第五話 おんぶ
そして問題が生じたのはその帰り道だった。
秋峯さんが「歩けない」と言ったのだ。
「どうして」
「もう体力が尽きちゃって。さっき寝ちゃったからかな。もう、一歩も歩けそうな感じがしないよ」
「それはどうしても?」
「うん」
困った。非常に困った。
非常に由々しき問題だ。
そう、秋峯さんが歩けないとなればどうなるか。
その答えは簡単。
僕がおんぶするすることになるという事だ。
「三輪君、おんぶして」
今僕の背中には秋峯さんがいる。
「えへへ、三輪君の背中暖かいね」
「あったかいねじゃないですよ」
しかも、さらに問題となるのは、秋峯さんの太ももや胸の感触がダイレクトで伝わってくる。
重ね重ね言うが、僕は変態ではない。
だからこそ、変な緊張があるのだ。
それにもう一つ問題点がある。
僕は秋峯さんの写真をカメラに収めたいのに、撮ってくれる人が一人もいないのだ。
幸い秋峯さんはそこまで重くはないけれど、それでも人ひとり背負って降りるのは中々の重労働だ。
「秋峯さん、回復したら言ってくださいよ」
「分かってるって」
何でこの人は少し楽しそうなんだ。
普通、男子に背負われるのは少ししんどいだろ。
しかもぼくなんかの背中に乗るなんて。
「秋峯さん、どうですか?」
あれ、返事がない。いったいどうしたんだろうか。
「秋峯さん?」
次の瞬間。衝撃的な事実に気が付いた。
秋峯さん、これ寝ているな、という事に。
ああ、悔しい。
今も秋峯さんはぐっすりと寝ている。
僕は秋峯さんを背負いながら一人で降りなければならない。
喋り相手もなしに。
孤独。孤独すぎる。秋峯さんがまだ起きていたら写真撮影はともかく、彼女と一緒に喋りながら降りれたのに。
たいていの事について、基本的に、行きよりも帰り道の方がしんどい。
行きはわくわくした気持ちを持てるが、帰りはただ、家に着くだけだ。目的地がも慣れた景色というだけで、少し気持ちは下がってしまう。
ああ、孤独にスマホも触れず下に降りなければならない。
しかしながら、さっきから思っていたが、やはり秋峯さんの体が軽すぎるのだ。
それこそ、人ひとりを背負っているとは思えないくらいに。
いつもあれだけの量しか食べていないのだから当然華とは思うが、小学生を背中に背負っている気分だ。
いくらなんでも軽すぎる。
おかげで楽ではあるんだけども、
結局山を下りた後、僕はその場に倒れ込んだ。
バスが来るまで後五分。僕はその場ではあはあと、息を吸う。
いくら軽いからとは言っても、1時間以上も背負っていたらそりゃ疲れは出る物だ。
しかも、背中にいる秋峯さんが起きる気配がない。
とりあえず起きてくれないかな。
今も僕の背中にしがみついて離れないんだが。
それに周りには多くの人達がいる。
高校生が高校生を背負うだなんて、少々周りから奇異な目で見られてもおかしくはないのだ。
とりあえず10分後、バスが来たからそれに乗り、僕は席に座り秋峯さんを隣に寝かせた。
まるでお人形さんみたいだ。可愛らしくて僕は写真を撮る。勿論盗撮と疑われたらいやなので、カメラではなく、スマホでなのだが。
それにしても心配だ。
普通人間ってここまで眠る物なのだろうか。あまりにも寝過ぎだ。
心配になるな。
そしてバスが到着したとき、僕は満を持して秋峯さんを起こした。
「着いたよ」
僕はそう言って秋峯さんの体を揺らす。
気持ちよさそうに寝ている彼女を起こすのはしのびないが、秋峯さんの寝顔は十分堪能させてもらった。
写真にしっかりと収めた。
涎をたらしながら寝る姿を。
普通、乙女のそんな寝顔を写真に収めるのは失礼だが、秋峯さんは許可をしてくれているのだ。
そして――
秋峯さんは可愛らしい目をぱちくりとさせる。
「また寝てたんだ、私」
そう言って秋峯さんは軽いため息をつく。
「ごめんね。迷惑かけたよね」
その言葉に僕は黙った。
