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めいめい

*「振り向きざまに」「言い訳なんかしない」のその後です


 



 暗い。暗い。



 大人しく受け入れようと思っていた割に、自分は意外と希望がたくさんあった事を思い出していた。あの店の菓子が食べたかったなとか、あの本読みかけだったかなとか、次の冬にはまた雪遊びしようとか約束したよなとか、そんな事。後、弟が頭首の座につく立派な姿が見たかった。

 諍いの種は絶えない家だった。頭首争いがその最もたるもので、自分は第一子で女だから他家からの婿がという段取りなのは幼い時分から耳に入っていた。誰かに恋をしても無駄だとどこかで思っていたし、その先入観があったからか浮ついた話一つなかった。


 笑いかけてもぴくりとも動じない彼に抱いていたものは【そうじゃない】と別の自分が言っていて。友情に違いない。友情の範疇を越える何かは自分らに起き得なかった。ずっと前から知っていたのだ。彼の出自も、弟とされた取引も、皆。

 それでも側にいたのはただ居心地がよかったからで、煩わしい言葉を向けられない時間を欲していたのだ。自分は。



 熱い感覚はやたらと長くて、意識が浮上する時間が来た時は苦痛でならなかった。死んだら死んだでもっと体が軽くて楽なものだろうに。

 時々、ふっと力が抜ける事があった。何故かはわからないけれど、ああきっとちゃんと死んだからだとやけに冷静にその感覚が訪れるのを歓迎していた。なのにだ、それも長くは続いてくれない。しぶとく残る命の灯火。そんな事誰も望まないのにと自分で自分が嫌になった。鬱陶しい。そんなに執着していなかったはずなのになとせせら笑う声。

 まったく、望まれる人はあっけなく死ぬくせにそうでない輩ほど――とはこういう事らしい。



*   *   *   *



「…代償を払ったからには、報われて然りだと思うが」


 違うか?

 そう言って彼はこちらに手を伸ばし、熱を計る時にやるようにひたりと額にあてる。大きな手だ。肉刺(まめ)があったりかさついていて、冷たく感じた。互いの顔の位置は近いのに、自分の目にはぼやけてしか見えない。視力の回復はほぼ見込めないという。

 そっと溜め息を吐いたのはどちらが先だったか。それを合図に彼の手が離れる。今度は髪を梳くように頭を撫でて――すっかり短くなった髪の感じは、まだ、慣れない。首の後ろ側がちくちくする。


「……見えないな、」

「目は、諦めろと言ったはずだが」

「そうじゃないよ」


 そうじゃないんだ、と呟いて顔を伏せた。

 彼の目的がわからない。死なせてしまえば面倒なものは何もなかったはずなのに、彼は間違いなく"面倒なもの"を手元に置いている。身軽な方がいいといつも言っていたくせにだ。女を――しかも視力がほぼ失われた人間に一体何をしろと言うのだろう。

 この微妙な問答は何度かしていて、けれどこちらが口を噤めば彼はそれ以上追及もしてこない。どうでもいいのか、わかっていながら自分からは答えないだけなのか。……わからない。


 喉が渇いたなと思って、ぼやけた室内をじっと眺める。水場はどちらだったかと椅子から立ち上がろうとした所で、肩を押さえられた。


「あの、立てない…」

「いい」


 よくない。何もよくないだろう。見上げながら口を引き結ぶ。


「水か――ああ、茶もあったか。どっちがいい」

「……お水でいいです」


 彼はやたらと世話を焼きたがる。私が動くと余計な仕事が増えるからだろう。はっきり見えていた物が見えなくなるというのは実に不便だ。


 彼がいなくなった部屋の中で、はふ、と息を吐き出す。妙に気を遣うのは以前と勝手が違うからで、どうしてこうなったという疑問の答えが欲しい。

 静かな生活。そこに自分はいてはいけない気がして胸が痛む。彼は本当なら自由にあちこち出歩けるはずなのにとか、色々考えてしまうのだ。



 間もなく戻ってきた彼はこちらの手に器を持たせてくれた。多分透明の液体に満たされたそれをじっと見つめ、ここに何か――例えば劇薬だとかそういう物――が入っていないかなと奇妙な期待をしてしまう自分がいる。

 荷物になりたくない。自分に用意された死を知りずっと覚悟してきたのに、何の意図で生を用意されたのか?


