スクワッド・エンカウント
「何!?じゃあ、高校生がヴァルキリアを動かしていたというのか!」
「はい、卜持雫って名前らしいです。学生服ですよ」
航空戦艦の艦橋に、カーチス・マグリブ大佐の声が反響した。機密では無いとはいえ、一民間人の学生が兵器を動かしたとあれば、重大な問題である。それを報告したアセット・マッケンジー少尉も、心做しか緊迫した面持ちをしていた。
「...で、パイロットのカルラ大尉は?」
「生きてるらしいです。ヴァルキリアを誘導後、回収に向かいます」
「分かった。整備班に緊急着艦用ネットの展開を急がせろ、他のAM部隊は周辺警戒、索敵班、離脱した敵艦の追跡を怠るなよ」
次々に指示を出した後、力が抜けたように椅子に沈み込むカーチスに、傍らに立つエレナ・ガーランド副長が尋ねる。
「艦長、被疑者をどう扱われるおつもりなんです?ヴァルキリアもこのクサントスも、最新の軍事兵器なんですよ?」
クサントス級重航空戦艦、その一番艦クサントス。それがこの艦の名前だった。カーチスは艦長、エレナは副長である。
カーチスは少し間を空けると、顔付きに相応しい重い声で呟く。
「...普通なら勝手に軍事兵器を動かしたというんで銃殺、軽くても10年は牢屋に入る事になる。だが、私には気になることがある」
「何故動かせたか...、ですか?」
「そうだ、ヴァルキリアには専用の生体認証セキュリティがあったはずだ。普通なら動かせないはずだが...」
そこまで言って、彼は口を閉ざした。だが、その先の言葉はヴァルキリアに詳しい者なら誰もが理解していた。
《《セキュリティのかかっている軍事兵器を民間人が動かした》》...
この事実が知られれば、ヴァルキリアの、ひいてはAM全体の開発、配備に関わりうる。それだけは何としても避けなければいけない。
「...色々と聞きたいこともある。彼は拘束後、私の部屋に連れて来てくれ」
そう言って、カーチスは席を離れた。
「ヴァルキリア及びアセット機、もうちょっとだけ減速してください!とにかくつま先からデッキに着ける感じで!」
クサントスのオペレーター、アンネ・ベイグラント少尉が必死に誘導する。彼女は20歳という若さでありながら優秀な人材であり、元々民間で働いていた所をスカウトされ、軍に入隊していた。パイロットのメンタルケアを欠かさない為、周りからは人気が高かったが、そんな彼女も異例の事態に緊張していたのだった。
「了解。つっても、どこまでやれるかね...」
艦からの通信は基本的に一方通信である為、声は流れない。
「大体俺は初めて動かしたんだぜ、この機体が助けに来てくれなきゃ死んでたんだ」
それを知ってか知らずか雫は不安を独りごちる。しかし、唯一アセットだけは接触回線により雫の言葉を聞いていた。
「あ、やっぱり動かした事無いんだ。凄いねぇ、君」
アセットのやけに天真爛漫な声に不信感を抱きつつも、雫は支えられつつも何とか着艦した。予想通り、デッキには人の一団がおり、全員が武装していた。
「やっぱこうなるかよぅ、まぁ、即射殺なんて事は無いだろうが...」
既にアセット機はミナの回収に向かっており、完全な独り言であった。
観念してコクピット・ハッチを開くと、一団の中から責任者らしき男が前に出て、
「コクピットの右下に下降用のワイヤーがある!それを使って降りてこい!」
と怒鳴る。言われた通りにデッキに降りると、手首に手錠を着けられ、
「戦時法により貴様を拘束する。ローク!連れて行け」
「はっ!了解しました!」
一団の中で、銃と何故かモップを持ったクルーが返事をする。そのまま艦内に案内された雫は、先を歩くロークと呼ばれた男に尋ねた。
「すんません、俺ァ、どうなるんですか?」
「んー?うちの艦長閣下がお前さんと話したいんだとさ。ま、敵意も無いみたいだし、ここじゃそんな酷いことにならないんじゃないか?」
随分さっくりした返答に、
(この艦ってこんなふわふわした奴がいるのか?)
