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城下町⑨

 

「異世界召喚? それって、勇者や聖女を喚ぶ儀式のことかな?」

 一瞬呆けたがすぐに復活したリュー青年は、思い当たることがあるのか、顎に手を当てて考え出した。

「異世界召喚なら、うち…隣のロンダリア帝国の専売特許だね。魔王が生まれたら勇者を召喚するし、聖女も喚ぶことがある。

 今は…『救国の勇者』と『七色の聖女』がいるかな。どちらも人目を嫌って隠居しているけど」

 わぁ、と奏多が歓声を上げて立ち上がった。俺はなんとかこらえたが、同じ様な気持ちだった。

 いるのか! 俺たち以外にもここへ喚ばれた人間が!

 今日中に帰るという目標に光が差した。

「うん!そうだよ!その人たちはどこにいるの?」

 キラキラと目を輝かせて奏多ははしゃぐが、その質問を聞いた一瞬で、リュー青年の目は信じられないほど冷たく凍った。

 身の危険を感じて奏多を引き寄せ、座らせる。

 奏多は不思議そうにこちらを見たが、視線にアテられたのか、俺は口を開いて言葉を発する事が出来ず、上手く説明することができない。

 そのうちに青年の目から冷たさは消え、代わりに張り付けたような笑みを浮かべて問う。

「うちの国の英雄に、何か用があるのかな?」

 重いプレッシャーをかけられても、奏多は違和感にしか気づかないようで「ここ寒くない?」と見当違いなことを呟いた。

 そして王子を見上げながら、にこりと笑って言った。

「ちょっと話を聞ければ嬉しい!

 だって私達も異世界から来て、今日中に帰らないといけないから!

 すっごい残念なんだけどね!」


 ちょ、馬鹿、奏多!?

 慌てて奏多の口を塞いだが、溢れた水を盆には戻せないように、発してしまった言葉は誰の耳からも消せない。

「何を考えているんだ、お前は!」

「先生、近くで怒鳴らないでよ!耳痛い!」

「そんな場合じゃないだろ!」

「良いんだよー。異世界召喚は数人にはバレるものだし、何にもないのに勇者様や聖女様に会いたいなんておかしいし怪しいじゃない!」

「だからって、安易に他人を信じるな。せめて相談しろ!」

「だって今、先生、アイコンタクトで『奏多の好きにしろよ』って」

「言ってない!」

「言ってないの!?」

 ガーン、と一人ショックを受ける奏多だが、むしろ俺がショックだ。どこからどう受け取ったらそうなるんだ。


 恐る恐るリュー青年を見上げると、彼は鳩が豆鉄砲を喰らったように、ふいを突かれた呆けた顔をしていた。

「……え?」

 そしてもう一度と聞き返してきたので、容赦のない奏多は再び宣言した。

「だから、私たち、今日!


 異世界から、来たの!!」



 リュー青年は唖然と口を開いて呆けている。

 口に虫が入るぞ、とさすがに王子には言えないな。

 あーあ。どうするんだこの状況。俺は知らないぞ、と奏多を見ると、王子が気の毒になるくらい良い笑顔を浮かべている。

「それとも、リューなら私たちを召喚した人にも会わせてくれる?」

 それを聞いてはっとした。

 確かに召喚した人物に会えば帰してもらうことだって出来るだろう。

 だが、奏多の言葉を聞いた瞬間にリュー青年は正気に戻り、さっと顔を青ざめた。

「駄目だ!」

 大声を上げてから、あわてて自分の口を塞ぐ。

「確かに僕は君たちを呼んだ人物を知っている。けれど、決して会っちゃいけない。むしろ、存在を気付かれないようにしないと駄目だ。

 じゃないと、魔王を倒さなくちゃいけなくなるよ」

 …魔王?

 奏多が首を傾げてリュー青年に問う。

「魔王は勇者が倒したんじゃ無いの?」

「…倒したよ。数多の犠牲と、心身共に傷を負って。

 でも、それでも魔王は復活するんだ。きっともう復活していて、その情報を得たから召喚をしたに違いない」

 と言う事は、俺達を呼んだ人物に見つかったら、一生関わるはずの無い荒事に巻き込まれるということか。当たり前だが、俺も、奏多も、春歌さんも、戦えるような力は持っていない。武術ですら齧ったこともない。

 魔王なんて、聞くからに人外のようなものを倒せと言われても不可能だ。

 俺は自分の顔色からゆっくりと血の気が引いていくのを感じていたが、奏多はただ「ふうん」と呟いた。後で聞いて分かったが、異世界召喚と魔王討伐は切っても切れない関係があるので、意外でも何でもないと納得したんだそうだ。