「……どうした」


 普通の井戸水だが、と彼は言う。何だそうかと嘆息して口を付けた。冷たくて喉ごしがいい。そしてやはり希望は叶わなかった。

 側に椅子を引き寄せ、きしりと音を立てて彼はそれに腰掛けた。近いなあと思いつつ器の中の水を少しずつ飲んでいく。ずっと見られているというのはなかなかむず痒いものがある。


「……君は、私をどうしたいのかな」

「どう、とは?」

「何もしないから」


 自分は本当にただ居るだけなのだ。眠たくなったら眠り、ぼうっとしている。偶に外を眺めてみても目にはぼやけた色ばかり。

 話し相手をさせようというわけでもない。夜伽の相手をさせられるでもない。そんな空気すら漂った事がない。(自分にそんな魅力がない所為かもしれないが…)彼はどんな顔をしているのだろう。器から目を上げてみてもはっきりとはわかるまい。


「何かした方がいいのか」

「そういうわけでもないんだけど……わかってると思うけど、私を置いてても何の利益も出ないよ」

「利益ね…」


 確かに無いなと彼の声が断言する。改めて確認することもなかったか。

 さっき、と彼は足を組みながら口を開いた。


「代償を払った分は報われて然りだと言っただろう。俺が払った分はあんたの弟にもう貰った。だからその話はいい」

「…私は何も出せないんだけど?」


 むしろ手が掛かるよ。

 自分で言いながら地味に落ち込んだ。


「どこかに捨てるなり売り払うなりすれば、多少は君に利益はあるだろうけどね」


 ほぼ盲目の女。下働きにはなれそうにないが"そういう趣味"の輩なら買うと言うかもしれない。そんな世界がある事ぐらいは知っている。自分がそこに放り込まれるとは思ってもみなかったけれど。

 彼はふうんと息を漏らす。


「……目の上の痰瘤(たんこぶ)がなくなってあいつは晴れて頭首になってる頃だろうな。あいつは俺を使ってあんたに"外に出られる自由"の対価を払わせたわけだ。そういう事でいいんじゃないのか」

「私が君に払うものがないっていう話なんだけど」

「……頭が回らなくなったのか?」

「はあ?」


 待て。何が可笑しいのだろう? 声が笑っている。


「あんたは家督を継ぐ最有力候補だったな。それを始末する代わりに何が欲しいかとあいつに言われたのはずっと前だ。それこそあんたが俺に構うようになる前に」


 知ってたよ、とは言わない。

 彼は腰に差している刀の柄に手を置いたように見えた。それに食らわされた一撃を思い出して体がぐっと固まる。


「俺はこの刀と、あんたの死体を貰う約束であいつと話をつけた。貰った対価なんだから捨ても売りもしない。……自分の物から何か取ろうとか、普通考えないだろう。あんたが利益どうこう気にする必要もない」

「しっ、…人一人、物扱いっ? 私の意志とか丸無視して君は――」

「充分尊重してると思うが」

「どこが!!」

「してるだろう」


 本気で不思議そうな声なのは何故だ。


「っていうか、ホントは死んでた方がよかったって事?」


 死体を貰う約束とはまた物騒な話である。まさか彼にそんな趣味があったのかと少し――いやかなりぞっとした。片頬がひくつく。


「…死体でも、どちらでもよかったというのは本当だな」

「何それ……」

「がたがた騒がれるよりは動きやすいのは事実だろう」


 淡々と述べられるのは事実で。しかしそれを酷いと思うのは当たり前だろう。

 彼はしばし沈黙してから、でも、と言葉を継いだ。


「あんたにまだ脈があって、…あんたが死んでたら、俺はつまらないなと思った」

「つまらないとかいう問題?」

「見てるだけというのは簡単だが、実際それだけだと飽きる。喋らないあんたは物足りないっていう事だ」

「……ごめん、殴っていいかなもう」


 さっきから何なのか。


「莫迦にされてる気にしかならないんだけど」

「そうか?」

「君ね、私が寄ってくと散々迷惑そうにしてたじゃないか? それが何。喋らないと物足りないから生かしましたって?」

「あんたが生きてたのは奇跡的だと思うが」


 やっておいてその言い方はどうかと思う。殺る気満々でしたというのと同義だろう。莫迦。

 唇を尖らせたまま、手の中で空いた器を弄ぶ。彼はまた思案に入ったらしくまた沈黙がおりてきた。静かな所だ。町の喧噪からは離れたここがどこなのかも自分は知らない。


「あんたは立派に役目を果たした。莫迦な振りして家督の話ものらりくらりとかわして、ここぞという頃合いに殺されて死体まで盗られた。後は好き勝手やっていようが誰も咎めやしまい? 違うか」


