戸惑い
私は見知らぬ部屋で目覚めた。
やはりあれは夢ではなかったのか。
辺りを見渡す。
まるで見た事のない景色。
ただフルタさんの記憶があるせいか、それがどういうものであるかはわかる。
フルタさんの部屋は、狭くゴミで溢れてはいたが、
清潔だった。
朝食用にあんパンというパンが用意されており、
私は舌鼓をうった。
驚いたのは白い高品質のパン。
キメが細かく、王族でも手に入るのは困難だろうと推測した。
それに多量の砂糖で煮られたであろう小豆という豆。
フルタさんは、平民と言っていたが、本当だろうか。
そして私は手軽にできるという珈琲という物を飲んでみた。
お湯はメイドに頼まなくても、
ポットという道具から、ボタンを押すだけで出る。
そしてその珈琲という豆の香り。
銀色のパックに入ったそれは、
とても香りが豊かだった。
彼の知識によると、
アルミパックという、
匂いを閉じ込め、品質を保つ技法らしい。
想像以上に高い文化圏だ。
私は苦労しながら、
会社に向かった。
途中、コンビニという商店で昼食を買い、駅という人々を運ぶ車にのり、
ようやくたどり着いた。
しかし、
この街は異常に清潔だ。
馬が一匹もいないせいか、
馬糞が一つも落ちていない。
それにトイレが水洗式という設備で管理されている。
これであれば、疫病などの発生率が低いのも頷ける。
色々なものを見ては、彼の知識が流れ込んでくる。
水洗トイレの仕組み。駅のシステム。コンビニのシステム。
私は幼いころから、読める限りの本は読んだ。
その知識と照らし合わせても、
恐ろしく高度な文明だというのは理解できる。
この国の中学生と、我が国の大臣と議論させたら、
いい勝負をするかもしれない。
いやこの国の中学生のほうが高度な議論ができるかもしれない。
いや……、
政治の議論というのは、
知識だけではない。
言い回し、欺瞞、詐術、色んな要素が加わるから、
さすがに、
中学生のほうが高度とは言えないか。
そんな事を考えていると、
会社についた。
「主任おはようございます」
男と女が声をかけてきた。
これは部下のようだ。
「おはよう」
私は言葉を返す。
しかし、
問題は仕事をどうするかだ。
パソコンは開けるし、
どこに何があるかもわかる。
仕事の内容もわかる。
そして、
この行動で正しいというのもわかる。
しかし、
とんでもない膨大な情報量だ。
どうやっていけばいいか、
まるで絡んだ糸のようだと思った。
仕方がない。
聞いてみよう。
私は辺りを見渡す。
部下は……一人、二人、三人、四人、五人。
五人か。
「すまない。皆集まってくれ」
私の一言に皆集まった。
私は書類を取り出す。
フルタさんが作っていたプロジェクトの全体の図だ。
「これが今、
私達がやっているプロジェクトの全体の図だ」
部下は全体の図を確認する。
頷いている。
「進捗状況が芳しくない。どうすれば良いか。皆の意見を出してくれないか」
「主任のされている仕事を、私達に振っていただければ、多少マシになるかと」
「そうか」
私は抱えている仕事を見せることが一番早い。
そう思った。
この会社では、
機密事項はあまりなさそうだ。
フルタさんも、拒絶しない。
「これが私の抱えている仕事の一覧だ」
私はリストを手渡す。
「ここは俺がします」
「ここは私が」
「ここはすぐ出来ます」
「これは過去に作ったのがあります」
「ここは僕が」
皆そう言い、
詳しい説明も聞かず、
デスクに戻っていった。
そして私の仕事は、
すっかりと消えていた。
途端に暇になる。
私は机を見る。
フルタさんの机は、
雑然としていた。
私は机の上を片付けだした。
古いプロジェクトの資料が特に多かった。
私は引き出しを確認する。
そして資料を確認した。
フルタさんの知識を見ると、
終わったプロジェクトの資料は資料室にとあった。
しかし、
なぜフルタさんは片付けていないのだろう。
私は考えた。
わからない。
すると部下の一人と目があった。
「どうかされましたか?」
部下が尋ねてきた。
「いや。古いプロジェクトの資料があるのだが、なぜ私はこれを持ち続けているのかがわからなくて」
そう答えた。
「前に主任に尋ねた時、暇がなくてね。とおっしゃってましたよ」
と笑顔で言われた。
「あぁそうか。ありがとう」
私は荷物をまとめ、
資料室に向かう。
往復三回。
それほどまでに過去の資料があった。
広々とした机。
私はデスクの引き出しに一枚だけ残っていたウェットティッシュで机の上を清めた。
出社して二時間が過ぎていた。
私は考えていた。
なぜ、こんなに簡単に終わることを、フルタさんは行っていなかったのか。
部下を信じていなかったのか。
それとも部下の力量を知らなかったのか。
「フルタ君。君が机を綺麗にするなんて珍しいな。辞表でも出すつもりか?」
背後から声がする。
これは部長の声だ。
「部長。おはようございます」
「おはよう。それでこの仕事を頼めるか?」
分厚い資料を渡される。
「これは?」
「いえね。クライアントから急遽この機能を実装して欲しいと、依頼があったのだよ」
私は疑問に思った。
このクライアントに、
なぜこの機能が必要なのかと……。
「あの……、申し訳ございませんが、この機能が必要になる意味がわかりません。説明していただけますか?」
「君が質問してくるなんて珍しいな。ワシにもわからん。営業部に聞いてくれ。とりあえず君に任せたぞ」
部長は去っていった。
「主任珍しいですね。部長に口答えするなんて」
部下が言った。
「口答えではないよ。ただの疑問だ」
私はそう答えて、営業部に向かった。
「失礼します。営業部の西沢さんという方おられますか?」
「ちょっと待ってね。おい西沢。お客さんだぞ」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
しばらくして、西沢という男が現れた。
「お呼び立てして申し訳ございません。システム部の主任のフルタです。この書類の件で」




