呼んで
「音のする方へ」の矢橋と由貴さんのお話。次の冬まで待てなかったんです←
手のなる方へ。
僕と彼女はお互い社会人で一人暮らしだ。会う時には外で待ち合わせして、夜になればじゃあまたと言い合って駅で別れそれぞれの部屋に帰るのが通例。「うちに来る?」なんて訊いた事がなかった。そんな恐ろしい真似は出来ない。こちらは好きだと言ってあるけれど彼女からの返事はまだ貰っていない状態なのだ。
元々はカフェの店員とそこの常連客。ひょんな事からそれが深化したのは彼女にしてみたら驚き以外の何物でもなかっただろう。
食事や遊び――と言っても展覧会や水族館という、真面目な中学生のようなお固い感じだったりするのだが――に誘うと応じてくれるし、彼女が行ってみませんかと誘ってくれる事もしばしば。好意的に思ってくれているだろうというのは感じているけれど、この年で好きな女性に振られると後が怖いものだ。――それが、部屋に誘わない一つ目の理由。
「由貴さん?」
何やぽやっとしてはります? と怪訝にこちらを見ている彼女に、何でもないよと返しながらにこり。それに、いちいち一瞬固まる彼女はかわいらしい人だなと思う。男兄弟ばかりの中の末っ子だそうだが【他人】の年上の男にはあまり慣れていないのかもしれない。二つ目の理由はここにある。部屋に招こうとすればきっと人並みに想像力も危機感もある彼女は恐慌状態に陥るはずで、どうしたものかとその場で固まってしまいそう。あまり困らせるような事はしたくないのだ。
「忙しぃしてはったし、お疲れやったんちゃいますか……?」
「休みに入ってからはのんびりしてるから。大丈夫だよ、ありがとう」
本日、正真正銘の年末である。彼女は関西の実家に帰るかなと思っていたが、正月休みのどこかで帰ればそれでいいとの事で、思い切って年越しのお参りなんぞに誘ってみた。こんな時間の外出は学生の時以来だという。クラブの仲間と行って――と回想しながらあれこれ話す彼女は楽しそうに笑っていた。大事な友達との大事な思い出に違いない。
クリスマスだとか年末にかけてのイベントに乗っからないなんていう商売人はそういまい。勤めている店も例外ではなく、毎年特別メニューを組んだりしているのは彼女も知っている。曰く、一人で乗り込むのは気が引ける甘ったるい雰囲気。確かにその辺りの日はカップルの客が多かった。
仕事に私情は挟まない主義だったけれど、今年は彼女にせっかくだから食べに来ないかと声を掛けてカウンター席を一つ用意した。初めは遠慮されたが「凌さんのおいしい顔が見られたら、バカみたいに忙しくても頑張れそうなんだけど……ダメかな」と冗談っぽく言うと、じゃあ、と応じてくれた。こんなアホな顔でも元気の足しになるんやったら、とちょっと笑いながら。
特別メニューをおいしそうに食べ、カフェモカをゆっくり味わう彼女はとても幸せそうだった。その日はカウンター周りにいたので話もできた。忙しい中でもやはり気持ちは浮かれてしまうらしい。(アヤちゃん曰く「川崎さん、あのお客さんがいる間顔が緩みまくってましたね〜!(笑)」だそうだ。)クリスマスに好きな相手と会えるのはこの年でもやはり嬉しいものだ。そして勝手に期待もしてしまう。会いたいなと思うのが自分だけじゃないといいなとか、そういう事を。
黙っているとどこかツンとした雰囲気の彼女。喋ると関西弁とかわいらしい擬音語のオンパレードで、表情も目まぐるしく変わる。それを、見ていて飽きないなと微笑ましく眺められる幸福感はこれまでの恋愛の中で感じた事のない類の物だった。
「やっぱり冷えるね。凌さん、大丈夫?」
「はい! あったかインナーやし、カイロも貼ってきたし大丈夫です。……由貴さんこそ大丈夫ですか? カイロいります?」
コートのポケットから携帯用カイロを出しながら、そう言う彼女の顔と手の方が冷たそうだ。
「手袋、する?」
「えっ! そんな。大丈夫ですってホンマに」
女の子は体冷やしちゃだめ。いつか誰かが言っていたのをそのまま口に乗せて「大きいけどごめんね」と自分が外した手袋をさせた。スエードの黒の手袋。あうぅ、とかそんなんあきませんよとか唸りながらされるがままの彼女。かわいい人だ。
「さっきから大丈夫大丈夫ばっかり言ってるなあ、僕ら」
