戦いの摂理
クサントスAM隊の出撃は、クイーン級でもキャッチされていた。艦の周辺には直掩のエンプーサが展開しており、攻撃部隊の隊列を見守っていた。
「各機、編隊を維持せよ。ボレス少佐達の弔い合戦である。気を引き締めてかかれ」
攻撃部隊の先頭に通常機の灰色のカラーリングとは異なる、黒色に塗装された機体があった。連合軍パイロット、バルカ・ラーニ大尉のエンプーサだ。
彼はボレス少佐という指揮官を失ったクイーン級艦"ラージャ"のAM部隊臨時指揮官であり、部隊を纏めていた。
「ダイマ少尉、君には攻撃の主力を務めてもらう。養成学校首席の力、存分に発揮して欲しい」
「はっ!望む所であります!」
鶴翼陣形を展開しているAM隊、その右翼先頭に位置するエンプーサのパイロット、ダイマ・レッカー少尉が気合いのこもった声で返答する。彼は戦線に配備されたばかりの新兵であったが、養成学校で極めて高い成績を示した為、新兵でありながら部隊の一端を担っていた。
「地球人のAMが出てきたぞ、エインヘリャルとか言う奴だ。数は三、いや四!奴だ!白い奴だ!」
隊員の一人が緊張を隠さずに報告し、部隊の空気が一気に引き締まる。
「各機、白い機体を叩け!」
バルカの号令一下、エンプーサ隊が次々とレーザーマシンガンを斉射した。
それを認めた雫はヴァルキリアの操縦桿を思い切り捻り、回避機動を行う。
「あの機体...、指揮官機か!」
バルカの黒いエンプーサを見つけた雫は突撃しようとするが、それを遮るように無線からイェゴールの声が流れた。
「新入り!闇雲にかかってもやられるだけだ、俺達との連携を意識しろ!」
「連携ったって...!」
「俺が教えてやる、来い!」
イェゴールのエインヘリャルが先導し、雫とアセットがそれに続く。
「敵は鶴翼陣形を敷き、クサントスを包囲するように攻勢をかけている。指揮官機を狙えばそのまま包囲されるから、まずは周りの雑魚から潰す!」
「雑魚!?」
「見せてやるよ!」
気迫の籠った叫び声と共に、イェゴール機が装備している大型レール・ガンから閃光が瞬いた。弾道すら見えぬ程の高速で撃ち出された弾丸は一機のエンプーサの胴体を射抜き、パイロット諸共粉砕した。
「サヴィナ!」
「おう!」
撃墜に呼応するように、サヴィナの機体がバーニアを吹かして突貫する。そのまま超熱輻射式ブレードを腰部ウェポンラックから抜き、僚機の撃墜に動揺したエンプーサを真っ二つにした。
当然、隊列に突っ込んできたサヴィナ機は他の機体から集中砲火を受ける。それを牽制するべく、イェゴール機のミサイル・ユニットから無数のミサイルが発射される。それらは正確に敵機へ飛んで行き、サヴィナ機を狙っていたエンプーサは回避を余儀なくされた。
「す、すげぇ!」
「この二人、息ぴったしなんだよねぇ。普段も仲良いし」
「全員突撃!食い破れ!」
「了解!」
勢いに駆られてアセットが突撃し、雫が追従する。アセット機はショート・マシンガンを、雫機は正式配備の為に生産性を高めたリニア・ライフル(静止軌道上の戦闘で使用されたライフルはコスト度外視で高性能を求めた先行試作型)をそれぞれ撃ちつつ近接戦に持ち込む。
それを見ていたバルカは僅かに動揺した。数で勝る自分達に対し、敵部隊は攻勢に打って出た事に衝撃を受けたのである。だが、戦闘経験がそれなりにあったバルカは直ぐに気持ちを切り替えて、
