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クサントス撃進

目が覚めると、見知らぬ天井が視界に飛び込んでくる。そして次は身体中に激痛が走った。

どうやら自分はやられていたらしい、と頭で理解するのにそう時間はかからなかった。

「目が覚めたかね?」

不意にかけられた老人の声に、思わず飛び跳ね、後ずさりしようとする。しかし身体の痛みがそれを許さない。

「動かん方がいい。三日も寝ていたんだ、バラバラになりそうだろう」

「...はい」

観念し、ベッドに体を沈める。先ほどの痛みの残滓がまだ残っていたが、それでも動こうとするよりは楽になっていた。どうやらここは医務室らしく、白衣の老人が顔を覗き込んでいた。

「私はジョセフ・ホーネットと言う。軍艦クサントスの医者だ。ミナ・カルラ大尉、貴官は静止軌道上で発生した戦闘に参加し、その後日本列島の都市に墜落していた。記憶はあるかね?」

ミナは痛みを堪えて上半身を起こした。

「...戦闘を、していた記憶はあります...。あの時、ヴァルキリアでベツレヘムから離脱を...」

「そこから先は?」

「...ありません」

段々と記憶が鮮明になってきた。勇んで突撃した時から、部下の最後の通信を聴きながら離脱したあの時まで。

困惑しているのを察したジョセフは、

「...あの戦いは引き分けだよ。貴官の活躍のおかげで奴らは制宙権を失って、宇宙艦隊は一先ず撤退した。...尤も」

そこまで言って、ジョセフはテレビをつける。そこには戦場と化した地球の各都市が映っていた。

「これは...!」

「宇宙艦隊は囮だった。連中は恒星間移民システムを用い、戦場の裏側に輸送船団を送り付けた。結果が、これだよ」

「そんな...」

それでは、あの戦いで消えていったナットは、ハリコフは、他の部下達はどうなると言うのだ。やり場のない怒りがミナを包んだ。

「とにかく、今は安静にすることだ。民間の子...いや、昨日特例で准尉になったんだったか。彼がヴァルキリアを代わりに動かしてくれているから...」

「あれを...、動かした...?」

自分以外でヴァルキリアを動かせるような人間はいないだろうという、その確信から来た声だ、とジョセフは思った。だが、それには追及しなかった。だが、ミナがベッドから起きようとしてよろけたのを見て、慌てて支える。

「こら、寝てなきゃダメと言っているだろう」

「でも...、行かなければ...」

「何故、そんなに意固地になる」

「もしかしたら、知ってる奴かもしれない...。だから、この目で見たいんです」

彼女の雰囲気は弱々しいが、目だけは強い意志を持っていた。その迫力と熱意に押され、ジョセフは病室から出ていくミナを黙って見送った。だが、ミナは振り返り、

「ありがとうございました、マーシャンの私を助けてくれて」

と礼を伝えた。

「マーシャンでも地球人でも関係無い。私は私の仕事をするだけだからな。君も、卑屈になるのはやめておく事だな」

ジョセフはミナに忠告する。だが彼女はその言葉に背を向けたまま、今度こそ病室を出ていった。


「よう雫!どうだった、昨日の歓迎会は」

「...何つーか、えらく激烈でしたね...」

クサントスの通路で、元気が溢れているロークとは反対に、げっそりした様子の雫が答えた。

イェゴールが言っていたファイター式の盛大な歓迎会とは正に饗宴、否、狂宴であった。会議室に艦長、副長、部隊のパイロットと数人の整備員が詰め、誰も彼も傍目を気にすることなくどんちゃん騒ぎ。酔っ払った緑郎やローク、サヴィナが大暴れし、イェゴールがそれのケアに奔走し、アセットは我関せずとひたすら食事を貪り、カーチスはそれをなんとも言えない表情で静観し、エレナはそんなカーチスに戸惑いながら暴れている各人を叱責していた。