などと困惑しつつも、油断はしないように心掛けながら後に続く。間も無くロークは足を止めると、
「ここが艦長室だ。悪い人では無いんだが、一応常識的な言葉遣いで頼むな」
と言い、扉をノックする。すると扉の向こうから重厚な声が響いた。
「入れ」
「失礼します!ローク・ウインド伍長、例の者を連れて参りました!」
「御苦労だった。ここから先は軍機に触れる可能性がある。すまないが外してくれ」
「了解しました!...頑張れよっ」
ロークは雫に耳打ちすると、そそくさと艦長室から出ていく。二人きりの空間に気まずい静寂が流れたが、それを破ったのはカーチスだった。
「さて、どうしたものか...。普通なら君は戦時法第十七条の機密保持の観点から銃殺、あるいは長期の監獄生活を強いられる事になる。だが今回は特殊なのだよ」
「特殊...、とは?」
「君に尋ねたい事が幾つかある。何故ヴァルキリアを動かした?いや、動かせた?生体認証という言葉に心当たりは?」
畳み掛けるようなカーチスの問いに動揺しつつも、雫も負けずに答える。
「あの機体を動かせたのは...、何ででしょうね?私も良く分からんのです。手に感覚が残っていた...、と言いましょうか、ただ、生体認証という単語については心当たりが。STP-01と言うコードと共に生体認証を承認されたんです」
同じく答えを畳み掛ける。変に敬語になっているが、この際構いやしない。カーチスは難しい顔でしばらく沈黙した。
(STP...、スペシャル・テスト・パイロットとは、カナダのバンクーバー基地で使われていたな。確か、技術試験機に適応させたパイロットのコードだったはず。なら、この少年は...)
ちらと雫の方を見る。彼は見かけでは大胆不敵、自信に満ちた外面を作っているが、良く見れば手や足がそわそわと動いている。
こんな少年が、まさか...。
己の胸中に湧いた疑念を反芻し、目の前の少年に向き直る。
「卜持雫と言ったか?君は海外に住んでいた事があるか?具体的には、北米大陸の何れかに」
突飛な質問に、雫は思わず首を傾げる。
「...?私は日本生まれ日本育ちです。親は仕事で基本的に海外にいますけど、ヨーロッパとか、アフリカとかで、北米には全く関係のありません」
その答えにカーチスは思わず天井を仰いだ。
(これは、面倒事な気がしてきた...)
カーチス・マグリブという人間は生来より、面倒事を嫌う質だった。艦長という立場は戦時の繰り上げ昇任や天性の才能によるもので、本人が望まぬ内に任せられたというのが実状であった。彼は机の上の書類を手に取る。それにはヴァルキリアに関わった全ての人間の名前が記載されていた。だが、何度見返しても雫の名前は無い。
(もしかすると、もしかするかもな)
最悪な予感を感じつつも、とにかく暇そうに待っている雫に向けて結論を出す。
「君について幾つか調べなければならない事がある。それが終わるまでは私が個人的に君を引き取り、監視下に置かせてもらう。君は下士官と同じ待遇を与え、ヴァルキリアの予備パイロットとして軍に仮入隊してもらい、待機してもらう」
「...それしか無いと言うんであれば、そうさせていただきますよ。どれくらいかかるんです?」
「関係してそうな所をしらみ潰しに調べる。まぁ、長くて半年...、最短でも二、三ヶ月はかかるな」
「そんなに...」
雫が絶句するが、カーチスは意に介さず質問をする。それは、雫の今後の事を決定づける重大なるものであった。
「君は、また戦えるか?君は民間人でありながらヴァルキリアを駆り戦い、敵を殺した。君はもう民間人では無い。戦えるのなら、それでよし。だが戦う覚悟の無いのであれば...」
「やれます。奴らは市民を無差別に攻撃した。そんな連中を私は許せないんです。もし連中が攻撃を続けるのなら、全力で阻止したい」
雫の迷いの無い瞳にカーチスは益々嫌なものを感じながらも、外面は取り繕って話を終えた。
