日本上空邀撃戦
『...西欧に降下した惑星連合軍は各国の地上部隊と交戦を開始し、戦線を拡大しています。先日大西洋上で発生したアメリカ第二航空艦隊と連合軍の航空艦隊の戦闘において、アメリカ艦隊は連合軍のAMによって壊滅し、統合作戦司令部は早急なAMの量産、配備を...』
ニュースキャスターが喋り終わる前に、テレビを消す。恐らく、下の妹が点けっぱなしにしていたのだろう。画面の向こう側では連合軍が進駐した街とか、兵器の残骸とか、事態が深刻である事を嫌という程示していたが、この日本という国においては全くと言っていいほど戦火の影は無かった。せいぜい、海軍第二戦隊がインド洋付近で哨戒に当たっている程度だろう。
今日もいつも通りの時間に家を出て、いつも通りの時間に通学する。不変の日常、当たり前の日々は、死ぬまで続くと思っていた。
彼女と、あの機体に出会わなければ。
環状線を走る電車の中に、突然アラートが鳴り響いた。乗っていた青年が窓の外を見る。群青の空の遥か彼方に、ポツポツと見え始めた黒点があった。段々とそのシルエットが明らかになった時、乗客の一人が叫んだ。
「連合軍の航空戦艦だ!」
その一言で、乗客はパニックに陥る。車掌は必死に静止するが、一つの流れとなった人々の意思はもう止まらない。観念した車掌がパネルを操作すると、車体側面から大型の緊急脱出スライドが射出された。乗客は次々と滑って街へ降り立ち、そして逃げ惑う人々の濁流に加わる。ふと、青年は空を見上げた。迎撃に出動した空軍のEF-10戦闘機が次々と直掩のAMに撃墜され、市街地に墜落した機体が被害を広げていた。
これでは不味い...。青年は人々を掻き分け、家の裏山へと駆け出した。そこは幼い頃から良く出入りしていた為、構造を熟知していたからだ。
「小さい洞窟があったはずだ。そこに逃げれば...」
既に爆撃は始まっており、山の下からは人々の悲鳴や断末魔が響いていた。青年は背中にそれを聞いて、とてつもない憤りを感じた。
「何でそう人を殺せるんだ...!軍人は軍人だけ狙えばいいんだよ...!」
いくら怒りに駆られようが何も出来ない、無力な自分に対する悔しさを噛み殺し、川を飛び越え森を縫って、走って走って走って、走り続けた先で青年は立ち尽くしていた。
彼の目の前には、一機のAMが横たわっていた。
「これは、ヴァルキリア...?」
青年の記憶回路が、脳にあった名前を反芻させる。特徴的な純白の装甲は傷や煤で黒く汚れているが、そのシルエットは確かにヴァルキリアと知れた。だが、彼の頭にひとつの疑念がよぎる。
「俺、なんでこいつを知ってるんだ?見た事も無いのに...」
ヴァルキリアを含むAMは、地球軍の最高機密である。民放はおろか、官報にさえ載せられたことの無い秘匿情報だったのだ。それが、彼はすらすらと名前を呟いた。
だが、何故ここにあるのか、何故誰も気付かなかったのか、思案に耽っている暇は無かった。攻撃部隊はすぐそこまで迫ってきていたのだ。青年はヴァルキリアを見上げると、
「こいつがあれば、あのクソ共に一発でも返してやれる...?」
これまで溜まっていた鬱憤が、今爆発した。アドレナリンが大量に放出されている現在、彼は死への恐怖よりも敵への怒りに呑み込まれていた。
ヴァルキリアのコクピットへと走り、外部の緊急用開閉放置を操作してハッチを開ける。何故自分がそんな事を知っているのか、という疑問は、今の彼には無かった。
コクピットの中はグチャグチャのトマトをぶちまけたようなのを覚悟していたが、意外にもパイロットは原型を保っていた。それどころか、外傷も殆ど見当たらない。
「呼吸はあるから生きてんな...。すみませんね、アンタの機体、お借りします」
意識の無いパイロットを抱き抱えて、外に下ろす。どうやらパイロットは女性らしく、平均的な筋力の青年は楽に運ぶことが出来た。入れ替わりでコクピットに飛び込んだ青年は、あたかも手馴れたかのような手付きで操作し、機体を再起動させる。
「生体認証、STP-01。システム起動を承認します」
システム音声が流れ四面のモニターが点くと同時に、ヴァルキリアのバイザータイプのカメラが緑色に輝いた。
「武器は剣だけかよ!まぁ、何も無いよりかは...」
青年は呟きながら落ちていたブレードを拾うと、未だ破壊活動を続ける連合軍を見据え、
「やってやる...!殺されるまでに、一人でも多く殺してやる!黙って殺されてたまるかぁ!」
青年の気迫に応えるように、ヴァルキリアが蒼いバーニアを吹かして飛翔する。ヘルメットはパイロットが着けたままであり、HUDが使えないことに気づいた青年はコンソールを弄り、手動操作でロックオンが可能になるように再設定した。
(やっぱりだ、俺はこいつを知ってる!見た目とかじゃない、このコクピットもパネル操作も、全部覚えてる...!)