「今日の夜ご飯、奢るね」
「そう言う問題?」
「うん。謝罪がしたいの」
「僕はいいよ、いい写真が取れたから。それよりも」
僕は秋峯さんの手を掴む。華奢な手だ。
「運転手さんが迷惑してるから、行こう」
「そうだね」
そして僕たちはバスから降りた。
秋峯さんが提示した場所は所謂ファミレス、などではなかった。
少々豪贅なイタリアンレストランだ。
僕は何度も何度も断ったが、それは秋峯さんの気が済まないらしい。
お詫び、お詫びという側面なら、このカメラで十分なんだけどな。
まあ、そんな事を考えていても仕方がない。僕はメニュー表を見る。
常識の範囲内の値段で良かった、と僕は即座に思った。
もし仮に一皿2000円越えの食事が出てきたら、どうしようと思ったが、
それぞれ1000円ちょっとの値段だった。安心だ。
勿論それでもファミレスよりも高いだろう。しかし、あまり罪悪感を感じずに食べられそうだ。
それに、食事をしている秋峯さんをカメラのがかくにきちんと納められそうだ。
「何を食べる?」
僕は秋峯さんに訊いた。
「わたしはこの野菜たっぷりパスタかな」
「いいね、僕はこのシラスのペペロンチーノで」
そして僕たちは注文をした。
「ねえ、わたし重かった?」
恥じらいながら、秋峯さんは僕に訊いてきた。
「そんなことないよ。むしろ軽かった」
「そう」
少し残念そうにそう、彼女はぼやいだ。
「どうしたんだ?」
「人に背負われる経験ってあまりないなーって。最後まで起きていたかったよ」
「迷惑をかけた自覚を持ってほしい」
それにしても、先ほどからの秋峯さん。明らかに元気がない。眠る前のあの元気そうな感じはどこへやらだ。
何かあったのだろうか。それとも人知れず寝てしまったのがそんなにもショックだったのだろうか。
だけど、あまり聞かない方がいい雰囲気だな、と。僕はそう判断した。
「ここのパスタは美味しいの?」
僕は訊く。すると彼女は静かにうなずいて、「美味しいよ。私も何度も来たことがあるんだ」
「へえ」
それは楽しみだね、と僕が言うと、秋峯さんは頷いた。
「今日の写真もう一回見せて」
秋峰さんが僕の方へと顔を乗り出す。
僕は静かに頷き、
カメラを秋峰さんに手渡した。
秋峰さんはすぐに僕のカメラを取り、そして中を見る。
「あ」
秋峰さんは僕をじっと見る。そこには僕の撮った、秋峰さんのよだれ姿があった。
「こんなのも撮ったのね」
「え? 駄目でした?」
「もちろん許すよ。変態感のある写真を撮ってほしかったし」
そう言って秋峰さんはにひひと笑った。
「秋峰さん」
「どうしたの?」
「秋峰さんのアルバムができる日が楽しみだね」
「…………そうね」
そして、ご飯が届いた。僕は目の前のパスタの写真を撮る。
「それも撮るの?」
「うん、もちろん」
逆に撮らない理由が無い。
こういうのも思い出だ。
もちろん毎回こんな事をしてしまうから、スマホの容量はパンパンだけど。
「じゃあ」そう、秋峰さんが手を合わす。
「「いただきます」」
僕たちはそう言って食事に手を付けた。
上品にフォークで巻いてそして口に入れた。
「美味しい」
僕はそう呟いた。
ファミレスで食べるようなご飯よりも遥かに美味しい。
そう、夢中になれるような味だ。
僕はふと秋峰さんの顔を見る。すると、ドヤ顔を見せていた。
「でしょー」そしてニヤニヤしながら言う。
正直言って、同意をしたくない。たけど、悔しい事に実際に美味しいのだ。
僕はどんどんと食べていく。
秋峰さんは僕のその様子をご飯を食べながらニコニコと眺めていた。
眺められるだけなのも悔しいため、僕は逆に彼女の姿を撮った。
それに対抗して秋峰さんもまた僕の写真を撮る。
「僕の写真はいらないでしょ」
「えー、いいじゃん」
そう言って秋峰さんはカメラを押す手を止めない。
結局僕たちはパスタを無視して写真のとりあいに熱中したのだった。