その渦の中心に巻き込まれる形で居たのが雫だった。未成年故酒も飲めず、自分の為に用意してくれたと理解しているから無下にも出来ず、酔っ払い共に振り回されながら一晩を過ごしたのだ。消耗は激しかった。

「先輩は元気そうッスね...」

「俺ァ、なんべんもあのノリに付き合わされて来たからな。慣れたっつうか、耐性が付いてんだ」

自分もノリノリだったくせに。口から出そうになった言葉を飲み込み、代わりにバレないようにため息をついた。

雫がクサントスに来てから四日が経っていた。クサントスのクルー、特に良く関わっているロークやアセットとはすっかり仲良くなっていた。

だが、彼は一つ憂いている事があった。あの時見たパイロット...、即ちミナの姿を未だ見ていないということだ。緑郎曰く意識は戻っているらしいが、随分弱っていると聞く。自分は代打とは言え同じ機体のパイロットなのだ、挨拶くらいはしておきたかった。

ふと、周りがざわめきたったのを感じ、前を見た。一人の女性が居心地と体調が悪そうに歩いていた。雫は彼女の顔に見覚えがあった。

「...雫、見ろ。あの人がミナ・カルラ大尉だ...」

「...あの人が?」

そうだ、思い出した。だが、雫の脳裏に映っているのはヘルメット越しに見たミナでは無かった。それに、もっと幼い彼女の姿だった。

分からない。今まで会ったことも無いはずなのに、何故自分は彼女の姿を想起出来ているのだろうか。謎が謎を呼んでいる雫をよそにロークは、

「...しっかし、えらく美人さんだな。火星の人ってのは美人が多いと言うが、本当に戦女神みたいだ」

と呑気にミナを観察していた。

二人の熱い視線に気付いたミナと雫の目が合った。二人は同時に目を見開き、そして同時に口を開いた。

「お前は...、まさか、雫...!?」

「ミナ...、様...?」

雫が言い終わる前に、ミナが雫の口を抑え、そのまま彼の手を引いて空いていた部屋に飛び込んだ。一部始終を見ていたロークは呆然としていたと言う。

「...ぷはぁっ!いきなり何するんスか!」

「お前こそ、何で軍艦に乗っているんだ!?...まさか、ヴァルキリアに乗っているのは...」

「何の話ですか!確かに貴方の代わりにヴァルキリアに乗ってるのは俺ですけど、貴方と会うのは初めて...、いや、初めてじゃない...?」

整合性の取れない記憶に訝しみながら雫がぶつぶつ呟くのを聞き、ミナは唖然とした。

「まさか...!覚えていないのか、私の事を!」

「記憶のかすかにおぼろげと...、いやでも、どうだろう...」

雫にとっては本当に記憶が曖昧だったのだ。だが、どういう訳かミナにとってそれは凄まじいショックだったらしい、 口をあんぐり開けたまま思わず後ずさりした。

「だって今、ミナ様って!」

「え...?あっ、確かに言った!でも、なんで...」

「...っ!」

愕然としつつも、ミナは冷静に判断する。

(もし記憶が無いのなら、それはこいつにとって良い事かもしれない...。なら、下手に刺激することは避けるべきだろうか...?)

難しい顔で思案するミナと、自身と相手の記憶の齟齬に困惑する雫の間に気まずい空気が流れた。

「...あ、あぁ!そうだ、すまない、私の勘違いだったようだ!...迷惑を、かけたな」

自分の思いを封じ、ミナは雫に背を向けて立ち去る。だが、雫は振り返る直前の彼女の顔が哀しそうな顔をしていたことに気付き、思わずミナの腕を掴んだ。

「ま、待ってくださいよ!貴方、俺を知ってるんならそれを教えてください!...俺、今の自分の記憶が本当かどうか怪しいんです。何でヴァルキリアを動かせるのか、何で人並みに戦えているのか、少なくとも俺の記憶の限りじゃ、そんな事が出来るはずが無いんです」