 話が変わった。若干むっとしたまま、ふいとそっぽを向く。


「好き勝手とは言われてもさ。この目じゃねぇ…?」

「……そこは、すまん」


 彼が原因といえばそうなるが、瀕死だった人間が回復するにはどこかしらおかしくなるのだろう。素直に謝られたのもあるが元々あまり責める気はない。起きもしない。


「……ごめん、言い方悪かった」嘆息。「仕方ないじゃないか。(ゼロ)じゃないだけマシだと思う事にしたから、いい」


 私が居る間君が面倒なだけさ、と肩を竦めてみせる。


「好き勝手って事は、私一人どこかに行こうが構わないって事になる?」

「どこか?」

「うん」

「行きたい場所でもあるのか」

「えー急に言われるとあれだけど……」

「ふうん…」


 今の溜め息は何。何だかとても居心地が悪い。こうして彼に【待たれる】なんて不思議な感覚なのだ。自分は大概のことが既に決められていた身の上で、その道筋から外れない選択肢はそう多くない。それを不自由だとは思えど、不満が溜まるほど窮屈でもなかった。

 でも、今はどんな道でもいいと言う。それはそれは困った。


「…………無理」

「ん?」

「そんな、どうとでも、みたいなのは……」


 無理です。

 ぽつんと呟いた声は自分でも小さかったなと思えた。膝頭に目を落とす。

 用意されていた未来をこんな形で失うなんて考えた事なかった。




 きしりと椅子の軋む音がした。多分足を組みかえたのだろうとしか分からない。


「勝手にとは言ったが、あんたは完全に自由というわけじゃない」


 俺の目の届く範囲で、というのは大前提だと彼は言う。それはそうだろう。頼りはこの人だけなのだから離れられるわけがない。


「そりゃあそうだろうね。……嫌じゃないの?」


 何も。と彼は言い切った。


「俺がどれだけあんたを欲しいと思ったか、あんたには解らないだろうな。自分でもおかしいと思うが――他の何より自分の傍に置いておきたいと思ってる事だけは、あんたも頭に入れておいてくれ」

「……はあ」


 おかしい。普通に言われたり文字に書き起こしたりすればこれは結構熱い告白に違いないのに、彼があまりにも淡々と口に出す所為か全くと言っていいほどこちらにはその気持ちが伝わってこない。(生返事しかできないぞこれ。)


「……君が変人なのだけは解った気がする」

「あんたほどじゃないと思うが?」

「どこがだよっ! 私と大違いだよ!」

「女のくせにずっと男みたいにしてただろう。立派に変人だ」

「個人の自由でしょ」

「なら俺のこれも【個人の自由】なんじゃないか?」


 また笑った。彼がこうして笑う声を聞くのはここに二人でいるようになってからしばしばあって、声だけでなく顔もちゃんと見れればいいのになと思う。


「……笑ってるとこ、もっとちゃんと見たかったな」


 希望を口に乗せてみた所で叶わないのは百も承知している。ふ、と零される息の微かな気配。そしてまた椅子が軋む音。……待て。影が近くなった気がするのは気のせいじゃない。何をする気だこの人は。

 膝の上に置いていた右手が掴まれ、すいと掬われる。ひたりと行き着いた先は彼の頬辺り。え、なに、とあたふたしてしまう。

 丁度親指の下。彼の口元の筋肉が少し動いた感じがした。確かに、笑うとここが上がるものだ。


「わかるか?」

「わかる、けど……」


 笑ってるの? どうしてこうなってからこんなに笑いかけてくれるようになったの? 見えなくなってから優しくなるなんて、ひどい。


「見えないの、悔しい」

「悔しがらせたくてこうしてる」

「何それ……ひどくない?」

「あんたは俺のだ。俺が見たいあんたが見れないと意味が無い」

「…………ずっと怒ってていいかなもう」

「それはそれで別に」


 構わないが、とまた指の下で口角が吊り上がる感覚がした。この人おかしい。気が触れているとしか思えません。


「……変な事聞くけど、君は私が好きで、置いておきたいの? そういうのじゃなくてただ単に物欲――? みたいなものを満たしてるだけなの?」

「確認の意図がよくわからんが…?」

「あぁ……その、この先何かの間違いというか、うっかり何か、……貞操の危機の有る無しの確認……?」


 逃げられるわけがないし、衣食住世話になっていて返せる物が体しかない以上何をされても仕方が無いよなとは思うけれど。


「…………」

「…………」

「…………あのぉ……?」


 無反応にもほどがある。固まってたの? この人。


「…………あんたは人の話をちゃんと聞いてなかったのか?」

「聞いてましたけどもっ?」

「なら、わかるだろう」


 憮然とした声がして、沈黙の間彼が呆れていたらしいということだけはわかった。でもそんなんじゃわかりません! 表情も碌にわからないのにそんな無茶振りしないでいただきたい。