「ホンマや」
由貴さんの取ってしもた、と申し訳なさそうなのを、いやいやと宥めながら境内を進む。別に構わないのだ。手袋一組ぐらい。
人はそれなりにいて、それは家族連れだったり若い人のグループだったり、自分らのような男女の二人連れだったりする。寒い寒いというやり取りがそこかしこでなされていた。そりゃあ12月の夜中だから寒くないとおかしい。
甘酒なんかの屋台も出ていて、帰りに寄ってみようかと話しながらの道のり。雪にはならなくてよかったなと思う。
「由貴さん、ご実家には顔出さんくてええんですか?」
「向こうも旅行だって言ってたからね。特別やらなきゃいけないことも無いし……凌さんは姪っ子さん達がいるんだっけ?」
「そうなんですよーお年玉あげな兄貴にしばかれる……! 姪っ子らに顔忘れられんようにもっていうあれですね。おかーさんらもね、あんたも女の子なんやし何やかんや手伝いぃって」
そんな言うほどやる事あらへんくせに、と彼女は口を尖らせる。
「何かいいね。賑やかそうだ」
「賑やかどころやあらへん。喧しぃですよ、うちは」笑い。「兄貴の奥さんらがね、初売りにめっさ気合い入ってるんですよ。あんたも行くで! えぇのん買うたるし! ってもう……そんなん悪いしとか思うんですけどノリ悪いのも何やし……」
「思い切って甘えるのもいいと思うけどな」
「甘えてええっちゅーラインがね、見極め難しいんですよ! その分姪っ子どっか連れてったりとからええんですかねえ……」
親戚付き合いはむつかしい、とぼやきながら苦笑いを浮かべていた。
我が家は自分と妹の二人兄妹で、どちらも未婚である。親戚付き合いについては休みが世間様と同じ妹に投げっきりで、自分はあまり顔を出していなかったりする。従兄弟らと不仲なわけではなく、親達抜きで食事に出たりは偶に。要するに自分は自分の両親さえ関わらない場でなら巧く付き合っているのだ。――こんな時にわざわざ思い出さなくてよかったか。
「皆寒いのによぉ出てきてはりますね」
ははは、と笑いながら漏らされた感想に、もしかしたら気を遣わせたかなと今更――しかも何回目?――反省。考え事をしているとつい黙り込んでしまう。だが本当に単なる感想らしい。楽しそうな横顔に、確かに思っていたより人が多いねと返す。小さな神社だ。テレビでやっているような所まで出向こうというのではなくて、近くでお詣りできればよかった。
会う口実が欲しいのはこちらばかりだろうか。店で彼女を客の一人として認識したのは二年ほど前の話だけれど、いいなと思って、互いに意識し合うようになってから【一緒にいた時間】は少ない。誰と比べるとというと彼女の腐れ縁の彼だ。比べるだけ無駄だと理解しているはずなのに、多くを求めてしまうのは一体何なのだろう。そんなつまらない疑問を抱かせるのも、忘れさせるのも彼女。我ながら単純で、この恋にはひどく執着しているなと自嘲してしまうばかりである。
他愛もないお喋りをしている間に列が順番に進んで、並んで手を合わせた。例年ならごくごく普通に今年の礼と新年もどうぞ宜しくという風にするのだが――少し、背中を押してもらう程度のつもりで一つ声かけをした。勿論神仏に頼るわけじゃない。あくまで、自分への叱咤の一つ。
来た道を戻りつつ、やはり「何お祈りしてはったんですか?」と彼女が訊いてきた。ごくごくありふれた、定番の遣り取りだろう。
「ん、…新年も今年と同じく平和に過ごせるようにって」
「由貴さんっぽいですね。何かこう……ふわっと。穏やか〜な感じ」
「そう?」
「由貴さん見てると、あーあたしも落ちつかなアカンなあってめっちゃ思います」
大人の余裕って売ってへんにゃろか。と苦笑い。
「売ってたら僕も欲しいな」
「ええぇぇ? またそんなん言うて、」
「や、凌さんが思ってるほど僕、落ち着いてるってわけじゃないよ? いつも言ってるけどさ」
見た目だけならそう見えるのかもしれないが。(傍目からだと黙して語らずなんて態だが本人は単にぼうっとしているだけだという……)
「案外、自分勝手なとこあるしね。あれこれぐだぐだ悩んだりとかも人並みにしてるよ」
「ほぉなんですか……?」