「そうだ、これからこの艦のクルーとも関わり合いになるだろう、君の事は既に通達しているから、打ち解けやすいと思うぞ」
「そうですか、ありがとうございます。それでは」
艦長室を背に廊下に出ると、ロークが腕を組んでもたれていた。格好を見るに雫を待っていたようだった。
「よう。これからお前さんの部屋に案内するんでな。着いて来てくれ」
相変わらず軽い態度のロークに連れられ、艦の中を歩いて行く。ローク曰く新造艦であるクサントスは戦闘能力と居住性を両立した設計となっているらしく、確かに小さな学校くらいには余裕があった。
「ほらよ、ここがお前さんの部屋だ。丁度昨日空きが出てな。前の奴の私物は片したが、生活感が残ってたら悪ぃな」
「あ、空きが?」
何かとんでもない事がさらりと言われた気がした雫は恐る恐る尋ねる。ロークは平然と、
「連合の航空部隊との交戦があったんだ。その時に有人対空砲に乗ってた奴がいたんだが、戦闘終了後に見たら上半身が吹っ飛ばされてた。まぁ、戦ってたら良くある事だ。で、損傷箇所の修理の為にこの国の成田航空基地まではるばると...って訳だな」
と言い放った。雫はその語気の軽さに一種のおぞましさを感じた。死が間近にある環境で生きていれば、こういう感性にもなるのか...、と。
雫は改めて、自らの日常の倫理とかけ離れた世界に足が踏み入ってしまったと後悔したが、今この瞬間、彼にとって眠気に勝るものはなかった。連合の攻撃から逃げ、ヴァルキリアに乗って戦い、自分とは遠い世界にいたはずの人間達と交流したのだ。疲労は限界をとうに超えていた。雫は扉を開けると、そこにあったベッドに身体を沈めた。
「...偉いわ...!あれを乗りこなせるなんて...、...本当に適合したのね...」
まどろみの彼方から、見知らぬ女の声が聞こえた。身体中が浮いているような感覚、意識も朦朧としており、ここが夢の中であるという事を雫に伝えていた。
(何だ、誰の事を話しているんだ?)
誰かの事を喋っているようだが、その部分は不明瞭で聞き取れない。だが、彼が思案している間に別の男の声が流れる。
「何故こんな事が出来ない!貴様にどれだけ...!」
「申し訳ありません!...には良く聞かせておきますから!どうか、どうか...!」
怒鳴る男に縋るように、先程の女が叫んだ。
(何があった...)
夢は自らの記憶と密接な関係にあると言う。ならば、この会話を自分はどこかで聞いたのか...?
「こいつの調整には金がかかる。軍の連中にもいつまでも隠してはおけん。代役が必要だな」
「そういう事であれば、例の奴が適合反応を示しています。奴を乗せてやるのは癪ですが、研究の発展の為には必要ですな」
怒鳴った男と、別の男の会話。
(何だ、何が起きているんだ!これは、一体!)
「っは!」
目が覚めた、と知覚した瞬間に上半身が飛び跳ねる。シーツとシャツは汗でぐしょぐしょ、おまけにあの悪夢。どう考えても気持ちのいい目覚めでは無かった。
震える手で顔を抑え、独りごちる。
「...覚えてないな、あんな記憶...」
次の瞬間、乱暴な扉をノックする音に思考が吹き飛ばされ、慌ててロックを外す。扉の向こうには壮年の男性がタブレットを持って立っていた。
「ようガキンチョ、ヴァルキリアについて聞きたい事があるんだが、格納庫まで来てくれるか?」
「はぁ、でも俺なんですか?所詮俺は素人だ、正規パイロットの人に聞いた方が」
「カルラ大尉はまだ意識も戻ってないらしい。まぁ、艦隊突入から大気圏突破だからな。弱るのも無理はねぇ。だから、無断とはいえ乗ったお前に聞きに来たんだ」
男は持っていたタブレットを雫に渡す。損傷箇所は赤く光っていたが、どうもそれが少なすぎる。
「損傷箇所は四、関節部に結構な負荷がかかってやがる。それと装甲に幾つか被弾痕がある。そんくらいかな...」
「思ったより少ないんですね」
