第二話
茂みをかき分けて現れたのは、身長二メートルを超える大柄なオークの戦士だった。
錆びた大剣を振り回し、獲物を探している。
今の俺のステータス(STR:1)では、一撃食らえば即死だ。普通の人間なら、ここでパニックを起こして逃げ出すはずだ。
あれだけ姿を隠さず目立ってる様子を見るところから、この森の中では天敵が居ない上位種の可能性が高い。
即ち、こいつさえ凌げればこの森で当面の安全は保証されるということでもある。
だったら尚更、ここは仕掛けるしかない。ここを切り抜けられるかどうかが運命のターニングポイントだ。
「やあ。これは随分と、屈強な戦士だな。」
不用意に過ぎる接触だ。
オークが驚きに目を見開き、錆びた剣を俺の鼻先に突きつける。殺気。明確な敵意。
だが、俺は一歩も引かず、スキル『交渉術(EX)』を発動させる。まずは相手の警戒という壁を、言葉のナイフで薄く削ぐ。
懐から革袋を少しだけ開いた。そこには女神が「最初の支度金」として持たせてくれていた、金貨五枚があった。
「……戦いに来たわけじゃない。見ての通り、この森は複雑でね。ガイドが必要なんだ。これだけの体格と武器を扱える君なら、道中の護衛として最高の適任者だと判断した」
オークは剣を下ろさず、鼻を鳴らした。
「俺を、護衛に雇うだと? 人間、貴様は正気か。俺が貴様を食らえば、金などいくらでも手に入るぞ」
「奪うのは簡単だが、リスクが高い。俺が死ぬことで君がお尋ね者になる可能性もある。何より君のような腕利きの戦士が、ただの通行人を食らうためだけにその剣を使っているとしたら、実に勿体ない話だ」
俺は革袋から金貨を一枚だけ取り出し、手のひらの上で転がした。全額ではなく、あくまで「手付金」としての提示だ。
「金貨一枚だ。これを前払いで渡す。森の出口まで俺を案内してくれ。街まで無事に送り届けてくれたら、更に金貨一枚も支払おう。……君にとっても悪くない取引だ。その金で、その錆びた剣を少しはマシなものに買い換えるなり、酒を飲むなり自由だ。少なくとも、通りがかりの人間を襲うよりは、確実な対価になるはずだ」
オークの目が、金貨と俺の顔を交互に射抜く。
「……俺が貴様を殺せば、全部奪える」
「奪えるな。だが、その後に待っているのは、また退屈な徘徊だけだ。それに、俺を案内することで君は『戦う以外の稼ぎ方』を知ることになる。……これは、君という戦士のキャリアに対する投資だと思ってくれ」
スキル『クロージング(B)』を働かせ、相手にとっての「取引のメリット」を強調する。
「ここで俺のなけなしの金を奪うのは、あまりに損だぞ。……俺を生かしておけば、もっといい話を持ってくる。君という腕の良い戦士と、俺のような商売人の頭脳。この組み合わせがどれほどの利益を生むか、想像できるだろう?」
オークは長い溜息をついた。
彼が大剣を背中の鞘へ収める。それは、彼が俺の提案を『事業』として受け入れた合図だった。
「……面白い人間だ。俺はガルク。貴様のその口車、一度だけ乗ってやろう。だが、もし話が違えば……その時は貴様の頭を叩き割るからな」
「相葉誠だ。いい判断だよ、ガルク。後悔はさせない」
俺は金貨一枚を放り投げた。ガルクがそれを空中で手際よく掴み取る。
彼が先行して歩き出す。俺はその背後を歩きながら、スキル『傾聴(A)』をひそかに発動させ、彼が背負っているものの正体を探っていく。
(……よし、これで当面は安心だ)
俺は小さく微笑み、ネクタイを締め直す仕草をした。
異世界転生、初日。
悪くない滑り出しだ。俺はゆっくりと、この世界の「相場」を握り始めていた。




