第六章 平坦地南部
二週目は平坦地の南の山地を担当する。
ここもイノシシやキツネが出るらしい。
両方とも羊を襲ったりクローバーを食べたりはしないから、その点は安心だ。キツネはなんとなく不安だが、狼のおしっこがあれば大丈夫だろう。
ここでは確認したい事が三つある。
「パウルさん。南への街道を通すとしたら、どの辺になるでしょうか?」
まずは、南へ抜ける街道だ。そこから遠く離れてしまっては、買った土地で採れた物を運び出すのが大変だ。どうせなら、人の往来の近くの方が良い。
土地を買う場所は、マルセロ商会の事務所を設置する場所にもなるから、パウルさんに遠慮なく相談できる。
「西に行けば行くほど山地が低くなっておるから、ゲジゲジの穴からはそうは遠くないだろう。後は、山と山の間が広いところを通すのではないか?」
確かに、やたらと山を削るよりは谷間を通した方が良いに決まっている。
「じゃあ、空から見たら一発ね」
「うむ。イノシシの餌を撒いてきたら、しばらくは地形の探索と行こうか」
「お願いします。後、もう二つあるんですが」
「なんじゃ?」
一つは薬草の生えている場所だ。買う土地の近くに薬草が生えていれば、メアリーが週に一回平坦地に来る理由が出来る。開拓民はオッサンだけではないはずだ。メアリーの集客力を十分に発揮して貰わないといけない。
パウルさんにお願いして実際に見て廻る事になった。
「もう一つは何じゃ?」
「リュドミラが言っていたんですが、豚を飼ってはどうかと」
「豚? 豚はクローバーなんか食わんだろう?」
「そうなんですが、ドングリを食べるそうです」
「ドングリ?」
「はい。森の中で放牧してドングリを食べさせると良いそうです」
母豚の飼育は大変なので、子豚を買ってきて放牧する。半年ほどで大きくなるらしいので、夏に買ってくれば冬には出せるはずだ。子豚のうちは森の草の球根や根っこを食べさせエンバクをやり、秋になったら森に出してドングリを食べさせると良いらしい。子豚用のエンバクは農業試験場や三枚目の畑で賄える。
「孤児院では豚も飼っておるのか?」
「いえ。孤児院では飼ってはいませんでしたが、リュドミラが手伝いに行っていたところで教わっていたそうです」
フーム。と腕を組んでいる。
家畜を森で放牧するのは禁止されているのだが、唯一豚だけは大丈夫らしい。木の芽を食べずにドングリを食べるからだ。
「しかし、クマやオオカミはおらんようだが、キツネはおるだろう? 大きいのは兎も角も、森の中で子豚が襲われないか?」
「はい。見張りをつけなければいけませんから、あまり多くは飼えないと思います。始めは二、三頭くらい」
「つまり、ドングリをつける木が多く植わっている所がいいわけだな」
「そういう事です」
「ならば、いっその事、西の端にすればどうだ? そうすれば、二方向に森がある。珪石の取れる岩からも離れておるから、土質もマシだろう。この辺りの山はドングリを付ける木は多い。どこでも良いと思うが、どうせなら買った土地から近い方が良いだろう。その方が薬草も採りやすいぞ」
なるほど。それもそうだな。
「でも、西の端にしたらゲジゲジの穴からちょっと遠くない?」
「なに。歩いて一時間ほどだろう。森に囲まれておる方が土も少しは肥えておるんじゃないか。実際に行って見よう」
用意してきた餌を木の少ないところに仕掛けて、早速西の端へ行って見る。