「バルカ大尉よりラージャへ、援護の砲撃を要請する。目標は敵新型艦、三十秒後だ」
クイーン級には素早い敵地制圧の為、単装レーザー砲、SSM、280mm滑腔砲といった多くの兵装が搭載されていた。AMや戦闘機の搭載数は他の連合軍艦艇に比べて少ないが、その分個艦戦闘力に重きを置いた設計なのだ。
要請から三十秒、定刻通りにラージャから無数の弾幕が放たれる。それらは軌道を描きながら真っ直ぐにクサントスに伸びていく。
「まずい、クサントスが!」
「大丈夫だよ、雫」
母艦への攻撃を認めた雫が焦ったが、アセットが先程までより幾らか落ち着いた声で宥める。
「あれじゃ沈められない」
クサントスの艦橋内では、アンネが報告の声を張り上げていた。
「敵クイーン級、本艦に対し攻撃を開始!初弾、来ます!」
既に目の前まで砲弾は迫ってきていたが、艦橋にいる誰も逃げようとも隠れようともしない。
砲弾が艦橋に直撃しようとする瞬間、高出力のレーザーの膜が艦橋の目の前に展開され、砲弾を消滅させた。
クサントスには敵弾の接近を感知し、自動でレーザーの膜を展開するレーザー・フィルムと呼ばれる防衛機構が搭載されていたのだ。
次いで接近するSSMは各所に配備されたCIWSによって迎撃され、撃ちそびれたミサイルはフィルムによって全て消滅した。
「ふん。このクサントスがただの戦馬では無いということを、連中に教えてやれ」
「了解。総員、砲撃戦用意!」
「あいよォ!」
カーチスが不敵に笑い、エレナがその意図を汲んで命令を下し、砲術長がパネルを操作する。先程まで何も無かった甲板の至る所から白い装甲が開き、大型の砲台が姿を現した。
「連装高出力荷電粒子砲、一斉掃射!」
カーチスが号令を下す。次の瞬間、八基十六門の砲台から一斉に収縮荷電粒子線、すなわちビームが発射された。放たれた紫色の光は蒼天を切り裂き、射線上にいたエンプーサと、ラージャの艦体を抉った。ビームの直撃を受けたエンプーサは蒸発し、ラージャは飛行航行能力を失い、急激に高度を下げる。クイーン級の艦艇にはこの状況から立て直す性能はない。つまり、轟沈したというわけだ。
「あれがクサントスの底力だ。AMの搭載数が少ない代わりに、圧倒的な火力と防御力を有している。対艦戦闘なら、クサントスは無敵だ」
イェゴールが説明し、雫はその性能にすっかり魅入られていた。
「さぁ、形勢逆転だ!ここで奴らを殲滅するぞ!」
「よっしゃ!やってやらぁ!」
そう意気込むイェゴールとサヴィナは相変わらずの連携で次々と敵機を屠っていた。雫達も負けじと前に出る。ふと、雫は自身を狙い続けている一機のエンプーサに気が付いた。その機体がマシンガンを発射する寸前に回避し、急接近する。前回の戦闘と同じようにブレードで斬りかかるが、エンプーサはそれを近接兵装であるハルバードで受け止めた。
「受けられるのか!?」
「驚くことか!」
ダイマの迫真の声。彼はヴァルキリアを仕留める機会を虎視眈々と狙っていたのだ。それに気付いた雫は気味の悪さを感じつつも、距離を取って中距離戦に切り替える。
「不慣れな攻撃!貴様、素人と見たぞ!」
だが、先程の打ち合いで雫の不慣れを悟ったダイマはすぐさま距離を詰めてくる。対応が遅れた雫は、目の前で振りかぶられるハルバードに硬直した。
(死ぬのか...!?こんな所で...!)
