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水面下

ヴァルキリアの異変は、戦域にいた全ての人間が目撃していた。無論、仲間であるサヴィナとアセットも、そしてミナもだ。

「...っ!あれは...!」

窓から見える赤い光跡に、ミナが唖然とする。

それは静止軌道上、ベツレヘムの掃射から離脱していた時。機体の各所に設置された推進力の光が輝き、まるでヴァルキリアそのものが赤く発光しているかのように錯覚するような光。それに包まれて、ミナは地球へと墜落したのだ。

それと同じような現象が、雫を乗せて起こっていた。ミナは冷たいものが背中に走るのを感じた。

「なんだ、あの光は!?」

クサントスのブリッジで、エレナが驚愕の声を上げる。赤い光点が不規則に動き回り、エンプーサを次々と撃墜していく光景は、クサントスからもはっきりと見えていた。

「発光現象...。出力がオーバーロードした訳では無さそうだが、これは...」

カーチスが顎に手を当てながら呟く。ヴァルキリア、そして雫について調査していた彼にとって、それは記憶に新しい現象だった。

「やはり...。卜持、お前は...」


次に雫が目を覚ましたのは、クサントスの医務室の中だった。状況を把握しようと上身を起こそうとするが、少しでも動かすと身体中が粉砕されたかの如き激痛が走る。雫は思わず呻くが、それですら痛みを伴った。

動くも地獄、動かざるも地獄、窒息的な恐怖を感じ、雫の目から数粒、水滴が流れる。だが、誰かの手によりそれはハンカチで拭かれた。

「大丈夫か?怖かったな、しず...、卜持准尉」

「カ...、ルラ、たいい?」

上手く舌が回らず、幼さのある発声になる。それが恥ずかしくなり、雫は瞳を上向ける。

「動くなよ、数日寝っぱなしだったんだ。...そういえば私もそんな感じだったか」

「て、敵は...」

「AM隊は君が殆ど撃墜し、艦隊はこの艦が撃滅した。現在我々は、成田で補給を行っている」

「あの、赤いのは、何なんすか...」

雫が根気を振り絞って尋ねる。先程ミナが漏らした...、"私もそんな感じ"という言葉に引っかかったのだ。

「私にも皆目分からん。だがあの時、確かに同じような現象が起こったのは分かる」

「あの時...、静止軌道上での戦い?」

「そうだ。...部下達が消え、私自身も光に呑まれそうになっていた時。機体が赤く光ったのを覚えている」

同じだ、と雫は思った。ならば、死に直面した時に発生する現象なのだろうか、あるいは...、

「カルラ大尉。艦長が君に伝えたい事があるそうだ。ここは私に任せて、艦長室に向かってくれ」

負傷者をあらかた処置したジョセフが、病室の仕切りを開けて入ってくる。雫は何の事か分からなかったが、ミナは何か心当たりがあるようで雫に一言二言会話を交わした後、艦長室へと向かった。


「カルラ大尉。単刀直入に言わせてもらうが、彼は恐らく君と同じだ。いや、君の知る彼だ、と言い換えた方がいいか」

部屋に入るなり放たれたカーチスの発言に、ミナは複雑な表情を浮かべた。薄々勘づいていた、ほとんど確信していたことであったが、やはり事実を突きつけられれば、安堵と不安の感情が湧いてくる。

カーチスは傍らの書類に目を通しながら続けて、

「卜持雫...、いや、雫・ガーフィールド。十七年前、第二火星衛星ダイモス北部のテラフォーミング・シティで生まれ、八年前に反惑星連合組織と共に地球に亡命。その後、カナダのバンクーバー基地でAMのテストパイロットとして使用されていた...。君は知っているな?」

「...はい」

そこまで調べがついていたとは。AMのテストパイロットについては公表されている自分以外、全員が闇に葬られているはずなのに。ミナはカーチス・マグリブという男に、底知れぬなにかを覚えていた。

「私は君たちに深入りするつもりは無い。だがこれに関しては、仔細を知らねばならないように思う。次第によっては、本艦はバンクーバーに向かわねばならなくなる」

「!...艦長、貴方は、まさか...」

「あくまで考えの一つに過ぎん。だが、もしそういう事をしているのであれば、問い質すことが出来るのは軍で独自の指揮系統を持つ、我々しか無いと考えている」

そう言ったカーチスの目は、決意と僅かな怒りの色が浮かんでいた。恐らく、この男は前々からこれをやろうとしていたのでは無いのか。そこに雫、そしてミナという人的証拠、ヴァルキリアという物的証拠が転がり込んできた。カーチスにとっては、正に千載一遇の好機であったと言える。