「お前、被弾してなかったからな。弾が掠めた跡があるくらいだ。野暮な事だが、何であんなに動かせんだ?お前に聞いても分かるはずは無いか」
笑う男に背中をばしりと叩かれ、雫は痛みに跳ねた。
「うはは、元気そうで安心したぜ。俺は立林緑郎、クサントスの整備長をやってる。同じ日本人同士、仲良くやろうぜ」
緑郎はそう言うと、雫の肩に腕を回して引きずっていく。あまり交友経験が無かった雫にとってこの手の人間は苦手であったが、同時に好感を抱いていた。物事を紙を裂くように進めてくれる緑郎の様な人間は、目上の人間との会話を進めるのに適しているからだ。
格納庫に行くと、ヴァルキリアを初め五機のAMが並んでいた。その下には整備員に指示を出している人間がいる。パイロットスーツを着ている事から、それぞれの機体のパイロットであると知れた。
その内の一人、金髪と褐色の肌が特徴的な男が雫達に気付いた。
「おっ、あいつが新入りか?」
「新入りじゃねーよ。仮だ」
「大して変わらんだろう」
傍らにいた赤髪の女と会話を交わした後、二人は雫達に近寄り、
「よう、俺はイェゴール・ユージェニー大尉。クサントスAM隊の隊長をやっている。お前もパイロットになるんだろう?なら、俺の部下という訳だ」
「そんで、オレはサヴィナ・ヤーナ中尉だ。このオッサンの補佐やってる」
「オッサンだと?俺はまだ二十八だ、小娘が」
「小娘から見りゃ十分オッサンだよ、オッサン」
と自己紹介ついでにイジリをやった。雫は反応に困ったが、ここは無反応が吉と判断した。
片目でちらと横を見る。そこにはアセットの機体が格納されており、アセット本人もパイロットスーツのままコンテナの上に座っていた。雫に気付いたアセットが、嬉しそうに雫に駆け寄る。
「僕はアセット・マッケンジー少尉!多分、君とは同年代だ。よろしくね、雫!」
「同年代だと?」
「うん、僕は元々士官学校生だったんだ。それが才能があるとかってさ、教育課程が終わる直前に実戦配備。僕だけだよ、僕だけ。酷くない?」
「ひでぇな、そりゃ」
久しぶりに話す同年代の少年に、張り詰めていた心が緩むのを感じた雫だったが、突如鳴り響いた警報に再び引き締まった。
「第一種警戒アラート!敵だ!」
「各パイロットはAMに搭乗、発艦作業始め!」
先程まで穏やかだった周りの全ての人間の表情が、瞬く間に真剣なものに変わる。パイロット達はタラップを駆け上がり自機のコクピットに飛び込み、整備員達は最終チェックを行った後に機体から離れる。
「ほれ!お前のパイロットスーツ!」
緑郎が雫の背中をどつき、パイロットスーツを押し付ける。
「俺も出るん...、だよな!」
「新入り!俺達が保たせてやるから、俺達の尻を追って出てこい!」
開いたままのコクピットからイェゴールの大声が飛んだ。そのまま緑郎に誘導されながらヴァルキリアのコクピットに入り、彼に手伝ってもらいながらスーツを着る。
「コイツは予備のスーツだ。ちと重いが対G性能は通常のものと大差ねぇ。いっちょかましてこい!」
緑郎の笑顔に見送られ、コクピットのハッチを閉める。起動音とともにモニターが点き、前方に展開されていたキャットウォークが格納されていく。
「ヴァルキリア、発艦シークエンスに移行。カタパルト供給電力、各部アクチュエータ及び駆動系異常なし、そちらで武装確認、出来ますか?」
「えーっと...、多分問題ない!いつでも行けます!」
「了解。ヴァルキリアの発艦準備完了を確認」
「敵は先程離脱したクイーン級軽航空戦艦。つまり、君の街を攻撃した部隊だ。君に指揮官機をやられた彼らは、当然君を集中的に狙ってくるはずだ。味方機との戦列を意識しろ」
無線から流れたアンネとカーチスの声に返答をし、機体を前進させカタパルトに接続させる。
「射出時にかなりのGが来る!舌ァ噛むなよォ!」
「各AM射出完了!後はヴァルキリアだけだ!」
緑郎達整備員の声が耳朶を打った。雫は大きく息を吸い、そして叫んだ。
「ヴァルキリア、行きます!」




