第13話 母さん
昼休みになった。昼休憩だ。僕はあらかじめ買っておいたパンを食べる。
祈里さんが隣に来たが、無視をした。
というよりも、どう話せばいいのか分からなかったのだ。
僕は、分からないんだ。
その時、僕の元に、問題の人が来た。
母さんだ。
母さんは、僕にいきなり抱き着いてきた。
僕は「え?」という声を出す。
「流石だわ、沙雪」
ああ、またこのモードか。面倒くさいな。
しかもここは学校。周りの目もある。
現に、かなりの視線が僕たちに集まっている。
しかも、隣には祈里さんがいる。
ああ、くそ。結構この状況詰んでいるな。
「流石よ」
「ありがとう、母さん」
僕はそう告げた。
「本当に、自慢の娘だわ」
ああ、またか。またなのか。またこれなのか。
これで僕は終わりを迎える。
僕は男の娘(悪い意味で)とみなされるのか。
もはや僕の運命はもう潰えている。
「母さん、もう放してくれない?」
出来るだけ、違和感のないように、女と男の真ん中の口調で言う。
「ええ」
そしてようやく母さんは僕を放してくれた。
「でももう友達が出来たのね。一年の時には苦労したでしょ」
「ええ」
僕はそう返す。
本物の沙雪は高Ⅰの時に虐めに合っている。
「苦労したわ」
苦労はしていない。勿論僕もいじめを受けていたのだが。
「それよりも場所移動しない?」
ここじゃあ、衆目の目にさらされている。
ここでは、僕の印象が悪くなるだけだ。
「この子もつれて言っていい?」
そう言って、祈里さんを見る。
「いいですよ」
祈里さんは首肯した。
別に断ってくれても構わなかったのに、優しい人だ。
そして、僕たちはその足で、回廊へと向かう。
そして、柱を背もたれにする母さん。
「この子が沙雪の友達? いい子ね」
「ありがとうございます」
祈里さんは頭を下げる。
祈里さんは僕の母さんに対して礼儀は弁えているようだ。
僕としてはありがたい。たまに起こる母さんの嫉妬、憎悪。様々な感情をぶつけられなくて済むのだから。
僕はこれから何か起こるのか。ぎゅっと唇を噛んだ。
「娘さんとは仲良くさせてもらっています」
良かった。祈里さんが空気を呼んでくれた。
祈里さんには感謝だ。彼女にとって今の状況は訳が分からないだろうに。
「それで」
母さんが口を開く。
「どういう感じなの? うちの沙雪はいつもどんな感じなの?」
母さん、ずけずけとくるな。
「どうって、御存知の通りかと」
「でも学校だと知らない部分もあるかもでしょ。知ってると思うけれど、高1の時いじめられてたから」
それを聞いて、祈里さんは僕の顔を見る。
いや、それは。姉ちゃんの過去で。
いや、いじめられていたという意味なら同じか。
「そうなんですね」
祈里さんは言った。
「そうよ。あの子、どうやら人間関係上手く行ってないみたいで、人の彼氏を取っちゃったみたい」
僕とは違う理由だ。
「そうだったんですか、知らなかったです」
祈里さんがにやにやしている。それは僕じゃないんだって。
いやでも、母さんにはプライベートという言葉はないのだろうか。
いや、それよりも問題なのは。
これいつまで続くんだ。
「そろそろ疲れてきてない?」
僕は祈里さんに言った。
「お母さんも、それくらいにして」
「あら、そう?」
「うん」
「家で色々話してあげるから」
「分かったわ」
良かった、これで母さんは引き下がってくれるだろう。
しかし傷はもうすでにだいぶ深いらしい。
母さんが満足げな顔で帰っていく中、
「どういう事?」
祈里さんは僕の顔を除く。その顔が美形で、思わずドキッとする。
こうなったら僕は本当の事を話すしかない。
僕は決意した。そう、彼女に僕の真実を話すことを。
そして僕は僕の事を話した。母さんが姉さんの死をまだ受け入れられていない事。
そして、たまに気がおかしくなって、僕の事を姉ちゃんに見えてしまう事があるという事を。
そして僕はずっと、長い事この長い髪の毛を切ることができていない事。
一回髪の毛を切ったら母さんにキレられたこと。
僕が全部話し終わると、祈里さんは口をぽかんと開けていた。
僕のこの話を受け入れるのに時間がかかるという事か。
勿論時間がかかるのは当然だ。
この話は所謂非現実的な話。非化学的な話だ。
「なるほど」
祈里さんはそう言った後、「少し整理させて」と言った。
僕はその言葉に対し、「分かった」と言った。
理解されるとは思っていない。
祈里さんの写真は勿論取るけれど、でも僕にもう写真を撮る権利をくれない十分にあると思っている。
それが僕の今の現状。それが僕の人生だ。
だけどもういいんだ。僕の苦しみが本当の意味で理解される日が来るなんて、ぼくはおもってないんだから。
そして僕は、そのまま席に戻った。勿論の事、祈里さんとは隣の席ではない。
そう、僕は一人で席に座ったのだ。
そこに一人の女子がやってきた。
祈里s何ではない。
祈里さんの友達。確か名前は岸沢鈴だ。
「何か用?」
僕が訊くと、彼女は「借り物競争、祈里と一緒に走ってたよね」
ああ、それの事か、と僕はすぐに理解をした。
そう言えばそっちの問題もあったなあ、と思い返した。
完全に忘れてた。
「前から祈里と仲良かったの?」
嘘をつく?