「君にこれを話すのは、信頼の表れと取ってもらいたい。私が知りたいのは、君の意思だ。マーシャンの中で最も権威を持つ君のな、ミナ・ハングネスト・スフィア・アザール」

「...!」

もし自分が拳銃を携行していたら、即座に抜いて目前の男の額を撃ち抜いていただろう、とミナは思った。

カーチスがミナの目を見据えながら言い並べた単語の羅列こそ、彼女の本当の名前だった。ダイモスの生活可能圏に住む人間を纏めるアザール家、ミナはそこの娘だった。対外進出政策を唱える急進派、惑星連合の賛同派と対立していたアザール家を始めとする穏健派は八年前に発生した抗争により、急進派に敗北。多くの穏健派の人間が地球に亡命した。ミナも雫も、その内の一人だった。その後二人はパイロット適正のあった他のマーシャン達と共に、バンクーバー基地に送られ、そこでテストパイロットをしていた。

急進派と惑星連合軍の爆撃により燃え盛る街、逃げ惑う民、屋敷の足元に縋り付く避難民の光景は、今尚ミナの瞼に焼き付いていた。

「そう警戒するな、これを知ったからと公に流布するつもりは毛頭ないし、それについて深入りするつもりもない。...だが、一つだけ教えてくれ。バンクーバーで何をされた?何故、卜持准尉はあれほどに使いこなせている?」

「...雫は、ヴァルキリアの最初のテストパイロットでした。恐らく開戦の混乱により、認証システムが上書きされる前に実戦投入されたんでしょう」

「成程、彼が起動出来たのはそれ故か」

「あそこでは、睡眠時に脳の深層部に向けてその日の操縦データを常に流され、刷り込まれていました。雫が十全にヴァルキリアを動かせるのはその成果、だと思います」

その他にも、ミナは多くの情報を提供した。それが雫のためになると思って、そして、同胞達を目の前で使い潰されながら、目を瞑ることしか出来なかった自分の罪滅ぼしとして。

全てを知ったカーチスは、軍にいる知己への根回しと、告発する書類の製作に取り掛かる事となった。

またもう一つ、重大な事項が決定されていた。

ミナをヴァルキリアのパイロットに戻し、雫は待機させる...、当然の因果であるが、雫はこれを良しとしなかった。

「だって大尉はまだ本調子じゃないんでしょう?少なくとも、シュミレーションで操縦の勘を取り戻すまでは俺がやった方が...」

「私はヴァルキリアの正規パイロットだ。例えしばらく離れていても、十分に戦える」

そう言われたら、雫に反論の余地は無かった。

また、AM隊は再編成され、成田に配備されている、日本が独自開発したAMシラヌイ三機とそのパイロットがクサントスに着任した。

「"サンダーバード"隊隊長、石田修蔵中尉であります。本日より、クサントスAM部隊に配属される事となりました。よろしくお願いします」

修蔵が敬礼をし、その傍らの部下も続く。サンダーバード隊は編成が始まって間もない地上配備のAM部隊の一つであり、軍司令部からの命令を受けてクサントスに配属されることとなった。

