しなさい実物を」
「えぇぇぇ……? うーん……まあ、近い内にね……」
「もったいぶるわね」とか「誰も取り上げやしないわよ」なんて瑞恵は笑っていたのだが問題はそこじゃない。彼に【会社で一番の友達に会わせたい】なんて言ってみろ。もう目を輝かせて「行く! 行きますっ! 俺も会ってみたいです!」と即答な上張り切るに違いない。
当日まで指折り数え、かと思えば「失礼がないようにしなきゃ……やべー……やべー吐きそう……! あっ、俺どっか変じゃないですか? 服とか靴とか色々大丈夫ですかね?!」と直前まで緊張したりするのだ。これ、実家に挨拶に行く前に、兄貴姉貴共がまず面談するとか言い出して飲みに誘われた時の話。勿論、今まで男の気配のなかった末の妹の彼氏がどんなものか面白半分に設けられた席だ。多分相手が瑞恵になっても同じ事を繰り返すんだろうなと思うと笑ってしまいそう。
「なあに、にやにやして」
その顔仕舞ってから仕事戻ってよ? と釘を刺され、気が付かぬまま思い出し笑いらしきものをしてしまっていたのだと内心慌てて手のひらで両頬を撫でた。
* * * *
週末のお泊まりが習慣化している。初めは部屋に上がる前からどきどきしていたのがすっかり寛げるようにもなって――疲れていたのも相まってソファの上でうとうとしてしまった。
「佳穂さーん、お風呂空きましたよ?」
ううん、入るうぅぅ、とは口ばかりで体は言うことをきいてくれそうにない。本当に疲れた。あれからまた仕事して、結局タイムカードを押せたのが22時。晩ご飯どうしようと帰り支度をしていた所で【今日俺の方が先に帰れたんで簡単なもん作っときましたからね!】とありがたいメールが届いていたのに気が付いた。ありがとー助かるー! という文面をそのまま返信して、気持ち元気が戻った。が、いざ彼の部屋に着いたらほっとして脱力。用意してくれていた焼き飯とサラダをお腹に収めたらもう、眠気がすごかった。
「結構参ってますね」
大丈夫ですか? と尋ねつつよしよしと頭を撫でてくる彼。大きな手だ。それに優しい。数年前までコントラバスをぐいぐい弾いていて、左手指にタコがある手も好きだった。頑張ってる証拠だねいいこいいこ、なんて言って褒めると子どもみたいに笑うのも。
「運びましょうか?」
「うぅぅん……――いやあ……じぶんではいるし、じぶんであらううぅぅ…そうくん、ステイー……」
「あれっ、何か色々バレてる」
……今はすっかり色ボケちゃったなあと何だか残念な気持ちになる。まあいいんだけど。
寝転んだまま顔だけ彼の方に向けると笑みを深められた。ちゅっ、とこめかみにキスが落ちてきて内心あわあわしてしまったじゃないか。ご機嫌ですね今日も。君も一日仕事して帰ってきたはずなのにどうしてこんなに違うの?
「――ステイって、言った」
「ご主人がお疲れだから励ましてるんですよ」
むう、と膨れてみせるのに、ゆっくり撫でる手はそのままで彼はまた笑う。湯上がりの後のいい匂い。目の前に鎖骨のくっきりしたライン。……くらくらしそうなのは何の効果なのかしら。
「うー……ごめん、ここ邪魔だよね。ちゃっちゃと入ってくるよ」
「あったまったらどれだけゴロゴロしちゃってもいいですから、もうひと頑張りして下さい」
「ふあーい………」
「心配だなあ……佳穂さん、風呂場で寝こけたりしないで下さいよ?」
「んー……がんばります……」
不安要素満載だなこの体たらく、と自分でも思う。しかしまあ今まで湯に浸かりながら意識が飛んでしまった事はないし、熱めの湯を浴びれば身も心もスッキリすると思われる。
「ゆっくりしてきて下さいね」
お言葉に甘えて、いつもよりちょっと長めにお湯に浸からせてもらった。(決して睡魔に襲われてうとうとしてしまったわけではない!)
自宅に自分一人だとそのままベッドに直行してバタンキューなのだけれど、彼の部屋で二人となるとそうはならない。一応、スキンケアの後に軽いメイクはする。風呂上がりの水分補給にとお水を貰って、はふ、と一息。
「ん、何?」
じいっと見つめられているのを感じで尋ねると「佳穂さん、お化粧してます?」なんて訊かれた。これまでもガチのスッピンは晒してきてないはずだけど何で今訊く。
「ちょっとだけね」
「ふーん……」
「え。何? 何か変?」
「や。女の人はこーゆー時化粧する人が多いとかどっかで読んだんで佳穂さんもそうなんだなあと」
「そうだね。一応お外だからねえ」
「お外」
「うん」
「……なるほど、俺ん家もお外扱いなんですね」
そりゃあそうだろう。何をそんなに神妙な顔で考えているのかこの人は。
「合宿の時もこんなだったけど」
「えっ。合宿は完璧外じゃないですか。皆いたし。……あの、気、張ってますかここでも」
「気ぃ張ってたらこんなぐだっぐだにならないよ。……なってなかったよね? 他で」
こんなに気を緩めていたのは女子部屋で寝る時ぐらいだったはず。でも自覚無くやらかしてしまっていたかもしれないとすごく今更ながらどきどきしながら聞き返してしまった。
「なかったです。少なくとも俺は見た事ないですね」
「ああ、よかった。そっか。……ねえそう君、何でそんなにしょぼーんとしてるの」
耳が折れて尻尾も垂れ下がってしまっているようにしか見えない。何故。彼氏としては彼女にリラックスしてもらえてないと悲しいとかそういう事なのか?
