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 ぷい。



「安原先輩! 助けて下さいいぃぃっ…!」

「はいっ?」


 昼休憩。同じ部署の仲良し・中田 瑞恵と社食でもぐもぐ、焼き鮭とご飯の組み合わせって最高だなあなんて思っていた所だった。後輩の女子社員がトレーを持っていそいそと隣にやってきた。助けてって何。


「どしたの」

「合コンにね、二人バックレられちゃったんですよー…!」

「あららー…幹事さんなの? 大変だ」

「それでね、先輩――」

「ダメダメ。安原は行かないよぉ」


 後輩が最後まで言い切る前に瑞恵がサックリ断ってくれた。助かる。だが後輩はまだ諦めていなかった。


「あの、お食事だけでいいんですお願いできませんかっ」

「それさあ、男子にはメリットなくない?」

「そうそう。他当たった方がいいよサキちゃん」


 後輩は名前呼びする程度には親交がある。少し前にこちらの部署が変わってしまったがこんな時に世間話もしている。


「ああ……ですよね。どうしようー…」

「誰か声かけてみようか? うちのとこにもサキちゃんぐらいのコいるし」


 困っている後輩を助けてやりたい気持ちはある。案の定「お願いできますか?!」と彼女の表情はぱっと輝いた。彼女も当たれるところは当たってからのここ、だったのだろう。

 ざっくりと合コン情報を聞き出してからええと、と社食の中に視線を彷徨わせる。同じ部署の後輩女子達はすぐに見つかった。話を振ってみたら行ってもいいというのが二人。彼女らも絶賛彼氏募集中なので丁度よかった。サキちゃんを手招きして三人を引き合わせ、事の成り行きを見守る。合コンの段取りというのはまごつく時はとことんまごつくけれど、今回は時期も時期なだけにぱっぱと人員確保ができてよかった。


「よし。但し、サキちゃんもその娘らが浮かないようにフォローするんたよ? そんで皆、自分の身は自分でちゃーんと守ること。何かあっても自己責任・簡単にはいただかれませんってのがカッコイイ大人女子のお付き合いだからね。オッケー?」

「はいっ!」

「了解でーすっ」


 よしよし。いいお返事。後輩達もいい大人だし信用もしているが、何か事が起きてこちらに飛び火してくるのも面倒なので。

 席に戻って定食の続きを食べ始めた所で、瑞恵が「お見事ー」と小さく拍手した。


「大袈裟な」

「いやーあんたの言うことだとちゃーんと聞くじゃん? さっすが先輩」

「あんたもでしょうが」

「カッコイイ大人女子ではないからさあ? あたし」


 説得力の違いだわ、と瑞恵はからりと笑っている。


「【先輩】やらせたらあんたの右に出る女はいないだろーね、うちじゃ」

「何それ、」


 喜ぶ所なのか、ここは。にやにやしながら言われても褒められている気はしないし揶揄でしかないような雰囲気である。瑞恵は仕事の関係者は仕事の話でしか関わりたくないというタイプだ。かなり、徹底して。それに比べれば自分は【会社でしか接点がないのによくやってるな】と思われているのだろう。(というか絶対そう。)


「妬かれない?」

「誰に?」

「後輩君よ」


 ……そんなわけないだろう。


「会社で私がかわいがるのは女子だけって知ってるからね。男子は別ですー、だ」


 男性社員の後輩も少なくないが、彼らとは世間話か仕事上の話しかしない。プライベートの相談は同性にしなさいなというオーラは出している。飲み会でだって学生時代のように誰彼構わずお世話しているわけじゃない。


「聞き分けいいのねぇ」


 二人して、と瑞恵はにやり。偶に仕事の話の中に男性の名前が挙がっても、彼が何かを勘繰るような素振りは見えない。ヤキモチをやく人もいると思うが、彼はその辺の聞き分けがよろしい。自分が【後輩】に甘いのもよくよく知られている。無理したり、面倒事に巻き込まれちゃダメですよとやんわり言うだけだ。

 同じように向こうの口から女性の名前が出てもこちらは勘繰らない。営業職なのだから愛想の良さも大切な要素で、当たり障りなく立ち回れるようになったんだなあと成長した彼によしよし。である。大学時代は女慣れしていなくて、普通の会話でもしどろもどろだったのに。


