第12話 借り物競争
ある日の事だ。
「ちょっと来て欲しいんだけど」
そう、祈里さんに言われた。
何の事だろうと、思った。
僕は何のために呼ばれたんだろうと。
だけど、その答えはすぐに分かった。
「サッカーの練習するから見ててよ」
そう、祈里さんが言った。
ついに、彼女がサッカーをする姿をこの目で見ることが出来るのか。
僕は非常にわくわくしている。この目で見て、この手で写真を撮る事が出来る。
こんな楽しい事はない。
「じゃあ撮ってね」
そう笑顔で言う彼女をまずは一枚取った。
「もう、速いよ」
そう言ってにこやかに笑う彼女をまた一枚写真を撮った。
そして祈里さんはボールを蹴る。そのボールは、端のネットに跳ね返り、そのまま元の祈里さんの足の元へと戻ってきた。
「すごいな」
「でしょー」
そしてもう一発蹴った。そのボールは、上へと蹴り上げられる。そのボールもまたゴールネットに当たり元の場所へと元の場所へと戻ってくる。
「結構コントロール出来ている感じなの?」
「うん、まあね。それよりもちゃんと写真撮った?」
「あ」
僕としたことが、すっかり写真を撮るのを忘れていた。
「ごめん」
僕は即座に謝った。見るのに夢中だった。
「大丈夫。……次はちゃんと撮ってよね」
「分かってる」
僕はそう言ってカメラを構える。
彼女の可愛い笑顔を取り逃したくない。そんな思いで、カメラで祈里さんの顔にズームを合わせる。
そして、蹴りの瞬間写真を撮った。
だめだ、少しぶれた。後撮るのが
0.1秒ほど遅れたなら、僕は確実に芸術的な写真を撮れていた。
「ごめん、もう一回頼みます」
「分かった。……これ疲れるから早く撮って」
「疲れるんだ」
「そりゃそうでしょ。わたしスタミナないんだし。頼むよ」
「はいはい」
そう言って僕は再びカメラを構える。
相変わらず楽しそうだ。
僕はそのタイミング目掛けて写真を撮る。今度はほぼ完ぺきに近い形だ。
「次は蹴って行ってください」
「次は、次は」
そして僕の取りたい写真がついに出そろった。
「はあはあ、お疲れ様」
「それはこっちのセリフだよ」
今の祈里さん。明らかに疲れているように見える。
無理もない。だいぶ無茶ぶりをしたのだから。
「体は大丈夫?」
「水が欲しい」
「あいよ」
僕はそう言ってカバンの中から水を取り出して、祈里さんに手渡す。
「ありがとう」
そう言ってごくごくと水を飲む。
「はあ、生き返ったあ」
その顔も可愛らしくて追加で一枚の写真を撮った。
そしてついに体育祭が始まっていく。
体育祭。正直緊張している。
一つ目。僕に関してだ。僕がちゃんと競技を完璧にこなせるのか。
第二に、写真を上手く撮れるのかどうか。
第三に、祈里さんが大縄跳びで上手く飛べるのか。
第四に、母さんが来ているという事だ。
僕にとっては第四が一番重要かもしれない。
僕は母さんの事が嫌いではない。だけど、母さんに関しては不安材料がある。
それが発動さえしないでいてくれたらいいのだが。
僕は一人席に座る。
最前列の席に座った。勿論写真を撮るためだ。
もちろんスマホの使用は禁止されている。だけど、カメラの使用は禁止されていないのだ。
僕は自分の髪の毛を軽くさする。
脇下まである髪の毛。
これが僕と周りの壁を張っているんだなと思った。
『お前女かよ』
『やっぱり運動出来ないのな。女子枠として出ればよかったのに』
『恋愛対象って男、女?』
『男のくせに髪の毛を伸ばすなよ』
うぅ、いやな記憶が色々と思い浮かぶ。
だめだ。こんな記憶消し去りたい。
僕は、人に文句を言われるくらいなら、空気のように過ごしたらいい。
僕は顔を俯かせた。
だからだろうか、その時に僕を見ていた祈里さんの存在に気が付かなかったのは。
そして競技が始まっていく。
僕や祈里さんの出る競技までは時間が空く。
僕は流し見で競技を見る。
祈里さんの競技以外は別に見なくてもいい物だ。
その片側で、別の事を考える。
体育祭には軽いトラウマがある。
いや、これをトラウマと言ってしまえば鼻で笑われるかもしれない。だけど、僕にとっては重要な事なのだ。
体育祭の時にはもう去年の僕は浮きものになっていた。
僕の長髪が目立ち軽いいじめを受けていたのだ。
勿論他人から見たら、いじり程度に見えるくらいのものではあるが。
それが決定的になったのは体育祭だ。元から僕の学校では、長髪の男子がいると話題になっていた。
そして体育祭と言えば、僕がそれこそ民衆の皆目にさらされるのだ。
そこで僕は失敗をしてしまった。
あの時の出来事が僕の性格を大きく変えてしまったのだと思う。
★
「ねえねえ」
そんな時だった。背中を軽い力でたたかれた。
僕はその方向を見る。
そこにいたのは祈里さんだった。
「どうして」
「スマホ仕えないじゃん。隣失礼するよ」
「あまり隣には行かない方が」
僕の隣に座るという行為自体危険なものだ。
周りからの目。そして僕という、いついじめの対象になってもおかしくない人の隣に座るなんて。
「だめなの?」
「友達じゃないじゃん」
「え、ひど」
ドン引き―みたいな顔で僕を見て来る祈里さん。
酷って、僕は雇われている立場の人間じゃないか。
正式な友達関係にはなっていないはず。
「だから、学校で僕とかかわりすぎるのはやめてください」