「俺はイェゴール・ユージェニー大尉だ。司令部から聞いてると思うが、俺の隊と君の隊はそれぞれ独立している。戦闘の際は、好きにしてくれて構わん」

「了解しました。クサントスAM隊の活躍は聞き及んでおります故、期待しますよ」

「しかしよぉ、噂のヴァルキリアってのはあの白いのだろうが、美人のパイロットはどいつだい?」

修蔵の部下の男が言う。

「君は?」

「ジョシュア・イータ少尉。前はファイターパイロットだった。フォボス上陸戦で戦艦二隻を沈めたスーパーエースってのは俺ん事よ」

「なるほど、君がジョシュアか!」

華華しい戦果を挙げたジョシュアという男は、どうやらファイターパイロットの間では語り草であるらしい。イェゴールが静かに興奮している。

「美人かどうかは知らないが、私がヴァルキリアのパイロットだ」

控えていたミナが前に出る。ジョシュアは一瞥した後、

「なんでぇ、やっぱお前の方がかぁいらしいじゃねぇか。なぁアリサ...ぐほっ!」

「ホントやめてくださいそういうの。初対面から印象悪くしてどうすんですかこのクソバカ脳内ピンク野郎」

アリサと呼ばれたもう一人の部下の女が、ジョシュアの鳩尾に肘鉄を叩き込む。アリサはミナに向き直り、

「本当にすみません、うちのバカが。キツく矯正しておきますので、何卒お許し下さい」

と無表情かつ慇懃に礼をする。ミナは戸惑い、

「いや、気にしてないが...、その、少尉は大丈夫なのか...?」

地面に転がって悶えているジョシュアを見ながら言う。アリサは鉄面皮と言わんばかりに顔の筋肉を固めたまま、ジョシュアの横腹を踏み、踵を押し付け、

「大丈夫ではないでしょうね、まぁ気にしないで下さい。コレが悪いんで」

と言い放った。その光景を見ていたイェゴールは咎めようとしたが、ジョシュアが浮かべていた恍惚の表情を見て、内心で気持ち悪がりながら止めた。

修蔵曰く、自分も注意しているが、この二人は中々今の関係を止めないらしかった。というより、止めさせられないらしい。ジョシュアがアリサの気を引くような事をやらかし、それをアリサが何らかの手段で止めさせ、ジョシュアはそれを喜んで受け入れる。何であれ、このサイクルによって二人のコンディションは整っている。戦場というコンディションを容易に乱される環境の中で整えられるのならば、止めさせるのはしのびないというのが修蔵の考えだった。

「改めまして...、アリサ・ラーガン准尉です。以前は極東方面司令部戦術科第二技術試験隊の所属で、シラヌイのセンサー系の開発を行っていました」

「技術畑の人間がパイロットたぁ、妙だって思うだろ?ところがどっこい、こいつの腕は相当なモンだぜ」

ジョシュアが絞り出したような声で言う。まだダメージは回復していないらしい。

修蔵は苦笑いし、

「准尉は我が隊きってのガンナーですよ。射撃に関しちゃ、パイロットの中でも指折りです」

「ほぅ、俺も狙撃には自信がある。競ってみたいものだ」

「いえ、私は狙撃ではなく広域制圧射撃が専門ですので」

その後も格納庫で他愛ない話が続く中、雫はモップを握り、格納庫の床を磨き上げていた。傍にはロークも同じように、モップで掃除をしている。

「...しかし、ヴァルキリアを降りるのは分かるんすけど、それで掃除係とは...」

「予備パイロットなんて仕事はな、シュミレーションやってる時以外は掃除って相場が決まってんだよ」

「そりゃあ、そうですけどね...」

そういう話では無い、と返事の陰に含ませる。

「この艦にいる理由が分からなくなったか」

察したロークが、雫を見据えながら言う。

「えぇ、まぁ...」

「ま、お前は元々軍人じゃねーしな。入隊したのだって、カルラ大尉の代理でパイロットをやれって理由だし、なーんで艦長はお前を手放そうとしないんだろうな?」

「俺の事を調べるとか、なんとか...」

「あぁ、ヴァルキリアを動かせたからだろうな。だが、果たしてこんなに時間がかかるのかねぇ」

その疑問に、雫は答えることは出来なかった。


「では、司令部はバンクーバーを黙殺するのですか!?」

通信室の狭い空間にミナの声が反響する。

ミナとカーチスは現在、クサントスの艦艇部にある通信室に詰めていた。最も防音性の高いこの部屋であれば、企みをするのに適しているからだ。

「私のリークを受けて、司令部はバンクーバーの非人道的な行為を揉み消した。この一ヶ月、ありとあらゆる手段で入手した全ての情報を叩き付けたんだが。現在本艦にはこのまま成田に留まり、機を見て宇宙へ上がれという命令が出ている」