「...!」

「自分の事すら分からないで、戦うなんて...。だから教えてください!俺について知ってる事、全部!」

雫の必死の懇願にミナはたじろいだ。その姿は酷く哀れで、酷く小さく見えた。彼女の目の前にいるのは自分より三つ下の階級章を胸に着けた戦士では無く、記憶にある幼い少年の姿だった。

「...分かった。だが、今はだめだ、今は。まず私は艦長に挨拶をしなければならない。それに、君の同行人が待っているのだろう?」

「ローク先輩なら、とっくに行ってると思いますけど...、分かりました。じゃあ、俺は行きます」

「あぁ。大変だろうが、頑張るんだぞ」

ミナの激励を受け、雫は目的地である格納庫へ走り出した。

(あの切り替えの速さが、彼の強さなのかもしれない。卜持雫...、まさかこんな所で会えるとはな)

彼女は雫の背を見送りながらそんな事を考え、そして壁に取り付けられた艦橋直通の通信機器を操作した。

「ブリッジ、こちらミナ・カルラ大尉です。艦長はおられますか?」

「ブリッジよりカルラ大尉、艦長は現在自室で休息を取られている。用件があるなら艦長室を尋ねるよう」

「了解しました」

応対したのはエレナだった。彼女の声音は弱々しく、雫と同様に相当疲弊していたことが知れた。

何故そうであるかミナは知らなかったが、ともあれ艦長室へ赴いた。彼女が扉をノックすると、

「何用かね?」

というカーチスの声が響いた。

「航宙第一艦隊独立機動部隊黒影中隊隊長、ミナ・カルラ大尉です。少々お時間よろしいでしょうか?」

「構わん。入りたまえ」

部屋に入ると、カーチスはデスクに置いている端末と書類を交互に確認していた。その状態のまま、応接を続ける。

「この艦で救助していただき、ありがとうございました。ついては、今後の私の任務の指示をお願い致します」

「君はヴァルキリアの正規パイロットだろう。なら、やる事は決まっている...。と言いたいが、それはまだ無理そうだな」

ぎくりとミナが反応する。彼女の体調は未だ快方にあらず、ここまで来るだけでかなり苦しかった。実際、今この瞬間も気を抜けば倒れそうな程だ。それを悟られぬよう気丈にいたつもりだったが、カーチスにはお見通しだったようだ。

「貴官が快復するまで、衛生科での当直待機を命じる。エースの経験を活かし、パイロット達を支えてくれ」

「了解しました。...それと、もうひとつ尋ねたい事があります」

「...分かった。言ってみろ」

「卜持准尉についてです」

半ば予期していたかのように、カーチスは椅子に身体を沈め、そして答えた。

「彼は民間から私がスカウトし、入隊してもらった。心配せずとも、彼の実力は折り紙付きだ。...尤も、どういう訳なのかは今調べてるんだがな」

「民間から...、そうですか...。それは、クルーからの反発を招きそうな気もしますが」

ミナもクサントスクルーの噂は聞いたことがあった。新型兵器AM搭載型戦闘艦であるクサントスは、その性能を十全以上に発揮すべく地球の各軍から選抜されている最精鋭である。その特性故に民間人がパイロットとしてとはいえ、いきなりクルーに大抜擢されれば反発が起きると思われた。

「ン...。まぁ、元民間勤めのベイグラント少尉が受け入れられている。状況や待遇は違えど、それほど抵抗感は無いようだったが」

カーチスが半ば驚いたように答える。その言葉を聞いたミナが少しだけ口の端を緩めたのを、カーチスは見逃さなかった。

(大尉と准尉は何かの関係性を持っているのか...)