勢いづいて出てきたが、ここは戦場なのだ。英雄だろうと小悪党だろうと死ぬ時は一瞬で死ぬ、そういう場所だと言うのを雫は理解していなかった。それを突きつけられた時、硬直するのは当然の反応と言えた。
だが、ダイマ機の上から弾丸の雨が降り注ぎ、ダイマ機が離脱する。上空にいたアセットからの援護射撃だ。
「ぼぅっとしてるな!動け動け動け!」
イェゴールの怒声で我に返った雫は本能的に接近戦しか無いと理解し、再び詰める。こうなると、二対一となったダイマが不利であり、それを知っているダイマは他の機体と共に戦域から離脱しようとする。既に母艦を沈められ、帰投するには占領しているチベット基地まで戻る必要があるが、そこまで燃料が持つかどうかも分からなかった。
「この野郎、逃がすか!」
「待てよ、追う必要は無ぇ」
盛る雫をサヴィナが宥めた。この戦闘はあくまで防衛戦であり、無理に追撃する必要は無いのだ。それよりも、第一目的である成田への到達を優先すべきだった。
「状況終了。各機はクサントスに帰投する」
「了解、受け入れ準備を開始する」
ヴァルキリアを降りた雫は、自身が滝のように汗をかいていることに気付いた。パイロットスーツの下のシャツが肌に張り付いて気持ち悪い。
シャツを離そうと躍起になる雫だが、彼の戦闘を見たイェゴール、サヴィナの二人は思う所があった。
「なぁ、イェゴール。あいつ...」
「分かってる、サヴィナ。普通じゃないさ。だが、俺らが追求することではないだろう?」
二人はつい最近まで民間人だったはずの雫がGに気絶することも無く、戦果を挙げたのだ。その反応は至極当然だった。
だが、イェゴールは達観していた。少なくとも奴は敵では無い、敵対する事もあるまい、ならば、芽のある新人として扱おう...。それが彼の出した結論だった。
彼らの思惑を知る由もなく、雫はアセットに案内されたパイロット用の休憩室で座っていた。中にはソファに大型のテレビ、雑誌、飲食物の自動販売機等が揃っていた。雫達はソファに腰掛け、自動販売機で買ったハンバーガーを食べながら先程の戦闘を思い返していた。
「さっきの戦い...、君が援護をしてくれなかったら俺は死んでた。ありがとう、礼を言う」
コクピットに迫っていたハルバードの刃を思い出し、俯いたまま雫が呟いた。
「え?何?」
だが、ファッション雑誌を読むのに夢中になっていたアセットの耳には入らなかったらしく、悪意無く聞き返してくる。
「...なんでもねぇ」
「そう?まぁ、いいんだけど」
そう言うと、再びアセットは雑誌を読むのに没頭し始めた。よく見ればそれは高校生辺りの女性が読むようなもので、確かに中性的な顔立ちではあるが、骨格の類は男のものであるアセットが夢中になって読むのは違和感があった。
「...面白ぇか?」
「中々ねぇ。こういうのもあるんだーって、参考になる」
「女向けのがか?」
「だって可愛いんだもん。可愛いのが嫌いな人はいないでしょ?」
「そうかい...」
分からないでも無かったが、それ以上追及することはやめた。する権利も意味も無かったからだ。それよりも、もっと尋ねたいことが雫にはあった。
「この艦はどこの国の所属なんだ?俺が見た所、色んな国の人間が乗っているようなんだが...」
スラヴ系のイェゴール、サヴィナに、ゲルマン系のローク、アメリカ人のカーチス、エレナ、アセット。そして日本人の雫、緑郎。今や各国が連携して戦闘を行っているとはいえ、一つの軍艦にここまで多国籍の人間が乗っているとは聞いた事がなかった。
「クサントスはどこの所属でもない。各国から選りすぐりの人材を集めて作られた独立部隊なんだ。だから、ある程度の行動の融通も利く」
「ローク、...先輩」
いつの間にそこにいたのやら、背後から発せられたロークの声に雫が振り返る。
「一応、第十二航空打撃群っつー艦隊の指揮下にあるが、まぁあくまで体裁だな。壊滅した艦隊の再建って名目で申請しなきゃ、お上は予算をくれないんだよ」
半ば呆れたようにロークがぼやいた。
「何でなんです?俺達みたいなAMを運用する部隊を増やせば、奴らとの戦争も優位に進められるのに」
頭に浮かんだ疑問を雫は口にする。
「ドクトリンって知ってるか?まぁ、戦い方の基本方針みたいなもんなんだが、それの対AM戦術が臨時で作られてな。その内容が複数の通常兵器でAMを封殺するってんだ。確かに連合もAMの配備数は戦闘機と比べりゃそれほど多くねぇし、スズメバチを群れで殺すミツバチのように戦えってことなんだろうが...」
「戦闘機乗りからしてみりゃあ、そんな人命無視の戦術なんてたまったもんじゃない」