半ば呆れたような声でカーチスが言う。それと対称的に、ミナは憤りを隠せないようだった。

「やはり、この軍の内部は腐ってる...!同胞がモルモットにされるのを、ただ見ていろというのか...!?」

「無論、この事を放置はしない。知っているか?古代からお話で解決出来ない都合はな、実力行使で解決すると決まっている」

その時のカーチスの表情は、いつも浮かべている渋面に似つかわしい、悪戯っぽい笑みだった。

「実力行使...、まさか、命令無視と友軍攻撃を同時にやるつもりで?」

「そんな事を軍艦規模でやれば目立つだろう。幸いにもこの艦のクルーの人選は私がやった。その中には、私と同じ考えの者も多くいる」

「同じ考えを持つ者...、例えば、誰なんです?」

「ローク・ウインド伍長、そして立林緑郎曹長。彼らと君が、この作戦の鍵だ」

「失礼します。ローク伍長以下陸戦第一小隊、出撃準備が完了した事を報告します」

「こっちも、あんたの言われた通りに改修しておいたぜ。命令がかかれば、いつでも出せる」

図ったかのようなタイミングでロークと緑郎が入室する。呆気にとられたミナに、カーチスは事情を説明する。

「ローク伍長にはバンクーバー基地の一部を制圧するための歩兵戦力を担ってもらい、立林曹長には先の戦闘で鹵獲した敵AMを稼動状態まで仕上げてもらった。君はこの機体に乗って、ステルス輸送機で輸送される歩兵部隊を護衛し、バンクーバーの制圧を手助けしてほしい」

「殺しは無し、でしたよね、艦長。その為のゴム弾にテーザー弾だ」

「万一殺してしまうと後が面倒だ。君達には連合の特殊部隊に偽装してもらうが、それでも限界があるのでな」

「了解!」

「ヴァルキリアのステルス装備を、連合の機体に搭載した。半径二十km以内でなければ、レーダーに探知されることは無い」

緑郎がタブレットを片手に言う。その言葉にカーチスは、

「やはり、そうだったのか...」

と答えた。緑郎が頷く。

「間違いねぇ。連合のAMには地球軍の技術が使われてやがる。うちのヴァルキリアの装備が適合したのが、何よりの証拠だ」

「そうなら、連中があれだけ数を揃えられたのも納得出来るってもんだ。うちの軍の内部に、連合に通じてる奴がいる」

「スパイ...、或いは裏切り者か...」

「それも、バンクーバーを制圧すれば分かる事だ。改めて確認するが、諸君。この作戦は軍律に反するものであり、公になれば我らは反逆者として裁かれるだろう。事を成すためには迅速かつ的確な任務遂行能力が問われる」

カーチスが、通信室に詰めた全員の表情を見つめ、皆がそれぞれの面持ちを見せる。

「これを乗り越えることは、地球軍全体の勝利に繋がる。それをよく自覚し、そして実行する事を私は期待する。以上だ」


カーチス達が結論を出した頃、雫はサンダーバード隊と模擬演習を行っていた。

「動きが甘いぞ、雫君!」

「機体に依存しすぎなんだよォ!」

「くそっ!」

修蔵とジョシュアが機動力で攪拌してくるのを対処していれば、その隙にポジションについたアリサが弾幕を展開し、逃げ場を潰してくる。逆にアリサを封殺しようとすれば、修蔵達が蜂のように刺してくる。全くもって、完璧な連携と言えた。

「エインヘリャルが、こんなに鈍かったなんて...!」

現在雫は、成田で専用に受領したエインヘリャルに搭乗していた。搭載戦力の少ないクサントスにとって、たとえ予備であろうと一機の欠員も致命的であると考えられたからである。

彼のエインヘリャルにはヴァルキリア搭乗時の戦闘データを鑑み、機体各所に姿勢制御用スラスター、脚部に大型推進用ブースターを装備した高機動仕様であるが、それでもヴァルキリアの機動力には届いていない。エインヘリャルとヴァルキリアの性能差を、雫は実感していた。

「雫、機体に操られるな!それを動かしているのはお前なんだ、言うことを聞かせてみせろ!」

格納庫でイェゴールが、無線機に向かって叫ぶ。無線の相手は勿論雫だった。

「でもよ、一対三ってのはやっぱりキツイんじゃねぇのか。俺だけでも出てやりたいんだが...」

「駄目だ。これから連合軍との戦いは数的不利の戦場ばかりになる。その時、自分より格上、かつ複数の相手と戦うという事も多くなるだろう。無論、俺たちもだ。雫のフォローどころでなくなるかもしれない」

「はぁ...、嫌んなるぜ」

近い未来の戦いを想像して、サヴィナがため息をついた。

演習空域では、とうとう雫が追い込まれていた。使用しているのはペイント弾であるが、それ故に雫のエインヘリャルは紫色の電性塗料で塗りたくられていた。これは被弾箇所のセンサーを一時的に麻痺させる代物で、事実エインヘリャルは機能の七十%を失っていた。