それを表に出さず、カーチスは会話を打ち切ろうとする。

「用件はそれだけかね、ならば私は戻らせてもらう。何せ准尉の素性調べに追われているものでな」

「素性調べですか?」

「さっきも言ったが、彼の能力は不審だ。たかが学生がああにヴァルキリアを起動し、AMを動かした。AMの開発自体は十年以上前から続いていたが、実用化されたのは二年前だ。...最初のAM、ゼウスのテストパイロットだった君には良く理解していることだろう?」

「...!」

腹の探り合いを続けすぎた、とミナは思った。まさかこの男がそれ程まで情報を掴んでいたとは。

ゼウス...、幾度の失敗を経て、遂に完成した戦闘用AM。全能神の名を冠するその機体の戦闘力は極めて高く、来たる星間戦争の切り札として期待されていたが、結局使用される事は無いままどこかで封印されている。その原因は、ゼウスの起動システムにあった。

パイロットの脳波を機体制御に使用している人工脳のものに合わせる...、即ちゼウスの要求するパイロットに強制的に能力を引き上げられるのだ。そしてそれはハイスペックの必然、パイロットは自我の制御が出来ずに良くて精神崩壊、最悪の場合脳が焼き切れ、二度と意識が戻らなかったテストパイロットもいた。その為選抜されたテストパイロットは全て被差別民であるマーシャンが担っていた。

ミナは唯一無事に戻ってこられた人間だった。と言っても、起動に問題が無かっただけで、それを動かす事は出来なかったが。その原因は今を以て不明であるが、ヴァルキリアのパイロットに抜擢されたのはそれが所以だった。

「あれは...、思い出したい記憶ではありません」

目の前で虚ろな目をしたマーシャンの同胞が運ばれていき、二度と戻ってこなかった光景を思い出す。AMの開発とはマーシャンの犠牲の歴史と言えるのだ。

「すまない、無神経な発言だったな...。だが知っていて欲しいのは、ここではマーシャンと言って見下し、貶す者は居ないという事だ。君たちのおかげでこのAM遊撃部隊が編成出来たのだから」

自身の発言に自省しつつ、尚もミナに語りかける。

「それを抜きにして、だ。私的なお願いを聞いてもらいたい。卜持准尉...、あの謎の少年について君がもし何かを知っているなら、それを教えて欲しい」

ミナは葛藤した。もしここで話してしまえば...。どうなるのかは明白だったからだ。

しかし、言わなければ雫に嫌疑がかかってしまうことになる。どちらに転ぼうと、雫は不利益を被る。

彼女はそれでも意を決して、口を開こうとしたその瞬間、クサントスの艦体を激震が襲った。

「何事か!」

「上高度からの狙撃です。レーザーフィルム展開は間に合いましたが、攻撃を殺しきれず右舷第十二無人対空機銃が損傷を受けました」

エレナが淡々と説明する傍らで、アンネ達ブリッジクルーが攻撃地点を慌ただしく行っていた。

「ブリッジはそのまま攻撃地点の特定を。AM隊は発進即応態勢の後待機」

「了解」

「カルラ大尉。すまないが、君は衛生室へ行って待機していてくれ。艦隊の攻撃である可能性もある、負傷者発生の際にジョセフ君を助けて欲しい」

「わかりました、向かいます」

カーチスは口早に指示を出し、ミナは衛生室へ走る。艦の各所でクルー達がそれぞれの仕事をこなす。

雫は既にヴァルキリアのコクピットに乗り込み、出撃命令を待ち続けていた。

「三回目だものな、慣れてくるさ」

狭いコクピットの中で独り言ちる。実際考えてみれば、一週間前は学生だった自分が、今はパイロットスーツを身に纏って、機動兵器のコクピットに収まっているという異常な状況に、どういう訳か慣れてしまっている。

これはおかしい、異常だと脳裏で叫ぶ自分もいた。だが、雫はこのクサントスという空間にえも言われぬ居心地の良さを感じていた。

「あークソ、成田まであとちょっとってのに」

サヴィナが投げやりに悪態を吐く。

「仕方無いですよ。敵は待ってくれませんから」

アセットが宥めるように言うと、カーチスの声が無線に流れた。

「機動部隊は九十秒後にイェゴール機から順次出撃、敵を捕捉の後、卜持准尉とアセット少尉、サヴィナ中尉は敵部隊に吶喊、イェゴール大尉は本艦甲板上に位置し、例の兵装で援護を」

