第七章 フィオナと猟兵隊
マルセロ商会に行くと、魔法陣に樽が並んでいる。
珪石堀りのゴブリン達だ。
「この樽にはゴブリンが隠れてるのよ」
「ゴブリンは初めて見るわ」
「ここじゃアレだから、猟兵隊の砦に行ってからよ」
「仲良く出来たら良いのだけれど」
ロビンソンさんに聞いてみた。
「森の中で幽霊を見たが、幽霊もゴブリンも互いに相手にしていなかったぞ。ゴブリンに殺されて幽霊になったなら兎も角も、お互いに興味が無いんじゃないか? ただ、幽霊の気配は感じられないようで、目に前に来るまで気付かなかったな。その点、狼の方が反応は早かった」
森の中で枯葉の上を歩いても音がしない。木の枝を避けもせずにすり抜けて行く。
フィオナには気配が無いから五感に反応しないのだろう。
しかし、狼は気付いたのか。
魔物に近づいて不意打ちが出来るかと思ったがそうもいかないな。
事実、実際に会った時のゴブリン達の反応は、相手が草木の時とそうは変わらなかった。存在を意識していないのかも知れない。フィオナも珍しそうにしていたが、怖がらずに挨拶をしていたので仲良くなれそうだ。
問題があったのは、人間の方だったりする。
「こらあ! なんだ手前らあ!」
お約束の挨拶があった瞬間だ。
バキン! と大きな音がして空気が揺れた。
しまった。今まで順調に行きすぎて忘れていた。
フィオナだ。びっくりしたのだろう。
「なんだ? どうした?」
槍を構える者、剣を抜く者。私達を庇うように取り囲んだ。
「ごめん、ごめん。大丈夫よ。説明するから剣を収めて」
抜いたのは白銀の剣だ。フィオナに当たったら大変だ。
「なんだお前達か。一体、何をやったんだ?」
ふう、と息を吐いて、剣を収めてくれた。
「新しい仲間のフィオナよ。幽霊なの。びっくりするとさっきみたいな音がするのよ」
「幽霊だあ? どこにいるんだ?」
「ほら」
フィオナに指輪を付けて貰う。突然出現した風に見えるだろう。
「うわああああ!」
「いやああああ!」
一斉に逃げて行った。意気地が無いな。
「すみません。私のせいで。あの、大丈夫でしょうか? やっぱり最初から姿を現していた方が……」
「いいの。いいの。これを契機に王都みたいなスマートな誰何に変えちゃえばいいのよ」
「あんた、まさか最初からそれ狙ってたの?」
陰謀好きの魔法使いがニヤニヤしている。指輪を外しておけと言った張本人だ。
もう、どうなっても知らないわよ。
騒ぎを静めるために、ルイスさんに説明しなきゃいけない。
「すみません。お騒がせしました」
部屋に入ると同時に拍手された。
いつの間にか、悲鳴を上げて逃げ散った山賊も揃っている。
「やあ、フィオナ。中の原猟兵隊にようこそ」
歓迎フィオナ嬢と書いた幕が壁に掛かっている。
全部バレてるじゃないか。
「お見事!」
何故かパウルさんが喜んでいる。
ベアトリクスはあんぐりと口を開けたままだ。
追い打ちとばかりに、すまし顔のルイスさんが一枚の羊皮紙を見せてきた。
「ジャンヌ神官騎士。君の中の原猟兵隊名誉隊長就任が正式に王都で承認されたよ。しかし、困ったな。今の君は霊媒神官騎士になってしまった。申請し直さなければならないと思うのだが、君はどう思う?」
山賊どもがチラチラと視線をルイスさんに送っている。こっそりと弓を見せる。
ああ、やってやろうじゃないか。
「フィオナ。目を瞑っててね」
期待には応えなければならない。若干待ち構えている感じのルイスさん目掛けてライトをぶちかまし、大袈裟に転がっている所を、弓兵に囲んで貰った。
フィオナを紹介し、一通りの挨拶を済ませる。
山賊共は、こんな所で日々過ごしているだけあって、幽霊はよく見るそうだ。
「びっくりさせて悪かった。あれも任務の内でな、悪いが慣れて貰うしかないな」
中央軍とは随分と違うようだが……。
