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「       」

耳元でもう一度繰り返される音に違和感を感じた。

聞き取ることのできない言葉に、心臓がドキリと跳ね上がる。

この人は彼じゃない。

ドクンドクンと嫌な音を立てて胸の奥が脈打つ。


どうしよう 彼じゃない どうしよう 


けれども 全身が強張ってしまいがっしりと回された腕をほどく力が湧かない。


やだ どうしよう どうしよう


「       」

静かな低音が耳元で響く。

「       」

「       」

「       」

何度も 何度も 繰り返される音。


何を、言っているのか。

わからず首を横に振る。


男は背後から抱きしめたまま、それ以上何をするでもなく、静かな音を繰り返し発する。

男に対する恐怖心はなくなるはずもないのに、心地よく響く音。

知らず体の力が抜けていく。


あなたは だれ

ここは どこ

わたし を どうするの

あなた の ことばも

ここにいる わけも

なにも わからないの


わからないと 伝える術もないの


いつのまにやら体の向きを変えられ、ベッドの上に座って向き合う形で抱きしめられていた。

男の手は、背中を優しくなでる。

幼い子をあやすように、ときおり ポン ポン と軽く叩く。



どれだけそうしていたかわからない。

次第に涙はとまり、ゆっくりと深呼吸ができるようになると男の拘束が少し緩んだ。

「      」

そして、ひとつ言葉を耳元で落とすと、肩に手を置きゆっくりと身を離す。


じっと合わされる黒い瞳。


真剣なまなざしで見つめられ、思わず緊張し息を止めると その垂れた目尻がふと細まる。

「          」

また一言。苦笑いしつつ、私の頬を親指で拭う。


あ、涙・・・。

濡れた頬を拭いてくれたのか。


そのまま ポン ポン と頭をなでるとベッドから降り、部屋の扉の方へ歩いていく。

カチャリ と扉を開け、私の方へと振り返る。

「     」

扉の向こうには、たくさんの御馳走が並べられたテーブル。

「      」



食事を用意したから食べよう、おいで?ってこと?


強引に手を引いてかなかったのは、自分で決めなさいってこと?


無理強いはしない 

大丈夫 

安心しなさい


そういうこと?


一呼吸おいて、ゆっくり立ち上がる。

一緒に食事をとらせてもらえるのか、それとも給仕をさせられるのかもしれない。

男のそばに自ら行くのは、やはり抵抗があって。

緊張して強張る足と腕をギクシャクと動かす。


それでも とにかく行動しなくては 何もわからない


足元でシャラ ンと鈴の軽やかな音がする。

一歩踏み込むごとにジャラ ジャラと鎖を引きずる重たい音がする。


その足音は希望と絶望とごちゃまぜのわたしの心情そのもの。



理解できない言葉と矛盾するような行動をとり、今はそこでただ微笑む男のもとへ、ゆっくりと歩みを進めた。








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