うーん、と考えて、まずは胡座をかいている彼の隣に三角座りでくっついて座ってみた。
「一緒に住むようになったら、嫌でもスッピン見まくるんだし。今ぐらいいい顔させてくんないかな」
「言うほど顔変わらないじゃないですか、そんな」
「まーねえ、詐欺だとか言われるほど作ってもないけどさ」
「かわいいですよ佳穂さん。いつでも」
「ちょっ、恥ずかしいなあもう!」
大真面目な顔してそんな事ぺろっと言わないで下さい。本気で恥ずかしい。悔し紛れにむにっ、とほっぺたを摘んでやった。
「そう君、私に夢見過ぎてない? 妹さん見てたらわかると思うけど、女もてんでダメな時とかあるよ? これからげんなりするような事とかいっぱいあるよ? ギャップ激し過ぎたら辛いの君なんだよわかってる?」
我ながらまるで脅しているみたいな勢いだ。
「あー……でも身内と彼女とじゃまた違いますって。ってゆーか、佳穂さんそーゆーところまで考えちゃってるから何か、いつもちゃんとしてるっぽいし」
「ええ…………私よりちゃんとしてる子アホほどいると思うんだけどなあ……」
段々何の話だったかわからなくなってきたな、こりゃ。相変わらず微妙に拗ねてるし。……口先で丸め込むプランA、失敗。ならばと速やかにプランBに移行してやる。あまりやりたくなかったけど。
「そう君。私ちょっとお願いがあるんだけどな」
お願い? ときょとんとする彼に、にこっと笑顔を向ける。
「友達がそう君に会わせろ会わせろって言うのね。いつでもいいんだけど、仕事帰りにどっかで一緒にご飯とかできたらいいなって話してて。……勿論嫌なら嫌でバッサリ断れるから無理しなくていいし……どうかな?」
「佳穂さんの会社の人ですか?」
「同僚の女の子。同い年の」
「えーと、……瑞恵さん、でしたっけ」
「そうそう。その人。よく覚えてるね?」
「佳穂さんの大事な人ですから」
だからね。君、ちょいちょい恥ずかしい単語チョイスしないでほしいの。大事な人って。間違っちゃいないけどここでは友達だとか他に言い方があるだろうに。
「俺は大歓迎ですよ。今は仕事もぼちぼちなんで佳穂さん達のが落ち着いたら、どうですか。店とかは決めてもらってもいいですし俺に丸投げでよかったらどっか探しときますんで」
「だねぇ。瑞恵に訊いとく。……うん、よかった」
「んん? 佳穂さん、何でよしよし?」
しかもわしゃわしゃと勢いよく、だ。そりゃあまあね。プランBで拗ねてるモードから切り替わってくれたからね。プランCまでは考えてなかったから一安心だ。(さすがに色事に流して解決させようだなんてそんな危険な真似はしない。)
「そう君も忙しい時期長かったから【よく頑張りました】だよ。いつがいいかなあ……」
「おいしいもの食べて、呑んで、お疲れ様会しちゃいましょ。ねっ。俺も楽しみにしてますって伝えといて下さい」
ホントに君はいい子だなあと度々感心させられる。こんなに素直で優しい男の子なのに、よくぞここまで悪い女の子に惑わされなかったね。ーーああでも、ある意味質の悪い女には、捕まったね。はぐらかして、逃げまくって、往生際が悪い女にさ。
その夜は隣でお互いの気配を感じながらゆっくり眠れた。そして週明けに瑞恵に「三人でご飯、いいって」と伝えると彼女はガッツポーズをしてみせた。
「そんなに会ってみたかったの?」
「そりゃそうよ。あんたがかわいがって他所に出したがらない男でしょ? 気になるわーあんたがどんなになるか」
そう君ではなく私がどんな風でいるかの方が興味津々なようで、別にデレデレしたりなんかしないぞと言っても聞きやしない。
「普通よ普通」
「安原、自分で思ってるより顔に出やすいんだからね? 楽しみだわーさー仕事頑張ろう。そんでぱーっと飲むわよ」
やる気スイッチが入ってくれたのは何よりだけど、一日二日で始末のつく仕事量ではないからきっと三人でご飯は来週辺りになるんじゃないかなと思っている。本当、忙しくて何よりです残業代も期待しちゃおう。
三人でご飯の予定が四人でご飯となり、合コンで捕まってしまったという年の離れた瑞恵の彼氏(仮)とそう君が意外にも意気投合しちゃったり、やっぱりデレデレしてるわーと私だけからかわれたりするなんて話はまた今度。ーーしてないってば、もう。それよりそのカッコカリの人の詳細を早く吐きなさいよまったくもう。
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