空から見ると、地形は大体わかる。山は平坦地の東が一番高く、西に向かって徐々に低くなってきている。
丁度、ゲジゲジの穴あたりが一番低く、そこからまた徐々に高くなっていて、遂には平坦地の西の山にぶつかっている。
「ここら辺が、一番谷が広くなっているようだな」
ゲジゲジの穴から少し西に寄ったところだ。
真っ直ぐ、とはとても言えないが、川があっても可笑しくないくらいの谷間が何本か南に向かって伸びている。丁度、西の端との中間位になる。
「ドングリはどうでしょうか?」
山地から延びている森に目を向ける。
「見た感じ、どこも変わらんな。元はブナの森だったようじゃな。結構植わっとるようだぞ」
「ドングリって人間も食べるよね?」
孤児院でも時々食べた。主食と言うわけでは無く、おやつみたいなものだ。
「ああ。しかし、昔に比べると最近はあまり食わんようになったらしいぞ」
「どうして?」
「贅沢になったんだ。儂の爺さんの子供の時分は、子供達が良く拾っていて、中の虫まで食ってしまったこともあるらしい」
孤児院では、水に漬けて浮かんでくるのは食べるな、と教わった。虫が食っているからだ。
「甘くて私は好きだけどな」
「お前達のところで、パンを作っとるだろう? ドングリを混ぜてはどうだ? 昔はそういうのもあったらしいぞ」
ドングリパンか。アンジェリカさんがレーズンや栗やクルミの入ったパンを作っていたな。
「今度、一回作ってみようか?」
「私はお母さんと一緒に作った事あるよう」
流石は森の子だ。
「ボニー、作れる?」
「作れるけど、結構手間がかかる」
「どうやるの?」
「炒ってからあ、殻を取って粉にしないといけないんだあ。手が痛くなるし大変なんだよお。だから、パンよりも小さいクッキーの方が良いかもお」
「いいじゃん。それ」
ベアトリクスが食いついてきた。
「秋になったら、ドングリクッキー作ろうよ。栗と一緒でそのままで甘いから、売れると思うわ」
クッキーなら、値段を分けてもいいわけだ。ドングリを集める分にはお金はかからない。手間暇だけなら何とかなりそうだ。
「お前達は、色々と頑張るなあ」
パウルさんにも褒めて貰えた。
「区別はつくのか? ドングリと言っても、渋味が有るやつはあく抜きをせんといかんぞ。この辺に多いブナなら大丈夫だと思うが」
「孤児院で教わりました」
「流石は、カトリーヌ司教だな。いや、ジェニファー先生か?」
「エイミー先生ですね。なんせ元猟師ですから」
「院長先生は、渋味なんか気にせずに食べるんじゃないの」
「もしかすると、殻も剥かんかもしれんな」
おいおい、豚と一緒かい? 叱られるぞ。
実際に降りて森の様子をうかがう事にした。
幸いな事に、ドングリの木は多いようだ。地面にも古い実が落ちている。
「この辺りがいいんじゃないか? ドングリの木が固まって生えておるぞ」
「栗鼠とか野鼠もいるみたいだよお」
ボニーは猟師だけあって、小さい動物の足跡の見分けがつく。
「クマがおらんで良かったな。おれば大量にドングリを食われておるぞ。連中は木を揺さぶってドングリを落として食うからな。何本か丸々やられるところだ」
「イノシシも食べるんだっけ?」
「うむ。だから、頑張って狩らねばならんぞ」
豚の餌を守るために魔物狩りをしなければならないとは考えていなかった。実際に色々とやろうとしなければ分からないものだ。