「ハッキリ言ってよハッキリ! 誰が聞いてもわかんないと思うよ今までの話じゃっ?!」

「そうか?」

「本気で不思議そうなのは何なのかなもう……肝心な所言わなすぎでしょ君」

「…………」嘆息。「好ましいと思わないと【欲しい】とは思わんだろう。ただ、それが必ずしも性欲に繋がるわけじゃない」

「……そう。なら、えぇと、何もするつもりはないのね? 愛玩動物的な。よかっ……」

「繋がらんとは言ってないぞ」


 どっちなんだよっ?!! 恐ろしく淡々とした口調が余計に不安を煽る。


「ハッキリしないなあもう……――っていうかさっき【私をどうしたいの?】って訊いた時【何かしたほうがいいのか】ってきょとーんとしてた気がするんだけど?!」

「暴力を振るうか、という意味で訊いたのかと。……そういう意味だとは思わなかった」

「……案外疲れるね。君と喋るの……」

「前はあんたがよく喋るしあちこち連れ回されたから俺が疲れてた。その内相殺されるんじゃないか」

「もーやだこの人……!」

「諦めろ」

「……うぅん……仕方ない、かあ」


 まともに答えてもらえそうにないからもういいよと長く溜息を吐いた後だった。掴まれていた手が一旦離れ、彼がこちらに手を伸ばしてきたと思ったらそのまま横抱きにされている。ひっ、と喉の奥で悲鳴。


「えっ、なっ、」

「うん?」

「お、でかけですか……?」

「…また聞いてなかったのか」嘆息。「あんたは面白いな」


 ぎゅうっと抱き締められたと思うと、彼が頭の前の辺りに鼻先を埋めたらしき感触。これは、何だ。かあっと体が火照る。


「……笑ってるの?」

「多分な」


 今、あんたから欲しいものができたから勝手に貰う。

 彼はそう言って今度は耳朶をはくりと柔く食んだ。くすぐったいし恥ずかしいしであわあわしている間に運ばれてしまった。置かれたのは多分寝台の上だろう。お尻の下は柔らかい布。

 今の今まで欠片もそんな気配なかったくせに何なんだこの人は。変人が考える事はさっぱりわからない。


「諦めろ」


 さっきと同じ調子で言い切られたそれに、ああそういう意味で言ったの君、とやっと理解した。仕方ないなあ、って私が言ったから【言質と同意は取った】とされたのか。なるほど。



 自分の物から何か取ろうとは思わないと彼は言った気がするが――取る気満々じゃないかと睨んだ先で、彼がくっと喉を鳴らして笑ったのだけははっきり感じ取った。


 自由になったのは自分だけではないらしく、この人がいる、この、どうにも落ち着かないもどかしさはなんというのかとそんな事を考えていた。




(20130513;up20140127)



命名。明々白々の明々。銘々。(おのおの、それぞれの意。)のどれがあたってもいいタイトル。平仮名ってステキ。タイトルがちゃんとつけられる人になれません!



名前のない二人のお話でした。ファンタジーな世界ですよー刀とかいう辺りからの和中折衷。伝わらない…!!


彼は屋敷では「お前・お嬢」と呼んでましたが、その後では「あんた」呼びに変わってます。自分のモノなので好きに呼びやすいようにっていうちっちぇー変化。。死体でもいいからとにかくこいつ俺が囲う的な、密かにヤンデレを目指してたとか今更(´・ω・`)生きてる方がいいですよねあれこれできるし。お嬢はどうなるのか心配ですがちゃんと意思表示しても彼にガン無視されるんだろうなぁ←酷


弟くんは家督さえ継げれば姉がどうなってようが構わないと思ってて、でもコイツの事だし何か上手いことやるんだろうなまあいいや勝手にしろよという人。そんな弟の思惑を知ってか知らずか、姉は「どうしてるかなあ」と時々物思いに(ふけ)るといい。若干すれ違い姉弟。



そんなこんなでずるずるやってました。誰にも邪魔されずにヤンデレ無口な彼と割と諦めも早く楽観的な彼女が静かに静かに生活してるといいなあと思いつつ、、、ちっとでも楽しんでもらえてたら嬉しいです!



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