「そりゃあもう。私がどんなか知ってるからね、あの子は」

「飼い主がキチンとしてなきゃ示しつかないわよね、おみそれしました」

「飼い主ってあんた……」


 もう少し言い様があるだろうと抗議してみても瑞恵は「話聞いてる限り【忠犬とご主人様】ってゆーイメージしか出てこないんだもの」とこれまた言い切られた。そんな話し方をしているだろうか。


「元々世話好きなあんたが、ものすごくかわいがってるのはよーくよーく伝わってくるわよ」

「まあ……ねえ、」お茶を一口。「……かっこいい子になってくのがね、楽しみなのよ多分。なっさけないとこから見てるから余計そうなのかも」

「なーんかあれだね。我が子の成長見守るおかーさんみたい」

「飼い主の次はオカンかい!」

「信頼関係の例えよ。ってゆーかごちそうさま。今のは完璧惚気だったわ」

「はあ?」


 え、自覚ないの? あんたらしいわ。と、瑞恵はけらけら笑った。ほっとけ!



  *   *   *   *



 向こうにも会社でのお付き合いがあるのだから、異性との接点ができるのはお互い様という節もある。先日取引先の相手にキレイなお姉さんがいるお店に引っ張って行かれたとかいう話になって「いいなあキレイなお姉さん! どんなだった? やっぱり仕草とかキレイだった?」と食い付いたら「そっち?!」と大笑いされたり。


「ヤキモチ、やかないんですね?」

「やいてほしかったの?」


 くすくす笑いながら訊くと、彼は「食い付きどころか佳穂さんらしいなーって感心してます」と食後に寄ったコーヒーチェーン店の紙カップに口を付けた。キャラメルマキアート。家でコーヒーを淹れる時のお砂糖の加減も分かってきた。一口ちょうだい、とそれを貰う事もある。


 だって相手はプロだもの。一般ピーポーの自分が並んで敵うわけもないし、彼がそのキレイなお姉さん達に見惚れても、わかるわかる美人さんって見ちゃうよねと一緒になって見惚れる自分が容易に想像できる。かわいいものやキレイな物に惹かれるのは男女関係ない。どうしたらあんな風になれるのかしらとじっと観察したくなるのだ。(「佳穂さん。見過ぎ見過ぎ」と窘められる事しばしば……)

 本気にならなきゃ、いい。ちゃんと帰ってきてくれるなら――なんて言わなくても、彼は帰ってきてくれるという信頼はある。


「そう君はイイコだって知ってるから、私、なんにも心配してないって事よ」


 自分のコーヒーを飲んでいると「ずるいなあそれ」とぼやく声がした。分かってくれていると思うが、自分だって彼の事が好きで、一緒にいてほしいし大事に大事に思っているのだ。彼は嘘を吐いたり誤魔化したりというのが本当に下手だ。もし、気持ちが自分から離れてしまった時は「仕方がないね」とそっと手を離す覚悟はある。必要ない覚悟だと怒られるだろう。だから言わない。


「信用されてるのは嬉しいですけど……」


 ヤキモチやく佳穂さんも見てみたかったな、なんて。ちょっともうこの子かわいい……! とちょっぴり拗ねている横顔にきゅうんときたのは言うまでもなく。ヤキモチをやかなさ過ぎるのも問題らしいが、無理矢理やくものでもないのでどうしようもあるまい。


「俺ばっかり妬いてきてますよ、絶対」

「ええー? 私、浮いた話なんかなかったじゃない」


 鉄壁の女。オカン。姉貴的先輩。密かに囁かれていたのを知らない自分ではない。当時は恋愛にひどく臆病にもなっていたので、自分のキャラが【対象外】のものばかりでよかったとも思っている。かわいげのない女。めげずについてきた彼はある意味尊敬に値する。


「片思いの最中なんか、本人らに気がなくてもね。どいつもこいつも敵にしか見えないもんなんですよ」

「……ソウデスネ」


 スミマセンねと謝るのがパターンになっている。初恋だという純情青年をとことん煩わせたのは死ぬまで言われ続けるに違いない。手の中で自分のカップを弄びつつ目が泳ぐ。


「妬いたもん勝ちってわけじゃないじゃない?」

「まあそうなんですけどねー……」

「……まあね、もしそう君が目の前で同い年のかわいい女の子と仲良くしてたらにこにこはしてらんないかもだけど」


 表面上にこにこはしても、腹の中は不安でぐるぐるしてしまうだろう。どう頑張っても彼と同い年にはなれない。若い娘が出てきたら勝てっこない。そんな風に考えてしまうアラサー女子の悲しい性よ。 