「左腕、両足の全機能が停止...!武器も残ったのはこれだけか!」

そう言いながら、辛うじて機能が残っている右腕で腰にマウントしたショットガンを取り出す。これも既に弾を殆ど撃ち切り、残った弾はたった一発、絶望的な戦況だった。

「最後までヤケになるんじゃない!その状況から出来る最善のことを考えろ!戦うでも逃げるでも、何でもいい!とにかく思考を止めるな!」

「わぁってる...っ、よォ!」

残った背部ブースターを点火し、大地を削りながら前進する。片腕しかない機体では、姿勢制御もままならない。少しでも速く前に進むためには、これしか方法は無かった。だが、雫には他の目的があった。

「っ、何だこりゃ、砂煙か?」

雫機が高速で地面を擦った影響で、進路上に砂煙が巻き上がっていた。この地域は雨がしばらく降っておらず、地面が乾燥していた為、特に砂煙が上がりやすい環境だったのだ。

「狼狽えるな、熱探知式センサーに切り替えろ。...雫君、面白い手だが、それでは目眩しにならんぞ」

だが、雫から応答は無かった。それどころか、エインヘリャルの反応自体が無くなっていた。

「どうなってんだ、こりゃ。ステルス機能でも載せてんのか?」

「いえ、それなら外観で判別出来るはずですが...」

「...ジョシュア、砂煙の中に突入し、エインヘリャルを確保しろ。万一の事があるかもしれん。無ければ無いで、とどめを刺せ」

「りょーかい...」

ジョシュアのシラヌイが、未だ濃く存在する砂煙に突っ込む。程なくして、熱探知式センサーが微弱なエインヘリャルの熱を捉えた。

「かくれんぼは終わりだぜ。ま、俺たち三人によく耐えた...」

そう言いつつ、ジョシュアがエインヘリャルにとどめを刺そうとライフルの銃口をもたげた、その瞬間だった。エインヘリャルのコクピットから、噴進煙が砂煙を切り裂き、シラヌイに真っ直ぐ向かってきたのだ。かわしきれず、それはシラヌイの頭部に直撃、センサーが死んだ機体は後ろ向けに倒れ込んだ。

「はっはー!やってやったぞ!」

喝采を上げたのは、歩兵用のバズーカ砲を担いだ雫だった。もしもの為にコクピットシートの裏側に常備されている歩兵装備(ペイント弾装填済み)、その内のバズーカを撃ち込んだのだ。無論、訓練もしていない雫が単身で撃つのは不可能だった為、コクピットハッチを支えにして発射した。それでも反動を殺しきれず身体は後ろに数十センチ吹っ飛んだが、結果としてジョシュア機を中破させる事が出来た。

「汚ぇ...、が、悪くねぇ!雫、俺ァお前が気に入った!」

機体から降りたジョシュアが雫の背中を叩きながら、爽やかに言う。だが対照的に、修蔵は少し含んだ声で咎めた。

「機体の機能を停止させてセンサーを欺き、自身が降りる所を砂煙で隠す...、確かに機転が利いた良い戦術だ。ジョシュアとの一対一であれば、君の勝ちと言ってもいい。だが今回は私とアリサがいる。君はジョシュアを倒した後、どうするつもりだった?」

「そりゃあ...」

痛い所を刺された、と雫は戸惑った。事実、今の自分は目の前のジョシュアを倒す事に精一杯で、一対三での戦闘においては惨敗している。

「ヤケになるなと言ったはずだ。どれだけ絶望的な状況だろうと、切り抜ける最善の方法を常に模索し続けろ。その場凌ぎの手を打つだけでは、すぐに死ぬことになる」

「...了解しました」

「分かってくれればそれでいい。今日はここで終わりだ。よろしいですね、イェゴール大尉」

「了解だ、中尉。手伝ってくれて助かった、礼を言う。サンダーバード隊の諸君もだ、ありがとう」

機能停止したままのエインヘリャルと雫を修蔵が、ジョシュアをアリサが回収してクサントスに帰投する。だが、クサントスでは小さな騒ぎが起こっていた。ミナとローク麾下の歩兵部隊が丸々消えたと言うのである。

「脱走...、という訳じゃ無いと思うけど。緑郎さん、何か知ってる事ない?」

「さぁな、艦長も副長も知らんと言っとる」

アセットの問いに、緑郎は首を振るばかりだった。


その日の晩、雫は久しぶりに悪夢を見た。今度はより長く、より鮮明に、肉体がそこにあるかのようなリアリティのある夢だった。

雫の目に映っていたのは、白衣を着た幾人もの大人達と、パイロットスーツのようなものを着た少年と、彼より少し大人びた少女だった。その少女の姿に、雫はミナの面影を見た。

(...いやいや、まさかな)

二人はシュミレーション・マシンのようなものに乗せられ、その外にある機械にかじりつく大人達が色々と指示を飛ばす。その場所では二人は番号で呼ばれているらしく、少年はA-01、少女はA-02と呼ばれ、マシンの激しい振動に耐えていた。

やがてシュミレーションは終わり、二人は武装した兵士に囲まれそれぞれの部屋に戻っていく。別れ際、少女が少年に手を振って、こう呟いた。

「頑張ってね、雫」

(雫...、だって!?)