どこら辺が? そんな感じには見えた事はないけどなあ、と彼女の顔に書いてある。素直に訊いてしまうのが彼女の良い所でもあり、相手によっては悪く転ぶ所だなと思う。
素直に答えてしまう方が自分にはいい場面だろう。空いていた彼女の左手を掬ってから「……ねえ、凌さん」と呼びかける。
「今の状況を深読みして、期待なんかしててもいいのかな。僕」
「期待……って、その、」
「友達でもなくて、家族でもなくて、…鷹野君でもなくて。大晦日に寒い中出て来てまで僕といてくれるって、どうして?」
僕は、君にとって何なのかな。
こんな風に正面から斬り込んだら返答に困って逃げられるだろうか。咄嗟に走って行かれるとこちらも困るので、手に込める力をさりげなく強くして顔を覗き込む。
「ふは、」
そして思わず噴き出してしまった。みるみる間に赤くなっていく彼女の顔。
「ひどっ! 笑っ、――だっていきなりそんなん訊くんズルいっ! いわ、言わんでも何やわかってるっぽいしそんな言い方っ」
「ごめん。かわいいなあって、つい。ごめん」
「もおぉぉっ! 言わん! 回答を拒否しますっ」
「えー…それは困ったな」
「困ってへんやん! めっちゃ笑てるやん!! 由貴さんがそんな笑うとかレアやけどもっ」
繋いでいる手をぶんぶん振るものだから、いたた、と苦笑い。でも離す気はない。
近くにいた人達が何事かと視線をちらちら向けているが知ったこっちゃない。もう一声で、こちらの囲いに入ってきてくれるかもしれない彼女と話すのが最優先事項なのだ。
「凌さん、」
「何、です、かっ!」
「言ったけど、僕は自分勝手なとこがあるから。っぽいままだとね、都合の良い解釈をして君の知らない内にうっかり大きな買い物までしてしまうかもしれない」
「由貴さんがそんなんするわけないでしょ」
彼女はぷい、とそっぽを向いたままスッパリ切り捨てた。
「ぼんやりしてるから、君にきちんと返事を貰えるまでずっと好きで、いつかいつかって期待したまま待ってるよ? いつか、きっと好きになってもらえるって思って。例えば君が他の男と結婚する事になっても」
「まさか。……そんなんあり得へん」
「あり得ないとは言い切れないよ」
順番に、急く気持ちを抑えて尋ねる。
いくらか間があって、繋いでいる手をぎゅっと握り返された。大きめの手袋に包まれたままだけれど彼女の手は自分のよりずっと小さい。
「――そんなん、おかしいやないですか。先走っておっきい買い物するとか、あたしが他の人と結婚してもとか全部おかしい。……由貴さんはそんなんせんです。……好みもあるしなーって思って一緒に見てからやないと買わんやろし。由貴さんがおんのに、あたしが他の男にふらふら寄ってくとかそんなん、思ってへんでしょう?」
彼女の視線は地面に落ちる。
「由貴さんはっ、……――あたしが、えぇなあってゆー由貴さんは、あたしの事も考えてくれてはって。……時々意地悪やけど。自分の事悪く言うて、うだうだしとるあたしの事悪もんにせんで待っててくれはる人やもん。
……あたし、アホやけども、友達止まり決定の人と、クソ寒いってわかってんのに大晦日に出掛けたりせぇへんもん! 行くって言うた時点でもー気持ちバレバレちゃうんどうすんねんって思てたわっ」
彼女は悔しそうな声で、でも自分はすごく嬉しくなってしまった。
「行くって返事くれた時に、実はかなり浮かれてたって言ったら引く?」
「引かへん。……由貴さんが誘ってくれた時、あーこれはもーケリ付けてくれって事やんなあって思ってましたから」
「ははっ。…うん。もし凌さんが乗ってきてくれたら、ケリつけようって思ってたよ」
「うわあもう――……! そらそうですよねぇぇ……」
こんだけ待ってもろてたもん、と、彼女は更に俯いてしまった。耳は赤い。憤死しそう、と呻く声すらこちらを喜ばせる要因にしかならなかった。
「……ホンマに年内にどうにかなってしもた」
「どうにかって。まだでしょう?」
「ん?!」
まん丸く見開かれた目。ようやく顔を上げてくれたと思ったら驚き顔で、またちょっと笑いそうになったのをどうにか堪えた。反応の大きさが面白い。
「まだ、聞いてないよ? 返事」
「言ったも同然やないですかあぁぁ!!」
「同然じゃ、不安なんだ」