「了解」

四人がほぼ同時に応答する。イェゴールのエインヘリャルは先の戦闘で使用していた大型レールガンでは無く、クサントスの主砲エネルギー供給用ジェネレーターの一つと直結し、圧倒的な威力と射程を誇る3T-01ビーム・スナイパーライフルを装備しており、また肩部のミサイルは外され、代わりにゼロイン照準補助ユニットを搭載、長距離での狙撃戦に特化している。

「指揮官機より各機へ、俺が完璧にサポートしてやる。お前達は安心して俺にケツを向けて飛べ」

「お下品...」

「敵部隊捕捉。戦力データを各機に送ります」

アンネの声と共に、戦術マップコンソールに周辺の地形と気象情報、そして敵の配置等が映る。

「航空駆逐艦が五隻だけ?」

アセットが緊張を緩めた声で言う。だがその直後、エレナの緊迫した声が無線に割り込んだ。

「機動部隊各員へ。たった今、成田基地から緊急通信が入った。当該基地は現在連合軍による攻撃を受けており、苦戦しているとの事だ」

「恐らく正面の敵は陽動。我々を引き付けておく為の囮だ。我が部隊はこれより敵部隊を突破、最短最速で成田救援へ行く」

カーチスの命令の元、作戦が開始された。機動部隊が順次出撃し、クサントスは主砲を展開しつつ速度を上げる。

「まずは一発、派手なのを打ち上げてやるか」

イェゴールが呟きながら、光学照準を駆逐艦の一隻に合わせ、操縦桿のトリガーを引く。紫色の閃光が一瞬迸ると、巨大な光線が銃口から放たれた。光速のそれは僅か数コンマで駆逐艦の艦首から艦尾を貫き、駆逐艦は爆散した。

その爆炎を掻い潜り、サヴィナ機が駆逐艦の懐に潜り込み、艦橋を45mm炸裂式ハンドガンの連射で破壊した。そのまま腕部に取り付けられた30mmバルカン砲で対空機銃を破壊し個艦防御機能を停止させると、見計らったかのようなタイミングで雫機が駆逐艦のエンジンをリニアで狙撃し、撃沈した。

「...へへっ、やっちまった...」

やっちまった。その言葉は震えていた。百人からなる軍艦の乗組員、それら全員を屠ったという冷厳なる事実が雫を突き刺していた。

(何を怯えてやがる、卜持雫!散々敵のAMを墜としてきたじゃねぇか、それと何が違う!)

「どうした雫、動けないのか!」

心の中で葛藤する雫に気付き、イェゴールが大声を張り上げる。雫は慌てて戦闘機動に戻り、対空攻撃の膜をくぐり抜けて行く。

「考えるのは後だ!後でならいくらでも出来る! 」

リニアライフルと左肩に装備したマイクロミサイルを駆逐艦に叩き込む。爆発と貫徹を同時に受けた駆逐艦は耐え切れず、艦体の各所から火を噴いて爆沈した。

「敵駆逐艦隊撃破!」

「クサントスは最大戦速で成田へ向かう。副長、成田には確か第八航空艦隊が停泊していたはずだな」

「はい。恐らくは防衛線に加わっているかと」

第八航空艦隊はアレイオーン級航空巡洋艦四隻で構成される、主に日本を母港とする艦隊である。小規模な艦隊ではあるが、アレイオーン級はEF-10戦闘機を二十四機搭載可能である為、攻撃力は連合軍の駆逐艦二個艦隊を上回るとされていた。