この先、今まで考えもしなかった事が、次々に出てくるかもしれない。
「ボニー、他にどんな動物がおると思う?」
試験が始まった。パウルさんが言うには、森の中を見れば、どんな動物が多いか分かるらしい。
「下草が少ないから、猪が多いかも。でも、木の皮や芽が食べられていないから、鹿は少ないかなあ。落ちているドングリが少ないから、栗鼠や野鼠も多いかなあ。だから、狐も多いかも。鳥の数が多いから、蛇は少ないかも」
「うむ。良く分かったな」
「えへへ」
正解だったようだ。
「下草が少ないと、豚がドングリを探しやすかろう。そのかわり、茂みが少ないから薬草も種類が限られてくるな」
「じゃあ、ここは薬草採取よりも豚の放牧に向いているわけね」
「その代わり、ライバルも多いから、魔物狩り以外にも狩りをして栗鼠や鳥を狩らねばならんな」
豚の放牧は狩猟兼任と言う事だな。
しかしだ。
「下草が少ない方が良いとはいえ、下草を食べる動物はドングリも食べますよね?」
「ほほお。気付いたな」
「じゃあ、どうすればいいの? 国有地だから柵とか作っちゃだめよね?」
「夏の終わりまで放っといて、秋になったら狩猟祭りだ。猪は知っての通り味が良い。魔獣化してイノシシにならん程度に狩る事が出来れば丁度良いな」
ドングリを守るために、イノシシ狩りを毎週やった方が良さそうだ。
「後は薬草だな。薬草は茂みがあった方が良いぞ」
「フローラが言うには、南の山地の谷間の方が多いみたい」
「ならば、行って見よう」
早速、お椀に乗って南へ行く。山裾から延びている森は、そうは広くないのであっという間に山に着いた。森の中を歩いたところで、そう時間はかからないだろう。
「ふむ。確かに山陰の方が多いな」
山地の北になるので、森との境目になる斜面は皆日陰になる。
「畑は三枚買うと言っておったな。南の山地から延びとる森に沿って三枚並べて買えばいいんじゃないか? それか、二枚と西側に一枚縦に並べるか。商会の事務所と井戸は北東の隅にすれば良いだろう。イノシシやキツネが出ると被害が出るから、普通の農家は山に近いところをいきなり開拓はせん。競争相手もおらんから丁度良いだろう」
ベアトリクスとボニーも頷いている。森に沿って荒れ地を買って、森を開拓されてしまっては目も当てられない。その心配が無いなら丁度良い。第一候補地がまとまって来たな。
餌を撒いた所に戻ると、イノシシが八匹いた。
今日はマチルダがいないから、最後の決戦は無い。
「上から狙うぞ」
ボニーは聖水の矢で一匹を、ベアトリクスと私は二人がかりで一匹を倒し、無事に二匹仕留めた。
残りの六匹は逃げて行ったが、また今度だ。
「ここは今まで猟師があまり入っとらん。クマがおらんのは残念だが、イノシシは多いみたいだ。中の原周辺の魔獣もおらんようになったし、イノシシで稼ぐか」
「なんでクマがいないの? 山地は結構広いしクマがいても可笑しくはないでしょ?」
「クマは北の山地におるんだ。その先は魔物の領域になる」
「つまり、クマがいる所には強い魔物はいないって事?」
「そうだ。あのヘビは例外だろう。万年雪を被っとる山並みがあるだろう? 恐らくあの辺は本当に強い魔物の巣だ。そこから、徐々に人里に近くなるにつれ、魔物も弱くなっておるはずだ」
てことはあれか? 北の峠のさらに向こうは、オークなんかでは済まないって事か?
