第三話
俺は『傾聴』のスキルを研ぎ澄まし、ガルクの反応を詳細に分析していた。
手付金として金貨を渡した際、彼の瞳に宿った驚きと、隠しきれない高揚感。……どうやら俺は、この世界の物価を知らぬまま、かなりの高額を支払ってしまったらしい。
(……この反応、近くの街までじゃ割に合わないな)
俺はわざとらしく溜息をつき、金貨袋を懐へ仕舞いながら切り出した。
「おい、ガルク。改めて確認だが、俺と君の契約。まさか近くの街まで送って終わりだなんて、都合の良いことを考えていないだろうな?」
ガルクが怪訝そうに眉をひそめる。
「……なんだと? どこまで行こうってんだ」
「中央都市だ。そこまで俺を無事に案内し、道中のトラブルも解決しろ。到着した時点で残りの金貨を支払う。……どうだ、それだけの重労働なら、俺が払った報酬ともようやく釣り合うはずだ」
俺の強気な提案に、ガルクは呆れたように鼻を鳴らした。だが、その表情には、小銭稼ぎではなく「冒険」に対する好奇心が混ざっている。
「中央都市だと……。とんでもねぇ野心を持ってやがるな。……いいぜ。その追加報酬、きっちり受け取ってやる」
かくして、屈強なオーク戦士を従えた元営業マンという、異色のコンビが誕生した。
街道へ出るまでの間、俺はガルクにこの世界のイロハを徹底的にヒアリングする。
「……チッ、なんで俺が人間に講釈垂れなきゃなんねぇんだ」
ガルクは面倒くさそうに頭を掻いたが、雇われた手前、義理は果たすつもりのようだ。ぶっきらぼうな口調で、知識の断片を語り始めた。
「いいか。これから行く街はアステルだ。この辺りじゃ中央都市アステリアに次ぐデカい街だ。中には冒険者ギルドってのがあってこの街は栄えてる。山にあるダンジョンを攻略して稼ぐギルドの連中がゴロゴロいやがる」
「なるほど、冒険者か。経済の中心だな」
「ああ。通貨は銅貨、銀貨、金貨の三種類だ。銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚。一般庶民なら銀貨五十枚もあれば食いっぱぐれはねぇ。冒険者のトップ連中が、ようやく金貨二枚ってとこだ」
(……金貨二枚。それが冒険者トップ層の稼ぎか)
俺はガルクの言葉を反芻し、心の中で即座に損益計算を弾く。
正直に言えば、俺は金貨二枚という金額が、この世界でどれほどの価値を持つのかを正確に把握しないまま金貨二枚でガルクを雇った。交渉が決裂していれば、その時点で俺の異世界生活はゲームオーバーだっただろう。
だが、結果としてこの「支払いすぎ」は、最良の投資になった。
(トップ冒険者と同額の報酬を提示したことで、ガルクは俺を『相応の立場にある人間』だと認識した。下手に安く買い叩こうとすれば、この荒くれ者に足元を見られ、あるいは殺されていたかもしれない)
俺は横を歩くガルクの巨体を盗み見る。
森の中で彼がどれほど堂々としていたか。その様子から察するにこの周辺に天敵がいないという事実が、彼の強さを如実に物語っている。素人の俺が冒険者を雇おうとしても、その実力を見極めるのは不可能だった。だが、ガルクなら確実だ。
(何より、情報がゼロのこの状況で、この周辺を熟知した強者を味方にできた。金貨二枚なんて安いものだ。この先行投資は、必ずアステリアまでの道中で回収できる)
「なるほど、冒険者か。経済の中心だな」
俺は努めて冷静を装い、そう返した。内心では、この「強大な盾」をいかに使い倒して、アステリアまでの道中で最大限の利益を上げるか、そのシミュレーションが全開で回り始めている。
街が近づくにつれ、行き交う人々の姿が増えてきた。人間だけでなく、獣の耳を持つ者や、小柄な種族もちらほらと混ざっている。
そして、行く手を遮るように立ちはだかるアステルの巨大な城門。その前には、厳しい表情の衛兵が二人、通行人を鋭くチェックしていた。
ガルクは足を止め、顎で門をしゃくった。
「で、問題はあの門だ。俺みてぇなオークが素通りできるわけがねぇ。お前が口八丁でなんとかしろ。……そのために高い金を払って、俺を雇ったんだろうが」
ガルクの言葉が終わるのと同時に、衛兵の一人がこちらに気づいた。
獲物を見つけたような鋭い視線がガルクの巨体に突き刺さり、衛兵は槍の穂先を向けながら大股で歩み寄ってくる。
(さて。ガルクの言う通りだ。……腕っぷしは預けた。交渉のカードは、俺が切る)