構成艦艇は三番艦タイホウ、四番艦エンタープライズ、八番艦フリューゲル、十一番艦ハーゲンブルクの四隻であり、何れも精鋭揃いである。

「成田航空基地、こちら第十二航空打撃群所属艦、クサントス。三十分でそちらに着く、持ち堪えてくれ」

「こちら成田基地!了解した、頼む!」

無線の向こうから応答と共に爆発音が幾つも鳴っていた。状況は逼迫しているらしい。

消耗の少ないアセット機を直掩とし、サヴィナ機と雫機は補給のためにクサントスに帰投した。一度ヴァルキリアから降機した雫を出迎えたのは、衛生班員用の白衣を着たミナだった。

「あっ。ミナ...、あっいや、カルラ大尉...」

「先程はすまなかったな。君は...、民間人だったと聞くが。戦場はどうかな?」

「む...」

以前まで...、つまり、敵を倒す事に躊躇いを感じなかった頃であれば、このように言い淀むことは無かっただろうな、と雫は心中で呟いた。だが、一度実感してしまった人を殺しているという事実は、言葉を詰まらせるのに十分だった。

そんな雫の様子を見て「...やはりな」と独り言ちたミナは言葉を続ける。

「無理もない、いや、良かったと言ってもいいかもしれない。君はまだ子供だろう?そんなのが戦場に慣れている方が、私は怖い。だから、な。君のその恐れはおかしい事じゃない」

そう語るミナの表情は、穏やかだった。

「だが、君が戦ってくれる事で守られる人は居る。それは覚えておいた方が良いだろう」

雫はその表情に安堵と幾分かの懐かしさを覚え、

「...ありがとう、ございます。はは、何ででしょうね、あなたと話してると、懐かしくなるんです。ノスタルジー的なっつぅか...」

少し顔を赤らめながら、雫が明後日の方を見て言う。それを見留めて、ミナが微笑んだ。雫は慌てて、

「俺、もう行かないとだ。じゃ、頑張ってください」

「あぁ、君もな」

再びヴァルキリアのコクピットに乗り込んで、起動させる。その心は晴れやかだった。迷いはある。だが、とにかく今は艦の人達を守る。その為ならば、俺は敵を倒す事を躊躇わない...。

「本艦は後五分で戦闘空域に突入する。空域内には友軍戦闘機も居る他、どこから敵が仕掛けてくるかも分からない。搭載部隊の各員は警戒を厳にせよ」

カーチスの声が流れると同時に、身体全体にGの圧がかかる。どうやら加速したらしい。

「エインヘリャルに続いて、ヴァルキリア発艦用意。敵戦力の中核を叩き、連中を退かせるぞ」

成田航空基地から送付された連合軍の戦力は旗艦と思しきガニメデ級大型飛行巡洋艦一隻に、護衛のシノーペ級飛行駆逐艦五隻、クレシダ級武装輸送艦八隻だった。まともにぶつかって勝てる相手ではない。

だが、クサントスとその搭載部隊には機動力があったのだ、分厚い敵艦隊をぶち抜き、旗艦を叩く力が。

敵を殲滅する必要は無い。あくまで基地を防衛出来さえすればいいのだ。

「クサントス、全砲門一斉撃ち方!」

「撃て!」

号令と共にクサントスの荷電粒子砲、対空、対艦ミサイル発射管、そして艦中央部に搭載された600mm超電導式バスター・カノンが一斉に火を噴き、連合艦隊に被害を与える。艦隊の多くは駆逐艦や輸送艦といった防御の脆弱な艦艇である為、被弾した連合艦は間もなく爆散、轟沈であった。

だが、華々しい戦果を挙げる空の下、つまり地上では惨状が拡がっていた。多くの施設が破壊され、駐機中、あるいは離陸途中で破壊されたと思しき戦闘機の残骸が点々とあった。

第八航空艦隊の被害も甚大だった。フリューゲルはガニメデ級のレーザー攻撃を受け大破炎上、ハーゲンブルクは左主翼に爆撃の直撃を受け擱座している。タイホウ、エンタープライズは艦こそ無傷であったものの、搭載の戦闘機部隊の被害は相当なものであった。