いや、それもあまりしたくない。僕は少し考えて、
「前からそれなりに仲は良かった」と言った。
彼女は僕のこの長髪をどう思っているんだろうか。それを言ったら祈里さんもだけど、周りの人たちは僕の事をどう評価しているのか。
それが分からないからこそ、今は苦しいんだと思う。
それが分からないから迷っているんだと思う。
「どうしたの? そんな暗い顔をして」
「大丈夫だよ」
祈里さんだけじゃなく、祈里さんの友達にまで気を遣わせるわけにはいかない。
「それで、何の話でしたっけ」
僕はあくまでも明るそうな顔を作り、言った。
「ええ、三輪君が祈里と仲良かったかという話」
「そう、ですね。前からそこそこ仲は良かったです。岸沢さんは知らなかったでしょうけど」
「そうだったんだ」
そして、僕の隣に座る。
「岸沢さんは」
その言葉に、彼女は「なに?」と訊く体制に入る。
「いつから、祈里さんと仲が良かったんですか?」
しまった。ここは、祈里さんじゃなくて、秋峯さんと言うべきか。
いや、反省はいい。
「去年からよ」
「そうだったんですか」
それは知らなかったな。
今年になってからだと、思っていた。
去年の不登校の時期から、仲が良かったのか。
「三輪君は?」
「あまり言いたくないです」
言えない。何しろ、盗撮がばれて専属カメラマンに任命されたとか、言いにくいにもほどがある。
少なくとも僕には言えない。
「そう、なら祈里からきこっと」
「え?」
それはやめて欲しい。
彼女なら普通に、僕が盗撮しようとしたことを言いそう。
「ふふ、そう言えば祈里のあのことは知ってる?」
「あのこと?」
あの事とは何の事だろうか。思い浮かぶことはそうそうないのだが。
「何も思い浮かばないならいいわ」
いったい何の事なのだろうか。だけど、深く聞くつもりもない。
謎は謎のままにしておきたい。
そして、岸沢さんはまた元の席に戻る。
今日は色々と考えなければならないことが多い。そしてそれは、向こうにいる祈里さんも同じか。
そして、午後の競技が始まっていく。
早速、綱引きだという事で、僕は下に降りて行った。
綱引きは基本消化試合だ。
勝っても負けてもいい。そして僕は負けてもいいと思っている。
そして綱引きは、あっという間に終わりを迎えた。僕たちのクラスの負けだ。だけど、悔しくはない。問題は次の競技。
大縄跳び。
僕は祈里さんの姿を写真で撮らなければならない。
その祈里さんの姿が笑顔になるのか、それとも悔しい顔になるのか。
僕は祈里さんには悪いが、十中八九、祈里さんが負けると考えている。
逆にこけない未来が想像がつかないレベルだ。
だから祈里さんが、こけても許されるタイミングで縄に引っかかってくれるといいな。
僕はカメラを向ける。
祈里さんの姿を捉えた。今から縄に入るらしい。
段々と縄に入っていく人数が増えていく。
一、二、三、四、五、とどんどんと。
祈里さんはどうやら8番目らしい。10人出るからその、最後の方だ。
祈里さんは大繩の中に入っていく。僕はその姿を写真に捕らえる。
そして、ころころと変わる表情を僕のカメラの中に収めていく。
今思えば、これから試練が待っている祈里さんに複雑な情報を与えてしまったな、と思う。
どうか、頭の中が変にこんがらがっていないことを祈る。
あれ、思った以上に、飛べている。
そう、僕は思った。もっと早くに脱落するかと思ったが、縄をかろうじてジャンプして避けている。
子の感じだったら、何とか最後まで持ちこたえられたりするかも、そんな希望を見た。
そして、その時だった。
一つのチーム。Cクラスが脱落した。
祈里さんが最初の脱落者じゃなくなった。
そのことに、僕は非常に安心した。これで、祈里さんが責められる未来は亡くなった。
僕の予想は上手く外れてくれたようだ。
その後もジャンプしていくが、すでに辛そうだ。
段々と回避が遅くなっていく。
これじゃ、直ぐに――
その僕の予想は当たった。
この予想も外れてくれたらよかったのに。
祈里さんは縄に足をもつれて、そのままこけてしまった。
僕たちのチームはワースト二位に終わった。
10クラスある中で、9位だ。
「ごめええん」
おそらくそんなことを言ってるのだろう。祈里さんは周りに手を合わせながら謝罪をする。その姿が可愛くて、僕はひたすらにカメラにその姿を収めた。
そして、祈里さんは上へと戻ってくる。
「ごめん、わたしのせいで」
祈里さんはクラス全体に向けて謝罪をした。
そんな祈里さんに向けて放たれるのは、慰めの言葉だった。
良かった。祈里さんは何か言われることがなかった。
「君も言わなくていいの?」
「え?」
話しかけられた?
僕は声の主を探す。
「だから話しかけなくていいの?」
その言葉に、僕は言葉を詰まらせた。
「確かにそうだね」
僕はそう答えた。
声の主。眼鏡をかけた男子。雪畑君だ。
「祈里さん」
僕は彼女に話しかける。
「どんまい」
僕は笑顔を向けて行った。
そして僕は照れくさくなりすぐに席に戻った。
これ以上、この場にいることを避けたのだ。