考えながらも、青年は操縦桿を動かす手を止めない。戦場で少しでも停止する事は死と直結すると、本能的に勘づいていた。
ヴァルキリアがブレードを構える。ターゲットである連合軍のAMのパイロットは接近してくる機体を確認すると、無線を開いた。
「隊長、地球人のAMです!あ、あれは...」
その正体に気付いたパイロットは唖然とした。先日の戦いで、たった一個中隊で艦隊に突っ込み、散々暴れた末に消息を絶ったあの機体。ヴァルキリアの勇名は、既に連合軍の中にも広く浸透していた。
「う、うわぁぁぁ!」
精鋭機の奇襲に怯えたパイロットが、レーザー・マシンガンを乱射する。しかし、恐怖に支配されたやぶれかぶれの射撃を青年は容易く回避すると、
「誰に撃ってんだ!てめぇぇぇ!」
自分が狙われた怒りのままに、叫びながらブレードを振り抜く。電磁パルスを纏った刀身が、セラミックの装甲を両断した。
「た、隊長ぉぉぉ!助け...!」
胴と腰を切り離されたAMが、パイロットの末期の叫びを呑み込んで爆散する。市街地への爆撃を終え、帰投しようとしていた他のAM部隊は突然の味方の死に動揺したが、
「こんな辺境の作戦で、貴様程の機体に出会えるとはな!貴様を墜とせば俺はエースさ!エンプーサ全機、奴を囲え!」
「了解!」
指揮官の命令一下、連合軍のエンプーサと呼ばれるAMが両翼に展開しヴァルキリアを半包囲する。敵を倒した高揚感から幾らか頭が冷めてきた青年は、ようやく自分が危険な状況に置かれた事に気付いた。
「クソ、囲まれてる!あの指揮官機をやっちまえば...!」
だが、指揮官へ突撃する直前に三方から弾幕射撃を喰らう。鳴り止まないアラートに半ばパニックになりつつも掠る事無く全てを避け切って見せた。
「空中戦でその機動をやってみせるか!勇名、伊達では無いな!」
指揮官は自機の腕部に収納していたトンファーを展開し、ヴァルキリアと真っ向から対峙した。
「各機攻撃止め!俺が仕留める!」
「!?攻撃が止んだ...、奴か!」
青年が見据える先には、指揮官の機体が凄まじい速さで突っ込んで来ていた。
「その命、俺のスコアになれ!」
「侵略者如きが!」
トンファーとブレードが交差し、二機が激しくぶつかる。指揮官の男は操縦訓練や模擬演習において優秀な成績を出した男であり、両者の実力にはかなりの差があると思われた。
だが、ヴァルキリアの性能はエンプーサを優に上回っていた。鍔迫り合いは段々、ヴァルキリア優勢となっていた。
「くっ...、このエンプーサがパワー負けしているだと!化け物め!」
「てめぇとは機体の格が違ぇんだ!くたばれ、この殺戮者がぁ!」
パニックの頭が再び沸騰する。力任せにレバーを押し込み、ブレードの出力を最大まで高める。最大出力のブレードは、エンプーサのトンファーを容易に溶断して見せた。
「なっ...!」
「終わりだぁぁぁ!」
一瞬に出来た隙を突いて、エンプーサを袈裟斬りにする。斜めに斬られた機体は僅かに空中に留まった後、火球に変わった。
「これで二つ!まだ足りねぇぞ!」
だが、青年の気迫とは裏腹に、指揮官機を失った連合軍の部隊は撤退を開始していた。エンプーサを収容したクイーン級軽航空戦艦が、一目散に戦域を離れていく。
「なっ、待ちやがれ!殺すだけ殺して、逃げんのかよ!」
青年は尚も怒りのままに追撃を仕掛けようとしたが、突如メインコンソールに警告の文字が映る。
「エネルギー切れ!?クソ、墜ちるな、墜ちるなよ!」
ヴァルキリアは丁度、焼け野原となっていた市街地の上空にいた。もし墜ちれば機体はもちろん、下にいる生き残った市民にも被害を与える可能性があった。しかし無情にも、エネルギーを失った機体は自由落下を開始していた。
「畜生!ここまでなのかよ!」
未だ幻の如く続く戦闘の興奮も冷めやらぬまま、間近に迫った死という事実に青年は慄いた。
突如としてヴァルキリアに震動が走る。それは地に墜ちたものでは無く、金属同士がゆっくりと重なった時のものだった。
「やぁ、カルラ大尉!お手柄だね...、って、あれ?君は?」
接触回線が開き、無線から男の声が流れる。青年が辺りを見回すと、エンプーサとは違う形のAMがヴァルキリアを抱えていた。
「...君、この機体には女性のパイロットが乗っていたはずだ。彼女はどこにやったの?」
「...降ろしましたよ、狭かったんで。あそこの山に」
人間がそうするように、ヴァルキリアの指が薙倒された木々の後を指す。男は少しだけ間を置くと、
「どういう経緯かは知らないけど...、君は何者なんだ?」
と尋ねた。青年は自分が不味い状況に置かれていることに気付いて、鼻を掻いてから応える。
「卜持雫...、です」
後に戦乱の渦中に飲み込まれ、激動の時代を生き抜く青年は、今はただの高校生に過ぎなかった。