分かってるからこそ、昼休み以外は話しかけてこないのだと、思っていたけれど。
「そうもいかないんだよね」
「え?」
「ま、すぐに分かるよ」
そう言った祈里さん。どういうことなのだろうか。
そして祈里さんは去っていく。僕はそんな彼女の顔をじっと見て、そして自分の思考の中に戻っていく。
祈里さんはまた、僕の所に言った。
向こうの会話は聞こえない。聞こえるけど、もやがかかっている感じだ。周りの雑音にかき消されて、あまり良くは聞こえない。
どう言い訳をしたのだろう。
僕のもとに行く理由付けなんてそう上手くは出来ないと思うけれど。
まあ、それは祈里さんの問題であり、僕にはあまり関係のない事だ。
今は気にしないことにしよう。
そして続いて借り物競争が始まった。
とはいえ、祈里さんは出てこない。
基本無視でいいだろう。と思っていたが、背中を叩かれる感触があった。
何だろうと思い見ると、祈里さんが動き出していた。
今の感触は祈里さんからだろう。
あなたは出ないはずじゃ、と思ったけれど今日の欠席者が借り物競争に出る予定だったことを思い出す。つまり、代打として出てくるという事なのか。
しかし、先ほどの祈里さんの言葉と言い、借り物競争という競技の特色と言い、やはりいやな気配がするものだ。
とはいえ、抱いた出場でとは言え、僕は彼女の勇姿をカメラで納めないといけない。
僕はカメラを構えた。
大丈夫だ。多少遠いが、ちゃんと写真は取れる。
僕は、試しに何枚かとる。
うん、素晴らしい写真だ。
スタート地点にいる祈里さんのいい写真を撮れた。
そして、協議に取り組む、祈里さんの姿を何枚も何枚も撮っていく。
そして、一枚の紙を取った後、興味なさそうにその場に放り投げた。
そしてもう一枚の紙も。
そして三枚目の紙を取った後、満足げに彼女は頷く。
そして、祈里さんは一気に階段を一段ずつ駆けあがっていく。
そう、彼女がしようとしていることはこれだ。彼女はきっと僕を選んだんだ。
さっき紙を選別していたのもそう言う事なのだろう。
ああ、厄介なことになる未来しか見えない。
きっとややこしいことになる。
なんでこんな試練を与えて来るんだろうか。
「三輪くーん」
案の定だ。
彼女が来た。
「君を攫いに来たよ」
どこぞの王子系主人公の決め台詞だ。
漫画でしか聞いたことがない。
「どうして」
「ん?」
「どうして僕なんだ?」
「どうしてだと思う?」
うわ、この人ニヤニヤしている。
「どうして?」
仕方ないから訊いてあげると、
「この紙を見てよ」
そこには、友達になりたい人と、書いてあった。
「そう言う事ね」
「うん。そう言う事」
にっこりという彼女に僕はため息を再度つくのであった。
僕は彼女の後ろをついて行く間、嘲笑の声が聴こえた気がした。
いや、確実にしている。
僕と釣り合う訳がないのだ。
そもそも、僕が彼女の写真を撮った理由は、祈里さんの写真が撮りたかったというのもあるけれど、もう一つ理由がある。
日々のストレスを秋峯祈里という人物の美を一枚の写真に収めることによって、ストレスを無くそうとしていた面もあるのだ。
今の僕の心境はまるで処刑台に連行される死刑囚のよう。
そう、逃げ場がない地獄だ。
今から僕は目立つのだろう。
そう、祈里が友達になりたい人に僕を上げたという事実だ。
「そんなに恐れを抱かないで」
僕に対して祈里が言った。
僕ははっと、祈里の顔を見る。
なんだ、僕に恐れないでって言っている祈里もビビっているじゃないか。
「大丈夫?」
僕が訊くと、「私だってそりゃ怖い部分もあるよ」
「でもさ」僕の背中を優しくさする。
「こういうのって行かないと何も始まらないから」
そして、祈里さんと共に、僕は会場に出る。
そして祈里さんと手をつないで一生懸命に走った。
一位になるために。
結局僕たちがゴールテープを切ったのは全体で七番目だった。
だけど、それでも後順位には変わりない。
あとで褒められる結果となるだろう。
だけど、今回問題なのはそこではない。
『今回の指示は何と、友達になりたい人です』
そう、大声でアナウンスされてしまった事だ。
そのせいで、なんていう言い方はあまり良くないかもしれない。
だけど、それでも。
僕と祈里さんとの関係が明らかになってしまったのだ。
僕はその帰路、席に戻る際、顔を俯かせながら、帰っていく。
勿論、辛い気持ち持ちで。
僕と祈里さんがつながりがあるという事をばらしたらダメなのだ。
「なんでそんな暗い顔をしてるの?」
そう、祈里さんが僕に訊いてきた。
暗い顔、そんなのするよ。
「僕は」
「僕は?」
「僕は嫌なんだ」
「嫌?」
僕は頷いた。
「僕は異質な人間だから、祈里さんと一緒にいることがばれたくないんだ」
僕は本来一人でいるべき人間なのだ。そこには何の変わりがないはずなのに。
「僕は元々、一人で射なきゃならない人間なんだ」
そう、僕と友達だなんて思われても、ただ迷惑になるだけだ。
「それは、その長い髪の毛が理由?」
「さあ」
僕はそう言って一足先に戻った。
僕のこの行動が、ただの八つ当たりなのはわかっている。
祈里さんは僕ともっと距離を冷たいと思ってるから、という事も分かっている。
僕は席でただ、競技が進むのをただただ見守っていた。