「いや、この平坦地の北にはそう強いのはおらんようだ。問題は、中の原の北から西の原、ほれ、この間行っただろう? あの辺当たりらしい」
いわゆる、渓流の向こうか。だから、モルガンさんが見張ってるんだな。
「北東の森はロバーツ様が頑張ってるじゃない。中の原の北はどうするの?」
「分からん。今まで手付かずなんじゃ。万年雪を被っとる山並みの更に北は王都域だが、丁度その強い魔物がおるらしい辺りの北に魔王の棲む森がある。魔王と何か関係があるんじゃないか、と言う者もおる。王陛下とロバーツ様は、何か考えておられるかもしれんな」
ヘンリー様率いる七英雄も手が出せなかった領域だ。
北東の森と言い、中の原の北と言い、一体何があるんだろう。
一旦ゲジゲジの穴に戻ると、ベイオウルフとヴィルが呼んでいる。
何かと思っていくと、手に幾つかの白い石を持っている。
「珪石?」
「そうだ。調査用に採掘したものだ。少し貰ってきた」
「こういうのをアクセサリーに加工して、店で売れないかと思ってね。どうだろうボニー?」
ボニーを見ると首を捻っている。
「マチルダの方が得意かも」
ボニーが作るのは木の枝や皮を組み合わせたもので、固い素材を加工するような道具を普段使っていないとの事。その点マチルダは、ノミやタガネを扱っている。
そのマチルダは工作所の一員として、穴に潜っているらしい。
「火薬を仕掛ける、と言っていた。そろそろ出て来るだろう」
見ていると、穴から工作所の三人が飛び出て来た。
楯を何枚か並べた所に行き、陰に隠れている。
走っている姿を見ると、マチルダが一番体格が良さそうに見えるのは、気のせいだろうか。
くぐもったような音が聞こえてくる。
どうやら、上手くいったようだ。
しばらくして、煙が穴から出て来た。
中に入った三人が幾つかの岩の欠片を持ってきて、調査員の神官に見せている。
後学までに、と寄って行くと、見せてくれた。
「ジャンヌ神官。この岩の白い帯のような部分。これが珪石です。これを砕いて粉にして、ガラスの材料にします」
「という事は、この部分を取り出さないといけないんですね」
「そういう事になります。採掘の過程で職人がハンマーで割り砕いて取り出します。純度が高ければ水晶や石英、場合によってはアメジストとして採掘できます」
宝石だ。もし採れたら、まさしく宝の山になる。
「しかし、この岩山は残念ながらそう言った鉱物は含まれていなさそうです。もう少し調査をしなければ正確な事は言えませんが、最初にお話のあったように砕いてガラスの材料になる程度ですね」
流石にそう簡単に、宝の山は見つからないか。
「鉱脈もあまり大きくはありませんが、この岩山全体が鉱床の様なので、ガラス加工用としては有望かも知れませんね」
穴掘り専門の魔法使いが、岩山の頂上を含めて、あちこち穴を掘って確認したらしい。
珪石の採掘としては、岩山を削る様に採掘していって、無くなったら終わりなのだそうだ。小さいとは言え、岩山一個が無くなるのだ。しばらくは続くだろう。
「採掘の過程で出ていた珪石を安く譲って貰ったりは出来るんですか?」
「適正な金額を支払えば問題はありませんが、どうされるのですか?」
首を傾げている。それはそうだろう。普通石は買わない。
「小さくても良いので、綺麗な部分を加工してアクセサリーにでもしようと思っているのですが」
「その程度であれば、採掘の過程で出来るクズ石を使えば事足りると思いますよ」
「クズ石?」
岩を割り砕いて珪石を取る過程で大量に発生するらしい。珪石の含まれていない部分の事で、ところどころにごく小さい珪石が引っ付いていたりするのだが、小さい奴を取っても手間がかかるだけなので捨ててしまうそうだ。あちこちの鉱山にはそういったクズ石の山が出来ていて、処理にこまっているらしい。
「そういったクズ石は持ち出しても誰も文句は言いません。そうそう、農家が積み上げてモルタルで固めて石塀の代わりに使ったりもしますから、そういう有効利用もできますね」
これは良い事を教えて貰った。将来的にはクズ石塀で羊や豚を守れるかもしれない。
お礼を言うと、頑張ってください、と激励された。
開拓地は、開拓が一段落して、集落として安定するまでは教会が建設される事はないらしい。つまり、それまでの間は、特別に派遣された神官や、私の様な開拓に参加する野良神官が冠婚葬祭の祈祷を請け負ったりする事になる。勿論、野良だから、教会神官と連携してそういった行事に参加する事はない。しかし、神官が一人いるといないとでは、派遣される神官の負担が違ってくる。特に葬儀に関しては、理由なく断れるものではない。死者の魂が迷うからだ。
神官である私がここで放牧をする、と言うのは、教会にとって大きな意味がある