「違うから良いのだ。日々の生活習慣はそう簡単に抜けん。猟兵が近衛兵の習慣を身につけてしまっては任務に障りがある」
そこまでの拘りがあるのなら全うして貰おう。ベアトリクスも諦めな。
もう一つある。
「へー、本当に任命されてるわね」
「ジャンヌ。すごいなぁ」
ベアトリクスとボニーが羊皮紙を覗き込んでいる。
本当に名誉隊長にされてしまった。
サインはビクター様だ。
こんなことなら、王都で却下するように直接お願いしておけば良かった。
てっきり、冗談だと思っていた。
「えーと、名誉隊長って何やるの?」
「特に無いな。時々ここに来て皆を督励してくれれば良い」
「督励?」
「まあ、見回りだな」
見回りどころか、一緒になって魔物と戦ってるぞ。
「手当は出るの?」
「我らと一緒に食事が出来る」
いつものことだ。しかも、食べるのはアンジェリカさんの作ったお弁当だよね。
「名誉なことなの? 皆に自慢できるような」
「自慢できるくらい名誉なことだが、口外しないでくれ。猟兵隊は表向きただの猟師の集団なのだ」
どうも良く分からないな。何のためにやったんだ。
「我らが盛り上がるからだよ」
おい、オッサン。いい加減にしろよ……。
「我らは、普段山の中で男だけで殺伐としていてな。最近お前達が来てくれるようになって、活気が出てきたんだ。共に戦った時も、ホタルを始め様々な工夫で被害を減らしてくれている。そうかと言って、我らが何かをしてやれるわけでもなく、せめてもの感謝の気持ちの現れなのだ」
「ほほう。私達も少しは役に立ってるみたいね」
「少しどころか、この間のヘビの件といい、大いに助けて貰っているよ」
山賊達が頷いている。
おや、結構評価高いのね。
「じゃあ、ちょっとお願いがあるんだけど」
交渉上手な魔法使いが早くも人を出汁にしている。
「なんだ? 我らで出来ることなら良いが」
「簡単よ。私達が新しい土地を買ったのを知っているでしょ? 今のとこ常駐は出来ないのよ。なので、時々見回りをして貰ったらありがたいんだけど」
フィオナの件で十日間ほったらかしになってしまった。
ボニーとリュドミラがアンガスさん達と一緒に来て、色々面倒を見てくれたが、やはり限界があった。
特に捨て石塀は深刻で、全くの手つかずだ。
雑草が生えて来たら幽霊屋敷の裏庭にいる山羊を放そうと計画しているが、逃げられては困るので石塀が出来るまでは放牧も出来ない。
水道管の工事で出た石の捨て場所に困っているから持って行っても良いとヘンリー様に教わった。これ幸いと貰ったはいいが積んであるだけだ。ちなみに、大量の石が残っていて、どこかに跳ばして捨てると言われている。あんな重い物をどうやって跳ばすのかは知らないが、早く貰って来ないと無くなってしまう。
「その位は任務の範囲だ。問題ない」
「でね、出来る範囲でいいから、石塀作るの手伝って欲しいんだけどなあ」
「ふむ。構わないぞ。例の北のオーク共が最近は満月でも攻めて来なくなった。ゴブリンの話では、もう来ないらしい。それに冬になったら工事も一時中断する。冬の雪の無い時を選んでやってやろう」
これはありがたい。石を積んでモルタルで固める石塀作りは人手が必要なのでありがたい。
「ただし、条件が二つある」
「条件?」
一つは、化け蛇がいたお墓の再調査に協力して欲しいとのこと。
簡単そうだ。仮に幽霊がいてもフィオナなら対応出来る。
問題はもう一つのほうだ。
「祭衣を着て例の騎士杖を持ったジャンヌに閲兵をして貰いたいのだが」
えーと、見せびらかさないように言われているのですが……。
「正式な行事だ。猟兵隊の発隊記念日が毎年四月にあって、近年はロバーツ様とグラディス様に来ていただいている。是非同席して欲しい」
「いいわよ。よろしくねジャンヌ」
なんで、あんたが返事するんだ?