臆病な男でごめんね、と囁きかける。言わなくても分かるだろうというムードであれ言葉は大切だ。言葉が足りなくて失敗した事もそれなりにあるし、きっとどんな人間でも経験はあるはず。大事な場面だからこそ、欲しい言葉があるのだ。
「僕は凌さんが好きだよ。これからも一緒にいて、もっと大事にしたいなって思ってる。……君は?」
「うあ、ぁ。――っ、」
思い切り狼狽えていいよ。待ってるから。そんな心地で彼女を見つめていた。このままのぼせて倒れるんじゃなかろうかなんて、ちょっと心配しながら。
「……――好き、です。あたしも由貴さんの事、大事にしたいなって思てます」
ホンマに、あたしでええんですか? 親なんかはしゃぎまくって返品不可コースですけど多分……とごにょごにょ言うのに、返品とかしないよとにこりと笑いかける。
「こっちこそ、帰りたいって言っても帰してあげられないよ?」
「かっ、帰れって言われんように、がんばり、ます……もうちょっと、口、直さなヤバイですよね」
「いいんだよそんなの。言ったでしょ。口も悪くて手も足も出ちゃう君と仲良くなりたいって」
関係が深化すれば終始お行儀の良い付き合いなんて無い。彼女は自分ばかりが悪いように言うけれど、自分にだって欠点があるのだ。生活環境の違いはこれからじっくり擦り合わせていけばいい。
「こんなん言うたらあれやけども、由貴さんの趣味疑うてまうわー……こんなん嫁にしたろーっちゅーんですもん」
「正直ほっとしてる。凌さん、自分じゃわかってないと思うけどかなりかわいい人だから」
「無い無い! ホンマに、中身知っててそんなん言う奴もうおらへんと思う……」
「僕だけでいいでしょう、そんなの」
さくっと言い切ると、あう、ああーと狼狽える声再び。――全部出る子だなあとくすり。
彼女の言い方を借りるなら、そんな輩がいたら【しばき回す】。こんなに狭量だったかなと、彼女と出会ってからの自分に自嘲してしまう。
「……う、ん、……由貴さんもあたしにたくさん見せて下さいね。ええトコもアカンとこも」
照れ笑いを浮かべる彼女を見る自分の目は、傍から見ればひどくだらしなく甘くなっているに違いない。
約束して、と言われたのは先を約束してようやっと誘った部屋でだ。お互いいい大人でいい雰囲気なのだからこれも自然な流れだろう。
蕩けきった声。なのに彼女の目は真剣だった。
「なんかあったら、ちゃんと、言って」
もし、悪いことがあっても隠さんでほしい。
切実な声音だった。お願いやから、と泣きそうな顔でそう言う彼女を優しく抱き止め「分かった。約束するよ」ときちんと目を合わせる。
「ホンマに。……ね? ホンマに、黙ってたりせんといて下さいね? 何もなしにおらんくなったりせんとってね?」
不安で堪らないと訴えてくる双眸の中に自分をみとめながら、そっと頭を撫でた。
天変地異が起きないなんて保障のない世界だ。けれど彼女が怖がっているのはそういうものじゃない。
彼女が二十代の頭に失くしたものの話は聞いている。それ以来付き纏っているに違いない恐怖を、自分の言葉一つで宥められるなら惜しむことはない。何度でも。何度でも、こうして約束を重ねればいい。
「うん。僕もだけど、君も約束だよ」
思うことがあるなら遠慮しないで。
出来る我慢であってもつもり積もれば、なんてよくある話。瞼に口付けを落とし、まなじりに滲んでいた涙を親指の先で拭う。
「僕を、頼って」
腐れ縁の彼ではなくて真っ先に自分の所に来てほしい。ひどく勝手な気持ちだと思うけれど仕方がない。
「ベタ甘やぁ、すごいなあ、」と彼女が照れくさそうに笑うのを「凌さんだからだよ」となんの臆面もなく言ってのけられる。大事な、かわいいひと。
(20140208/0513)
やっと来てくれた。
気長にのんびり待てる男、由貴さん。でした。どこぞのワンコに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい(ちょ
凌ちゃんいっぱい幸せにしてもらえばいいよ!とゆー気持ちです。もう逃げられないとなってからがめっちゃ早かったりすると面白いです私が(*´ω`*)
本編書いてた時点で、鷹野とは一生腐れ縁でいるやろうなと思ってまして。。森矢の事もありますけどお互い絶対好みじゃないですし(笑)
そろっと寸止めてあるのは仕様です←