 そしてこてん、と首を傾げてリュー青年をじっと見上げた。

「ねえ、誰が私たちを呼んだの?」

 そしてその何気ない問いは、リュー青年を悩ませた。

 数秒彼は苦悩して、絞り出すようにやがて告げる。


「ロンダリア帝国の、国王。…僕の兄だ」


 やはりな。

 それにしても参った。一国の王に狙われるなんて、どう対処すれば良いのか見当も付かない。

 だが渦中の人であるはずの奏多は、「え?」と声を漏らした後まじまじとリュー青年を見上げて、

「本当に王子様?」

 今更すぎる事実確認に目を白黒させていた。



「まあ、とりあえず」

 沈黙の空気に一言零すと、この場の三人が同時にこちらを見た。

「リューさん。俺達に味方して下さると考えても良いのでしょうか?」

 問いかけると、彼は慌てて頷いた。

「もちろん。兄上の好きにはさせない。異世界のか弱い女性を魔物との戦いに差し出したりするものか。今度こそ、勇者は僕が守ると誓うよ。

 ユリウス=イルシアータ=ロンダリアの名にかけて誓う」

 誓う、と言いながら胸の中央に手を添える。そこは心臓の位置だ。彼の空色の目に嘘や戸惑いは無い。ただ真っ直ぐに奏多を見ていた。

「リューっていうのは偽名なんだ。でも、人前ではそのままでよろしくね」

 と片目を瞑ってウインクしたので、ウインクが出来ない奏多は「わあ」と歓声と共に拍手をした。

 そこは年頃の女らしく、赤面して照れてもいいんじゃないだろうか。

「じゃあ、金貨の価値が分からないのも無理ないよね。一から全部説明するよ」

 めげない王子がそう言って、苦笑をもらした。



■貨幣説明


 そうして分かったことは、まず貨幣は5種類ある、ということだ。

 価値の大きい方から、魔貨アイネ大金貨デアト金貨ツェン銀貨フォイ小板ヌルの5つ。

 市民の買い物は大抵が銀貨フォイで行われているとのことで、一食一銀貨を五百円と考えて日本的な価値に換算すると次のようになる。


【魔貨 アイネ】…100万~

 虹色に光る、魔力を込めた水晶。

 魔力そのものが価値がある、異世界ならではの貨幣といえる。込められた魔力により価値は変動する。その用途は小切手に近い。

 まずその水晶自体が希少なため、滅多に見られない。


【大金貨 デアト】…10万

 小判のように大きな金貨。

 家や土地の購入、商人の買い付けに使われる。商人はデアトが好きらしい。


【金貨 ツェン】…1万

 銀貨が20枚で金貨一枚になる。市民は滅多に使わずに、貯蓄用として保管されている。

 装備や、服、家具などの支払いにも使う。


【銀貨 フォイ】…500円

 最も流通している硬貨であり、最小単位でもある。それ以下の貨幣が無いのは不便ではないかと思うのだが、特に困ることは無いらしい。

 十枚ずつ紐で括って保管する(そのために穴が空いていたのか…)


【小板 ヌル】…5円

 チップ用の硬貨。100枚集まれば国で銀貨に変えてくれるらしい。小板単体では買い物は出来ないが、物を買う時にヌルを追加で何枚か渡して色をつけたり、逆に値引き代わりに店から渡されたりもするらしい。

 探せば道の端に落ちているかも、とも言っていた。(王子様に教えられる内容じゃ無いだろ)


「まあそんな所かな」

 とリューは説明を終えて一口茶を飲んだ。

「妙に宿代が安い気がするんだが」

 日本円に換算すると素泊まり1500円、食事付きでも2500円。破格だ。

「ああそれは、適正価格の半額だからだよ。

 国から半額分の補助が出るの。だから払ったのが銀貨三枚でも、宿の利益としては銀貨六枚になるんだ。少しでも冒険者や旅行者が滞在しやすいような街にするための政策だよ」

 すらすら説明する姿は、さすが、その政策を施す側の人間としての貫禄がある。

 自分で言うほど放蕩者じゃないんじゃないか? と思う。

 だが奏多は見当違いな部分に対して、猫のように目を輝かせる。

「冒険者ってどうしたらなれるの!?」

 ………なりたいんだな。

 あまりの勢いにリューは若干引いている。

「え…冒険者ギルドに行って登録すれば…」

 なりたい、と言い出しそうな雰囲気に不安になる。何度も言うがそんなことをしている暇は無いんだぞ?

 だが、奏多の口より先にその腹が鳴った。

 くうぅぅ、と、何かの動物の鳴き声のように切なげに。

 うう、と力が抜けた声を漏らしながら、奏多はへにゃりとしょげてこちらを見上げた。

「せんせい、おなかすいた」

 言われて初めて自分の腹具合に気づいた。確かに。そういえば朝から何も食べてないな。


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