第10話 観覧車
「大丈夫?」
祈里さんは僕に言った。
恐る恐る、といった感じだ。
先ほどの会話を踏まえて、という感じだ。
「大丈夫」
僕は静かにうなずいた。
「大丈夫だよ」
そして、もう一言口にする。
「嘘」
祈里さんは僕をじっと見る。
その顔が可愛らしくて、僕は少しドキッとした。
「嘘?」
「大丈夫そうには見えないよ」
やっぱり隠し通せるほど甘くはないみたいだ。
「まあ、大丈夫じゃないよ」
「何があったの?」
「何がか……」
言いにくい事ではある。
何しろ過去のトラウマに関係する事だ。
「僕はわけあって髪の毛を伸ばしている。そして僕の沙雪という名前。そこから最悪ないじりが始まったんだ」
「いじめってこと?」
「そうなるかな」
何しろ、中学の時は虐めの予備軍みたいな扱いをされた。恐らく向こうは虐めている、だなんて実感はなかっただろう。
何しろ、僕は何も抵抗しなかったのだから。
だけど、僕は嫌だった。そのいじりは嫌だった。
そう、まるで僕を女子のように扱ういじりは。
僕は何度担任に言おうと思ったか。僕が何度転校したいって母さんに言おうか迷ったか。
だけど、結局僕は言えなかった。
だから甘んじて受けていたのだ。
だけど、幸いだったのは、高二のクラスではそんな事は無かったという事。
僕は髪の毛の長さを隠すことをしなくなったのだ。
そのおかげだろうか。嫌ないじりは無くなったのだ。
「ごめん、これ以上は」
「大丈夫よ。あまり深堀をするつもりはないから」
「助かる」
そう、僕が言うと、祈里さんは微笑んだ。
その後は変になってしまった空気を何とかすべく、
そうこうしているうちに順番がついにやってきた。僕たちは車に乗り込んだ。
「私の運転見ててね」と、祈里さんは自信満々に言う。
「楽しみにしてるよ」
僕がそう言うと、「任せて」と、ガッツポーズをした。
そして、車が走り出した。
僕は、一瞬たりとも逃さないように、祈里さんの運転する写真を撮る。
楽しそうな笑顔の時に、パシャリと写真を撮って行った。
写真の場合は基本量より質だと、僕は考えている。
写真という物は取ろうと思ったら一秒間に百枚ほどの写真が撮れるのだ。
勿論それは連写が前提だ。
だけど、それは僕的にはあまり好きじゃない。それよりも大事な一枚を撮ってあげたほうが記憶に残しやすい。
20枚くらいの似たような写真を撮るよりも、はるかに素晴らしい一枚の幻想的な写真を撮ってあげるのが一番なのだ。
勿論それは時と場合による。
先程のジェットコースターの時なんかは、いい写真を狙う事は不可能に近いのだ。
だからこそ、その場合は乱れ撮りをする必要が生じるのだが。
そして、僕はいけ! とばかりに写真を撮る。
そして、祈里さんの運転は安全運転だ。あまり酔わないようになっている。とは言っても車の速度が遅い訳ではない。しっかりと速度が出ている。
写真を撮るのにもちょうどいいし、何より乗り心地抜群だ。
この車なら永遠に乗っていたいな、とそう思えるような運転だった。
そして、暫く車を楽しんだ後、ついに既定の二週が終わり、車を降りた。
「楽しかったー」
そう、祈里さんが伸びをした。
「やっぱりこういうのが一番!」
「それ、メリーゴーランドの時にも言ってませんでしたか?」
「言ってたよ。だってそうじゃん。こういうさ、ゆったりとするものが一番楽しいんだよ」
「なら、これからはあまりしんどくない物ばかり乗りましょう。それこそ、ジェットコールターとかバイキングのような地獄のような絶叫マシンよりも」
「うん」そして、僕の手のひらを軽くつかみ、「そうだね」と言って見せた。
そして、その次はコーヒーカップ、その次は遊園地に付属するゲームセンターと、あまり絶叫系じゃない場所に行った。
僕は何となく安心した。それこそ、祈里さんがまた死ぬ思いをしなくて済むと。
そして、ついに最後のアトラクションに乗る時が来た。
そう、観覧車だ。
観覧車を最後にする理由はご存知だろうか。様々な理由があると思う。観覧車の中で今日の思い出を振り返るためだとか、最後に乗ることで満足して終われるからだとか。
だけど、僕は一番の理由はこれだと思っている。それは、観覧車は、外の景色は見えるからだと。
そう、夕日が沈むのを見られるのだ。
夕陽と共に、一日の思い出を振り返る。なんてすばらしいのだろうか。
僕たちは観覧車乗り場へと向かった。そこで破裂は無かった。
正確に言えばあったが、待っているのはせいぜい三組程度であった。そのため、直ぐに乗ることができる。
観覧車に乗ると安心した。
勿論今日の事は楽しかったが、この激動の一日が終わるという事で謎の安心感を覚えるのだ。
「楽しかったね」
外を見ながら、祈里さんが言う。確かに楽しかった。
「祈里さんについては楽しかっただけじゃないんじゃないですか?」
「そうだね」
楽しかった、けれど。楽しくなかった時もあった。それが答えだろう。
何しろ彼女は地獄のような絶叫マシンに乗っていたのだから。
「あれは大変だったよ。吐くかと思ったし」
「当たり前ですよ。そりゃあれに乗るなんて馬鹿かなって思ったし」
「あ、三輪君酷ーい」
「ひどくはないでしょ」
事実。吐いてたし。
「でも、わたしは今乗ってよかったなって思ってる。楽しかったしね」
「吐き気も含めて?」
「うん。それも一種の思い出でしょ」
「確かにそうですね」
そもそも思い出という物は悲しいがな、楽しかった記憶よりもつらかった記憶の方が残るのだ。
大成功の記憶よりも、第失敗記憶の方が残る。それは当然の事なのだが、少し寂しくなってしまう。
だけど、だからこそ、絶叫マシンに乗る気になったのかもしれない、と思った。
「それを言うならさ」
「ん?」
「三輪君もジェットコースターのっても良かったんだよ?」
「それは勘弁してください」
それだけは、天地がひっくり返ってもないと言える。
「ふふ」
そして、祈里さんは外を見る。
そこから見える夕焼けは、美しかった。
まさに今日一日の終わりを象徴するいい夕焼けだ。
それだけで今日来てよかったとさえ思えるのだ。
「写真撮るよ」
僕は静かにそう言った。
「うん」そう言ってピースを撮る祈里さん。僕はその写真をパシャリと取ったのだった。
「ねえ、三輪君」
観覧車が下りていくとき、祈里さんは静かに言った。
「三輪君にとって、わたしってどう見えてる?」
突然のその言葉に、僕はびくっと驚いた。
「どういう意味?」
「わたしのことどう思ってる?」
「可愛いよ」
「恋愛感情は」
何を言ってるんだこの人は。
「わたしを守ってあげたいと思える?」
「ちょっと待って、何を言ってるの」
全くもって意味が分からない。
何を言いたいのだろうか。
「っなんでもない!!」
手をバチンっと叩き、笑顔に戻る。
「変な事訊いちゃってごめんね」
「どういうこと」
「大丈夫だから」
その表情、大丈夫には見えないんだけど。
「僕には祈里さんは、魅力的な女性に見えますよ」
祈里さんは不安なのだろうか。
僕が放つ言葉がそれで正解なのかは分からないが、
「ありがとう」
そう、笑顔で言った。
僕はそれは本心?と訊いたが、それには何も返ってくることはなかった。