「第八艦隊の弔い合戦である」

そう叫ぶかのように、クサントスは味方の屍の上で激烈なる攻撃を続ける。

一方、雫達AM隊は連合のAMと交戦していたが、これに苦戦していた。数があまりにも違いすぎたからである。

クレシダ級の搭載可能なAMは最大で八機であり、それが八隻。補用機を除いても五十六機ものAMを展開することが出来た。ただ、流石にそこまで戦力は回せていないようで、現在空域にいる機体は二十数機である。勿論、それでもたった三機では厳しいものがあった。

「右から三機来るぞ、雫!」

イェゴールからの警告に雫が右を見ると、エンプーサがしっかり三機、ヴァルキリアに向かって吶喊していた。

雫はリニアライフルで応戦し、その内の一機を撃墜したが、残った二機が接近戦をしようと懐に潜り込んでくる。

超熱輻射式ブレードを引き抜き、エンプーサのハルバードと打ち合う。その隙に、もう一機のエンプーサがヴァルキリアの死角からレーザー・マシンガンによる攻撃を行い、ヴァルキリアの装甲を抉っていく。

「くそぉ...、蠅みてぇにブンブン飛び回りやがって!」

たまらずライフルでもう一機を狙撃しようとするが、少しでも視線を背けるとハルバードの刃が飛んでくる。

ヴァルキリア胸部に搭載されている12.7mm機銃を撃ち、エンプーサのバイザー式カメラを破壊する。目を潰されたエンプーサは後ろに飛び下がった。もう一機のエンプーサが援護射撃をしようとした所を、ライフルで狙撃し、マシンガンを持つ右腕を吹き飛ばす。

それぞれ損傷した二機は後退したが、それでもまだ十機以上のエンプーサが戦域にいる。たちまちに次の編隊がヴァルキリアへ攻撃を行い、雫はこれを躱しきれずに右脚部を破壊された。

「借り物に傷、付けんじゃねぇよ!」

片足を失ったヴァルキリアが体勢を崩す。元々姿勢制御用のバーニアだけでは限界があった為、四肢である程度制御していたのだが、右脚の損壊によりそれが出来なくなっていたのだ。

当然、その隙を見逃す敵ではなかった。あらぬ方向を向いているヴァルキリアに三機以上のエンプーサが一斉に接近し、勇名轟く白い機体を墜とさんと斬りかかってくる。

「雫!ちくしょう!」

「今援護に...、くぅ!」

サヴィナとアセットが援護に行こうとするが、両名共に別のエンプーサに妨害され近寄れない。

三方向からハルバードの刃に切り裂かれるヴァルキリアと自身の姿を想像し、果てしない恐怖と共に、ある種の憤りのようなものが腹の底から湧き上がるのを感じた。素の感情の赴くままに操縦桿を動かしながら叫ぶ。

「クソ、クソ!言う事聞きやがれ、このクソバカ人形が!俺に動かされるんだから、俺の期待に応えてみろ!うおおおおおおお!」

悲鳴ともとれる絶叫の瞬間、コンソールにとある文字が表示され、機体の各バーニア、スラスターから発せられる青い光が赤く変わる。同時に、機体の異常に戸惑う雫を他所にヴァルキリアの機体は高速で上昇し、そのままジグザグに赤い軌道を描いて戦域を縦横無尽に飛び回る。当然、そのような機動にかかるGを一身に受けることになった雫の身体には凄まじい負荷がかかっていた。

「こ、こいつ...!勝手に動いてやがる...!?」

激しい振動と圧力に挟まれ、意識が薄らいでいく中で雫は驚愕の声を上げた。実際、雫はパイロットシートから放り出されないよう両手をついて体勢を維持しており、とてもではないが操縦桿を握れるような状態ではなかった。その中で、ヴァルキリアは戦闘機動を取り、敵を翻弄していたのだ。

「ぐっ...、ふぅっ...、これは...、無理...」

掠れた声で呟いたのを最後に、雫の意識は途絶えた。

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