唖然、呆然、開いた口が塞がらない、幾多の言葉でも表現することが出来ない感情が雫を包んだ。

(これは妄想なのか?記憶が混線してるのか?俺、どれだけ疲れてるんだ)

「違うよ。これは本当の君の、そして僕の記憶」

不意に後ろからかけられた声に、雫は驚き跳ねながら振り返る。そこには先程の少年が、少しばかり成長した姿で立っていた。

「だ、誰だ、君は」

「今聞いたでしょ。僕は雫、雫・ガーフィールド。君の...、本来の身体の持ち主って言うのかな」

突然訳の分からない事を言われ混乱する雫をよそに、雫を名乗る少年は続ける。

「君という人格は後から生み出された、言わば偽物の人間だ。僕を守る為に作られた、フィルターのようなものなんだよ」

「な、何言ってんだお前、どういう意味だよ、そりゃあ!」

「一から説明した方が早いか。君が時々見るこの夢は、悪夢なんかじゃない。君の脳に焼き付いた記憶が顕現してるんだ。だから、これは君の脳が、身体が実際に経験してる事ってわけ」

「しかし、俺はこんなこと覚えていないぞ!」

「だから言ってるでしょ。君は後から作られた人格なんだって。脳の記憶も書き換えられたんだよ。それでも深層心理までは改変出来なかったみたいだけどね」

「俺が...、別の人格...? 」

「卜持雫。日本で生まれ、日本で育った平凡な高校生。それはあの施設の関係者から身を隠すための、まやかしの記憶。本当の君、つまり僕は火星で生まれ、地球に亡命し、そこでヴァルキリアのテストパイロットにさせられて、散々に使い潰された。それを見かねた研究員の手によって君という新たな人格を生み出され、その人の遠い親戚の元へこっそり脱走させられたんだ」

次々と突き付けられる自身の生い立ち、そして存在証明に、雫は思わず膝を着く。自分が偽物の存在だったというショックは、思春期の雫にはあまりにも大きすぎた。

「俺は...、俺は卜持雫のはずだ...!お前は、お前は何を求めて現れたんだ!?俺の身体を乗っ取るつもりなのか!?なぁ、何でだよ!」

縋るような声で、雫は目の前の少年に問う。少年は意外にも微笑みを浮かべて、

「ミナ様を...、カルラ大尉を助けてあげて欲しいんだ。あの人は本当は心が弱くて、それでも自分の義務の為に身を削り続けてる。だから、僕はそれを出来なかったから、君があの人を支えてあげるんだ」

と言い放った。予想外の言葉に、驚きながら雫は目を上げて、

「助けるって...、どうやって...」

と尋ねる。

「うーん...、まずは僕のことを話さないで欲しいかな。多分、結構ややこしい事になると思うから。それから、あの人が大変そうだったら、君が仕事を代わってあげるとか...、まぁ、あの人が楽に出来るようにして欲しい」

「俺が、あの人を支える...。出来るのか?お前に出来なかったことが、俺に...」

「出来るよ。だって君は、僕と一緒なんだから。君と僕、一つの身体に二人の知識。僕一人ではだめだったけど、君となら」

自信満々な少年の物言いに、雫は思わず吹き出した。あまりに荒唐無稽な理屈だったが、同時に頼もしさすら覚えた。

「...ははっ。そうだな、そうでも思わなきゃやってられねぇわな。じゃ、俺は艦長に報告してくるわ。思い出した事があるってな」

「うん。いってらっしゃい!」

少年が手を振ると同時に、景色はフェードアウトしていき、代わりにクサントスの居室の天井が映った。

「夢なんかじゃねぇよな、雫。大丈夫だ、俺とお前は一心同体、俺が死なねぇ限り、ずっと一緒だ」

雫の静かな呟きが、まだ日の昇らぬ明けの空に溶けていった。

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