諸々の作業が終わったイェゴール達も会話に加わった。作業用の軽装なのか、イェゴールは筋骨隆々の軍人らしい身体がシャツ1枚で覆われていた。サヴィナはタンクトップにパイロットスーツを腰の辺りまで下ろしており、かなり豊満な身体付きが見えていた為、雫とアセットは少しだけ目を逸らし、視界に入らないようにした。それを目ざとく認めたイェゴールが、
「エロガキ共、その年だからそういうのに興味を持ってるのはわかるが、サヴィナに手ぇ出したらクサントスの対空砲座に括り付けるからな」
と本気の声音で忠告した。
「イェゴールの野郎はサヴィナ中尉には過保護だからな。滅多な真似はするなよ」
ロークが二人にコソコソと伝える。やらかした、と二人は後悔したが、当のサヴィナはそれに気付いていないようだった。
それに安堵したイェゴールは、ふとある事を思い出し、休憩室から出ていった。程なくして戻った彼の脇には一着の服が抱えられていた。
「ほらよ、新入り。お前用のフライトジャケットだ。昨日主計科が徹夜で作ったのさ。クサントスAM隊の部隊章が付けられてる」
そう言ったイェゴールの手によって広げられたそれは、地球軍側の戦闘機乗りが愛用する物と同じだった。よく見れば、胸の部分には階級章らしきものも付いている。彼は続けて、
「これを着れば、お前は改めて俺達の仲間だ。だが、同時にお前はこれから戦いの中に駆り出される事になる。...尤も、カルラ大尉が戻るまでだがな」
と、雫の覚悟を問うような質問をした。雫は一瞬逡巡したが、唇を引き締めると、ジャケットに袖を通した。
「うん。似合ってるよ!雫!」
「よぅし!我らの新たなる仲間に祝杯だ!イェゴール!」
「任せろ、ファイター式の盛大な歓迎会を開いてやる。艦長の許可は取り付けてるぞ」
「って事は艦長の奢りかよ!よっしゃ、飲むぞ飲むぞ!」
休憩室に笑い声が響いた。これまで何やらかやらを経験した雫は、久しぶりにここまで穏やかな気持ちになれた、と感じた。
「おい、聞いたか。日本列島を攻撃に行った部隊が壊滅したんだってよ」
「知ってるよ。その残りを受け入れる為にこんな暗い内から作業してんだろ?」
チベット高原の朝は暗く、寒い。基地を構えた連合軍はその寒さと視界の悪さに辟易しながらも、ラージャ搭載のAM部隊を待っていた。
間もなくして、東の空から識別灯の光点が星に混ざって瞬き出した。整備班は眠い目をこすりながら誘導灯を持って作業を始める。それらは飛行中のエンプーサから見れば美しく映った。
ダイマは疲労と眠気を堪えながら着地する。
「あの白い奴のパイロット...、本当に艦隊戦の時と同じか?」
噂に聞く活躍と、実際に戦った経験を脳内で照らし合わせる。どう見ても、その噂のヴァルキリアとは合致しなかった。
「ダイマ少尉、司令部からの命令が来た」
澄ました様子のバルカが通信を開いた。いや、正確には澄ました振りをしているのだ。部隊が壊滅し、生き残っているのが自分とダイマだけであっても指揮官という立場である、部下に疲れを見せてはならないという責任感が彼にはあった。
「我々は第九航空艦隊に転属、重航空打撃艦"トロイ"に乗り込めとの事だ。任務は、あの新型艦と白い機体の追撃、撃破」
「隊長、何故司令部は連中に固執するんですか?まだ地球側はAMの配備も十分じゃないんだから、防備の弱い所を一気に制圧して、連中を孤立させれば...」
「知らんよ。だが俺が思うに、司令部は面子を大事にしたいと見える」
「...木星人だからですか?」
苦々しげにダイマが呟いた。顔は見えないが、通信越しにバルカも渋い顔をしている雰囲気がある。
「...それもひとつある。我々木星人は一応独自の指揮系統を与えられているが、それはコンキスタ・マーズ本軍に事実上隷属している。だからこそ、司令部は勇名轟く白い奴を落とし、その功績で本軍から距離を置きたいんだろう」
連合軍はその特性上、一枚岩ではなかった。最も多くの戦力を捻出し、技術レベルも他の星より高い火星圏の部隊に比べ、木星圏から派遣された部隊は全体の士気が低く、戦場でも目立った活躍が無く、軍内部では差別と大差無い扱いを受けていた。それ故に、地球派遣軍司令部は戦功を挙げ、対等な立場になる事が狙いだとバルカは踏んでいた。
「まぁ、何にせよ...。死なないように立ち回れよ。こんな所で死ぬなんか、馬鹿らしいからな」
その言葉を最後に通信は切れた。周りを見ると、整備員達が面倒臭そうに走ってくる。
「...本当、馬鹿らしいよな」
空が明るくなる。日光に照らされて雪が瞬き、美しく輝く。ダイマにとって地球は憎むべき星なのだろうが、この景色だけは何物にも代えがたい程好きだった。