「されたら、俺がヤですよ」

「……思いっきり不機嫌になっても?」

「わー、それ俺的には滅茶苦茶嬉しいです」


 ご機嫌取りだって厭わない。そんな感じでくしゃりと相好を崩す。この()、この顔が一番かわいい。スーツ姿でビシッとしている所でこのギャップはなかなかのものだと思う。


「変わった子だねぇ。そう君は……」

「そうですか?」

「……でも嬉しい、かな。ほっとかれるより」

「でしょ?」


 にこにこ。にこにこ。本当にもう、この笑顔はズルい。骨抜きにされたのは絶対にこちらが先だ。(男女関係云々とは別の意味で、だが。)

 そういえばこちらの恋愛遍歴に関しては以前ほど訊いてこなくなったと思う。話すほどあるわけじゃないのだ、実際。昔から自分はそう簡単に恋をするタイプではなくて、女友達とつるんでいる方が何倍も楽しかった。

 社会に出てから間もなく、彼以外の男性に「好きなんだけど、付き合ってくれないか」と言われた事はある。あるがそれは、その場でごめんなさいをした。その時過(よぎ)ったのは君の事なんだよ、という部分は内緒である。「何で今、青くん?!」と自分で自分に動揺した。現役時代から好きですとは言われていたものの、後輩だし、と思っていたので。その頃には絆されていたのかなと今ならわかる。


「これからはずーっと俺のだから、いいです」


 無いわけ無いってわかってましたから、と話を聞いた彼はさっぱりした面持ちだった。単なる昔話としてだけ聞いてみたかっただけで、そこから何かを疑うつもりなど欠片もなさそうで。「恥ずかしい子だなあもうっ……!」と撃沈した。


「佳穂さん、反応かわいいんだもん」


 初々しくて、とその口が言うのかまったく。ああキュンとくる。もんって。ナニコレかわいさ何割増しよ?


 彼がいちいちかわいくて仕方ないのは相変わらずだけれど【忠犬と飼い主】だけでなく【彼女を甘やかしたい彼氏と甘やかされてドギマギしまくりな彼女】な自分達もいる。人生経験値はこちらが多少多く積んでいるものの、恋愛経験値はどっこいどっこいだ。うっかりひっくり返されて「こらあっ!」とペシペシ叩くなんて何回あったか。段々調子に乗ってきたなこの子、と苦りつつ前より本気で叱れなくなっていたりするのは多分バレている。質が悪くなってきたと睨んでみてもにこにこしているので結局また力が抜ける。飼い主バカだと瑞恵なら大笑いするだろう。


「やだなあ……私一生君には振り回されるわけよ。そのクソかわいい顔とか色々なものに」

「まんざらでもなさそうですけどそこら辺はどうなんですか?」


 じっと覗き込まれる。こちらの顔色が窺える()でよかったようなそうでもないような……むむぅ、と顔を顰めるしかない。ともかく、ひっくり返されるのは御免なので本日はカッコイイ大人女子らしく毅然とした態度でいようと思います。

 手を伸ばしてむぎゅっと彼の鼻を摘むと「ふぎゃっ!」と面白い声が上がった。


「外ではイイコにしなきゃね。社会人?」


 「……ふぁい、」とこれまた情けない返事をしながらしょぼくれる君が好きだわ、と込み上げてくる笑いを噛み殺すのは大変だった。



*


偶にはビシッと。


凛々しい佳穂さんはどこにいるのか←ぇ 書きながらウチはどうも登場人物らにコーヒーやらを飲ませるのが好きだなと思ってました。紅茶も飲むんですが頻度は圧倒的にコーヒーが多い。。茶葉の名前がまず分かってない!

青くんは段々佳穂さんの弱点を掌握してきて言うこと聞かなくなってきているそうです。落ち着けわんこ。どう頑張っても月に行ける犬じゃないんだ君は(´・ω・)


投稿初めがこんなんでスミマセン。今年もぼちぼちゆったりお付き合いいただけたら嬉しいです!



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